1 / 1
1.ポチ
しおりを挟む
クルマがポチにぶつかって、ポチはその場でうずくまってしまった。ポチはしばらくそのまま「あー」とか、「うー」とか声をあげていたが、クルマは大きな口を開けて大笑いしていた。
結局その日はそのまま解散して夕方五時にそれぞれが家路についた。ポチが入院したと聞いたのは、次の日、帰りの会でケンちゃん先生が教えてくれたときだった。
「酒井たかしくんは昨日から入院したそうです。日直、水やりしとけよ。」
ポチはその程度の扱いなのかと、少しかわいそうになって、僕だけでもお見舞いに行くことにした。
東門を出て右の道をしばらく行くとラーメン屋「丁一」があって、そこのT字路を左に行く。カラスのフンがそこらじゅうに落ちていたので、それを避けるようにゆっくりと歩いた。途中で遠くにクルマが見えたが、話しかけずに逃げるように病院へ走った。
「中田医院」は町で一番大きい病院で、僕も何度か診察に来たことがある。中に入り、受付で名前を伝えると、301号室に案内された。中には四つのベッドがあったが、使われているのはただ一つのようだった。
「ポチ。お見舞いにきてやったぞ。」
ポチはぐっすりと眠っていた。静かな病室で、ポチの小さないびきがよく聞こえた。暖かい西日が窓から差し込んでいる。ポチを見ていると、自然と腕や脚に目がいってしまう。骨と皮膚だけで作られたような手足は、少し押しただけで折れてしまいそうだ。
ポチの家にはお父さんがいない。ポチのお母さんは一人でポチを養っている。それゆえに家は貧乏で、ポチは満足にご飯を食べれていないようだ。ポチというあだ名は、クルマが名付けた。昔クルマの祖父母が飼っていた犬であるポチに、彼の手足の細さや服の薄汚さを重ねたらしい。クルマがそう呼び始めると、みんなもそう呼ぶようになった。本人は由来を知らないようだったが、誰も教えなかった。
クルマこと中嶋修也は小学五年生にして身長175センチ。野球をやっていて、とにかくでかい。それでいて自己中心的であり、暴力的だ。小学一年生のとき、入学式が終わった後すぐに二年生を殴り、大きな騒ぎになったことを覚えている。クルマと呼んでいるのは僕だけで、みんなは中嶋とか、修也とかと呼んでいる。クルマの大きな体格と、正面から見た時の顔が車みたいだったこと。そんなことが理由でクルマになったわけだが、クルマの前では「中嶋くん」と呼んでしまっている。心の中での呼び方を知られてしまったら、僕がポチみたいに殴られてしまうのは目に見えている。
もう時計は4時半を回ろうとしている。仕方ないのでポチを揺らしてみると、しばらく唸ったあとに目を開けた。
「ああ、鎌くん。」
ただでさえ細いポチの声は、さらに細くなって所々掠れてしまっていた。
「今日は顔見にきただけ。早く学校来いよ。」
病室のドアを開けて外に出ようとすると、ポチはすこし大きく言った。
「ありがとう。」
結局その日はそのまま解散して夕方五時にそれぞれが家路についた。ポチが入院したと聞いたのは、次の日、帰りの会でケンちゃん先生が教えてくれたときだった。
「酒井たかしくんは昨日から入院したそうです。日直、水やりしとけよ。」
ポチはその程度の扱いなのかと、少しかわいそうになって、僕だけでもお見舞いに行くことにした。
東門を出て右の道をしばらく行くとラーメン屋「丁一」があって、そこのT字路を左に行く。カラスのフンがそこらじゅうに落ちていたので、それを避けるようにゆっくりと歩いた。途中で遠くにクルマが見えたが、話しかけずに逃げるように病院へ走った。
「中田医院」は町で一番大きい病院で、僕も何度か診察に来たことがある。中に入り、受付で名前を伝えると、301号室に案内された。中には四つのベッドがあったが、使われているのはただ一つのようだった。
「ポチ。お見舞いにきてやったぞ。」
ポチはぐっすりと眠っていた。静かな病室で、ポチの小さないびきがよく聞こえた。暖かい西日が窓から差し込んでいる。ポチを見ていると、自然と腕や脚に目がいってしまう。骨と皮膚だけで作られたような手足は、少し押しただけで折れてしまいそうだ。
ポチの家にはお父さんがいない。ポチのお母さんは一人でポチを養っている。それゆえに家は貧乏で、ポチは満足にご飯を食べれていないようだ。ポチというあだ名は、クルマが名付けた。昔クルマの祖父母が飼っていた犬であるポチに、彼の手足の細さや服の薄汚さを重ねたらしい。クルマがそう呼び始めると、みんなもそう呼ぶようになった。本人は由来を知らないようだったが、誰も教えなかった。
クルマこと中嶋修也は小学五年生にして身長175センチ。野球をやっていて、とにかくでかい。それでいて自己中心的であり、暴力的だ。小学一年生のとき、入学式が終わった後すぐに二年生を殴り、大きな騒ぎになったことを覚えている。クルマと呼んでいるのは僕だけで、みんなは中嶋とか、修也とかと呼んでいる。クルマの大きな体格と、正面から見た時の顔が車みたいだったこと。そんなことが理由でクルマになったわけだが、クルマの前では「中嶋くん」と呼んでしまっている。心の中での呼び方を知られてしまったら、僕がポチみたいに殴られてしまうのは目に見えている。
もう時計は4時半を回ろうとしている。仕方ないのでポチを揺らしてみると、しばらく唸ったあとに目を開けた。
「ああ、鎌くん。」
ただでさえ細いポチの声は、さらに細くなって所々掠れてしまっていた。
「今日は顔見にきただけ。早く学校来いよ。」
病室のドアを開けて外に出ようとすると、ポチはすこし大きく言った。
「ありがとう。」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる