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十五話・恐怖のゴキブリ人間1
しおりを挟む(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)
十五話・恐怖のゴキブリ人間1
「楽にサクっと死ねる方法ってないのかなぁ」
小6の死途(しと)はグゥーと背伸びをする。机に向かってマジメに勉強してはいるものの、それは学校の宿題とか復習とか予習ではなく、ノートパソコンで自殺の方法について検索しているのだった。
人間にとって重要なのは生きるではなく、いかに有意義に死ねるかどうか。しかし有意義という言葉が手に入れにくい年齢で死にたいと思ったら、いかに少ない苦痛で天国に旅立てるかどうかがミソ。
「飛び降り……グチャってなるのイヤだな……死ぬ寸前ってめっちゃ怖いんだろうな」
なんとなく頭の中でビルから飛び降りるシーンを想像してみた。固いアスファルトに激突した顔面がぐちゃ! ってつぶれ、ジワーっと血が赤ワインみたいに流れ出る。そして動かなくなった死体を気づかない車が引き潰したりと。
「ぅ……」
やはりそれは怖くてゾッと青ざめる。
「でもなぁ……焼身はもっとイヤだな」
黒焦げになった体。そこに生じる赤い傷から汁が垂れ流れる姿というのは、考えるだけであらゆる気力が消えるほど萎える。
「飢え死には時間がかかってきついって言うし……」
水だけでかなり生き延びられるというが、逆に言えば苦痛を最大限に引き伸ばしているようなモノ。それなら一瞬でキモチよく死にたいというのが人間の本音。
「射精したら死んじゃうとか、これが一番よさそうな気がするけど……」
腹上死というアダルトな言葉にちょっとあこがれる。それもしかして一番シアワセな死に様なのでは? とけっこう本気で思ったりもする。
「うん?」
ブルブル、ブルブル、ブルブルっと音が鳴ったのでスマホに目をやりながら手も伸ばす。そうしてかけてきた友人と駄弁りを始めるのだが、ついでだからって事で質問してみた。
「どうやったら楽に死ねると思う?」
どうせ聞いてもダメなんだろうなと思っていたら、考えもしない事を友人が言った。それはほんとうに想定外の発想だったのである。
「黒ゴキブリを生で食うんだ」
突然横から右ストレートを食らったようにショックを受ける。黒ゴキブリという響きだけで、人の心はグゥーっと沈んでしまうように出来ているようだ。
「えぇ、そんなので死ねるわけ?」
「わかってないな、黒ゴキブリは不潔とか伝染病の高級デパート。料理してはダメなんだ。生で、ピクピクって触覚が動いているのをかじり殺すんだ。そうして体内に入れれば不潔爆弾がさく裂して人間はさっくりあの世に逝ける」
友人の声はそれとなく真剣調。でもやっぱりそれは冗談なんだと言っているような感もある。しかし死途、ここはひとつ試してみようかなって考えに流れていった。
「そうか、わかったよ」
とりあえず電話を切った。それからイスより立ち上がり思いを巡らせる。黒ゴキブリってやつは家庭内に潜む一種のテロリスト。その動きは大変に早く直角にも動けるし、その気になれば飛ぶこともできる。ごくわずかな隙間も通れるし、大量の卵を産んで子孫攻撃だって当然のようにやる。
「あれを捕まえるのはむずかしいじゃん……」
いたってふつうにムリだと思ったし、それで終わればよかった。けど次の瞬間にはひらめいたとばかり両手を合わせてにんまり。
「そうだ、ゴキブリホイホイがあるじゃんよ」
えへっと笑ったら、さっそく確認だ! と思った。しかしいまは20時という時間だ。2人の親は居間のでっかいテレビでユーチューブを見ていたりする。そんなところでゴキブリを食うって姿は見せられない。死にたいと思っても死に行く様を人に見られたくないという意識が大切なモノのようにして成り立つ。
「夜中にこっそり見て、生きているのがいたら食おう」
そこで死途、ノートパソコンにて遺書の作成にとりかかる。どこまで本気かわかりにくいようになっているのは、ただしい遺書の作り方がわからないのではなく、やっぱりちょっと死ぬのはこわいなって本能によるところが多い。ワードでただの書きなぐりにしかみえない遺書、しかも保存タイトルは「たましいの叫び」 だから、死後に発見されても遺書と気づかれない可能性大。
でもまぁ死途は生きていてつまらないと本気で思っている。学校クソ。世間はもっとクソ。何をやってもつまらないし、夢だの希望だのどこにもないし、みんな自分勝手だし、結局何をするにしても重要なのはお金。お金がなければ何もできないは動かしがたい事実であり、人間関係だの愛だのはただのゴミでしかないとすでに知っている。
「この世はクソ。長生きしても意味とか値打ちなんかどこにもない。だいたい命はたいせつにっていうけど、だからって助けてくれるわけでもない。人の関係とか愛よりお金。でもお金がないなら完全にアウト。だったら死ぬしかないわけで、自分の命をどう使ったり捨てようと自分の勝手。それはよくないとか言っても、結局助けてくれるわけじゃないのだから、そんなやつの意見なんか聞く必要なし」
死途が声に出しながら綴っていくモノは、遺書というよりはぼやきの書き留めにしか思われない。体内の血を押し出すように吐かれる愚痴みたいなモノであるが、当の本人は大マジメに遺書として書いているつもりらしい。
「よし、書けた。後は夜中になるのを待つだけ」
死途は遺書を書き終えライトな満足感に浸る。そして生きていても何らたのしくない世界とお別れするんだと胸の内にあつい興奮を抱く。
「死ぬぞ、絶対に死んでやるぞ。もう悩んだり余計なことに神経をつかう必要もない、そういう世界に逝くんだ、絶対の絶対に旅立ってやる」
死途は興奮気味に言った。部屋の中央に立ち両手をにギュッと握りもした。ただ心の深いところで動いている人としての本音らしきモノ、死にたくないという訴えるようなモノを必死で否定しているのもまた事実だった。
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