上 下
152 / 223

152・コロッセオでの戦い2(フェスティバル・オブ・バトル)

しおりを挟む
152・コロッセオでの戦い2(フェスティバル・オブ・バトル)

 
(ん!)

 息吹が衝撃という感じの空気を感じた。そうしたら次の瞬間、目の前の世界が劇的に変化していた。

「おぉ……」

 グワーッと回転するほどすさまじい空間に収納されていく。なぜなら壊れる前の全盛期時代のコロッセオがあり、その中央に自分は立っている。

「コロッセオ……」

 息吹、行き止まりがある広大な空間を無限の世界みたいに見上げ見渡す。これもはや人知越えの感覚。この世を狂った天国に置き換えたような壮大さと空気、それに混ざり込む観客の大歓声が異常な興奮を誘う。

―早く殺し合いを始めろー

 流血やら死を欲する観客が叫んでいる。人が死ぬシーンこそ何よりの快感って興奮を必死で抑えている様子。その熱気やら叫び声は巨大ハリケーンのごとく分厚い。

「あの観客達ってどういう奴らなんだ?」

 息吹は嵐みたいに乱れる空気やら熱やら大歓声の中、横にいるブ太郎に説明を求める。

「生前に血を求め残虐な事件を起こした者たちです。人間の流血や死にざまを見るのが三度の飯より好きでガマンできなかったという者たち。地獄で長きにわたって気の毒に裁かれているところですが、たまには息抜きさせてやろうって閻魔大王さまの粋な計らいですよ」

「で、その閻魔大王はどこにいると?」

「大王さまはあそこにおられます」

 ブ太郎が腕を向けた先には巨大な十字架が立つ「皇帝席」がある。そこは面倒な日光が当たらないよう計算されて作られたVIP席だとのこと。

「あれが閻魔大王?」

 息吹が戸惑った声を出すのも当然だった。なぜなら目に映るのは、それっぽい服を着た一人の老人にしか見えないからだ。それについてブ太郎はちょっと苦笑しながら説明をしてやった。

「まぁ、閻魔大王というあの格好や顔は作業服とかコスプレみたいなモノなんですよ」

「は?」

「そんな事より息吹さん、対戦相手、彼がお待ちかねですよ」

「相手?」

 息吹が巨大なコロッセオ客席から、自分の向かいに目をやるといつの間にか、それとも気づかなかったのか、少し離れた所に一人の男が立っている。白いヘビの刺繍が胸の辺りに描かれた黒い道着をまとい、頭にはヘビ柄の鉢巻をやっている。見た目25歳であろうそいつが息吹に少し近づいてから言った。

「自分の名前は佐藤グラディアートル。そっちは?」

「おれは家満登息吹」

「先に簡単に自分を説明してもいいだろうか?」

「あぁ、いいよ」

「うむ、この自分こと佐藤グラディアートルは自分で言うのもなんだがマジメな性格でやると決めた格闘に迷いなどなかった。取り組む姿勢でいえば世界で誰より評価されてもよかったと我ながらに思う」

「そんなマジメな格闘家が地獄に落ちた理由ってなんだ?」

「はっきり言おう、モテなくて納得ができなかったからだ。マジメでやさしく物事に打ち込む類まれないい男だというのに、周りの女性は一度としてこの自分に目を向けなかった。しかるにして……この自分から見ればバカで軽薄でクズという男がチヤホヤされる。許せなかったのだ、当然の事としてはげしい怒りが湧いたのだ」

「それで?」

「夜な夜な見知らぬ女性に、殴ったり蹴ったりの暴力をしてしまっていた。100人くらいは傷つけてしまった。今は申し訳ないと思っている。だがこれは避けて通れない痛みだったのだ、それこそ悲しみの不可抗力だったのだ」

「そんなしおらしい事を言いながら、閻美に一目惚れしてトチ狂うとか、マジメっていうのは怖いものだなぁ」

「なんと言われてもいい。閻美殿を見てあれだけはげしい恋の落雷に撃たれたのだ、なりふり構わず突進せねば欲しいモノなど手に入らない。そしてチャンスが得られるのなら全力を尽くす、それが人間、ちがうか? 家満登息吹」

「まぁ……な、何もしないでウジウジするよりはいいかもな」

「では家満登息吹、そちらの話も聞こうか」

「おれは……まぁ、生前はホストだった。それを仕事に選んだのは、昔から女を食いまくっていたから。今に思えばはずかしい話って生き方をしていた」

「女を食いまくった? 何人くらいだ?」

「500人くらいかなぁと……」

「ゲスだ、家満登息吹、おまえは信じられないゲスだ」

「いや、佐藤グラディアートル、おれは女に暴力は振るっていない。おまえの方がゲス度が高いと思うけどな」

 一度深呼吸した息吹、女を食いまくってホストで稼いだりしていたから、ゆえに客の女にさされたのだと、それは自業自得だったと続けた後、重要な事を相手に伝える。

「グラディアートル、おれは思うのだが……」

「なんだ、家満登息吹」

「この戦いは無意味という気がする」

「なぜだ」

「なぜって……恋愛するのは閻美だ、結局重要なのは閻美の意思。閻美が誰を選ぼうとおれが横槍する権利はない。おまえだってそうだ、おれに勝ったとしても、閻美がおまえにリアルラブするとは限らない……と思うが? それならいっそのこと2人で反旗を翻すみたいな展開を作ってみるとかどうだ?」

「いや、そんな理屈で終われるわけがないのだ!」

 佐藤グラディアートルは力強く両手をにぎり、愛を得られるかもしれないチャンスに動かないは男としてありえないと主張した。

「戦わずにはいられない、それが男。まして愛が欲しいと飢えて道を誤ってしまった自分は尚更」

「そうか、でもグラディアートル……言っておくがおれは負ける気などサラサラないぞ、いいんだな?」

「望むところ。この佐藤グラディアートル、家満登息吹、おまえを倒し真実の愛にたどり着いてみせる」

 こんな風に2人が会話をやっていたら、血を望むギャラリーのヤジがどんどんヒートアップ。安全なところから血や死を見たがる人間の要求ほど熱いモノはない。

「ではお二人さん、まずは余興から始めましょう」

 ここでブ太郎が2人の間に入って言う。いきなり戦うのではなく、危険な前置きをすることで殺し合い本番への期待が高まるのだと。

「まずは一人ずつ、猛獣軍団と戦ってもらいたいと思います。どちらからやりますか?」

 ブ太郎が言えばグラディアートルが名乗りを上げた。だからして息吹は広大なフィールドの隅っこに移動させられ、檻の中に入れられる。そうしたらブ太郎がマイクを取り出し、血気盛んというか性質が悪いというか、そういう数万人の観客に向かって言った。

「それではみなさん、お待たせいたしました。これより余興の猛獣ショーから始めたいと思います。存分にお楽しみくださいませ」

 ブ太郎が左手にマイクを持ち、空いている右手を振ると観客たちが大喜び。彼らは口々に色んなことを言った。

―猛獣に食い殺されるサマを見せてくれ、死ぬならハデに死ねよー

―前置きのショーごときで死ぬんじゃねぇぞー

 そんな嵐みたいな音量での声を聞きながら、佐藤グラディアートルは広大なフリールドの中央に立ち、猛獣ショーが始まった。
しおりを挟む

処理中です...