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第三・ドラゴンとドラゴンのシッポ狩り女子、スフレ

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第三・ドラゴンとドラゴンのシッポ狩り女子、スフレ


「ハッ……」

 突然気がついたという悠がドキッとした。シュ! っと音がしたわけではないが、突然壮大な見知らぬ景色が出現すると、魔法めいた効果音を聞いたような気がした。

「えぇ……」

 カステラとかいうチンチクリンと真っ白な空間で話をしていた悠にとってみれば、切り替わった空気にはすごいモノがあった。異国情緒という言葉を肌でビリビリ感じるフィーリングは、昼間の表通りと裏通りの両方で夢を見ているような意識に持っていかれる。

「ここは……どこ?」

 広大な森と大地という光景。映画のでっかいスクリーンで見るファンタジーみたい。日本のどこにこんな光景があったっけ? と思ってもピン! と来ない。しかし不思議と心は安定していて、自分が恐怖の迷子になったらどうしようって泣くようなキモチはあまり立たなかったりする。

「不思議……つよくなると心に余裕が芽生えてあまり怖いって気がしない。こういうのを英雄みたいなキモチっていうのかな」

 フフっと笑い少し歩いた後、グルーっとドデカい無限みたいなフィールドを見渡した。すると向こうの下方に町があるのでは? と目に映る。まずは人という存在に出会いたいと思う悠、期待と不安が混じったキモチで目にした情報方面へ進みだす。

 しかしそのときだった。前から吹いてきた風に髪の毛を撫でられながら、悠は声ひとつ出せない衝撃を食らい立ち止まる。それはこれまでの人生で経験した事がない異色のおどろきでしかなく、動揺しまくりな脳と心はまったくかみ合わず、一瞬ボーッとしかけてしまう。

「あ、あれって……」

 いま悠が立っているあまりに広大なさら地という空間のずーっと向こうに、ありえない姿の巨体が座っている。どのような生き物図鑑を見てもまず出て来ないだろう。恐竜に近いと言えば近いが、そういう原始性に神々しい格好良さをまぜたような感がオーラとして浮かび上がっている。

(うっそ……)

 10から20mほどくらいある巨体、悠がどのように思いながら見つめようと出てくる言葉はただひとつしかない。それはやや小型かもしれないってドラゴンというモノであり、CGでもなければ数百億円かけた作り物でもない。生身として動いている。

「あ、あれ……女の子もいる?」

 そうなのだった。地上方面に顔を向けるドラゴンに対して顔を上げて向き合っている人間がひとりいると気づいた。上半身は黒のティアードチュニックで背中には剣をかけている。下はオレンジが目立つ着物地ロングスカート。ショートヘアーが似合っていて、ムッチリ感プラス胸のふくらみ具合はかなりに豊かな巨乳女子。そういう存在がドラゴンと向き合って、なにやら言い訳でもするように忙しく手を動かしたりしている。

「これってヤバい話とかいうのかな」

 向こうにいるドラゴンも女子も離れている事もあり悠には気づいていない。このままあまり音を立てずに後退し、森の中に引っ込んだら悠はトラブルを回避できるだろうか。しかしこのまま見捨ててもいいのか? というキモチも沸く。

 ドラゴン。あれはどう見てもそうとしか思えない。初見のインパクトはすさまじく、今でも信じられないとおどろきは続いている。だがあのドラゴンがやさしいのか、それとも猛獣みたいなモノなのかはわからない。あの巨乳女子は背中に剣を持っていると見えるが、ドラゴンと戦えないとかいうなら、ここは男の出番なのでは? そんな思いが悠の内部にグツグツっと煮えあがってくる。

「そうだよ、人のために動いて死んでしまった自分だけど、人のために動かないクソッタレよりはマシなんだ」

 つぶやきながら右手を背中に持っていた時、ドラゴンが女子に向かって放つデカい声が風に乗って飛んできた。

「義に反する! 許せん!」

 それは完全に人語であって女子の声みたいでもあった。あの少女が大地揺るがすようなボイスを出すとは思えないので、あのドラゴンがしゃべったと悠は理解する。そして義に反するとはどういう事かは知らないが、まずはあの女の子を助けようと決意。

「ちょっと待ったぁ!」

 思いっきり叫んでみるとドラゴンと女子の双方がちょっとおどろいてこっちを見る。ドラゴンの方はわかりにくいが、人間女子の方は悠を見てとても奇妙だと言いたげな顔に見えたように思えた。

「正義のダッシュ!」

 悠が右手に剣を持ち、いい格好してみたいというキモチで風のように速く取り込み中って一匹と一人のすぐ近くに到達。

「おまえは……誰だ?」

 尋ねたドラゴンの声には異様なおどろきがあるように感じられた。

「えっと……名前は悠、とりあえず……男としてこの女の子を守る!」

 悠は剣を持って身構えたが、その姿は前世からは想像出来ないほどサマになっている。

「お、男として女の子を守る? え、なんだおまえ……女じゃない? え、え、え、いったい何者……」

 ドラゴンは悠に対するおどろきをまだほどけないようだ。いきなり大きな戦闘が始まると思っていた悠は少し拍子抜けする。でもこの流れではどうせならかっこうよくキメたいところ。そこで剣を右手に持ち空中高くに舞い上がって叫ぶ。

「女の子を守るための一撃を食らえ! でやぁぁぁぁ!!!!!」

 キラッと光った悠の剣、そいつはおどろきで動けなかったドラゴンの頬をぶん殴る。すると、ぎゃぁ! という声が放ちながらドラゴンは数回地面を転がった。

「だいじょうぶ、斬ってはいない。ぼくはただ、この女の子を守りたかっただけ。だから許せ」

 気絶してしまったドラゴンに軽くかっこうよく謝ってから剣を戻す悠だが、これは我ながら決まったとけっこう心ではしゃいでいる。

「あ、あの……」

 ここで悠と同じくらいの年齢と見える少女が声を出した。まず自分の名前をスフレだと自己紹介したら、他の事より何より質問したいって衝動を顔に書き表し悠へ質問するのだった。

「あなたの名前は?」

「悠っていうんだけど」

「悠……悠って……女?」

「え?」

「いや、だって、同じ人間とは思っても女には見えないから」

「ぼく男だけど?」

「男!? 男って……」

 スフレのおどろいた顔は理由不明な大げさに見えた。いったいどういう事? と言いかけた悠だったが、真っ赤な顔をしたスフレに接近されドキッして身動きできなくなってしまう。

「こ、これが男?」

 スフレが悠を見る目というのは飛来した宇宙人を見つめるようなモノ。そのあげくちょっと緊張で震える右手を悠に向けながら言った。

「ちょ、ちょっと……触ってみてもいい?」

「え、何?」

 もうさっぱり訳がわからん! と思う悠の胸板にスフレの手の平がピタッと当てられる。もちろんそんな事をされたら気恥ずかしくなるが、どういうわけか相手の方がその上を行っているようだ。

「む、胸がない……」

「だからぼくは男だって言ってるじゃんか」

「そ、そうなんだ? 男って女とはちがうんだ?」

「え……」

「じゃ、じゃぁ悠……下の方は?」

「下?」

「そ、その……女子としてのアレはある?」

「ないよそんなの……男としてのはあるけど」

「男としての?」

 スフレは悠の胸板から引いた手の平を自分の豊かな胸に当ててから、男のモノってなに? とつぶやいた。でもすぐ顔を赤くし両手を振りながらはげしく取り乱して言うのだった。

「ご、ごめん、いい、言わなくてもいいよ。なんていうかその、自分でもよくわからないけど、変な事を聞いているような気がして胸がドキドキして」

 そう言ったスフレがクルっと背中を向けた。それを目にした悠、思い切ってぶっ飛んだ質問というのをしてみた。

「この世界って男はいないの?」

「この世界?」

「あぁっと、ぼくはその異世界から来たっていうか」

「そうか、そうだよね、そうでないと男なんて現れるわけない。そうだよ、悠の言うとおりでこの世界には女しかいないよ。人間だけじゃなく動物も植物もドラゴンっていうのも全部女って側しか存在しない」

「うそ……マジで?」

「何百年くらい前は男もいたらしいんだどね、ある時に登場した女の主導者というのがひどい男嫌いだったから、この世から男とかオスって性別を抹消したんだって。男が生まれたらその瞬間あの世に葬るとか続けていたら、そのうち男の子孫は生まれなくなって現在にいたるというのがこの世界の歴史だと学んだ」

「えぇ……だったらその……どうやって子どもが生まれるの?」

「どう?」

「あ、いやその……」

 スフレ、真っ赤な顔で頭をかきながらつぶやいた。なぜ悠と話をしていると変な気分になるのだろうと。それから気を取り直さんとする声でかんたんな説明を悠にしてやるのだった。

 この世界には女子力の実というのを作っており、それを食べると女子力やら何やらが育ち、つよく念じながら食せば子どもを身ごもれるそうだ。

「この世界の土壌は女しか生まれないよう改造されているから、植物も女だけでやっていける。動物もオスはすべて殺してメスだけにしたから、同じくメスが自分だけでメスを身ごもれるんだよ」

「ドラゴンも?」

「大昔にドラゴン狩りでオスは皆殺しにしたんだって。ただドラゴンの場合は体が大きいし特殊だからね、人間が作っている女子力の実を食べないと身ごもれないし女子力も身につかない」

「ドラゴンに女子力?」

「この世界のドラゴンは人間姿の女子になろうと思えばなれるから」

「えぇ……」

「ついでだから言っちゃうと、ドラゴンは女子力の実が欲しい。そしてわたしたち人間はドラゴンのシッポが欲しい。なぜかと言えばドラゴンのシッポは売れるし、食べればめちゃくちゃおいしいから。ただほら、女子力を磨くためには少しばかりの向上心が必要で平和ボケするとまずいわけ。だからわたしたち人間は女子力の実をたくさん作って、ドラゴンに取られても一応はだいじょうぶとし、退治という表向きでドラゴンのシッポを切るんだ。ドラゴンもただすんなり切られるわけにはいかないから、切れるものなら切ってみろってなるわけ」

「切られたドラゴンはどうなるの?」

「それはだいじょうぶ、それなりの長さって残っていればすぐ元に戻れる」

「じゃぁ、ぼくが最初に見た光景は? ドラゴンがスフレに義に反するとか言っていたような記憶があるんだけど」

「あれはその……」

 スフレはちょっとテレくさそうにアハアハっと笑いながら右手で頭をかき、いつもより多めにシッポを斬りすぎたと打ち明ける。

「ちょっとね、あたらしい下着とか生活必需品を買うのに金欠だったから、悪いと思いつつたっぷりシッポを斬っちゃった。ドラゴンとしては、いくらなんでも斬りすぎだろうってところまで短くされるとプライドが刺激されるんだよ」

「そうだったの……」

 悠はここまでの話を聞いて、もしかして助けなくてもよかったのかなぁと一瞬思ってしまった。そしてその思いは自分が死んでしまった理由にまで広がっていく。良かれと思って余計なことをしてしまう、昔からそうだ……という風に落ち込んでいく。

「あ、でも……悠」

「なに?」

「たすけてくれてありがとうとは思っているよ」

「そ、そう……」

「悠はすごいよ、わたしよりつよいと思うけど」

「いやぁ、そんな……」

 自分好みにかわいく見た感じでは推定Fカップって巨乳女子に言われると、やっぱり死んでよかったのかもしれないなぁと思うのみならず、えへえへとうれしそうにデレデレする悠がそこにいる。

「で、悠はこれからどうするの? わたしはキブンが乗らないから今日はシッポ狩り中止して家に帰るけど」

「家……」

 ここで広大な世界を見渡しちょっぴりさみしさを胸に感じた。いったいどれくらいの人間を詰め込めるだろうってくらい広いファンタジーな世界だというのに、自分の帰る場所がないと冗談抜きなダークファンタジーみたいに感じられる。

「もしかして行く場所がないとか?」

「う、うん……」

「だったら家に来る?」

「スフレの家?」

「だいじょうぶ、わたしはお母さんと離れて一人暮らしやっているから」

「ひとり暮らし? それはすごいね」

「来る?」

「行ってもいいの?」

 行けるなら行きたいなぁって悠が不安気に質問してみると、スフレはまた動揺して落ち着かなくなる。そんな自分は何か変だと言わんばかりに不思議だと悠に向かってつぶやく。

「不思議ってなにが?」

「なんでだろう……悠と話をしたり、悠に見られると変な気分になる。女同士でこんな感じになった事なんてない。男ってなに? 悠、男ってなにか変な事を女に対してしたりしてない?」

「しないしない、変な事なんてしてない」

「そう……だったら来てもいいよ」

 こうして悠はスフレという女子の家に行くこととなった。死んでカステラなる者と出会い、そこで力と剣術能力とフェロモンを授かり、異世界に来てみたらドラゴンと女子に出くわし、そんな話があるんだ? とおどろくような世界事情を聞かされたりと、なんとも忙しい展開に流されている。

 しかし悠はスフレの後について歩きながら、前世では味わえなかった心地よさを感じていた。こんな物語に参加できるな死んだ者の特権だなぁとか、明日からハデにたのしくなるのかな? とい、いかにも男子って感じにドキドキワクワクもする。
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