悲恋に咲きたり白百合の騎士

こまちーず

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第一章

二幕『体裁など、そこにはなく』

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 ──時刻は午後六時。
 日は西へ沈み、薄っすら明るい弦月が顔を出していた。
 城郭都市は魔法鉱石という魔力の籠った資源を用いた文明が発達しており、ありとあらゆる道具は魔法鉱石によって動力の供給が賄われていた。
 城下町ではまだ買い物をする人々で溢れ返っているが、この時間になると喧騒はいくらか静まっていた。
 セレナード城の二階の角部屋、そこがウェスタ・アイテールに与えられた私室だ。窓のカーテンはしまっており、その室内では数か所に設置されたライトが点灯している。

「……では、それが『』という玩具なのですか?」
  
 室内に設置された寝台に腰かけているアルテミスは、そのすぐ隣に座っているウェスタの手に握られている玩具を物珍しそうに観察していた。

「うん。店主さんが言うにはこの紐をこれに巻き付けて、シュッと引っ張って回すんだとか」

「なるほど、興味深いですね。ジャイロ効果ですか。単純な仕組みではありますが、意外とコツがいりそうな……。ウェスタ、試しに回してみてくれませんか?」

「いいよ。それじゃ、アルテミスは見てて」

 寝台からぴょんと飛び降りたウェスタは、先ほど店主に教わった通りの手順で独楽の準備を整える。独楽の中心にある芯棒に紐のコブを引っ掻けて、上から下にかけて巻いていく。店主に伝授されたコツを活かして失敗は一回で済んだ。

「随分と力を入れて巻くのですね……」

 そして小指と薬指の間で紐を挟み、端のコブで止まるように引っ張る。中指と薬指と小指で紐を握り、余った紐は巻いて手におさめる。人差し指を横に添え、親指を芯棒の頂点に乗せる。最後に中指の腹に軽く当てて準備は完了。

「……いくよ」

 当然、ウェスタは店主から投げるコツも教わっていた。まずウェスタはアルテミスの前に立ち、左足を前に出す。大切なのは肘を曲げないことだ。
 未知の遊戯を前に、アルテミスは心を躍らせていた。そしてその感情は表情にも反映されている。期待を露わにしているアルテミスを見たウェスタは、どうせなら先の店主のように勢いをつけて回してあげたいと思っていた。

「せーの、それ!」

 掛け声に合わせて、ウェスタは剣を薙ぎ払う感覚で腕をスイングした。独楽はウェスタの狙い通り勢いづいたまま、紐から解き放たれる。そして──

「……あ」

 アルテミスは独楽が出て行った窓の穴を見て、吐息のようにそう零した。そしてその前で呆然と同じ穴を見つめているのは犯人ウェスタ。彼女はその現実に耐え切れず、反射的に思考を停止していた。

「……やってしまいましたね」

 するとウェスタは同情するように言ったアルテミスの方へ顔を向けた。

「ねえ、アルテミス……」

「き、きっと大丈夫です。なんなら私も一緒に怒られて──」

「これ、ちょっと持っててもらえない?」

「……え?」

 アルテミスはウェスタがさらっと自身の膝の上に置いた独楽の紐を見て、彼女の発言の真意が分かった。だが、運の悪いことに突如ウェスタの私室のドアが何度も強く叩かれた。

「ウェスタ! 部屋にいるのは分かっています! 先のは貴女の所為ですね! ここを開けなさい!」

 扉の向こうで怒鳴り込んでいるのはウェスタの恐れるアルトリウス。城内の、特によくないことに敏感なアルトリウスならすぐに事件を察知し、まず自身のところに来るだろうというウェスタの予想は的中した。扉を強く叩いているのは、ウェスタが中にいると確信しているからだろう。アルトリウスは居留守は無駄だと行動で示している。

「はい。ただいま開けまーす」

「ウェ、ウェスタ! ちょっと待ってくださ──」

 ウェスタは川に流れる木の葉の如き素早さで扉へ向かった。アルテミスは狼狽えるあまり独楽の紐を握りしめたままウェスタを止めようと後を追うが彼女に追いつくより先に扉は開き、青筋を浮かべたアルトリウスが入ってきた。

「ウェスタ!」

「私はここです」

 アルトリウスはウェスタを見つけるや否やにその細い両肩をガッと摑んだ。少々力が入りすぎていたため、ウェスタは痛みに顔を顰める。

「先生、一体どうしたのですか?」

「白を切るつもりですか? 突然降ってきたこの石が、偶然下にいたモードレッドに直撃したのです! 貴女が落としたのでしょう? 嘘をつかず、正直に答えなさい!」

 ちなみにアルトリウスは偶然と言ったが、この時モードレッドは説教を終えたばかりのウェスタを励まそうといつも彼女と修行するセレナード城の広間で待っていたのだ。しかし二時間経ってもウェスタは現れず、心配になってウェスタの部屋を覗いてみようと見上げたところへ不運にも大回転した独楽が降ってきたという顛末。その現場をたまたま目撃したアルトリウスは即座に犯人を特定。気絶したモードレッドを置き去りにして、わざわざ説教をしにきたのだ。何とも苦労人である。

「ア、アルトリウス卿よ。これはだな……」

「……む? 何故王がここに? それにその手にお持ちの紐は……はっ、もしや!」

 先ほどの独楽の形状を想い出し、アルテミスの持つ紐を見て直感したアルトリウスはすぐに視線をウェスタの方へ向けて説明を求めた。

「先生、王に非はありません!」

「え? え? ま、待ってくださいウェスタ!」

「私の、説明不足だったのです。……私の稚拙な説明のせいで、王は遊戯を誤まったのです!」

「い、一体何を言って──」

「──そう、だったのですね」

 深刻そうな面持ちのアルトリウスがウェスタから手を離す。ウェスタは笑いそうになるのを堪えながら、迫真の演技力で乗り切った。

「王よ。此度の一件は、京楽に耽れぬ御身を労われぬ我が不徳の致すところ。どうか、私をお裁きください……‼」

「アルトリウス卿⁉ 卿は何を言ってるのです──」

「先生! 糾弾されるべきは私です! ……我が王、どうか私を軍法にて処罰ください‼」

 わけがわからず狼狽するアルテミスの前に、ウェスタとアルトリウスは頭を垂れ、膝をついて申告する。しかしウェスタは途中で顔を上げ、アルテミスに向かってウインクをした。

「……二人共、面を上げなさい」

 ウェスタの意図を汲んだアルテミスは、ため息をつきながらも茶番に付き合うことにした。アルトリウスがアルテミスに説教するはずないと確信していたウェスタは叱られたくないがために、こんな茶番を必死に演じたのだ。本来アルテミスに付き合う義理はないのだが、やはり可愛いウェスタが怒られてしゅんとする姿は見たくない。

「此度は二人の誠意に免じ、処罰は下しません。アルトリウス卿、もう行って良いですよ」

「御意!」

 すくっと立ち上がったアルトリウスは、次いで立ったウェスタに向き直った。

「ウェスタよ、此度はすまなかったな。私の偏見のせいで、危うくお前を叱責しかけてしまった」

「よいのです、先生。そう思わせてしまう日頃の私の振る舞いにも問題があるのです。これからは一層気を引き締め、近衛騎士団副団長として精進していきます!」

 その返事に満足げに頷いたアルトリウスは、最後にアルテミスに一礼してから部屋を後にした。

「……ウェスタ」

 残された二人は、少し気まずい雰囲気を共有していた。特にウェスタはどのような弁明をしようかと思考を巡らせている。一難去ってまた一難、という状況だ。

「……ねえ、アルテミス」

 くるっと踵を返したウェスタの表情が満面の笑みだったことにアルテミスは面食らってしまった。

「大好き!」

 更に追い討ちとばかりにウェスタはアルテミスの胸にめがけて飛び込む。咄嗟に受け止めたアルテミスは、衝撃に押されてウェスタを抱えたまま後方にあった寝台の上に倒れた。

「そ、そそそそう言えば、私が籠絡されるとでも思ってるんですか‼」

「うん! だって、私だったらされてる! それくらいアルテミスが好きだから!」

「──‼」

 大好きな相手からの告白というものは、何度聞いても慣れないものである。例に漏れずアルテミスも、制御しきれず持て余した感情でにやついてしまう表情をウェスタに見られないように寝台のシーツで隠している。
 今は鎧を外している二人は、体がぴっちり密着している状態。特にウェスタはウール製の布一枚だけだ。王族が着ている体裁だけを気にした服装とはまるで違っていて、ウェスタの体温を広範囲で感じ取れてしまう。

「……こ、今回だけですよ? 次からは貴女が悪いことをすればアルトリウスに報告します」

 そう言いながらも斯様に攻められてしまえば、きっと次も庇ってしまうだろうなとアルテミスは思ってしまっていた。国民も、近衛騎士も大事だが、彼女は最も庇護したくなる存在だ。

「ありがとう、アルテミス!」

 自身の胸で咲いた太陽の如く明るい笑みが、アルテミスは何よりも愛おしく思えた。ウェスタのためならば世界を敵に回せると思えるほどには。

「直、夕餉の刻です。もうそろそろ食堂へ行かねば、給仕が不審に思ってしまいますよ?」

「……あ、そう、だね。見つかったらだめだもんね……」

 名残惜しそうに、ウェスタはアルテミスの上からどいた。アルテミスも寝台から降りて、服の皺を伸ばす。
 この部屋を出れば、アルテミスはただのアルテミスではなくなる。城郭都市アルカヌムを治める王として、アルテミス・ア二マ・セレナードにならねばならないのだ。
 
「……ウェスタ、ちょっといいですか?」

「ん? どうし……」

 触れあった唇はとても柔らかい。胸の奥から恥ずかしさがこみ上げてきて、熱は唇を通してウェスタに流れていく。

「……では、行きましょうか」

 悪戯が過ぎたな、と赤面するアルテミスは、ウェスタに顔を見られないようにそそくさと部屋を出て行った。
 一人残されたウェスタは余韻に浸り、唇に指を添える。

「……ずるい、な……」

 ウェスタはすぐに部屋を出て、アルテミスを追いかける。
 無性に、愛おしい彼女の真っ赤な顔を一目見たくなったのだ。
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