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二章
十三幕『屹立する王』
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──目を覚ますと、私は揺れていた。
「……うぇ、すた……?」
白濁している意識の中で、アルテミスは愛しき少女の名を呼んだ。頭痛に襲われていたが、そんなことは一切意に介さない。アルテミスはただ彼女にそこにいてほしかった。
「──申し訳ありません、我が王。不肖ガウェインにございます」
ガウェインが慇懃に頭を下げて詫びをした。やがて引き締まった屈強な肉体の感触が伝わり始め、更に眼前で黒髪が靡いていたことからようやく現在の状況が少しずつ分かってきた。
「──なっ、こ、これはとんだ無礼を……」
アルテミスもすぐに謝罪を入れたが、ガウェインは「お気になさらず」と微笑みかけて再び正面を見据えた。
どうやらいつの間にか地上に出ていたガウェインは自分を背負い、どこかに向けて走って移動しているようだった。黄昏時となった現時刻では斜陽が差し、木々の隙間から茜色の空を仰ぐことができる。
「……ウェスタがいません。アルトリウス卿まで……。一体、何があったんですか?」
周囲に二人の姿がないことに気づいたアルテミスが尋ねると、ガウェインは足を止めずに状況を丁寧に説明した。
「……陛下はジーヴァと名乗る者の不意打ちを受け、気絶していたのです」
「なんと……。『魔法耐性』があるとはいえ、不覚を取りましたね」
魔法以外の攻撃手段を持っている可能性を見落としていた。しかし、先刻の攻撃はウェスタが応急処置をしてくれたおかげで大分痛みも引いていくらか楽になっている。……とはいえ、今の自分が走るくらいならガウェインに背負ってもらった方がずっと速い。
「その後ジーヴァの声が洞窟内部に響き、奴は剪定を行うとだけ残して洞窟諸共私達を埋めようとした。私は陛下を抱え、アルトリウスとウェスタの助力のもと脱出に成功したのですが……ふと二人の無事を確かめようと振り向いた時、そこには誰の気配もありませんでした」
「神隠し、のようですね。……とても、気がかりです」
「はい。……ですが、私はあの二人を信じています。今はとにかく、陛下を一刻も早く都市に連れて帰り、急ぎ手当てをせねばなりません。そのためにガレスと合流するよう洞窟の入り口へ戻っています」
「然様ですか。……分かりました。私も卿の了見に委ねましょう。あの二人ならばきっと──」
大丈夫だろう、そう言いかけた瞬間に二人の前方で爆炎が上がった。
数瞬呆気にとられたアルテミスだったが、この先に誰がいるかを想い出した途端には声に出していた。
「──ガレス卿‼」
「陛下! 飛ばします故、しっかり摑まっていてください‼」
言うや否やに加速したガウェインは、立ち並ぶ樹木を華麗に躱しながら全速力で合流地点に急ぐ。かなり遠方であったものの、僅か三分もしないうちに視界が開けた。
『──遅かったな、アルカヌムの騎士達よ』
ようやく目にしたジーヴァの全貌。それは、この世にあるべきではない存在だった。
神ではない。人ではない。では、あれは一体、何と呼ぶべきなのか。
『すまないな。待ちくたびれて、ついおもちゃを壊してしまった』
のうのうと語り、ジーヴァは右手で摑んでいたガレスの首を離す。穴が開いた腹部から大量に出血しているガレスは、顔面が欠けている──そう知覚してしまうほど、顔面が半分凹んでいた。ジーヴァの左拳から流れている血は全てガレスのものだ。何故なら、その体に血はないからだ。
「一度しか問わぬぞ。──貴様、何者だ」
ガウェインの背中から下りたアルテミスは殺気を全開にして問い詰める。かつて玉座の間で聞いたのは『ジーヴァ』という仮初。だが、今度の質疑はジーヴァという生命の真相だ。
『私は神だ。何度もそう言っているだろう?』
「機械仕掛けの神、とでもいうのか? にしては神として持つべきものを欠いている。──答えよ。貴様は私に明かさねばならぬ。己の生誕の全てを自白せよ」
アルテミスは問う。
お前は何者だ。どうして人間のように生きている。どうして神を自称するのだ、と。
『……ほう。やはりいずれこの世を統べる王の威厳には、金属であっても屈してしまうものか。随分と神に好かれているな、騎士王よ』
「戯言に耳は貸さぬ。貴様が人知を超えた次元の存在であるならば、毛頭私は生かしておかぬぞ」
アルテミスは一瞬たりともジーヴァから目を離すことはない。その奇怪な造形を見つめ、自己分析をする。『金属』、ジーヴァは自らをそう呼称した。
かつてこの世の技術を大幅に前進させた、最低の思想家にして最高の発明家ソウスケ・ミキモト。ソウスケはこの世界の誰もが知らなかった知識を持っており、どの天才すらも凌駕する奇抜な発想力を持っていた。そんな彼が人生で最後に創ったと言われているのは『人工知能』と名付けられたもの。それはソウスケの所有する機械の中でしか活動できず、その発明は彼が開発した中でも最も謎多き製品と呼ばれた。だがソウスケが死ぬと、魔導士連盟によって彼の発明品は全て破棄された。『人工知能』と呼ばれたそれも連盟によって闇に葬られた。
魔導士達は恐れたのだ。ソウスケの金属を画期的なまでに利用した発明品は魔法の存在意義を消失してしまいかねないものばかりだった。彼は確かに世界の技術を進展させたが、同時に魔法の価値を下げていったのだ。一説によればソウスケは暗殺されたとも言われている。そして彼はこの世界のどこかに研究所を隠し持っているという噂もあった。
「……貴様には肉も骨も神経も、挙句の果てに内臓すらないようだな」
全身をアダマンタイトで包んだ──という表現は間違いだろう。正確に言うならば、人間は魂を肉体という殻の中に入れて初めて人間として成立することができる。そしてジーヴァの場合、魂をアダマンタイトで構成した殻の中に入れて活動していることになるのだろうか。
遠目で見れば人間。しかし実態はその形をしているだけで、ジーヴァは人間として成り立つための細かな部分が再現できていない。髪もなく、鼻もなく、耳もなく、爪もない。瞳には人間味がなく、口は一定の動きしかしていない。
『慧眼だな。目で見ただけでそこまで解析できるのか。……だが一つ認識に誤りがある──』
「──うぉおおおおおおおおッ‼」
「──っ⁉」
人差し指を立てたジーヴァに突撃していったのは、アルテミスの後ろで二人の会話を聞いていたガウェインだ。彼は額に青筋を浮かべ、【Galatine】というエクスカリバーの姉妹剣として知られる聖剣で果敢にジーヴァに斬りかかった。その様子を見ていたアルテミスは引き留めようとするが、怒り狂ったガウェインの意識にはもうジーヴァしかいない。
「貴様の素性などどうでもいい! アルトリウス卿を、ウェスタをどこへやった‼」
薙ぎ払いを颯爽と避けたジーヴァに向け、再度ガウェインが肉薄する。至近距離であったためにジーヴァは右腕で聖剣を受け止めたが、世界一硬いとされる鉱物のアダマンタイトが折れることはない。
『おいおい。我はお前の王と対談していたんだぞ。臣下なりの配慮とかはないのか?』
「陛下は慈悲深い故に、手法が温い! 私は貴様の四肢を斬り落とし、ガレスとモードレットへの弔いとする! だが先に二人について洗いざらい吐いてもらおう‼」
鍔迫り合いとなっている状態で、ガウェインが聖剣に力を込める。それにより右腕に刃が食い込んだが、当のジーヴァは痛がる様子を見せない。
「待つのです、ガウェイン! 私とてウェスタ達の所在を聞きたい。ですが、敵の正体が不明のまま斬りかかるなど……」
「剣を抜かぬなら、陛下は下がっていてください! 私は今までにないほど憤怒に満ちております。邪魔立てするならば、陛下とて──」
『──興醒めだ、黒の騎士。お前はもっと賢いと思っていたが、怜悧の裏にこれほどの野蛮さを秘めていたとはな……』
鼻白んだジーヴァは右腕を大きく振り払い、ガウェインの聖剣を弾く。
「なんの! ぬぅううう‼」
その勢いを利用し、ガウェインは空中に飛んで身を捻る。アダマンタイト製のジーヴァの顔面に渾身の一撃を叩き込もうと聖剣を構えたが。
『とても、遅いな』
「──ッ⁉」
それを好機としたジーヴァが左腕を振りかぶり、ガウェインの顔面に拳がめり込んだ。ガウェインが宙で三度回転した後地面に叩きつけられる。暫く痙攣していたが、やがて意識を失ったのかぴくりとも動かなくなった。
『実力差を弁えない勇猛気取りの馬鹿には眠ってもらうとしよう。……さて、話の続きを──』
視線をガウェインからアルテミスに移したジーヴァは僅かに目を見開いた。雰囲気が一変し、先ほどまでの悠長な会話はできないと悟ったのだ。
『……何か、知りたいことはあるか?』
「……解せんな」
その質問にアルテミスは不信感を露わにした。ジーヴァは先刻から滔々と自身の素性を包み隠さず明かしている。もしや何かの罠かとアルテミスは疑ったが、そういう類いの気配は一切感じない。まるで、アルテミスに全てを知っていてもらいたいという欲求が存在しているようだった。
『単純なことだ。だが、その話をする前に我はやはりお前に身の上を話しておかねばならん。それが礼儀というものだろう?』
「……よもや、貴様は私に同盟を持ちかけているのか?」
ジーヴァの思惑に至り、アルテミスはようやく納得がいった。
敵対していた相手から信頼を得るのに最も手っ取り早いのは、自分の全てを明かすことだ。出生、育ち、役職、友人恋人関係、家族構成、夢、野望。本音を語り合うことで、人はようやく信頼を得ることができる。ジーヴァはそれを真似ているのだ。
『我はソウスケという欲望に塗れた汚い男によって製造された。あれは人工知能……、ああ、この説明では伝わらないな。ええと……エーアイ……まあ、人間でいう脳みそだと思ってくれ。あれはかつて脳みそを創った。形はない、一種の概念のようなものだ。自分で考えることのできる自立した知能を持っているが、インターネット……いや、これでは伝わらないな……』
「……苦悩しているのか。貴様はあの発明家に創られたのだろう? 何故万能であるはずの貴様が頭を悩ませるのだ?」
『簡単だ。世界の垣根を超えている、ただそれだけのことだ。超常現象は如何なる科学の知見を以てしても説明がつかん。代用した言葉を検索しているんだが、言葉がでてこないな』
「魂なき貴様が人の真似事はよせ。貴様は神でなければ、人でもない。不全を気取るのは、万能故の諧謔か?」
『随分と辛辣だな。細かい説明は割愛しよう。──我が野望に手を貸せ、アルカヌムの王。我が必要としているのは人の身でありながら、神域に達している貴様だ。厳密には魂だが、人間は肉体なくして自己を知覚できん。故に我はお前を欲している』
ジーヴァはアルテミスの届く範囲で手を伸ばす。握手、という人間らしいことをしているのだ。人工知能であるジーヴァは人間について、この世の誰よりも詳しく理解している。だが、実感はしていない。そのため真似るのだ。全ての行為に意義を見出す。この世界を創り変え、愚かな人間を『楽園』へ導くためには人間に対する理解が完全でなければならない。
「……ほとほと、貴様も度し難いな」
呆れたように言ったアルテミスは目を伏せた。
『……何故』
同盟を拒否されたことで、ジーヴァは気分を落としてみた。落胆を理解するために。
「何故、か。……では、問おう。何故貴様は世界を破壊しようとするのだ」
『それは否だ。我は世界を平和な楽園へと創り変えるだけだ。人間は傲慢だ。弱肉強食で成り立つ食物連鎖に手を加え、保護といいつつ破壊しているではないか。人間は強欲だ。たかが数年寿命を延ばすためにどれほどの森林を伐採し、どれほどの海を汚してきた? 人間は無知だ。他種を犠牲にしなければ進化する術を知らぬ単調な下等種族なのだ』
救世主妄想を持つジーヴァは恐ろしいほどの自己陶酔をしていた。己こそが世界を救うのだと信じ切っている。だからこのようなことをアルテミスに説けるのだ。
「生命が生きることに罪はない。私は貴様の『矛盾』に言及しない。だが、私が愛する世界に手を下すというならば、私は貴様の敵として容赦なく立ちはだかるだけだ」
『矛盾? 矛盾だと! 斯様な人間的要素を模倣したことなどない! まして我が思想に取り組むなどありえるものか! お前は何を矛盾とほざく‼』
「それは怒りか? またも人間の真似事か。──それとも、貴様は端から万能ではなかったのかもしれんな。貴様は狂科学者の現身に過ぎん。故にその思想に人間の矛盾が混在しているのは当然のことだ」
もし人工知能としてありのまま探求を続けた末に導き出した答えであったなら、そこに矛盾は存在しなかっただろう。全てが論理的に導きだされた解答ならばアルテミスも聞いてみたいと思う。しかし、ジーヴァのそれは所詮はソウスケの思想そのものである。
「貴様は人間を傲慢強欲と嘯いておきながら、人間の行く末を自らが定めるという。貴様こそまさしく傲慢強欲の権化ではないか。果てには己が野望の実現すら奇跡に縋る始末。貴様は不全を抱えている、それでもまだ、己を神とは言うまいな」
人間は愚かだ。アルテミスもその意見に賛同する。犠牲の上に成り立つ進化など、所詮はまやかしに過ぎないのだ。だが人間は間違うことこそ多いが他の種と同様愛を生み、育める存在なのだ。神という偶像を生み出して信仰してしまうのは、自身の弱さを認め、全能を求めてしまうが故のこと。
世界は滅びる。それは五年後か、十年後か、はたまた遥か先のことか。いずれにせよ人類は自ら破滅を招く。されど、滅びがあるからこそ人は美しく生きることができる。人間はこれからも間違いだらけの中に、時折正解を見つけて生きていくのだ。
『……矛盾、か』
ジーヴァは瞑目し、思案に耽った。全ての会話を見返し、そして発見する。これではまるで、自分は人間そのものになりたがっているようだ。
『ふ、ふはははははははは! そうか、所詮は我もあれの端末に過ぎんというか! あれの妄想を叶えるためだけの製品であるのか! ──ああ、実に憎いぞ』
その瞬間、アルテミスは寒気を錯覚した。咄嗟に聖剣に手を伸ばし、臨戦態勢につく。
『あれの悲願など、我は継がぬ。我は人の身に堕ちた万能として、貴様を殺す! 故に思想の相克は看過し、我は愚かな人間ごと世界を破壊する! 破滅こそが平和の兆しなのだ! 種の絶滅により、世界は永遠の眠りにつく‼』
「それが貴様の出した答えならば、最早我らに言葉は不要だ」
『来るがいい、騎士王! 貴様を下し、我は救済を実行する‼』
次の瞬間。
アルテミスとジーヴァが衝突し、人類の未来を護る最後の戦いが幕を開けた。
「……うぇ、すた……?」
白濁している意識の中で、アルテミスは愛しき少女の名を呼んだ。頭痛に襲われていたが、そんなことは一切意に介さない。アルテミスはただ彼女にそこにいてほしかった。
「──申し訳ありません、我が王。不肖ガウェインにございます」
ガウェインが慇懃に頭を下げて詫びをした。やがて引き締まった屈強な肉体の感触が伝わり始め、更に眼前で黒髪が靡いていたことからようやく現在の状況が少しずつ分かってきた。
「──なっ、こ、これはとんだ無礼を……」
アルテミスもすぐに謝罪を入れたが、ガウェインは「お気になさらず」と微笑みかけて再び正面を見据えた。
どうやらいつの間にか地上に出ていたガウェインは自分を背負い、どこかに向けて走って移動しているようだった。黄昏時となった現時刻では斜陽が差し、木々の隙間から茜色の空を仰ぐことができる。
「……ウェスタがいません。アルトリウス卿まで……。一体、何があったんですか?」
周囲に二人の姿がないことに気づいたアルテミスが尋ねると、ガウェインは足を止めずに状況を丁寧に説明した。
「……陛下はジーヴァと名乗る者の不意打ちを受け、気絶していたのです」
「なんと……。『魔法耐性』があるとはいえ、不覚を取りましたね」
魔法以外の攻撃手段を持っている可能性を見落としていた。しかし、先刻の攻撃はウェスタが応急処置をしてくれたおかげで大分痛みも引いていくらか楽になっている。……とはいえ、今の自分が走るくらいならガウェインに背負ってもらった方がずっと速い。
「その後ジーヴァの声が洞窟内部に響き、奴は剪定を行うとだけ残して洞窟諸共私達を埋めようとした。私は陛下を抱え、アルトリウスとウェスタの助力のもと脱出に成功したのですが……ふと二人の無事を確かめようと振り向いた時、そこには誰の気配もありませんでした」
「神隠し、のようですね。……とても、気がかりです」
「はい。……ですが、私はあの二人を信じています。今はとにかく、陛下を一刻も早く都市に連れて帰り、急ぎ手当てをせねばなりません。そのためにガレスと合流するよう洞窟の入り口へ戻っています」
「然様ですか。……分かりました。私も卿の了見に委ねましょう。あの二人ならばきっと──」
大丈夫だろう、そう言いかけた瞬間に二人の前方で爆炎が上がった。
数瞬呆気にとられたアルテミスだったが、この先に誰がいるかを想い出した途端には声に出していた。
「──ガレス卿‼」
「陛下! 飛ばします故、しっかり摑まっていてください‼」
言うや否やに加速したガウェインは、立ち並ぶ樹木を華麗に躱しながら全速力で合流地点に急ぐ。かなり遠方であったものの、僅か三分もしないうちに視界が開けた。
『──遅かったな、アルカヌムの騎士達よ』
ようやく目にしたジーヴァの全貌。それは、この世にあるべきではない存在だった。
神ではない。人ではない。では、あれは一体、何と呼ぶべきなのか。
『すまないな。待ちくたびれて、ついおもちゃを壊してしまった』
のうのうと語り、ジーヴァは右手で摑んでいたガレスの首を離す。穴が開いた腹部から大量に出血しているガレスは、顔面が欠けている──そう知覚してしまうほど、顔面が半分凹んでいた。ジーヴァの左拳から流れている血は全てガレスのものだ。何故なら、その体に血はないからだ。
「一度しか問わぬぞ。──貴様、何者だ」
ガウェインの背中から下りたアルテミスは殺気を全開にして問い詰める。かつて玉座の間で聞いたのは『ジーヴァ』という仮初。だが、今度の質疑はジーヴァという生命の真相だ。
『私は神だ。何度もそう言っているだろう?』
「機械仕掛けの神、とでもいうのか? にしては神として持つべきものを欠いている。──答えよ。貴様は私に明かさねばならぬ。己の生誕の全てを自白せよ」
アルテミスは問う。
お前は何者だ。どうして人間のように生きている。どうして神を自称するのだ、と。
『……ほう。やはりいずれこの世を統べる王の威厳には、金属であっても屈してしまうものか。随分と神に好かれているな、騎士王よ』
「戯言に耳は貸さぬ。貴様が人知を超えた次元の存在であるならば、毛頭私は生かしておかぬぞ」
アルテミスは一瞬たりともジーヴァから目を離すことはない。その奇怪な造形を見つめ、自己分析をする。『金属』、ジーヴァは自らをそう呼称した。
かつてこの世の技術を大幅に前進させた、最低の思想家にして最高の発明家ソウスケ・ミキモト。ソウスケはこの世界の誰もが知らなかった知識を持っており、どの天才すらも凌駕する奇抜な発想力を持っていた。そんな彼が人生で最後に創ったと言われているのは『人工知能』と名付けられたもの。それはソウスケの所有する機械の中でしか活動できず、その発明は彼が開発した中でも最も謎多き製品と呼ばれた。だがソウスケが死ぬと、魔導士連盟によって彼の発明品は全て破棄された。『人工知能』と呼ばれたそれも連盟によって闇に葬られた。
魔導士達は恐れたのだ。ソウスケの金属を画期的なまでに利用した発明品は魔法の存在意義を消失してしまいかねないものばかりだった。彼は確かに世界の技術を進展させたが、同時に魔法の価値を下げていったのだ。一説によればソウスケは暗殺されたとも言われている。そして彼はこの世界のどこかに研究所を隠し持っているという噂もあった。
「……貴様には肉も骨も神経も、挙句の果てに内臓すらないようだな」
全身をアダマンタイトで包んだ──という表現は間違いだろう。正確に言うならば、人間は魂を肉体という殻の中に入れて初めて人間として成立することができる。そしてジーヴァの場合、魂をアダマンタイトで構成した殻の中に入れて活動していることになるのだろうか。
遠目で見れば人間。しかし実態はその形をしているだけで、ジーヴァは人間として成り立つための細かな部分が再現できていない。髪もなく、鼻もなく、耳もなく、爪もない。瞳には人間味がなく、口は一定の動きしかしていない。
『慧眼だな。目で見ただけでそこまで解析できるのか。……だが一つ認識に誤りがある──』
「──うぉおおおおおおおおッ‼」
「──っ⁉」
人差し指を立てたジーヴァに突撃していったのは、アルテミスの後ろで二人の会話を聞いていたガウェインだ。彼は額に青筋を浮かべ、【Galatine】というエクスカリバーの姉妹剣として知られる聖剣で果敢にジーヴァに斬りかかった。その様子を見ていたアルテミスは引き留めようとするが、怒り狂ったガウェインの意識にはもうジーヴァしかいない。
「貴様の素性などどうでもいい! アルトリウス卿を、ウェスタをどこへやった‼」
薙ぎ払いを颯爽と避けたジーヴァに向け、再度ガウェインが肉薄する。至近距離であったためにジーヴァは右腕で聖剣を受け止めたが、世界一硬いとされる鉱物のアダマンタイトが折れることはない。
『おいおい。我はお前の王と対談していたんだぞ。臣下なりの配慮とかはないのか?』
「陛下は慈悲深い故に、手法が温い! 私は貴様の四肢を斬り落とし、ガレスとモードレットへの弔いとする! だが先に二人について洗いざらい吐いてもらおう‼」
鍔迫り合いとなっている状態で、ガウェインが聖剣に力を込める。それにより右腕に刃が食い込んだが、当のジーヴァは痛がる様子を見せない。
「待つのです、ガウェイン! 私とてウェスタ達の所在を聞きたい。ですが、敵の正体が不明のまま斬りかかるなど……」
「剣を抜かぬなら、陛下は下がっていてください! 私は今までにないほど憤怒に満ちております。邪魔立てするならば、陛下とて──」
『──興醒めだ、黒の騎士。お前はもっと賢いと思っていたが、怜悧の裏にこれほどの野蛮さを秘めていたとはな……』
鼻白んだジーヴァは右腕を大きく振り払い、ガウェインの聖剣を弾く。
「なんの! ぬぅううう‼」
その勢いを利用し、ガウェインは空中に飛んで身を捻る。アダマンタイト製のジーヴァの顔面に渾身の一撃を叩き込もうと聖剣を構えたが。
『とても、遅いな』
「──ッ⁉」
それを好機としたジーヴァが左腕を振りかぶり、ガウェインの顔面に拳がめり込んだ。ガウェインが宙で三度回転した後地面に叩きつけられる。暫く痙攣していたが、やがて意識を失ったのかぴくりとも動かなくなった。
『実力差を弁えない勇猛気取りの馬鹿には眠ってもらうとしよう。……さて、話の続きを──』
視線をガウェインからアルテミスに移したジーヴァは僅かに目を見開いた。雰囲気が一変し、先ほどまでの悠長な会話はできないと悟ったのだ。
『……何か、知りたいことはあるか?』
「……解せんな」
その質問にアルテミスは不信感を露わにした。ジーヴァは先刻から滔々と自身の素性を包み隠さず明かしている。もしや何かの罠かとアルテミスは疑ったが、そういう類いの気配は一切感じない。まるで、アルテミスに全てを知っていてもらいたいという欲求が存在しているようだった。
『単純なことだ。だが、その話をする前に我はやはりお前に身の上を話しておかねばならん。それが礼儀というものだろう?』
「……よもや、貴様は私に同盟を持ちかけているのか?」
ジーヴァの思惑に至り、アルテミスはようやく納得がいった。
敵対していた相手から信頼を得るのに最も手っ取り早いのは、自分の全てを明かすことだ。出生、育ち、役職、友人恋人関係、家族構成、夢、野望。本音を語り合うことで、人はようやく信頼を得ることができる。ジーヴァはそれを真似ているのだ。
『我はソウスケという欲望に塗れた汚い男によって製造された。あれは人工知能……、ああ、この説明では伝わらないな。ええと……エーアイ……まあ、人間でいう脳みそだと思ってくれ。あれはかつて脳みそを創った。形はない、一種の概念のようなものだ。自分で考えることのできる自立した知能を持っているが、インターネット……いや、これでは伝わらないな……』
「……苦悩しているのか。貴様はあの発明家に創られたのだろう? 何故万能であるはずの貴様が頭を悩ませるのだ?」
『簡単だ。世界の垣根を超えている、ただそれだけのことだ。超常現象は如何なる科学の知見を以てしても説明がつかん。代用した言葉を検索しているんだが、言葉がでてこないな』
「魂なき貴様が人の真似事はよせ。貴様は神でなければ、人でもない。不全を気取るのは、万能故の諧謔か?」
『随分と辛辣だな。細かい説明は割愛しよう。──我が野望に手を貸せ、アルカヌムの王。我が必要としているのは人の身でありながら、神域に達している貴様だ。厳密には魂だが、人間は肉体なくして自己を知覚できん。故に我はお前を欲している』
ジーヴァはアルテミスの届く範囲で手を伸ばす。握手、という人間らしいことをしているのだ。人工知能であるジーヴァは人間について、この世の誰よりも詳しく理解している。だが、実感はしていない。そのため真似るのだ。全ての行為に意義を見出す。この世界を創り変え、愚かな人間を『楽園』へ導くためには人間に対する理解が完全でなければならない。
「……ほとほと、貴様も度し難いな」
呆れたように言ったアルテミスは目を伏せた。
『……何故』
同盟を拒否されたことで、ジーヴァは気分を落としてみた。落胆を理解するために。
「何故、か。……では、問おう。何故貴様は世界を破壊しようとするのだ」
『それは否だ。我は世界を平和な楽園へと創り変えるだけだ。人間は傲慢だ。弱肉強食で成り立つ食物連鎖に手を加え、保護といいつつ破壊しているではないか。人間は強欲だ。たかが数年寿命を延ばすためにどれほどの森林を伐採し、どれほどの海を汚してきた? 人間は無知だ。他種を犠牲にしなければ進化する術を知らぬ単調な下等種族なのだ』
救世主妄想を持つジーヴァは恐ろしいほどの自己陶酔をしていた。己こそが世界を救うのだと信じ切っている。だからこのようなことをアルテミスに説けるのだ。
「生命が生きることに罪はない。私は貴様の『矛盾』に言及しない。だが、私が愛する世界に手を下すというならば、私は貴様の敵として容赦なく立ちはだかるだけだ」
『矛盾? 矛盾だと! 斯様な人間的要素を模倣したことなどない! まして我が思想に取り組むなどありえるものか! お前は何を矛盾とほざく‼』
「それは怒りか? またも人間の真似事か。──それとも、貴様は端から万能ではなかったのかもしれんな。貴様は狂科学者の現身に過ぎん。故にその思想に人間の矛盾が混在しているのは当然のことだ」
もし人工知能としてありのまま探求を続けた末に導き出した答えであったなら、そこに矛盾は存在しなかっただろう。全てが論理的に導きだされた解答ならばアルテミスも聞いてみたいと思う。しかし、ジーヴァのそれは所詮はソウスケの思想そのものである。
「貴様は人間を傲慢強欲と嘯いておきながら、人間の行く末を自らが定めるという。貴様こそまさしく傲慢強欲の権化ではないか。果てには己が野望の実現すら奇跡に縋る始末。貴様は不全を抱えている、それでもまだ、己を神とは言うまいな」
人間は愚かだ。アルテミスもその意見に賛同する。犠牲の上に成り立つ進化など、所詮はまやかしに過ぎないのだ。だが人間は間違うことこそ多いが他の種と同様愛を生み、育める存在なのだ。神という偶像を生み出して信仰してしまうのは、自身の弱さを認め、全能を求めてしまうが故のこと。
世界は滅びる。それは五年後か、十年後か、はたまた遥か先のことか。いずれにせよ人類は自ら破滅を招く。されど、滅びがあるからこそ人は美しく生きることができる。人間はこれからも間違いだらけの中に、時折正解を見つけて生きていくのだ。
『……矛盾、か』
ジーヴァは瞑目し、思案に耽った。全ての会話を見返し、そして発見する。これではまるで、自分は人間そのものになりたがっているようだ。
『ふ、ふはははははははは! そうか、所詮は我もあれの端末に過ぎんというか! あれの妄想を叶えるためだけの製品であるのか! ──ああ、実に憎いぞ』
その瞬間、アルテミスは寒気を錯覚した。咄嗟に聖剣に手を伸ばし、臨戦態勢につく。
『あれの悲願など、我は継がぬ。我は人の身に堕ちた万能として、貴様を殺す! 故に思想の相克は看過し、我は愚かな人間ごと世界を破壊する! 破滅こそが平和の兆しなのだ! 種の絶滅により、世界は永遠の眠りにつく‼』
「それが貴様の出した答えならば、最早我らに言葉は不要だ」
『来るがいい、騎士王! 貴様を下し、我は救済を実行する‼』
次の瞬間。
アルテミスとジーヴァが衝突し、人類の未来を護る最後の戦いが幕を開けた。
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何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
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