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二章
十五幕『赤髪の騎士』
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「──貴方が彼を守護するの何故ですか、ガレス卿。卿は私の臣下、アルカヌムを守護する四星騎士の一柱。その盾が防ぐべきは、私の刃ではないはずです」
【現世へ終焉を齎す導きの聖剣】によって世界が一瞬暗転し、その間に勝敗は決したはずだった。しかし、アルテミスの一撃は大盾を所持した赤髪の騎士によって阻まれている。無論、防御は完璧ではない。ガレスの左半身は消え去り、そこから内臓が零れ落ちている。更にガレスの後ろで岩に寄っかかって倒れているソウスケは外傷によってエネルギー漏れが起きており、身体中所々で火花が散っていた。
「……あぁ~、悪いな、陛下。俺だってアルカヌムの女は美人で尻軽で気に入ってたんだが、ついにこの日が来ちまったぜ」
白目を剥き出しにして立っていたガレスが下衆な笑みを浮かべる。その直後にガレスの肉が蠢き、徐々に失われた半身の修復を始めていく。
「既に人ならざる者へ堕ちていましたか。そんな愚者が誇り高き四星騎士を名乗っていたとは……恥を知りなさい、ガレス。貴方の罪は万死に値します」
「罪、だとぉお~? はっ、笑わせんなよ生娘が。あんたは俺達を働かせるばかりで、自分は豪奢なお城に籠りっぱなしじゃねえか。だが俺は知ってるぜ? あんたが剣を執るのは──ウェスタを護る時だけだ」
その発言にアルテミスの柳眉がぴくりと動いた。微かな動揺だったが、その反応をみたガレスは下衆の笑みを更に深く刻む。
「かの王が女好きだったとはな? こりゃあ、大変な事実じゃねえか。元老院が知ったらなんて言うだろうな?」
「……貴方はいつから、彼らと手を組んだのですか」
「知りてえか?」
ガレスは復活した左手の指を五本全て立てた。
「五年前の白竜討伐遠征時、俺の友が死んだのを覚えているな?」
「……ギャラハッドですね。貴方の使用するその大盾も、ギャラハッドの遺品だと」
かつてガレスは大斧を振るう勇猛な戦士ではあったが四星騎士ではなかった。それに対し、ギャラハッドは大盾を得物とする四星騎士の初期構成員であり、アルカヌム騎士団の副団長だった。
しかし五年前、撃退したはずの白竜が再び姿を見せ、都市郊外の小さな村々を襲った。当時から騎士団団長にして四星騎士の統括であったアルトリウスが作戦の総司令官を務め、四星騎士を始めとする多くの近衛兵が派遣された。遠征では多くの犠牲を払ったものの、無事討伐には成功した。しかし白竜が死に際に放った一撃から騎士達を護るためにギャラハッドが犠牲となった。
「その時、お前は何故か安全な都市に残った。理由を聞いても答えるどころか相手にもしてくれなかったな? ……事実としてギャラハッドを殺したのは白竜だが、俺の友を殺したのはあんたなんだよ」
ガレスとギャラハッドは無二の親友であり、朝な夕な稽古に熱を入れていたのをアルテミスも目にしている。遠征から帰還したガレスは真っ先に玉座の間に赴き、アルテミスを糾弾した。
──何故、陛下が自ら出陣し、我が友を庇護して下さらなかったのですか。
沈痛な面持ちで迫られたが、アルテミスは答えることができなかった。彼女は当時山脈で深淵への入り口が発見され、単独でその調査に出向いていた。もし元老院に察知されてしまえば、そちらにも多くの近衛騎士が派遣されてしまう。白竜の討伐よりも危険が高いとされていた調査を極秘に行っていたため、アルテミスは黙秘を貫くしかなかった。後にアルトリウスとウェスタを率いて深淵に潜った際に二人には事情を話したが、ガウェインやガレスには言えず仕舞いだった。
「あんたは結局、ウェスタのことしか頭にねえ。白竜討伐の際も、あいつは後方支援だった。ここまで露骨に贔屓されたらよ、忠誠とか馬鹿らしくなってな。矢先にここの教祖に話しを持ちかけられたんだよ。『いずれ来たる時に手を貸せ』ってな」
アルテミスに絶望し、友を失ったことで憔悴していたガレスは、当時優秀な人材を探していたフォールにとっていい鴨だった。
「五年共に過ごしましたが、貴方から裏切りの香りはしなかった。何故、まるで想い出したかのように寝返ったのです」
アルテミスは真偽を見抜く鋭い目を持っている。その洞察力は高く、謀反を企む騎士は過去に三人いたが、いずれもアルテミスに心を透かされたことで計画は実行前に発覚している。ガレスはモードレッドに引けを取らないくらい気性が荒い男だ。嘘はお世辞にも上手いとは言えない。
「──それは、私が細工したことまでよ」
アルテミスは視線をガレスからその声の主へ逸らす。ソウスケが倒れ込んでいる岩の上に一匹の百足がいた。そしてどこからともなく湧き出るように五十匹近い百足が続々と現れ、岩の上で絡み合い始める。
「計画に必要なのは現在の貴様であって、過去の貴様ではなかったからな。故にその記憶を奪って置き、そして我が神と接触した際に記憶が戻るように設定した。そしてそれは首尾よく奏功した。貴様は我が神を護り通し、貴様自身も仮不死にて無傷のままだ」
やがて集合した百足は老人を模った。パリスやモードレッドを傀儡としてウェスタを苦しめた張本人、黒魔術の使い手フォールだ。
「はっ、あんたの魔術には感謝してるよ。俺はあんたらみたいにこいつを神様神様って崇めるいかれたカルト教団の仲間じゃねえからな。この力がなきゃあ、むざむざ死にには行かねえよ!」
盾を地面に立てて、ガレスはフォールの方を見て豪快に笑った。彼はギャラハッドの盾を使ってアルテミスの攻撃を防いだ。本来死ぬはずだったソウスケは重傷ながらも生き残り、左半身が消し飛んだはずのガレスは何事もなく生きている。
「ガレス、貴方は私に復讐したいのですか?」
率直にアルテミスが問うと、ガレスは突如冷ややかな目で彼女を見つめた。
「……ああ、そうだよ。俺は友を見殺しにしたあんたが心底憎かった。だからこいつらに手を貸すことにしたのさ」
「復讐は無為であると知りながら、貴方のような人間は復讐心に駆り立てられる。故にその連鎖は止まらぬのです。ギャラハッドの訃報は私も心を痛めた。ですが、彼は『盾の騎士』として仲間を護った。それはまさしく名誉の死。騎士としてあるべき模範です。……しかし貴方は違う。以来貴方は淫らな快楽に耽り、部下に暴行を働いた。救いようのない、哀れな騎士です」
アルテミスは度々ガレスを咎めた。だがガレスは聞く耳を持たず、仮令フォールとの密会の記憶がなくとも勤務時以外は自室にいることが多かった。四星騎士の体を保つために玉座の間では従順であったが、しかし任務に関して反発された回数は両手の指でも足らない。
「けっ、この状況でご高閲垂れるとはな。あんた、いつまで俺の上にいる気だ? こんなやつのためにギャラハッドは死んだのか。そのぼろくその鎧と服を剥いで、剣置いて全裸で膝をついて泣きながら命乞いすれば生かしてやってもよかったが、その目は俺の癪にひどく障るな。ついつい、ぶち殺したくなっちまうぜ‼」
ガレスは怒りに任せ大盾を地面に叩きつける。もしアルテミスが説教を続ければ、間違いなくガレスは襲い掛かってくるだろう。仮令不死を有していようが、ガレスでは永遠にアルテミスに敵わないことにフォールは気づいているが、その猛りを諫めようとはしない。
「……ガレス」
そしてアルテミスは状況を把握していながら、恐れず口を開く。
「友の忠誠を、貴様に語る資格はない」
「──ッ‼ 女の分際で調子のんなぁああああ‼」
顔を真っ赤にしたガレスが大盾を振り上げ、地面に刺していた先端をアルテミスに向けて振り下ろす。ガレスはガウェインほどではないが金剛力の持ち主だ。鋭い切れ味がなくとも、命中すればアルテミスはただでは済まないだろう。だが、直撃を目前にして、狭間に金の剣閃が介入する。
「のわっ⁉」
ガレスの両腕が切り離され、大盾が地面に落ちる。そして追い討ちとばかりにがら空きになっていたガレスの腹部へ回し蹴りがめり込んだ。あまりの猛攻にガレスは割り込んできた正体を視認する間もなく吹き飛び樹木に激突した。
「──無事ですか、我が王よ」
「ええ、アルトリウス卿。ガレスは過去に敵方に唆され、見ての通り謀反を起こしました」
アルテミスは正面に佇んだアルトリウスと情報を共有する。しかしアルテミスはすぐにアルトリウスの異変を察した。
「もしや、怪我を……」
「よいのです。これくらい、手当てせずとも戦いに支障はきたしませぬ」
足元にできた赤い斑点を見て、アルトリウスが重傷を負っていることに気が付いた。しかしアルトリウスは首を振って戦線離脱を拒否する。
「お、のれぇえええええ! アルトリウス! そこの女は異常なほどにウェスタを贔屓しているのだぞ! その意味が、お前に分かるか‼」
「我は王の意を汲み、その全てを尊重している! 国賊に貸す耳はない!」
起き上がったガレスに向けてすかさずアルトリウスは迫撃を試みるが、両者の間に突如百足の壁が地面より上がってきた。高さは六メートルほどしかないが、戦闘を一時でも中断するのはそれで事足りる。
アルトリウスは百足の壁を袈裟切りを交差させることで破壊した。既に両腕が再生して大盾を構えているガレスはアルトリウスを見つけた瞬間に飛びかかろうとするが。
『──ガレス、盲目な盾の騎士よ。貴様は取引相手である私を、いつまでこの状態にしておくつもりだ?』
声音に不調が見られるそれは、全身から火花を散らすソウスケのものだった。彼は半壊した全身を無理やり起こすと、ガレスの右肩に手を置いて耳に口を近づけて何かを囁いた。
「……けっ。興が失せたぜ」
それを受けて舌打ちと共に吐き捨てたガレスは殺気を消した。それはつまりこれ以上戦闘を続ける意思がないということだ。
「何を聞かされたのかは尋ねません。仮令根拠なき妄言であってもガレス、貴方にはもう私の言葉は聞こえないでしょう」
諦観を持ったアルテミスはそう言って聖剣を収めた。アルトリウスもその意を汲み、剣気を雲散させて聖剣を鞘に収める。
『どうやら、ジーヴァは失敗したようだな。聖杯の管理を人間に任せるとはな……』
今にも停止しそうな音声でソウスケは続けた。それは言外に、聖杯を失っている状態であることを示唆している。
「アルトリウス卿、卿はまさか……」
そしてその可能性を思いついたアルテミスはアルトリウスに目を向ける。
「……我が王、聖杯は無事回収致しました。どうぞ、これを」
その視線を受け取ったアルトリウスは懐から黄金色の光を放ち続ける杯を取り出した。直視し続ければ目眩を覚えそうなその輝きは、数少ない文献に綴られている『聖杯』そのものだ。
『……だが、みすみす私が諦めると思うか?』
「思わんな。しかし、今の貴様は絶命寸前。何ができると嘯く?」
『時機は、近い……』
ソウスケが不敵な音声を残した途端、ガレスが地面に大盾を突きたてる。その動作に先刻のような怒りは含まれておらず、ガレスには明確な意図があった。
「【我が声に応えよ故友】!」
詠唱によりガレスの盾が光の粒子となって消滅、同時にアルトリウスの目前で不可視の完全結界が展開された。
「……なるほど。してやられたわけですね」
不可視のため、敵の動きは筒抜けだ。結界の向こうではフォールが黒魔術の一つ【転移】を発動するために詠唱を行っている最中。しかし、ガレスの発動した【ジ・インヴィジブル・シールド】はギャラハッドのものとほぼ同等の完璧な防御性能が再現されている。まず結界がある限り、姿が見えていようともアルテミス達が向こう側に接触することは絶対にできない。それはまさしく不壊の盾なのだ。
着々と【転移】の詠唱が進む中、ソウスケがアルテミスの方へ右足を引きずりながら寄ってくる。結界まで迫ったソウスケは、そこに拳を叩きつけて目を見開いた。
『……七日後、アルカヌムを襲撃する。精々守るがいい。だが、我らは是が非でも聖杯を取り返すぞ』
宣戦布告を受け、アルテミスも結界へ歩み寄る。
「アルカヌムも世界も、必ず守り抜いて見せます」
威風堂々と言い放ち、アルテミスは踵を返して歩き出す。どうせ【転移】されては追跡ができない。ならば早々にウェスタと合流して帰還し、来たる大戦に備えるべきだと判断した。
『戦が起これば、貴様以外の多くが死ぬるぞ』
結界越しに覚悟を問われた気がした。ソウスケの言う通り、戦争が勃発すれば多くの犠牲を敷くことになる。しかし、それは今までに何度も経験してきたことだ。今更恐れ、聖杯を手放す理由にはならない。
「──私達は未来を護る。恐れはない」
その瞬間、【転移】が発動する。
不可視の結界も同時に消え去り、残ったのは蹂躙された森林の中に佇む二人の騎士だけだった。
【現世へ終焉を齎す導きの聖剣】によって世界が一瞬暗転し、その間に勝敗は決したはずだった。しかし、アルテミスの一撃は大盾を所持した赤髪の騎士によって阻まれている。無論、防御は完璧ではない。ガレスの左半身は消え去り、そこから内臓が零れ落ちている。更にガレスの後ろで岩に寄っかかって倒れているソウスケは外傷によってエネルギー漏れが起きており、身体中所々で火花が散っていた。
「……あぁ~、悪いな、陛下。俺だってアルカヌムの女は美人で尻軽で気に入ってたんだが、ついにこの日が来ちまったぜ」
白目を剥き出しにして立っていたガレスが下衆な笑みを浮かべる。その直後にガレスの肉が蠢き、徐々に失われた半身の修復を始めていく。
「既に人ならざる者へ堕ちていましたか。そんな愚者が誇り高き四星騎士を名乗っていたとは……恥を知りなさい、ガレス。貴方の罪は万死に値します」
「罪、だとぉお~? はっ、笑わせんなよ生娘が。あんたは俺達を働かせるばかりで、自分は豪奢なお城に籠りっぱなしじゃねえか。だが俺は知ってるぜ? あんたが剣を執るのは──ウェスタを護る時だけだ」
その発言にアルテミスの柳眉がぴくりと動いた。微かな動揺だったが、その反応をみたガレスは下衆の笑みを更に深く刻む。
「かの王が女好きだったとはな? こりゃあ、大変な事実じゃねえか。元老院が知ったらなんて言うだろうな?」
「……貴方はいつから、彼らと手を組んだのですか」
「知りてえか?」
ガレスは復活した左手の指を五本全て立てた。
「五年前の白竜討伐遠征時、俺の友が死んだのを覚えているな?」
「……ギャラハッドですね。貴方の使用するその大盾も、ギャラハッドの遺品だと」
かつてガレスは大斧を振るう勇猛な戦士ではあったが四星騎士ではなかった。それに対し、ギャラハッドは大盾を得物とする四星騎士の初期構成員であり、アルカヌム騎士団の副団長だった。
しかし五年前、撃退したはずの白竜が再び姿を見せ、都市郊外の小さな村々を襲った。当時から騎士団団長にして四星騎士の統括であったアルトリウスが作戦の総司令官を務め、四星騎士を始めとする多くの近衛兵が派遣された。遠征では多くの犠牲を払ったものの、無事討伐には成功した。しかし白竜が死に際に放った一撃から騎士達を護るためにギャラハッドが犠牲となった。
「その時、お前は何故か安全な都市に残った。理由を聞いても答えるどころか相手にもしてくれなかったな? ……事実としてギャラハッドを殺したのは白竜だが、俺の友を殺したのはあんたなんだよ」
ガレスとギャラハッドは無二の親友であり、朝な夕な稽古に熱を入れていたのをアルテミスも目にしている。遠征から帰還したガレスは真っ先に玉座の間に赴き、アルテミスを糾弾した。
──何故、陛下が自ら出陣し、我が友を庇護して下さらなかったのですか。
沈痛な面持ちで迫られたが、アルテミスは答えることができなかった。彼女は当時山脈で深淵への入り口が発見され、単独でその調査に出向いていた。もし元老院に察知されてしまえば、そちらにも多くの近衛騎士が派遣されてしまう。白竜の討伐よりも危険が高いとされていた調査を極秘に行っていたため、アルテミスは黙秘を貫くしかなかった。後にアルトリウスとウェスタを率いて深淵に潜った際に二人には事情を話したが、ガウェインやガレスには言えず仕舞いだった。
「あんたは結局、ウェスタのことしか頭にねえ。白竜討伐の際も、あいつは後方支援だった。ここまで露骨に贔屓されたらよ、忠誠とか馬鹿らしくなってな。矢先にここの教祖に話しを持ちかけられたんだよ。『いずれ来たる時に手を貸せ』ってな」
アルテミスに絶望し、友を失ったことで憔悴していたガレスは、当時優秀な人材を探していたフォールにとっていい鴨だった。
「五年共に過ごしましたが、貴方から裏切りの香りはしなかった。何故、まるで想い出したかのように寝返ったのです」
アルテミスは真偽を見抜く鋭い目を持っている。その洞察力は高く、謀反を企む騎士は過去に三人いたが、いずれもアルテミスに心を透かされたことで計画は実行前に発覚している。ガレスはモードレッドに引けを取らないくらい気性が荒い男だ。嘘はお世辞にも上手いとは言えない。
「──それは、私が細工したことまでよ」
アルテミスは視線をガレスからその声の主へ逸らす。ソウスケが倒れ込んでいる岩の上に一匹の百足がいた。そしてどこからともなく湧き出るように五十匹近い百足が続々と現れ、岩の上で絡み合い始める。
「計画に必要なのは現在の貴様であって、過去の貴様ではなかったからな。故にその記憶を奪って置き、そして我が神と接触した際に記憶が戻るように設定した。そしてそれは首尾よく奏功した。貴様は我が神を護り通し、貴様自身も仮不死にて無傷のままだ」
やがて集合した百足は老人を模った。パリスやモードレッドを傀儡としてウェスタを苦しめた張本人、黒魔術の使い手フォールだ。
「はっ、あんたの魔術には感謝してるよ。俺はあんたらみたいにこいつを神様神様って崇めるいかれたカルト教団の仲間じゃねえからな。この力がなきゃあ、むざむざ死にには行かねえよ!」
盾を地面に立てて、ガレスはフォールの方を見て豪快に笑った。彼はギャラハッドの盾を使ってアルテミスの攻撃を防いだ。本来死ぬはずだったソウスケは重傷ながらも生き残り、左半身が消し飛んだはずのガレスは何事もなく生きている。
「ガレス、貴方は私に復讐したいのですか?」
率直にアルテミスが問うと、ガレスは突如冷ややかな目で彼女を見つめた。
「……ああ、そうだよ。俺は友を見殺しにしたあんたが心底憎かった。だからこいつらに手を貸すことにしたのさ」
「復讐は無為であると知りながら、貴方のような人間は復讐心に駆り立てられる。故にその連鎖は止まらぬのです。ギャラハッドの訃報は私も心を痛めた。ですが、彼は『盾の騎士』として仲間を護った。それはまさしく名誉の死。騎士としてあるべき模範です。……しかし貴方は違う。以来貴方は淫らな快楽に耽り、部下に暴行を働いた。救いようのない、哀れな騎士です」
アルテミスは度々ガレスを咎めた。だがガレスは聞く耳を持たず、仮令フォールとの密会の記憶がなくとも勤務時以外は自室にいることが多かった。四星騎士の体を保つために玉座の間では従順であったが、しかし任務に関して反発された回数は両手の指でも足らない。
「けっ、この状況でご高閲垂れるとはな。あんた、いつまで俺の上にいる気だ? こんなやつのためにギャラハッドは死んだのか。そのぼろくその鎧と服を剥いで、剣置いて全裸で膝をついて泣きながら命乞いすれば生かしてやってもよかったが、その目は俺の癪にひどく障るな。ついつい、ぶち殺したくなっちまうぜ‼」
ガレスは怒りに任せ大盾を地面に叩きつける。もしアルテミスが説教を続ければ、間違いなくガレスは襲い掛かってくるだろう。仮令不死を有していようが、ガレスでは永遠にアルテミスに敵わないことにフォールは気づいているが、その猛りを諫めようとはしない。
「……ガレス」
そしてアルテミスは状況を把握していながら、恐れず口を開く。
「友の忠誠を、貴様に語る資格はない」
「──ッ‼ 女の分際で調子のんなぁああああ‼」
顔を真っ赤にしたガレスが大盾を振り上げ、地面に刺していた先端をアルテミスに向けて振り下ろす。ガレスはガウェインほどではないが金剛力の持ち主だ。鋭い切れ味がなくとも、命中すればアルテミスはただでは済まないだろう。だが、直撃を目前にして、狭間に金の剣閃が介入する。
「のわっ⁉」
ガレスの両腕が切り離され、大盾が地面に落ちる。そして追い討ちとばかりにがら空きになっていたガレスの腹部へ回し蹴りがめり込んだ。あまりの猛攻にガレスは割り込んできた正体を視認する間もなく吹き飛び樹木に激突した。
「──無事ですか、我が王よ」
「ええ、アルトリウス卿。ガレスは過去に敵方に唆され、見ての通り謀反を起こしました」
アルテミスは正面に佇んだアルトリウスと情報を共有する。しかしアルテミスはすぐにアルトリウスの異変を察した。
「もしや、怪我を……」
「よいのです。これくらい、手当てせずとも戦いに支障はきたしませぬ」
足元にできた赤い斑点を見て、アルトリウスが重傷を負っていることに気が付いた。しかしアルトリウスは首を振って戦線離脱を拒否する。
「お、のれぇえええええ! アルトリウス! そこの女は異常なほどにウェスタを贔屓しているのだぞ! その意味が、お前に分かるか‼」
「我は王の意を汲み、その全てを尊重している! 国賊に貸す耳はない!」
起き上がったガレスに向けてすかさずアルトリウスは迫撃を試みるが、両者の間に突如百足の壁が地面より上がってきた。高さは六メートルほどしかないが、戦闘を一時でも中断するのはそれで事足りる。
アルトリウスは百足の壁を袈裟切りを交差させることで破壊した。既に両腕が再生して大盾を構えているガレスはアルトリウスを見つけた瞬間に飛びかかろうとするが。
『──ガレス、盲目な盾の騎士よ。貴様は取引相手である私を、いつまでこの状態にしておくつもりだ?』
声音に不調が見られるそれは、全身から火花を散らすソウスケのものだった。彼は半壊した全身を無理やり起こすと、ガレスの右肩に手を置いて耳に口を近づけて何かを囁いた。
「……けっ。興が失せたぜ」
それを受けて舌打ちと共に吐き捨てたガレスは殺気を消した。それはつまりこれ以上戦闘を続ける意思がないということだ。
「何を聞かされたのかは尋ねません。仮令根拠なき妄言であってもガレス、貴方にはもう私の言葉は聞こえないでしょう」
諦観を持ったアルテミスはそう言って聖剣を収めた。アルトリウスもその意を汲み、剣気を雲散させて聖剣を鞘に収める。
『どうやら、ジーヴァは失敗したようだな。聖杯の管理を人間に任せるとはな……』
今にも停止しそうな音声でソウスケは続けた。それは言外に、聖杯を失っている状態であることを示唆している。
「アルトリウス卿、卿はまさか……」
そしてその可能性を思いついたアルテミスはアルトリウスに目を向ける。
「……我が王、聖杯は無事回収致しました。どうぞ、これを」
その視線を受け取ったアルトリウスは懐から黄金色の光を放ち続ける杯を取り出した。直視し続ければ目眩を覚えそうなその輝きは、数少ない文献に綴られている『聖杯』そのものだ。
『……だが、みすみす私が諦めると思うか?』
「思わんな。しかし、今の貴様は絶命寸前。何ができると嘯く?」
『時機は、近い……』
ソウスケが不敵な音声を残した途端、ガレスが地面に大盾を突きたてる。その動作に先刻のような怒りは含まれておらず、ガレスには明確な意図があった。
「【我が声に応えよ故友】!」
詠唱によりガレスの盾が光の粒子となって消滅、同時にアルトリウスの目前で不可視の完全結界が展開された。
「……なるほど。してやられたわけですね」
不可視のため、敵の動きは筒抜けだ。結界の向こうではフォールが黒魔術の一つ【転移】を発動するために詠唱を行っている最中。しかし、ガレスの発動した【ジ・インヴィジブル・シールド】はギャラハッドのものとほぼ同等の完璧な防御性能が再現されている。まず結界がある限り、姿が見えていようともアルテミス達が向こう側に接触することは絶対にできない。それはまさしく不壊の盾なのだ。
着々と【転移】の詠唱が進む中、ソウスケがアルテミスの方へ右足を引きずりながら寄ってくる。結界まで迫ったソウスケは、そこに拳を叩きつけて目を見開いた。
『……七日後、アルカヌムを襲撃する。精々守るがいい。だが、我らは是が非でも聖杯を取り返すぞ』
宣戦布告を受け、アルテミスも結界へ歩み寄る。
「アルカヌムも世界も、必ず守り抜いて見せます」
威風堂々と言い放ち、アルテミスは踵を返して歩き出す。どうせ【転移】されては追跡ができない。ならば早々にウェスタと合流して帰還し、来たる大戦に備えるべきだと判断した。
『戦が起これば、貴様以外の多くが死ぬるぞ』
結界越しに覚悟を問われた気がした。ソウスケの言う通り、戦争が勃発すれば多くの犠牲を敷くことになる。しかし、それは今までに何度も経験してきたことだ。今更恐れ、聖杯を手放す理由にはならない。
「──私達は未来を護る。恐れはない」
その瞬間、【転移】が発動する。
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ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
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