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三章
五幕『決戦に向けて:part2』
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二日後、決戦を明後日に控えたアルテミスはロール王国から運ばれた兵器を確認するためにセレナード城の北側にある広場を訪れていた。
そこは主に輸入された品々を一時的に保管しておく場所なのだが、現在は大金を払ってロール王国から輸入されてきたあらゆる兵器が置かれ、担当になった騎士達が使い方を学んでいたり、国中の鍛冶師が整備をしているなど人で溢れ返って騒がしくなっていた。
「……やはり、ロール王国の技術は侮れませんね」
確保された石畳の通路をウェスタと歩きながら、一通り見物しているアルテミスが感想を述べた。
これらの管理は全てアルトリウスに一任していたため、アルテミスはどのようなものが輸入されてくるかなどは知らなかった。事前にアルトリウスには惜しみなく購入していいと言っていたことで、広場は見たこともない兵器が勢揃いしている。ソウスケの用いていた兵器にはやはり技術が遠く及ばずとも、計算し尽くされた対軍兵器ばかりが揃えられている。そも、あれはこの世界でまだ開発されたばかりの『火薬』の使い方を熟知して開発されたものだ。やはりキクチ同様、ソウスケは異世界から来たと仮定するのが最も有力な考えだろう。
「ねえ、陛下。これはどうやって使うんですか?」
ふとウェスタに袖を引かれ、アルテミスは彼女が指差したものに目を向ける。
それは砲座にいくつもの鉄の銃身が平行に並んでおり、パイプオルガンに似た形状をしている。手押しの砲車に乗せているため、運搬することができそうだ。
「ああ、それはオルガン砲ですね。かつて西洋諸国の連合軍と戦争をした際に、あちらが使用しているのを見たことがあります。確か確砲は同調しているため、弾丸を斉射できます。一人で操作することが可能なため、利便性も高いようですよ。ただ、一度撃つ度に装填に時間がかかるのはデメリットですかね」
アルテミスは昔読んだ資料を要約して目をキラキラとさせているウェスタに説明した。まるで玩具を目にした子供のようにはしゃぎっぷりを隠せていないウェスタにアルテミスも頬が緩む。
「──流石、叡智を備えた我が王。ご明察でございます」
「……これは、ベルモンド卿。お久しぶりですね」
兵器の解説をしていたアルテミスの元へ現れたのは、精鋭部隊の新隊長に昇格したベルモンド・E・アーベントロートだ。上流貴族であるにもかかわらず、綺麗な坊主頭のベルモンドは紫紺の瞳に尊敬の念を滲ませていた。
精鋭は七割が森林に赴き、元隊長であったドワイフを始めとする七人全員の死亡が確認された。残った三人はその中で一番優秀だったベルモンドを隊長とし、決戦前に七人の精鋭候補者をリストアップして臨時の精鋭部隊を再編制したのだ。
「お久しぶりです、ベルモンド卿。私のこと、覚えてますか?」
アルテミスは言わずもがな、ウェスタも精鋭は全員と面識があった。中でもベルモンドという男は質実剛健を体現するような人間だとウェスタは認識している。
「勿論ですとも、ウェスタ卿。……お怪我は治療できたようで、何よりです」
レイモンドはウェスタの右目、それから欠損した左腕を見て言った。
かつての彼は精鋭の一般隊員だったのだが隊長のドワイフ、そして隊長補佐の者まで殉職してしまったので、皮肉にも彼は精鋭の隊長に就任した。だが、それが誰かに祝われることはない。
「……私も、共に出陣を願い出るべきでした。多くの友を喪った挙句に己は一人昇格するなど、何とも皮肉な末路ですね。今は贖罪の意を込め、一刻も早く出陣したい所存です」
仮令レイモンドがドワイフらに同行したとしても、あの結果が変わることはなかっただろう。だが、仲間が殺されたことより、何もできなかった自分が生き残っていることに彼は怒りを覚えているのだ。レイモンドの心中を慮れば、不用意に言葉をかけるのは適切なことではないと承知している。
「……レイモンド卿、私の目には貴方が死に急いでいるように見えます。どうか、心を宥めて。責任と後悔を混合させてはいけません。貴方が死ねば、逝去した彼らの魂は深く悲しんでしまいます」
「──っ!」
されど、ウェスタは何も伝えずに自責に苛まれているレイモンドをそのままにするわけにはいかなかった。彼は想像を絶するほど後悔している。もしこのまま決戦に参加させれば、レイモンドは無謀に先陣を切ってしまうだろう。仲間の元にいきたがっている、その気持ちを尊重することはできない。
「今や貴方は隊のリーダーです。恐らく、欠損を持つ私よりも重宝されるべき騎士なのは瞭然のこと。私は貴方にもっと自覚を持って戴きたいのです。貴方は背負うべきものを履き違えています。仮令その悔恨を携え続けても、今生きている仲間を死に追いやるだけ」
レイモンドが無謀に突貫する場合、多くの騎士が追随してしまうだろう。死に急ぐ気持ちは分かる。ウェスタ自身もキクチとの戦闘を逸ってしまったことがあった。あの時は歴然とした実力差で補うことができたが、今度はそうもいかない。勝率がない状態で敵陣へ突っ込んだら、待っているには確実な死だ。それは英雄と評されるものではなく、寧ろ戦いの指揮を下げる愚かな行為に他ならない。
「私も似た経験があります。そしてその時、私も今の貴方のように無謀だった。気持ちを切り替えろとは言いません。ただ、私は前を向いてほしいのです。いつかその胸に残る楔がなくなることを、私は祈っています」
慈愛に満ちたウェスタの表情を見て、レイモンドは息を呑んだ。その姿はあまりに女神の在り方に近い。きっと手を伸ばせば、彼女は温かく包み込んでくれるだろう。荒んでいた心が浄化され、レイモンドは取り繕わずとも冷静になっていた。
(……ウェスタ。やはり貴女は万人を癒すことができる至高の女神。人間の血を引くが故に、人に寄り添うことができる存在なのです)
後ろでやり取りを傍観していたアルテミスもまた、レイモンドの心境の変化に気が付いていた。ウェスタの言葉には温もりがある。それはアルテミスが一番分かっていることだ。あえて口を挟まないことで、ウェスタの一言一句を彼に沁み込ませた。
暫く沈黙した後、顔つきがまるで変わったレイモンドは何度か頷いた。
「流石は、アルテミス様の左腕とも言われる御方です。そのお言葉、不覚感銘を受けました。胸に刻み、後生大事に抱えていきます。……つきましては、その……」
そこで言葉を区切ったレイモンドは、わざとらしい咳払いを挟んで声の調子を整えた。
「……よ、よろしければ今夜の宴の席にて、ダンスの相手を務めさせてはいただけないでしょうか!」
服装を整え、レイモンドは綺麗に腰を折って右手を差し伸べた。その手を取るということは、すなわち約束の承諾を意味する。今宵行われる宴では、余興として社交ダンスが行われる。ウェスタも付き合いで何人かの上流貴族の男性と踊ったことはあるが、どれも現場で突然誘われたからだ。こうして事前に誘われたことは初めての経験のため、ウェスタはどう返答したものかとアルテミスの方を振り返った。
「…………」
「あ、アルテミス……?」
何故か睨みを利かせた目でレイモンドを注視しているアルテミスは、どうやらウェスタの視線に気づいていないようだった。
(……この男、恋しましたね。あの短時間で、『私の』ウェスタに。日頃城内の女性陣から『天然女殺し』とも呼ばれてますし、一度自覚させるためにも処すべきでしょうか? 『私の』ウェスタに恋してしまう気持ちは大いに理解できますが、いきなりダンスに誘うなど不埒では? ……いえ、彼の厚い忠誠に免じ、ここはウェスタに任せるとしましょう。彼女なら万が一にも大丈夫でしょう!)
そもそも自身が多大な信用を寄せている忠誠心ある勇士に嫉妬するなど王としての自覚が足らなかったようだと、アルテミスは一人反省した。
「……アルテミス? なんでそんなに怖く微笑んでるの? なんか怒ってない?」
小声のウェスタが不安そうにアルテミスの顔を覗きこむが、彼女は切って張ったような笑みで応対する。
「……やはり、私では役不足でしょうか?」
今度はレイモンドが不安げに顔を上げ、怯える子犬のようにウェスタの顔色を窺っている。それを前に、ウェスタは逡巡していた。
余興の時間はアルテミスと会場を抜け出し、部屋の中でゆっくりしようと約束していた。──のだが、レイモンドをあれほど励ましておきながらすげなく断るのも罪悪感がある。
「……分かっていたことです。明眸皓歯たる卿と、しがない私如きが踊ろうなどと身の程を弁えないご無礼を……」
「えっ、えっ⁉ あ……」
まだ答えをだしていないのだが、何を思ったのかレイモンドは手をひっこめようとする。それを見て今だ逡巡していたウェスタは反射的に右手を伸ばして摑んでしまった。
「──なんと‼」
途端にレイモンドの顔が明るくなり、嬉々としてウェスタの手を上から右手で包み込んだ。その喜びを今更無碍にすることも申し訳ないので、とりあえずウェスタは背中に寒気を覚えつつも、微笑を保っていた。
「まさか……まさか、私のような男の手を取ってくださるとは! 不肖レイモンド・F・アーベントロート、今日ほど歓喜したことはありませぬ!」
とうとうもう後戻りできないところまで来てしまった。ウェスタは振り返るのがひどく恐ろしい。背後に棍棒を持った鬼が立ってる方がまだ安心できる。
「……レイモンド卿。実は卿と手合わせをしたかったところです。この後、何か予定はありますか?」
「ちょっ、陛下⁉」
「なんとっ! そ、それはまことに光栄なことですが、申し訳ありません。三十分後の一時に他の精鋭達の訓練を再開せねばなりません。今は昼休憩故、こうして陛下の元を訪れることができたのですが……」
圧倒的殺意が解放されてるにもかかわらず、浮足立つレイモンドはそれに気づいていない。
「それでは、ウェスタ卿。今宵の宴、大いに楽しみにしております!」
騎士としての模範のような礼儀を済ませて、レイモンドは訓練場へ帰っていった。その姿が見えなくなってから、ウェスタはアルテミスの耳元に顔を近づけ、周囲に漏れないように口元を手で覆った。
「安心して──私は、アルテミスのものだから」
「──⁉」
囁かれた一言にアルテミスは瞠目し、一瞬で顔を真っ赤にさせた。歯を見せて小悪魔のように笑うウェスタを見て、アルテミスは口をぱくぱくと動かしたが声は出なかった。
「それじゃ、次行きましょ、陛下!」
硬直してしまったアルテミスの手を引くウェスタはとめどない探求心に急かされている。次はあの投石器にしようか、それとも他のものにしようか、ウェスタが興味を惹かれる兵器はいくらでもあった。
「……不意打ちは、卑怯ですよ……」
アルテミスは誰にも顔を見られないように視線を下げて、ウェスタに引っ張られるままについていくことにした。
「──トレビュシェット。これは巨大な重りの位置エネルギーを利用して投石する兵器です。主に攻城兵器として使用されますが、白兵戦においても後方支援として活躍するでしょう。バリスタとは違い、大きく造れば造るほど比例して威力が倍増していきます。この規模であれば、百四十キロほどの石を三百メートルほど飛ばせそうですね。我々が使用するカタパルトは移動式ですが、こちらは運搬には向かなそうです」
続いてウェスタが興味を示したのは、巨大な固定式投石器だった。アルカヌムが所有するカタパルトと比べてもその規模は優にこちらが勝る。箱の重量を変えることで射程距離を自由に調整することが可能であり、精度もカタパルトと対比しても高い。
これもアルテミスは戦争で使われた経験があり、資料を既に読み漁っていたのである程度の知識はあった。そもそもアルテミスにとってはこの場にあって珍しいと感じるものは『火薬』を使用した大砲くらいだ。てこの原理を応用したものなど、原始的とすら感じていた。
相変わらずウェスタはアルテミスの説明を聞いて胸をわくわくさせながら、鍛冶師に詳しい話を聞いたりしていた。今は整備の手伝いを申し出ており、アルテミスは腕を組んで遠くからその様子を見守っている。時刻は一時に迫っている。見て回れる時間はもうなく、これがウェスタにとって最後の見学になるだろう。
「──あ、アルテミス様~」
不意に気の抜けるような青年の声が自身を呼んだ。アルテミスがその方向へ首を向けると、見知った顔の年若の男、スコット・ランチが一張のロングボウを携えてこちらへ向かってきていた。
「おや、スコット。その手に持っているのは、もしや……」
「ええ、何とか揃えることができました。一応確認のために持ってきたので、どうぞ試してみてください」
「そう言われても、私は使わぬからな……。まあ、貸してみなさい」
アルテミスは渋々六フィートほどのロングボウを手に取り、姿勢よく構えてから軽く弦を引いてみる。
「……問題はなさそうだ。数は如何程だ?」
「きっちり注文通り、千本揃えてあります!」
「よ、予定より多いな……」
「ドワーフの鍛冶師さん達にも手伝ってもらいました! あの人達凄いですね! 仕事量、僕の半分ですよ! 僕にそこまでついてこれる人なんて初めてなんでわくわくしてたら、なんか作りすぎちゃいました!」
てへっと舌を出して反省するスコットだが、その発言を他の鍛冶師に聞かれたらどう思われるのかは考えていないらしい。
スコット・ランチ、弱冠二十歳で、練達の者達を悉く凌駕する才能を持った希代の鍛冶師。彼の不遜な発言も、その技量から来る自信故のこと。アルカヌムの壁上に取り付けられている移動式大砲はスコットの発明品だ。そも移動式大砲とは、壁上に敷かれた線路の上を『魔法鉱石』の魔力によって自由に動かすことが可能であり、どの方角から敵が攻めてこようともすぐに迎撃に徹することができる。まだ発見されたばかりの『火薬』と古代から存在する『魔法鉱石』をここまで見事に使いこなしたスコットに対して、アルテミスもかなりの期待を寄せていた。
「よし、急いで弩弓隊にこれを持って行け。余った分は駆けつけてくれた援軍に使わせよう。よくやってくれた、スコット。大義であるぞ」
「──‼ はい、了解です‼」
元気よく言ったスコットはアルテミスから渡されたロングボウを抱えて去っていった。
ロングボウ。それはアルテミスが騎士団の力を底上げするために採用した武器だ。今までは弩弓と呼ばれるクロスボウを使っていた。平均してロングボウが一分で十発放てるのに対し、クロスボウは一分で二発放てるかどうかという性能だ。他にも採用理由はあるが、アルテミスは騎士団の弩弓隊が使用する弓を全てロングボウに変更するため、鍛冶師であるスコットに人数分の三百張用意するように指示した。
ところが、スコットが用意したのはその三倍。はっきりそんなに作ってどうするんだとも言いたくなるが、自分の期待に応えようと彼なりに頑張った成果なのだと褒めてやることにした。
「じー」
「ど、どうした?」
視線を元に戻すと、整備を終えたトレビュシェットの前で目を細めたウェスタがこちらをじっと見つめていた。何かを伝えたいのだろうが、生憎神様でもなければその意図を汲むことは難しいだろう。
「べっつにー? 何でもないよー」
狼狽するアルテミスを暫く見つめていたウェスタが城に向けて歩き出した。それを見てアルテミスはウェスタの元へ駆け寄って説明を求めようとするが、そこで思い至った。
「……や、やきもち、なのか?」
答えを誰にも知られないように耳打ちすると、今度はウェスタの顔が真っ赤になった。それを見て予想が的中してしまったことにアルテミスもまた頬を紅潮させる。
「……ば、ばか‼」
人目も気にせず突如顔を背けて走り出したウェスタの後を追おうとするが、アルテミスは羞恥のあまりその場を動けなかった。その一部始終を見ていた鍛冶師が何人かひそひそと噂しているが、咄嗟の弁明が思いつかない。
「──決戦前に、ウェスタ卿も気が緩んでいるようですね。これは説教しなくては」
これ以上詮索されるのはまずいと判断し、表情を取り繕って苦し紛れの誤魔化し方をしてみる。日頃の王としての在り方故か、周囲の鍛冶師は納得したようにぴたりと噂を止めて整備を再開し出した。
アルテミスは勝手に動こうとする唇を必死に抑制しながら、早歩きでウェスタの後を追った。
そこは主に輸入された品々を一時的に保管しておく場所なのだが、現在は大金を払ってロール王国から輸入されてきたあらゆる兵器が置かれ、担当になった騎士達が使い方を学んでいたり、国中の鍛冶師が整備をしているなど人で溢れ返って騒がしくなっていた。
「……やはり、ロール王国の技術は侮れませんね」
確保された石畳の通路をウェスタと歩きながら、一通り見物しているアルテミスが感想を述べた。
これらの管理は全てアルトリウスに一任していたため、アルテミスはどのようなものが輸入されてくるかなどは知らなかった。事前にアルトリウスには惜しみなく購入していいと言っていたことで、広場は見たこともない兵器が勢揃いしている。ソウスケの用いていた兵器にはやはり技術が遠く及ばずとも、計算し尽くされた対軍兵器ばかりが揃えられている。そも、あれはこの世界でまだ開発されたばかりの『火薬』の使い方を熟知して開発されたものだ。やはりキクチ同様、ソウスケは異世界から来たと仮定するのが最も有力な考えだろう。
「ねえ、陛下。これはどうやって使うんですか?」
ふとウェスタに袖を引かれ、アルテミスは彼女が指差したものに目を向ける。
それは砲座にいくつもの鉄の銃身が平行に並んでおり、パイプオルガンに似た形状をしている。手押しの砲車に乗せているため、運搬することができそうだ。
「ああ、それはオルガン砲ですね。かつて西洋諸国の連合軍と戦争をした際に、あちらが使用しているのを見たことがあります。確か確砲は同調しているため、弾丸を斉射できます。一人で操作することが可能なため、利便性も高いようですよ。ただ、一度撃つ度に装填に時間がかかるのはデメリットですかね」
アルテミスは昔読んだ資料を要約して目をキラキラとさせているウェスタに説明した。まるで玩具を目にした子供のようにはしゃぎっぷりを隠せていないウェスタにアルテミスも頬が緩む。
「──流石、叡智を備えた我が王。ご明察でございます」
「……これは、ベルモンド卿。お久しぶりですね」
兵器の解説をしていたアルテミスの元へ現れたのは、精鋭部隊の新隊長に昇格したベルモンド・E・アーベントロートだ。上流貴族であるにもかかわらず、綺麗な坊主頭のベルモンドは紫紺の瞳に尊敬の念を滲ませていた。
精鋭は七割が森林に赴き、元隊長であったドワイフを始めとする七人全員の死亡が確認された。残った三人はその中で一番優秀だったベルモンドを隊長とし、決戦前に七人の精鋭候補者をリストアップして臨時の精鋭部隊を再編制したのだ。
「お久しぶりです、ベルモンド卿。私のこと、覚えてますか?」
アルテミスは言わずもがな、ウェスタも精鋭は全員と面識があった。中でもベルモンドという男は質実剛健を体現するような人間だとウェスタは認識している。
「勿論ですとも、ウェスタ卿。……お怪我は治療できたようで、何よりです」
レイモンドはウェスタの右目、それから欠損した左腕を見て言った。
かつての彼は精鋭の一般隊員だったのだが隊長のドワイフ、そして隊長補佐の者まで殉職してしまったので、皮肉にも彼は精鋭の隊長に就任した。だが、それが誰かに祝われることはない。
「……私も、共に出陣を願い出るべきでした。多くの友を喪った挙句に己は一人昇格するなど、何とも皮肉な末路ですね。今は贖罪の意を込め、一刻も早く出陣したい所存です」
仮令レイモンドがドワイフらに同行したとしても、あの結果が変わることはなかっただろう。だが、仲間が殺されたことより、何もできなかった自分が生き残っていることに彼は怒りを覚えているのだ。レイモンドの心中を慮れば、不用意に言葉をかけるのは適切なことではないと承知している。
「……レイモンド卿、私の目には貴方が死に急いでいるように見えます。どうか、心を宥めて。責任と後悔を混合させてはいけません。貴方が死ねば、逝去した彼らの魂は深く悲しんでしまいます」
「──っ!」
されど、ウェスタは何も伝えずに自責に苛まれているレイモンドをそのままにするわけにはいかなかった。彼は想像を絶するほど後悔している。もしこのまま決戦に参加させれば、レイモンドは無謀に先陣を切ってしまうだろう。仲間の元にいきたがっている、その気持ちを尊重することはできない。
「今や貴方は隊のリーダーです。恐らく、欠損を持つ私よりも重宝されるべき騎士なのは瞭然のこと。私は貴方にもっと自覚を持って戴きたいのです。貴方は背負うべきものを履き違えています。仮令その悔恨を携え続けても、今生きている仲間を死に追いやるだけ」
レイモンドが無謀に突貫する場合、多くの騎士が追随してしまうだろう。死に急ぐ気持ちは分かる。ウェスタ自身もキクチとの戦闘を逸ってしまったことがあった。あの時は歴然とした実力差で補うことができたが、今度はそうもいかない。勝率がない状態で敵陣へ突っ込んだら、待っているには確実な死だ。それは英雄と評されるものではなく、寧ろ戦いの指揮を下げる愚かな行為に他ならない。
「私も似た経験があります。そしてその時、私も今の貴方のように無謀だった。気持ちを切り替えろとは言いません。ただ、私は前を向いてほしいのです。いつかその胸に残る楔がなくなることを、私は祈っています」
慈愛に満ちたウェスタの表情を見て、レイモンドは息を呑んだ。その姿はあまりに女神の在り方に近い。きっと手を伸ばせば、彼女は温かく包み込んでくれるだろう。荒んでいた心が浄化され、レイモンドは取り繕わずとも冷静になっていた。
(……ウェスタ。やはり貴女は万人を癒すことができる至高の女神。人間の血を引くが故に、人に寄り添うことができる存在なのです)
後ろでやり取りを傍観していたアルテミスもまた、レイモンドの心境の変化に気が付いていた。ウェスタの言葉には温もりがある。それはアルテミスが一番分かっていることだ。あえて口を挟まないことで、ウェスタの一言一句を彼に沁み込ませた。
暫く沈黙した後、顔つきがまるで変わったレイモンドは何度か頷いた。
「流石は、アルテミス様の左腕とも言われる御方です。そのお言葉、不覚感銘を受けました。胸に刻み、後生大事に抱えていきます。……つきましては、その……」
そこで言葉を区切ったレイモンドは、わざとらしい咳払いを挟んで声の調子を整えた。
「……よ、よろしければ今夜の宴の席にて、ダンスの相手を務めさせてはいただけないでしょうか!」
服装を整え、レイモンドは綺麗に腰を折って右手を差し伸べた。その手を取るということは、すなわち約束の承諾を意味する。今宵行われる宴では、余興として社交ダンスが行われる。ウェスタも付き合いで何人かの上流貴族の男性と踊ったことはあるが、どれも現場で突然誘われたからだ。こうして事前に誘われたことは初めての経験のため、ウェスタはどう返答したものかとアルテミスの方を振り返った。
「…………」
「あ、アルテミス……?」
何故か睨みを利かせた目でレイモンドを注視しているアルテミスは、どうやらウェスタの視線に気づいていないようだった。
(……この男、恋しましたね。あの短時間で、『私の』ウェスタに。日頃城内の女性陣から『天然女殺し』とも呼ばれてますし、一度自覚させるためにも処すべきでしょうか? 『私の』ウェスタに恋してしまう気持ちは大いに理解できますが、いきなりダンスに誘うなど不埒では? ……いえ、彼の厚い忠誠に免じ、ここはウェスタに任せるとしましょう。彼女なら万が一にも大丈夫でしょう!)
そもそも自身が多大な信用を寄せている忠誠心ある勇士に嫉妬するなど王としての自覚が足らなかったようだと、アルテミスは一人反省した。
「……アルテミス? なんでそんなに怖く微笑んでるの? なんか怒ってない?」
小声のウェスタが不安そうにアルテミスの顔を覗きこむが、彼女は切って張ったような笑みで応対する。
「……やはり、私では役不足でしょうか?」
今度はレイモンドが不安げに顔を上げ、怯える子犬のようにウェスタの顔色を窺っている。それを前に、ウェスタは逡巡していた。
余興の時間はアルテミスと会場を抜け出し、部屋の中でゆっくりしようと約束していた。──のだが、レイモンドをあれほど励ましておきながらすげなく断るのも罪悪感がある。
「……分かっていたことです。明眸皓歯たる卿と、しがない私如きが踊ろうなどと身の程を弁えないご無礼を……」
「えっ、えっ⁉ あ……」
まだ答えをだしていないのだが、何を思ったのかレイモンドは手をひっこめようとする。それを見て今だ逡巡していたウェスタは反射的に右手を伸ばして摑んでしまった。
「──なんと‼」
途端にレイモンドの顔が明るくなり、嬉々としてウェスタの手を上から右手で包み込んだ。その喜びを今更無碍にすることも申し訳ないので、とりあえずウェスタは背中に寒気を覚えつつも、微笑を保っていた。
「まさか……まさか、私のような男の手を取ってくださるとは! 不肖レイモンド・F・アーベントロート、今日ほど歓喜したことはありませぬ!」
とうとうもう後戻りできないところまで来てしまった。ウェスタは振り返るのがひどく恐ろしい。背後に棍棒を持った鬼が立ってる方がまだ安心できる。
「……レイモンド卿。実は卿と手合わせをしたかったところです。この後、何か予定はありますか?」
「ちょっ、陛下⁉」
「なんとっ! そ、それはまことに光栄なことですが、申し訳ありません。三十分後の一時に他の精鋭達の訓練を再開せねばなりません。今は昼休憩故、こうして陛下の元を訪れることができたのですが……」
圧倒的殺意が解放されてるにもかかわらず、浮足立つレイモンドはそれに気づいていない。
「それでは、ウェスタ卿。今宵の宴、大いに楽しみにしております!」
騎士としての模範のような礼儀を済ませて、レイモンドは訓練場へ帰っていった。その姿が見えなくなってから、ウェスタはアルテミスの耳元に顔を近づけ、周囲に漏れないように口元を手で覆った。
「安心して──私は、アルテミスのものだから」
「──⁉」
囁かれた一言にアルテミスは瞠目し、一瞬で顔を真っ赤にさせた。歯を見せて小悪魔のように笑うウェスタを見て、アルテミスは口をぱくぱくと動かしたが声は出なかった。
「それじゃ、次行きましょ、陛下!」
硬直してしまったアルテミスの手を引くウェスタはとめどない探求心に急かされている。次はあの投石器にしようか、それとも他のものにしようか、ウェスタが興味を惹かれる兵器はいくらでもあった。
「……不意打ちは、卑怯ですよ……」
アルテミスは誰にも顔を見られないように視線を下げて、ウェスタに引っ張られるままについていくことにした。
「──トレビュシェット。これは巨大な重りの位置エネルギーを利用して投石する兵器です。主に攻城兵器として使用されますが、白兵戦においても後方支援として活躍するでしょう。バリスタとは違い、大きく造れば造るほど比例して威力が倍増していきます。この規模であれば、百四十キロほどの石を三百メートルほど飛ばせそうですね。我々が使用するカタパルトは移動式ですが、こちらは運搬には向かなそうです」
続いてウェスタが興味を示したのは、巨大な固定式投石器だった。アルカヌムが所有するカタパルトと比べてもその規模は優にこちらが勝る。箱の重量を変えることで射程距離を自由に調整することが可能であり、精度もカタパルトと対比しても高い。
これもアルテミスは戦争で使われた経験があり、資料を既に読み漁っていたのである程度の知識はあった。そもそもアルテミスにとってはこの場にあって珍しいと感じるものは『火薬』を使用した大砲くらいだ。てこの原理を応用したものなど、原始的とすら感じていた。
相変わらずウェスタはアルテミスの説明を聞いて胸をわくわくさせながら、鍛冶師に詳しい話を聞いたりしていた。今は整備の手伝いを申し出ており、アルテミスは腕を組んで遠くからその様子を見守っている。時刻は一時に迫っている。見て回れる時間はもうなく、これがウェスタにとって最後の見学になるだろう。
「──あ、アルテミス様~」
不意に気の抜けるような青年の声が自身を呼んだ。アルテミスがその方向へ首を向けると、見知った顔の年若の男、スコット・ランチが一張のロングボウを携えてこちらへ向かってきていた。
「おや、スコット。その手に持っているのは、もしや……」
「ええ、何とか揃えることができました。一応確認のために持ってきたので、どうぞ試してみてください」
「そう言われても、私は使わぬからな……。まあ、貸してみなさい」
アルテミスは渋々六フィートほどのロングボウを手に取り、姿勢よく構えてから軽く弦を引いてみる。
「……問題はなさそうだ。数は如何程だ?」
「きっちり注文通り、千本揃えてあります!」
「よ、予定より多いな……」
「ドワーフの鍛冶師さん達にも手伝ってもらいました! あの人達凄いですね! 仕事量、僕の半分ですよ! 僕にそこまでついてこれる人なんて初めてなんでわくわくしてたら、なんか作りすぎちゃいました!」
てへっと舌を出して反省するスコットだが、その発言を他の鍛冶師に聞かれたらどう思われるのかは考えていないらしい。
スコット・ランチ、弱冠二十歳で、練達の者達を悉く凌駕する才能を持った希代の鍛冶師。彼の不遜な発言も、その技量から来る自信故のこと。アルカヌムの壁上に取り付けられている移動式大砲はスコットの発明品だ。そも移動式大砲とは、壁上に敷かれた線路の上を『魔法鉱石』の魔力によって自由に動かすことが可能であり、どの方角から敵が攻めてこようともすぐに迎撃に徹することができる。まだ発見されたばかりの『火薬』と古代から存在する『魔法鉱石』をここまで見事に使いこなしたスコットに対して、アルテミスもかなりの期待を寄せていた。
「よし、急いで弩弓隊にこれを持って行け。余った分は駆けつけてくれた援軍に使わせよう。よくやってくれた、スコット。大義であるぞ」
「──‼ はい、了解です‼」
元気よく言ったスコットはアルテミスから渡されたロングボウを抱えて去っていった。
ロングボウ。それはアルテミスが騎士団の力を底上げするために採用した武器だ。今までは弩弓と呼ばれるクロスボウを使っていた。平均してロングボウが一分で十発放てるのに対し、クロスボウは一分で二発放てるかどうかという性能だ。他にも採用理由はあるが、アルテミスは騎士団の弩弓隊が使用する弓を全てロングボウに変更するため、鍛冶師であるスコットに人数分の三百張用意するように指示した。
ところが、スコットが用意したのはその三倍。はっきりそんなに作ってどうするんだとも言いたくなるが、自分の期待に応えようと彼なりに頑張った成果なのだと褒めてやることにした。
「じー」
「ど、どうした?」
視線を元に戻すと、整備を終えたトレビュシェットの前で目を細めたウェスタがこちらをじっと見つめていた。何かを伝えたいのだろうが、生憎神様でもなければその意図を汲むことは難しいだろう。
「べっつにー? 何でもないよー」
狼狽するアルテミスを暫く見つめていたウェスタが城に向けて歩き出した。それを見てアルテミスはウェスタの元へ駆け寄って説明を求めようとするが、そこで思い至った。
「……や、やきもち、なのか?」
答えを誰にも知られないように耳打ちすると、今度はウェスタの顔が真っ赤になった。それを見て予想が的中してしまったことにアルテミスもまた頬を紅潮させる。
「……ば、ばか‼」
人目も気にせず突如顔を背けて走り出したウェスタの後を追おうとするが、アルテミスは羞恥のあまりその場を動けなかった。その一部始終を見ていた鍛冶師が何人かひそひそと噂しているが、咄嗟の弁明が思いつかない。
「──決戦前に、ウェスタ卿も気が緩んでいるようですね。これは説教しなくては」
これ以上詮索されるのはまずいと判断し、表情を取り繕って苦し紛れの誤魔化し方をしてみる。日頃の王としての在り方故か、周囲の鍛冶師は納得したようにぴたりと噂を止めて整備を再開し出した。
アルテミスは勝手に動こうとする唇を必死に抑制しながら、早歩きでウェスタの後を追った。
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私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
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