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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第七十四話 ゴールデンクラッシャー

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「お、イザベラじゃん。久しぶりぃ」
 うわっ、まさに街中にいるチンピラそのままだな。それにしてもよりによってイザベラのところに向かうなよな。

「お久しぶりでございます。イディオ殿下」
「決闘以来だな」
「はい……」
 俯いていてイザベラの表情は見えないが絶対に我慢してるな。

「お前にやられた傷が未だに痛むんだよ~」
「既に完治したとお聞きしておりますが」
「見た目は治っても疼くんだよ。なぁこれどう弁償してくれるわけ?」
 難癖にもほどがあるだろ。

「…………」
「何とか言ったらどうなんだ。なぁ?」
 ちょっと拙い雰囲気だな。

「アンドレア、そのジュース貰えるか?」
「これですの?構いませんが?」
 俺はグラスを受け取りイザベラの許に急ぐ。

「やめないか!」
 お。
 
「なんだてめぇ……」
「僕の名前は真壁冬也。そんな事よりもイザベラ様が困っているだろ!」
 流石正義感たっぷりの真壁だな。だけど……

「お前俺の邪魔をするわけ?」
「そうだ!」
「威勢が良いな。なら俺を殴って見ろよ」
「え?」
「お前にとって許せないことをしてるんだろ?だったら殴って止めてみろよ。勿論王族である俺を殴ったらどうなるか分かってるとは思うけどな」
「くっ!」
「ほら、どうした?学園の代表なんだろ?だったら殴り方ぐらい知ってるだろ?」
「………」
「まさか知らないのか?だったら教えてやるよ。こうやるんだよ!」
 ボゴッ!

「マカベ君!」
 イザベラの声が響く。だから言わんこっちゃ無い。

「情けないなぁ~。これが学園の代表者かよ!俺でも勝てるぜ」
 あ~あ。完全に調子乗ってるよ。

「で、なんでお前等は俺を睨んでるんだ?王族に仕える貴族がそんな目をして良いのかよ?あ゛あ゛ぁん?」
 イディオの言葉に全員が目を逸らす。完全にこの場の流れを支配したな。無駄に威張り散してきただけじゃないみたいだな。

「それで良いんだよ。イザベラ、もう怪我人が出るのは嫌だろ?なら分かるよな?」
「………」
「イザベラ様、駄目だ!」
「お前は黙ってろ!」
「くっ!」
「わかり――」
 パシャッ。

「はい、そこまで」
「ジン!」
「てめぇ何しやがる?」
「何しやがるじゃねぇよ。せっかくみんな楽しくしてたのに邪魔しやがって。お前はそれでも王族かよ」
「当たり前だろ。俺は王族だ。だから何しても良いんだよ!」
 ああ、そう言う考えなのね。
 やっぱり駄目だわ。どれだけ力が道具だって分かってても気に食わない事には腹が立つ。それが人間だ。ん?この甘い匂いは……まさか。

「なんだその目は。まさか俺を殴るのか?」
「ジン、殴っては駄目!殴ったら人生が終わりよ!」
「イザベラの言うとおりだぜ」
「安心しろ。殴らねぇよ」
「なんだよ。所詮お前もタダの腰抜けかよ」
 きっと俺の言葉にイザベラたちは安堵してるんだろうな。

「でも、お前には俺の必殺技の一つをくれてやるよ」
「なんか言ったか?」
 思いのほか怒りで声が小さかったみたいだ。ま、関係ないけどな。

「食らいやがれ、十八番オハコ其の弐、黄金玉破壊蹴りゴールデンクラッシャー!!」
 俺の渾身の蹴りが奴の股間に直撃し粉砕した。しかし勢いは止まらずイディオは宙を舞った。ざまぁみやがれ!
 床に叩き付けられるように落ちてきたイディオだったが、股間の激痛なのか口から白い泡を噴きながら気絶していた。まるでカニみたいだな。
 それよりも今は。
 気絶した奴のポケットを調べる。

「っ!」
 やはりか。

「ジン!」
「イザベラ大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ!何考えてるのよ!貴方、自分が何したか分かってるの!?」
「殴ってはないぞ?」
「そう言う問題じゃないわよ!」
 だろうな。
 この国に来て最初にイザベラから教わったのは、この国の法律だ。その内の一つに王族について習った。
 王族に手を出す行為は重罪。最悪死刑だってありえる。そう習った。

「でも、あのまま放置すればお前はどうなっていた?」
「そ、それは……」
「俺はそれが嫌だった。だから蹴り飛ばした。それだけだ」
「それだけって……ジン、このままだと貴方死刑になるのよ!」
「かもな」
 生憎と先の事を考えて動けるほど俺の頭は賢くないんでね。
 今はそれよりもだ。

「ロイド」
「な、なんだ?」
「悪いが銀の事頼む」
「ああ、任せろ」
 こんな時だけ真剣な表情で返事するなよな。

「ジン……どうしてなの……どうして助けたのよ……」
「おいおい折角助かったのに泣くなよな。それにイザベラは俺にとって命の恩人だ。恩を返すのは当たり前だろ?」
「それはもう返して貰ってるわよ!」
 俺はそう思わないけどな。

「それにイザベラは俺にとって大切な友達だからな。助けるのは当たり前だろ?」
「でも、それじゃジンが……」
「気にするなって」
 女の涙ほど苦手なものは男にはないだろうな。

「いったい何事だ!」
 ちょうど騒ぎに駆けつけた衛兵とあれは第一王子のルアル殿下だったな。

「イディオ!誰が弟にこんな事をした!」
「俺だ」
「君はたしかスヴェルニ学園に編入した……」
 俺の事知ってるのか。随分と有名人になったな。ま、これでまた有名人になるだろうけど。

「本当に君がやったのか?」
「そうだ。俺が奴の股間を蹴って機能停止にしてやった」
「そうか……」
 その反応、どうやら弟がしていたことを知っているようだな。

「悪いがどんな事情があれ、王族に対する暴力行為は反逆行為となる」
「ああ、知ってるよ」
 イザベラに叩き込まれたからな。
 両手を出した俺の手首に手錠が掛けられる。

「悪いが今日の懇親会はこれで中止だ。生徒諸君は家に帰りなさい。明日軍がみんなの家に事情を聞きに行くから外出しないでくれたまえ」
 この国に来て四ヶ月半。俺は国家反逆罪で現行犯逮捕された。

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 屋敷に帰った私とロイドたちはお父様たちに事情を話すべく書斎に赴いていた。

「なに!ジン君が国家反逆罪で捕まった!」
 オフィスチェアを倒す勢いで立ち上がるお父様。お兄様やお母様までもが驚愕の表情を浮かべていた。

「事情を話したまえ」
「はい……」
 私は話した。未だに鮮明に残っている記憶を一言一句正確にお父様たちに伝えた。

「そうか……だが、やはりと言うべきなんだろう。彼は友人のためなら危険を厭わない。それは最初にイザベラを助けてくれた時からそうだった。そして今回も……」
 これまでに無いほど書斎の空気が暗く重たくなったことはない。

「だが、腑に落ちない点がある」
 そんな静寂を壊すかのようにオスカーが口を開いた。

「自己犠牲。あの男は先の事も考えずに行動している。それは学園編入時からそうだった。なら何故二週間前の魔物騒動の時に姿を消した。もしかしたら今回のはその時の罪滅ぼしのつもりなのかもしれないぞ」
「それは違いますわ!」
 そんなオスカーの言葉にアンドレアが否定する。

「あの時だってジンさんは――」
「アンドレア君!」
「っ!申し訳ありません。出すぎた事を……」
「いや、気にしなくて良い」
 あの時って?アンドレアは何を知ってるの?お父様は何を隠しているの?

「お父様、正直に答えてください。あの時ってなんの事ですか?」
「…………」
「お父様!」
 なかなか話そうとしないお父様に苛立ちを抑えられない。私だけ何も知らない。私だけ何も出来ない。それはだけは嫌なのに!

「ハロルド……もう話しても良いんじゃないの?」
「………そうだな。ジン君には申し訳ないが話すしかあるまい」
 お母様も知っていたのね。私だけのけ者にされた気分だわ。でも今は話を聞きましょう。

「二週間前の魔物騒動の時、ジン君は別に暇だったから持ち場を離れたわけではない。ジン君は暗殺者たちと戦っていたのだよ」
「あ、暗殺者?」
「ハロルド様、なにを馬鹿げだことを……」
 ロイドは信じられないと言った表情で答える。私も同じ気持ちだわ。

「なぜ、あの場に暗殺者がいるのですか?だいたい暗殺者は誰を狙っていたのですか?」
「…………」
 お父様は私をジッと見るだけで言葉を発しようとしない。でもそれだけで十分だった。

「まさか……私なのですか?」
「そうだ。そして魔物騒動を引き起こしたのはその暗殺集団だ。どこから情報を入手したかは分からないが魔物騒動が起きればイザベラが出てくると知っていたんだろう。そして戦闘に乗じてイザベラ、お前を暗殺する算段だったようだ。ま、それに気がついたジン君が暗殺者たちを殺してしまったがね」
 うそ……。

「ど、どうしてその事を教えてくれなかったのですか!真実を知っていればジンにあんな態度をとる事も無かったのに!」
「全てジン君の指示だ。もしも本当の事をイザベラに話せば間違いなく責任を感じてしまうからと。そしてロイド君たちも同じだ。イザベラを狙ったと知れば間違いなく警備を厳重にし、犯人を突き止めようとするだろう」
「当然です!」
「だが、そうすれば暗殺者たちに依頼した首謀者が姿を見せなくなるかもしれないとジン君が言ったのだよ」
 そ、そんな……ジンはずっと私の為に……なのに私はジンに……。

「この事を知っていたのはお父様だけですか?」
「いや知っていたのは、私、ライラ、ライオネル、セバス、アンドレア君だ」
 そんなに知っている人が居て私は何も疑わず、ただジンが持ち場を離れたって恨んでいたなんて……。

「ああああああああああああああああああぁぁぁ!!!」
 気がつけば私はその場に泣き崩れていた。
 悔しくて、情けなくて、惨めで、後悔が一気に押し寄せてきて、ただ泣くことだけしか出来なかった。
 その後の記憶は私には無かった。
 気がつけば見慣れた天井がそこにはあった。

「こ、ここは……」
「起きたようね」
「お母様……」
「気分はどう?」
「最悪です」
「そうよね。でもここで負けては駄目よ。強くなりなさい。肉体だけでなく心も今まで以上に」
「はい」
「そしてジンさんの想いを無駄にしてはなりません。あの方がなんの為に貴方を助け守ったのか。それをよく考えなさい。けして愚かな行動をしては駄目よ」
「分かっています」
 今の私にはただ返事をすることしか出来ない。
 そして気がつけば私は寝ていて、再び目を覚ましたのは昼過ぎだった。こんなに寝たのは小さい時に病気で寝込んだ時以来ね。
 でも、十分回復できた。そして落ち着いた。あとはどうにかしてジンを助けるだけよ。
 あとから知った話だけど、ジンが王族を蹴り飛ばした事が報道されていた。だけどその動機までは報道されなかった。そしてこの時、ようやくあの場を目撃した生徒は理解した。これが権力なのだと。私たちはそんな世界で生きていこうとしているのだと。

            ************************

「アヴァ先生、ニュース見ましたか!」
「ああ、知ってるよ。さっき見たからね」
 ドアを壊すんじゃないかって勢いで入って来て、まったくこの子は。

「でも、やっぱり予想通りになったね」
「前にアヴァ先生が私に言ったことですか?」
「そうさ。いつの日か彼は道を踏み外すって。ま、正確には自己犠牲で身を滅ぼす事になりそうだけどね」
 まったく何をしてるのさ、あの馬鹿生徒は。

「…………」
「アンタが落ち込んでも仕方がないよ」
「ですが、彼は私が受け持つ生徒の一人ですし」
「だからって落ち込んでも仕方が無いだろ」
「……それもそうですね」
 私もエレインも知っている。あの子がむやみに暴力を振るう子ではないことを。そしてきっと今回も何か事情があるのだと。

「それよりも今すぐ職員会議です!」
「それを早く言えってんだ。またあの狸爺に何を言われることやら」
 私とエレイン先生は急いで学園長室へと向かった。夏休みだってのにあの子は私の時間を奪うのが本当に好きだね。またあったら一発でも殴らないと気がすまないよ。

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