87 / 274
第二章 魔力無し転生者は仲間を探す
第五話 カーチェイス
しおりを挟む
8月28日火曜日。
日の出と共に俺たちはチェックアウトして空港に向かって出発した。
運転は勿論グレンダで助席に俺、後部座席にシャルロットと銀が座っている。
寝台列車での戦いが嘘かと思うほど平穏に向かっていた。シャルロットに至っては銀と一緒に寝ていた。きっと朝早くに出発したからまだ眠いんだろう。
そんな退屈凌ぎにグレンダが質問してきた。
「ジン、聞いても良いか?」
「なんだ?」
「どうしてお前は武器を使わない」
「唐突にどうしたんだ?」
「寝台列車での時、隣の部屋から銃撃した男をお前は殴って倒したな。それも弾丸の中に飛び込んでだ」
「見ていたのか」
「正確には見えただ。あれだけ撃たれたんだ壁にはそこそこ大きな穴ぐらい出来る」
確かに出来ていたな。
「どうしてだ?接近戦が好きで銃を使わないにしてもナイフも持たずに敵に突っ込むなど危険極まりない行為だぞ」
「ま、そうだろうな。でもこっちにも色々事情があってな」
「そうか……だが、一緒に行動しているのだから教えても良いのではないのか?」
別に教えても良いが。いや、教えておくべきだろう。まだ完全に追手が来ないとも限らないしな。
「昨日俺が手でご飯食べていた事を注意してきたよな」
「ああ。だがそれと関係あるのか?」
「これが大アリなんだな。俺はとある奴に呪いを掛けられてな。術者が武器だと認識する物を使う事が出来ないんだ。つまり銃や剣は勿論のこと、ナイフやフォーク、箸ですら使う事が出来ないんだ」
「そうか」
「信じるのか?」
「お前の戦いを見たからな。信じるしかないだろ」
「それもそうか」
なんと言うか、それにしては反応が普通と言うか、淡白な気がするな。大抵の人間がこの話を聞けば、哀れみや同情、悲しげな表情をするもんなんだが。
ま、今はそれよりもだ。
「なぁ、グレンダ」
「なんだ?」
「高速乗ってからついてくる車が3台ほどいるんだが」
「なにっ!?」
バックミラーで確認するグレンダ。
サイドミラーで見えた車はどうみても一般人が乗っていそうな車じゃない。まるで大統領を護衛するかのような車だ。
それにさっきからあの車の中から強い殺気を感じる。
「あれはどうみても一般車両じゃないよな」
「そう言う事はもっと早くに言え!」
悪かったよ。正直に言うともう少し平穏に乗車していたかっただけなんだが。
「シャルロット様、起きて下さい!緊急事態です!」
「どうか……したのですか?」
眼を擦りながら起きるシャルロット。さすが美少女。寝起きの姿も可愛らしい。
「どうやら追っ手が来たようです!」
「なんですって!ですがここはホーツヨーレン王国なのですよ!」
「どうやら、あの政治家は私たちが思っている以上に馬鹿だったようです!」
「そんな」
せめて怖いもの知らずって言ってあげても良かったんじゃないのか?あ、でも実際に馬鹿なんだから間違ってはいないのか。
「とばしますので、しっかり掴まっていて下さい!」
「きゃっ!」
「うおっ!」
一気に加速させたグレンダ。おいおい高速道路とはいえ、制限速度を大幅に超えてるぞ!いや、今はそんな常識を言っている場合じゃないか。
それにしても凄いドライビングテクニックだな。前の車を縫うように抜いて行きやが――
「おいおい大型トラック二台の間を抜くのは無理だろ!」
「黙っていろ!」
中央線の上を走行し近づくと思いっきりクラクションを鳴らす。カーチェイスしているとはいえやり過ぎな気がする。
クラクションに気がついた大型トラック二台が両端に避けてくれたことで、一台がギリギリ通れるだけのスペースが出来上がると、躊躇いもなくアクセルを踏み込む。
一瞬で追い抜いたグレンダ。
「マジかよ……」
「これで少しは時間を稼げる筈よ」
「いや、そうでもないみたいだぞ」
「え?」
聞こえる銃声。それと同時にスピンする一台の大型トラック。
「他国で発砲するなんて馬鹿なの!」
「そんなことよりもっと逃げろ!」
「言われるまでもないわよ!」
ったく、政治家も馬鹿だが追って来る刺客たちも馬鹿だろ。なに平然と撃ってきてんだよ!マジでアクション映画みたいになってきたじゃねぇか!
道が出来たことで車が次々と追っかけてくる。
「っておいおい!」
「今度はなんだ?」
「速く逃げろ!あの車の屋根からガトリングガンを出してきやがった!」
「なにっ!」
一気に方をつけるきかよ!
「シャルロット、危険だから頭下げてろ!」
「は、はい!」
ほぼ同時に銃撃してくる。ったく他国だっていうのに容赦がねぇ!
どうにかグレンダがドライビングテクで回避はしてくれてはいるが全ての弾丸を躱すの無理だ。ましてや防弾仕様じゃない一般のスポーツカーだ。時間が経てば間違いなくこっちの車が爆発して終わる!
「ジン、運転を代われ!」
「急に何を言ってやがる!」
「反撃しようにも武器が使えないお前じゃ役立たずだ。だから私が反撃するから運転を代われと言ってるんだ!」
役立たずって酷い言われようだな。
「安心しろ。武器は使えないが反撃なら出来るぜ」
「なに!」
「だから少し左によってくれ!」
「わ、分かった!」
よし、この角度なら狙えるな。
窓を開けた俺はパチンコ玉を弾いて先頭車両のタイヤをパンクさせる。
後ろの一台を巻き込んで横転した。
「よし、上手くいったな」
「いったい何をしたんだ」
「これだ」
「パチンコ玉?」
「そうだ。ゴルフボールまでの大きさなら武器として使える。俺の唯一の武器と言っても言い。ま、それ以上の物は大抵が武器として使えないけどな」
「なるほど。だが、助かった」
「なに、俺も命を狙われる身なんでな」
あと一台を何とかしないと。
「ん?なんだこのプロペラ音みたいなのは?」
そう思った瞬間上空に一機のヘリが現れた。
「戦闘ヘリだと!あんなものまで出してくるなんて何を考えてるんだ!」
「もう手段は選ばないってわけかよ!」
今は悪態を吐いている場合じゃない。
「グレンダ、一旦高速を下りるぞ!ここじゃ格好の的だ!」
「チッ!」
俺たちは高速を降りて一般道を走る。
高速と違って下の一般道には障害物が多い。ましてや高速とは違って一方通行じゃない。今まで以上に気を張り巡らせないと拙い!
なにか、作戦はないのか!
「ジン!」
「なんだ?」
一瞬作戦を考えてるのにって苛立ったがグレンダの顔を見た瞬間、その感情を消滅した。
覚悟を決めたような表情。コイツ何を考えてるんだ。
「お嬢様を任せても良いか?」
「安心しろ。一度受けた依頼は最後まで完遂する。それが冒険者ってもんだろ」
「お前はまだ違うだろ」
「それを言わないでくれ」
「フッ」
「グレンダ、急にどうしたの?」
シャルロットもいつもとは違うグレンダの声音に気づいたみたいだな。
「お嬢様、ここでお別れです。私が囮になって敵のヘリと車を引き付けます。ですからその間に国へお帰りください!」
「駄目よ、そんなの!グレンダは私の側近なのよ。それに約束したじゃない!いつまでも私の傍にいるって!」
「10年以上前の約束を覚えておいてくれたのですか。私はその約束を覚えて貰えていただけで満足です!」
「グレンダ!」
ビルとビルの隙間に入って数秒だけヘリと車から姿を消す。
停車すると俺とグレンダは外に出て暴れるシャルロットを無理やりおろす。
「いや、グレンダ!行かないで!」
「申し訳ありません、お嬢様」
「駄目よ、グレンダ!」
「ジン、お嬢様のこと任せたぞ」
情けない。自分が情けない。今俺が出来るのは暴れるシャルロットを動けないようにしながらグレンダを見送ることだけなんてな。だが、グレンダの想いを無駄にするわけにはいかない。
「ああ、任せろ。必ずシャルロットを国に連れて帰ってみせる!」
俺の言葉に笑みを浮かべたグレンダは車を発進させた。
「グレンダアアアアアアァァ!!」
薄暗い路地でシャルロットの悲しみの叫び声が響き渡るが、道路を走るたくさんの車音によって掻き消されてしまう。死ぬなよ、グレンダ。
俺とシャルロット、それから銀で帝国に向かって自分の足で走った。
どれぐらい走っただろう。
100メートル、1キロ、5キロ、もう少し進んでいるだろうか。俺もシャルロットも動きやすい格好をしているとはいえ、追っ手が近くにいないとは限らない。ましてや俺もシャルロットもこの街に関してはなにも知らない。そんな状態で動き回るのは愚作と言えるだろう。それでも俺たちは走り国に帰らなければならない。それが自ら囮になったグレンダの望みなのだから。
本当なら銀の背中に乗って移動すればもっと楽なんだろうが、こんな街中でそんな事をすれば目立つのは明白だ。そうなればグレンダが囮になってくれた意味がない。
スマホで時間を確認すると11時24分と表示されていた。グレンダと別れてから2時間と言ったところか。グレンダは上手く敵を撒いたころか?
シャルロットの手を引いて再び走ろうとした。しかしシャルロットはその場から動こうとしない。
「どうしたシャルロット。疲れたのか?」
「………」
そんな俺の心配に対しても俯いて返事をしようとしない。どこか気分でも悪いのか?
そんな風に思っていた瞬間に口を開いた。
「ジンさん、申し訳ありません。やはり私はグレンダを置いて帰国することは出来ません!」
「シャルロット……」
ほんと優しい子だ。きっと今まで走っている時もその事を悩んで悩んで、どうすれば良いのか自問自答しながらも考えていたんだろうな。
そんな美少女に対して俺はどう言葉を掛ければいい。
優しく慰めるように説得するのか。
それとも厳しく現実を突きつければ良いのか。それすらも判断できない。
いや、その両方を言えば良いのかもしれない。
「つまりシャルロットはグレンダを助けたいんだな」
「はい!」
真剣な眼。路地裏で日差しもまともに入り込まない場所なのに、煌き輝く翡翠色の瞳。
美しい。
その言葉が脳内を支配すると同時に引き込まれそうになる。ってこのまま顔に触れたら犯罪だろ!
17歳の少女に見惚れて手を出そうとする37歳はどう考えても犯罪だ。危ない危ないもう少しで人生終了のお知らせをしなければならないところだったぜ。
「ジンさん、どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。それよりも本気で言ってるんだよな?」
「勿論です」
即答しやがった。本当に分かっているのか少し心配ではある。だけど馬鹿ではないはずだ。
「なら一つ聞くが、グレンダの居場所は分かるのか?でないと助けることも出来ないぞ」
「そ、それは……」
うん、馬鹿だ。
「そ、そうです!グレンダに連絡して居場所を聞けば良いのです。そして待ち合わせすれば」
訂正しよう、馬鹿なんじゃない。抜けてるんだ。これが天然と言えるのかは定かではなけど。
「だけどその考えには難しい点がある」
「難しい点ですか?」
「そうだ。俺たちがこの国に入ったこと。そして居場所まで突き止められた。それはつまり敵には凄まじい捜索網があると言う事だ。そんな連中がシャルロットとグレンダの会話を盗聴していないとも限らない。ましてやそれで追跡してくるとも考えれる」
「それはそうですが……」
ま、その事に関しては正直心配してはいない。俺もシャルロットもスマホを持っているがGPSで居場所を発見されていない事を考えると、監視カメラの映像なので居場所を特定したと考えるのが妥当だろう。だからこうして路地を通って移動しているわけだが。
それにしても政治家の奴はどうしてここまで俺たちをしつこく追い掛け回すんだ?目撃者を始末するのは理解できる。だが、一人二人に見られたからと言ってどうこうしなくても言いと思うんだが。その目撃者が誰かに言ったとしても戯言、狂言だと思われて終わりだからな。なのにここまで追い掛け回す理由はなんだ?
シャルロットたちが帝国の王族だと気がついた?いや、もしも殺せば最悪戦争にだってなりかねない。
大陸で上位に入る帝国と戦争をするほど政治家も馬鹿じゃないだろう。
ま、考えていても答えは出ない。なら本人に確認するのが手っ取り早い。
「なぁ、シャルロット」
「なんでしょうか?」
「どうして、敵はここまでしつこく追い掛け回すんだ?目撃したからと言って、他国にまで刺客を送り込む理由が分からないんだが」
ましてや刺客なんて言えるレベルじゃない。ガトリングガン装備の車両に戦闘ヘリ。どうみても刺客と言うよりも軍隊を動かしたと考えるべきだろうが。
「それはきっとこれが原因だと思います」
スマホ画面に表示された1分強の映像。そこにはこれまた丸々太った男が下卑た笑みを浮かべて取引をしている最中の様子がハッキリと映っていた。
「写真を撮るのが趣味で観光した際はよくするのですが、間違えて録画していて、それで……」
「その事に気がついた政治家が血眼になってそれを欲していると言う訳か」
「はい」
これまた面倒なことになったな。今、ここでこの映像を消去しても意味はないしな。
ブーブー
すると突然、シャルロットのスマホが振動し始めた。
どうやら着信が入ったようだが、誰からだ?
日の出と共に俺たちはチェックアウトして空港に向かって出発した。
運転は勿論グレンダで助席に俺、後部座席にシャルロットと銀が座っている。
寝台列車での戦いが嘘かと思うほど平穏に向かっていた。シャルロットに至っては銀と一緒に寝ていた。きっと朝早くに出発したからまだ眠いんだろう。
そんな退屈凌ぎにグレンダが質問してきた。
「ジン、聞いても良いか?」
「なんだ?」
「どうしてお前は武器を使わない」
「唐突にどうしたんだ?」
「寝台列車での時、隣の部屋から銃撃した男をお前は殴って倒したな。それも弾丸の中に飛び込んでだ」
「見ていたのか」
「正確には見えただ。あれだけ撃たれたんだ壁にはそこそこ大きな穴ぐらい出来る」
確かに出来ていたな。
「どうしてだ?接近戦が好きで銃を使わないにしてもナイフも持たずに敵に突っ込むなど危険極まりない行為だぞ」
「ま、そうだろうな。でもこっちにも色々事情があってな」
「そうか……だが、一緒に行動しているのだから教えても良いのではないのか?」
別に教えても良いが。いや、教えておくべきだろう。まだ完全に追手が来ないとも限らないしな。
「昨日俺が手でご飯食べていた事を注意してきたよな」
「ああ。だがそれと関係あるのか?」
「これが大アリなんだな。俺はとある奴に呪いを掛けられてな。術者が武器だと認識する物を使う事が出来ないんだ。つまり銃や剣は勿論のこと、ナイフやフォーク、箸ですら使う事が出来ないんだ」
「そうか」
「信じるのか?」
「お前の戦いを見たからな。信じるしかないだろ」
「それもそうか」
なんと言うか、それにしては反応が普通と言うか、淡白な気がするな。大抵の人間がこの話を聞けば、哀れみや同情、悲しげな表情をするもんなんだが。
ま、今はそれよりもだ。
「なぁ、グレンダ」
「なんだ?」
「高速乗ってからついてくる車が3台ほどいるんだが」
「なにっ!?」
バックミラーで確認するグレンダ。
サイドミラーで見えた車はどうみても一般人が乗っていそうな車じゃない。まるで大統領を護衛するかのような車だ。
それにさっきからあの車の中から強い殺気を感じる。
「あれはどうみても一般車両じゃないよな」
「そう言う事はもっと早くに言え!」
悪かったよ。正直に言うともう少し平穏に乗車していたかっただけなんだが。
「シャルロット様、起きて下さい!緊急事態です!」
「どうか……したのですか?」
眼を擦りながら起きるシャルロット。さすが美少女。寝起きの姿も可愛らしい。
「どうやら追っ手が来たようです!」
「なんですって!ですがここはホーツヨーレン王国なのですよ!」
「どうやら、あの政治家は私たちが思っている以上に馬鹿だったようです!」
「そんな」
せめて怖いもの知らずって言ってあげても良かったんじゃないのか?あ、でも実際に馬鹿なんだから間違ってはいないのか。
「とばしますので、しっかり掴まっていて下さい!」
「きゃっ!」
「うおっ!」
一気に加速させたグレンダ。おいおい高速道路とはいえ、制限速度を大幅に超えてるぞ!いや、今はそんな常識を言っている場合じゃないか。
それにしても凄いドライビングテクニックだな。前の車を縫うように抜いて行きやが――
「おいおい大型トラック二台の間を抜くのは無理だろ!」
「黙っていろ!」
中央線の上を走行し近づくと思いっきりクラクションを鳴らす。カーチェイスしているとはいえやり過ぎな気がする。
クラクションに気がついた大型トラック二台が両端に避けてくれたことで、一台がギリギリ通れるだけのスペースが出来上がると、躊躇いもなくアクセルを踏み込む。
一瞬で追い抜いたグレンダ。
「マジかよ……」
「これで少しは時間を稼げる筈よ」
「いや、そうでもないみたいだぞ」
「え?」
聞こえる銃声。それと同時にスピンする一台の大型トラック。
「他国で発砲するなんて馬鹿なの!」
「そんなことよりもっと逃げろ!」
「言われるまでもないわよ!」
ったく、政治家も馬鹿だが追って来る刺客たちも馬鹿だろ。なに平然と撃ってきてんだよ!マジでアクション映画みたいになってきたじゃねぇか!
道が出来たことで車が次々と追っかけてくる。
「っておいおい!」
「今度はなんだ?」
「速く逃げろ!あの車の屋根からガトリングガンを出してきやがった!」
「なにっ!」
一気に方をつけるきかよ!
「シャルロット、危険だから頭下げてろ!」
「は、はい!」
ほぼ同時に銃撃してくる。ったく他国だっていうのに容赦がねぇ!
どうにかグレンダがドライビングテクで回避はしてくれてはいるが全ての弾丸を躱すの無理だ。ましてや防弾仕様じゃない一般のスポーツカーだ。時間が経てば間違いなくこっちの車が爆発して終わる!
「ジン、運転を代われ!」
「急に何を言ってやがる!」
「反撃しようにも武器が使えないお前じゃ役立たずだ。だから私が反撃するから運転を代われと言ってるんだ!」
役立たずって酷い言われようだな。
「安心しろ。武器は使えないが反撃なら出来るぜ」
「なに!」
「だから少し左によってくれ!」
「わ、分かった!」
よし、この角度なら狙えるな。
窓を開けた俺はパチンコ玉を弾いて先頭車両のタイヤをパンクさせる。
後ろの一台を巻き込んで横転した。
「よし、上手くいったな」
「いったい何をしたんだ」
「これだ」
「パチンコ玉?」
「そうだ。ゴルフボールまでの大きさなら武器として使える。俺の唯一の武器と言っても言い。ま、それ以上の物は大抵が武器として使えないけどな」
「なるほど。だが、助かった」
「なに、俺も命を狙われる身なんでな」
あと一台を何とかしないと。
「ん?なんだこのプロペラ音みたいなのは?」
そう思った瞬間上空に一機のヘリが現れた。
「戦闘ヘリだと!あんなものまで出してくるなんて何を考えてるんだ!」
「もう手段は選ばないってわけかよ!」
今は悪態を吐いている場合じゃない。
「グレンダ、一旦高速を下りるぞ!ここじゃ格好の的だ!」
「チッ!」
俺たちは高速を降りて一般道を走る。
高速と違って下の一般道には障害物が多い。ましてや高速とは違って一方通行じゃない。今まで以上に気を張り巡らせないと拙い!
なにか、作戦はないのか!
「ジン!」
「なんだ?」
一瞬作戦を考えてるのにって苛立ったがグレンダの顔を見た瞬間、その感情を消滅した。
覚悟を決めたような表情。コイツ何を考えてるんだ。
「お嬢様を任せても良いか?」
「安心しろ。一度受けた依頼は最後まで完遂する。それが冒険者ってもんだろ」
「お前はまだ違うだろ」
「それを言わないでくれ」
「フッ」
「グレンダ、急にどうしたの?」
シャルロットもいつもとは違うグレンダの声音に気づいたみたいだな。
「お嬢様、ここでお別れです。私が囮になって敵のヘリと車を引き付けます。ですからその間に国へお帰りください!」
「駄目よ、そんなの!グレンダは私の側近なのよ。それに約束したじゃない!いつまでも私の傍にいるって!」
「10年以上前の約束を覚えておいてくれたのですか。私はその約束を覚えて貰えていただけで満足です!」
「グレンダ!」
ビルとビルの隙間に入って数秒だけヘリと車から姿を消す。
停車すると俺とグレンダは外に出て暴れるシャルロットを無理やりおろす。
「いや、グレンダ!行かないで!」
「申し訳ありません、お嬢様」
「駄目よ、グレンダ!」
「ジン、お嬢様のこと任せたぞ」
情けない。自分が情けない。今俺が出来るのは暴れるシャルロットを動けないようにしながらグレンダを見送ることだけなんてな。だが、グレンダの想いを無駄にするわけにはいかない。
「ああ、任せろ。必ずシャルロットを国に連れて帰ってみせる!」
俺の言葉に笑みを浮かべたグレンダは車を発進させた。
「グレンダアアアアアアァァ!!」
薄暗い路地でシャルロットの悲しみの叫び声が響き渡るが、道路を走るたくさんの車音によって掻き消されてしまう。死ぬなよ、グレンダ。
俺とシャルロット、それから銀で帝国に向かって自分の足で走った。
どれぐらい走っただろう。
100メートル、1キロ、5キロ、もう少し進んでいるだろうか。俺もシャルロットも動きやすい格好をしているとはいえ、追っ手が近くにいないとは限らない。ましてや俺もシャルロットもこの街に関してはなにも知らない。そんな状態で動き回るのは愚作と言えるだろう。それでも俺たちは走り国に帰らなければならない。それが自ら囮になったグレンダの望みなのだから。
本当なら銀の背中に乗って移動すればもっと楽なんだろうが、こんな街中でそんな事をすれば目立つのは明白だ。そうなればグレンダが囮になってくれた意味がない。
スマホで時間を確認すると11時24分と表示されていた。グレンダと別れてから2時間と言ったところか。グレンダは上手く敵を撒いたころか?
シャルロットの手を引いて再び走ろうとした。しかしシャルロットはその場から動こうとしない。
「どうしたシャルロット。疲れたのか?」
「………」
そんな俺の心配に対しても俯いて返事をしようとしない。どこか気分でも悪いのか?
そんな風に思っていた瞬間に口を開いた。
「ジンさん、申し訳ありません。やはり私はグレンダを置いて帰国することは出来ません!」
「シャルロット……」
ほんと優しい子だ。きっと今まで走っている時もその事を悩んで悩んで、どうすれば良いのか自問自答しながらも考えていたんだろうな。
そんな美少女に対して俺はどう言葉を掛ければいい。
優しく慰めるように説得するのか。
それとも厳しく現実を突きつければ良いのか。それすらも判断できない。
いや、その両方を言えば良いのかもしれない。
「つまりシャルロットはグレンダを助けたいんだな」
「はい!」
真剣な眼。路地裏で日差しもまともに入り込まない場所なのに、煌き輝く翡翠色の瞳。
美しい。
その言葉が脳内を支配すると同時に引き込まれそうになる。ってこのまま顔に触れたら犯罪だろ!
17歳の少女に見惚れて手を出そうとする37歳はどう考えても犯罪だ。危ない危ないもう少しで人生終了のお知らせをしなければならないところだったぜ。
「ジンさん、どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。それよりも本気で言ってるんだよな?」
「勿論です」
即答しやがった。本当に分かっているのか少し心配ではある。だけど馬鹿ではないはずだ。
「なら一つ聞くが、グレンダの居場所は分かるのか?でないと助けることも出来ないぞ」
「そ、それは……」
うん、馬鹿だ。
「そ、そうです!グレンダに連絡して居場所を聞けば良いのです。そして待ち合わせすれば」
訂正しよう、馬鹿なんじゃない。抜けてるんだ。これが天然と言えるのかは定かではなけど。
「だけどその考えには難しい点がある」
「難しい点ですか?」
「そうだ。俺たちがこの国に入ったこと。そして居場所まで突き止められた。それはつまり敵には凄まじい捜索網があると言う事だ。そんな連中がシャルロットとグレンダの会話を盗聴していないとも限らない。ましてやそれで追跡してくるとも考えれる」
「それはそうですが……」
ま、その事に関しては正直心配してはいない。俺もシャルロットもスマホを持っているがGPSで居場所を発見されていない事を考えると、監視カメラの映像なので居場所を特定したと考えるのが妥当だろう。だからこうして路地を通って移動しているわけだが。
それにしても政治家の奴はどうしてここまで俺たちをしつこく追い掛け回すんだ?目撃者を始末するのは理解できる。だが、一人二人に見られたからと言ってどうこうしなくても言いと思うんだが。その目撃者が誰かに言ったとしても戯言、狂言だと思われて終わりだからな。なのにここまで追い掛け回す理由はなんだ?
シャルロットたちが帝国の王族だと気がついた?いや、もしも殺せば最悪戦争にだってなりかねない。
大陸で上位に入る帝国と戦争をするほど政治家も馬鹿じゃないだろう。
ま、考えていても答えは出ない。なら本人に確認するのが手っ取り早い。
「なぁ、シャルロット」
「なんでしょうか?」
「どうして、敵はここまでしつこく追い掛け回すんだ?目撃したからと言って、他国にまで刺客を送り込む理由が分からないんだが」
ましてや刺客なんて言えるレベルじゃない。ガトリングガン装備の車両に戦闘ヘリ。どうみても刺客と言うよりも軍隊を動かしたと考えるべきだろうが。
「それはきっとこれが原因だと思います」
スマホ画面に表示された1分強の映像。そこにはこれまた丸々太った男が下卑た笑みを浮かべて取引をしている最中の様子がハッキリと映っていた。
「写真を撮るのが趣味で観光した際はよくするのですが、間違えて録画していて、それで……」
「その事に気がついた政治家が血眼になってそれを欲していると言う訳か」
「はい」
これまた面倒なことになったな。今、ここでこの映像を消去しても意味はないしな。
ブーブー
すると突然、シャルロットのスマホが振動し始めた。
どうやら着信が入ったようだが、誰からだ?
0
あなたにおすすめの小説
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる