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第二章 魔力無し転生者は仲間を探す
第六十話 レイノーツ学園祭 ⑦
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俺はコイツの魔力があとどれぐらいなのか分からない。
魔力感知が俺には出来ないからな。
なら奴が死ぬまで俺が戦えば良いだけの話だ。
そう考えた俺は倒れそうになる体で何度も何度も奴を殴った。
その度に奴は痛がりよろける。だからって俺は容赦はしないぜ。
殴り、殴り、殴る。そしてまた殴る。
もう何度殴ったかなんて分からない。ただ拳が流石に痛くなってきた。
こいつの体異常に硬いんだ。まるで岩盤でも殴ってるみたいに。
それでも俺は殴る。あと少しと思い何度も殴る。
そして、殴る。
「グハッ!」
その瞬間奴は口から血反吐を地面にばら撒いた。
俺はそれを見て思った。
この時を待っていた。と。
「これで終わりだあああああああああぁぁぁ!!」
よろけて距離が出来たがそれは良い感じの助走距離となった。
助走を付けて俺は奴の顔面を思いっきり殴り飛ばす。
殴り飛ばされたストーカー野郎は最初の時と同じように地面に倒れたが、今度は立とうとはしなかった。
それどころか体中から激痛が発するのかジタバタとその場で暴れまわりだす。
「ガア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァァ!!」
絶叫しながら暴れたストーカー野郎は急に固まると動かなくなり鼻、目、口と穴と言う穴から血を噴き出して絶命した。
まったくとんでもない薬を使いやがったな。
そこまでして力を欲するなら自分で強くなれば良かっただろうが。お前には俺と違って魔力があるんだからよ。
いや、まともにシャルロットに近づこうともしなかった臆病者には無理な話か。
だけど影光と同じでこんな薬を平然と投与する奴は許せない。
「見つけたら絶対にブッ飛ばしてやる」
そう思った瞬間、足から力が抜けてその場に尻餅をついてしまう。やっぱり俺もまだまだだな。
――だが、悪くなかったぞ。
脳裏にそう言われた気がした。
ったくほんと無茶を言う師匠だ。
気がつくと俺は師匠と話せたような気がしたことに自然と笑みを浮かべていた。
それから少ししてシャルロットが呼んで来たんだろう、影光、アイン、朧さんと複数の冒険者にライアンと帝国軍の姿があった。
「ジンさん!」
「よ、終わったぜ」
座り込む俺と死んだ異様な姿をしたストーカー男。それから戦闘が行われた演習場の惨劇を見てシャルロット以外の全員が驚愕の表情を浮かべていた。いや、アインは違うな。アイツはいつもと変わらぬ真顔だ。
でもこれでようやく終わったんだと俺は改めて思い、安堵するのだった。
だけどその前に。
「シャルロット、不安だったのは分かるが離れてくれないか。折れた肋骨に響く」
「す、すいません!」
そうして慌てて離れる。
そんなシャルロットに笑みを零しながら俺は問う。
「シャルロット怪我は無いか?」
「はい、ジンさんが守ってくれましたから。そ、その格好良かったです」
「そうか?それはありがとうな」
何故か顔を赤らめてそう言うシャルロットの頭を軽く撫でながら俺は答える。
そして直ぐに不機嫌そうな顔をするのは何故だ?
そんな俺に朧さんが話しかけてくる。
「それにしてもあの化け物を倒すとはやはり只者じゃないのぉ」
「別に大したことねぇよ。あれなら影光やアインだけでなく朧さんだって倒せるだろ?」
「まあの。だがその若さの時に倒せたかと言われれば答えは否じゃ」
まったく相変わらず朧さんは人の詮索が上手いな。
俺は思わず頭を掻くしかなかった。
ライアンは部下の軍人たちに指示を出し終わると俺の許へとやってきた。
「ジン君、シャルロットを守ってくれてありがとう」
「別に大した事はしてないさ。それにシャルロットが誘拐された原因は俺が傍から離れたのもあるからな」
「そ、それは私がそう命じたからで!お兄様ジンさんはなにも悪くないんです!だから――」
「分かってるよ。父上もその事で咎めるつもりはないだろう。それにこうして無事にシャルロットを助けてくれたんだしね」
「それよりも早く病院に行った方が良い」
「何この程度、寝ていれば明日にでも治る」
そんな俺の言葉に反論したのはライアンじゃなくてシャルロットだった。
「そんなわけありません!今すぐ病院に行きますよ!」
「だからそこまで大げさな怪我じゃ――」
「肋骨が折れて大げさな怪我じゃないわけがありません!」
「だからな、シャルロット少し落ち着いて――」
「なにか?」
「いえ」
俺はこの時、ようやくシャルロットが頑固であると言う本当の意味を知ることとなった。
あのストーカー野郎よりも怖いと感じたのは俺だけだろうか?で、影光とアインは後ろでクスクスと笑わない。
その後俺は用意された救急車に乗せられて病院に運ばれた。別に大した怪我じゃないんだぞ。
あの水を飲めが直ぐに治るし。
精密検査が終わった結果なんとどこにも異常が無いと言われた。
あたりまえだ。精密検査を受ける前にトイレで例の水を飲んだんだからな。本当なら手術が必要なんだろうが、あんまり体を弄られるのは好きじゃないからな。
精密検査で時間を取られて気がつけば空は茜色に染まっていた。
で、病室のベッドで横になっているとライアンとシャルロットがやって来た。
「やあ、ジン君。それで怪我の方はどうだった?」
「明日には退院できるってさ」
「そんなわけありません!」
と俺の言葉にシャルロットが声を荒立てて反論してくる。
心配なのは分かるが、ここ、病院だからな。ま、皇族の知り合いって事で超ビップな個室を用意して貰っているわけだけど。
「いや、本当だから。後で担当医に聞いてみろよ」
「そこまで言うのなら」
「それよりもグレンダの様子はどうなんだ?」
「彼女も大した事はない。2週間療養すれば直ぐにでも護衛に復帰できるだろう」
「そうか」
その程度で済んで良かった。ま、アイツの場合はそれでも長いって言いそうだけど。シャルロットが心配になって病院を抜け出したりしないよな?ちょっと不安だ。
「それで学園祭はどうなんてんだ?」
「中止になりました……」
「そうか……悪かったな。俺が学園祭が終わった後にすれば良いなんて言わなければこんな事にならなかったかもしれないのに」
「い、いえ!それは良いんです!」
どうにかしてシャルロットは俺を励まそうとしてくれる。その姿に和まされるのは俺だけじゃないな。
「あ、ですが、後夜祭はしますので」
「後夜祭?」
「はい。本当は学園祭最終日が終わった後でする学生だけの宴みたいなものです」
いや、それは知ってるんだが。
「学園祭が中止になったのにするのか?」
「はい、少しでも暗くなった雰囲気を取り戻そうと言う学園側からの配慮だとお兄様は言ってましたけど」
「なるほど、確かにその通りかもな」
「そ、それでですね。明日退院出来るのであれば一緒に後夜祭に出てくれませんか?」
「まだ依頼は続いてるし俺は構わないが、でも良いのか?学生だけのイベントなんだろ?」
「はい、大丈夫です!それにグレンダが休養しますからジンさんが護衛をしてくれないと私行けれないかもしれないんです……」
小悪魔的な表情で言ってくるシャルロット。まったくそんな仕草を誰に教わったのやら。でもどこかレティシアさんに似ているような気もするが、まさかな。実の娘に教えるような事じゃないからな。
それは置いといて断る理由もないので俺は了承した。
「ああ、良いぞ」
「本当ですか!」
そう言ってシャルロット喜んだ。そんなに後夜祭に出たかったのか。
そんなシャルロットをほっといてライアンが話してくる。
「なら明日退院したら皇宮に来てくれるかな?皇帝陛下が話があるそうだよ」
「分かった」
ここで父上じゃなく、皇帝陛下と言ったってことは仕事の話と言うことなんだろう。
************************
私の名前はシャルロット・デューイ・ベルヘンス。
ベルヘンス帝国第二皇女でレイノーツ学園に通う2年生。
私は目の前の現実に恐怖していた。
突然現れた少年に誘拐され第5演習場に連れてこられたかと思うと少年は私に話しかける事なんてせず、誰かを待っているようだ。
だけど私には分かる。今、この瞬間逃げようとしても逃げられない。それだけこの人にはなんらかの力があると。それにあのグレンダが一撃でやられるほどだもの。
ただこの先どうなるか分からない不安に私は怖くて仕方が無かった。
お願い助けて!
助けて下さい、ジンさん!
そう思った瞬間演習場の扉が強く開かれた。
そしてそこには私が待ち望んだジンさんの姿があった。
まるで私が大好きな御伽噺の王子様のように。
「よ、このストーカー野郎。シャルロットを返して貰うぞ」
怒りで顔を顰めるジンさんの表情は最初であった時にグレンダを救出した時と同じ表情をしていた。
だけど何故だろう。怖いとは感じない。それどころかさっきまで感じていた不安や恐怖がなくなっている。
そこからの戦いは私の目では捉えることなど出来るものではなかった。
ジンさんは魔力が無い。それでもその運命に抗って抗って夢だった冒険者にもなって凄いと思ったけど、まさかここまで凄い人なんて思わなかった。
私には分からない壮絶な人生を生きてきた、それだけしか分からない。その事が少し悲しい。
そして気がつけばジンさんは見事にあの少年を倒して私の許に来てくれた。
「大丈夫か?」
短く素っ気ないようにも感じる一言だけど、私にはその一言がとても嬉しくて仕方が無かった。
そして差し伸べられた手はとても暖かく今にも力が抜けそうになりそうになった。
だけど、突然吐き気が襲うほどの不気味な膨大な魔力を感じた。なんですか、この気持悪い魔力は。そう思って視線を向けると少年の体が見る見る変貌し、人間の体とは思えない異形の者へと変わっていた。
そんな彼の姿を見てジンさんが焦っているのが分かる。
だからジンさんは私だけでも逃がそうとした。だけど私はそれが嫌だった。ジンさんだけ危険な場所に残すなんて嫌だった。
でも私には力が無い。ここに居れば逆に迷惑が掛かる。そう思った時自分の不甲斐なさ、そして鍛錬してこなかった過去の自分に腹が立った。
私はそんな苛立ちを抱えながらジンさんの邪魔をしないようにと演習場を走って出た。
誰か!誰でも良い。早くジンさんに助けを!
そう思って私は走った。
護身術は学んでるけど体力にそこまで自信のない私は直ぐに息切れしてしまう。こんな事ならもっと体力を付けておけば良かった。
そう思いながらも私は走る。
ようやく出店が開かれているコーナーまで戻ってきた私は誰でも良いから話しかけようとしたが、戦闘中なのか誰も私の存在に気づいていない。
「ガアアアアアアアァァ!!」
「キャアアア!」
突然暴走した人に襲われ悲鳴を上げてしまう。
しかし暴走した人は首を斬り落とされて絶命していた。
「シャルロット様が何故ここに?」
そんな私に話しかけてきたのはジンさんと同じギルドのカゲミツさんだった。
「お願いします!ジンさんを助けて!」
「仁なら大丈夫だ。だから安心して下さい」
「そうじゃないんです!私を誘拐した人が急におかしくなって体は紫色になるし3メートルぐらいまで身長が伸びるし、気持悪い魔力は溢れ出てくるし、このままではジンさんが!」
「分かった。人を集めて直ぐに駆けつけよう」
ようやく異常事態に気づいてくれたカゲミツさんはインカムで他の冒険者たちに知らせてくれたのか、直ぐに集まってきた。そしてその中にはライアンお兄様の姿があった。
「シャルロット!」
「お兄様!」
「もう大丈夫だから。シャルロットは安全な場所に――」
「いえ、私がジンさんの許まで案内します!」
「しか……分かった。頼んだよ」
「はい」
私が頑固である事を知っているお兄様は直ぐに了承してくれた。頑固も悪くないものですね。
そしてみんなで駆けつけると戦闘は終わっていたのかジンさんが演習場の中央辺りで座っていた。
そんなジンさんの姿を見た時、私は御伽噺のワンシーンを思い出していた。
愛する王女様の事を思って丘の向こうを眺めていると言うシーン。どうみても場所も状況も違うのに。その時の王子様のジンさんの姿が重なった。
だけどジンさんが無事であった事に本当に嬉しく思った。
************************
魔力感知が俺には出来ないからな。
なら奴が死ぬまで俺が戦えば良いだけの話だ。
そう考えた俺は倒れそうになる体で何度も何度も奴を殴った。
その度に奴は痛がりよろける。だからって俺は容赦はしないぜ。
殴り、殴り、殴る。そしてまた殴る。
もう何度殴ったかなんて分からない。ただ拳が流石に痛くなってきた。
こいつの体異常に硬いんだ。まるで岩盤でも殴ってるみたいに。
それでも俺は殴る。あと少しと思い何度も殴る。
そして、殴る。
「グハッ!」
その瞬間奴は口から血反吐を地面にばら撒いた。
俺はそれを見て思った。
この時を待っていた。と。
「これで終わりだあああああああああぁぁぁ!!」
よろけて距離が出来たがそれは良い感じの助走距離となった。
助走を付けて俺は奴の顔面を思いっきり殴り飛ばす。
殴り飛ばされたストーカー野郎は最初の時と同じように地面に倒れたが、今度は立とうとはしなかった。
それどころか体中から激痛が発するのかジタバタとその場で暴れまわりだす。
「ガア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァァ!!」
絶叫しながら暴れたストーカー野郎は急に固まると動かなくなり鼻、目、口と穴と言う穴から血を噴き出して絶命した。
まったくとんでもない薬を使いやがったな。
そこまでして力を欲するなら自分で強くなれば良かっただろうが。お前には俺と違って魔力があるんだからよ。
いや、まともにシャルロットに近づこうともしなかった臆病者には無理な話か。
だけど影光と同じでこんな薬を平然と投与する奴は許せない。
「見つけたら絶対にブッ飛ばしてやる」
そう思った瞬間、足から力が抜けてその場に尻餅をついてしまう。やっぱり俺もまだまだだな。
――だが、悪くなかったぞ。
脳裏にそう言われた気がした。
ったくほんと無茶を言う師匠だ。
気がつくと俺は師匠と話せたような気がしたことに自然と笑みを浮かべていた。
それから少ししてシャルロットが呼んで来たんだろう、影光、アイン、朧さんと複数の冒険者にライアンと帝国軍の姿があった。
「ジンさん!」
「よ、終わったぜ」
座り込む俺と死んだ異様な姿をしたストーカー男。それから戦闘が行われた演習場の惨劇を見てシャルロット以外の全員が驚愕の表情を浮かべていた。いや、アインは違うな。アイツはいつもと変わらぬ真顔だ。
でもこれでようやく終わったんだと俺は改めて思い、安堵するのだった。
だけどその前に。
「シャルロット、不安だったのは分かるが離れてくれないか。折れた肋骨に響く」
「す、すいません!」
そうして慌てて離れる。
そんなシャルロットに笑みを零しながら俺は問う。
「シャルロット怪我は無いか?」
「はい、ジンさんが守ってくれましたから。そ、その格好良かったです」
「そうか?それはありがとうな」
何故か顔を赤らめてそう言うシャルロットの頭を軽く撫でながら俺は答える。
そして直ぐに不機嫌そうな顔をするのは何故だ?
そんな俺に朧さんが話しかけてくる。
「それにしてもあの化け物を倒すとはやはり只者じゃないのぉ」
「別に大したことねぇよ。あれなら影光やアインだけでなく朧さんだって倒せるだろ?」
「まあの。だがその若さの時に倒せたかと言われれば答えは否じゃ」
まったく相変わらず朧さんは人の詮索が上手いな。
俺は思わず頭を掻くしかなかった。
ライアンは部下の軍人たちに指示を出し終わると俺の許へとやってきた。
「ジン君、シャルロットを守ってくれてありがとう」
「別に大した事はしてないさ。それにシャルロットが誘拐された原因は俺が傍から離れたのもあるからな」
「そ、それは私がそう命じたからで!お兄様ジンさんはなにも悪くないんです!だから――」
「分かってるよ。父上もその事で咎めるつもりはないだろう。それにこうして無事にシャルロットを助けてくれたんだしね」
「それよりも早く病院に行った方が良い」
「何この程度、寝ていれば明日にでも治る」
そんな俺の言葉に反論したのはライアンじゃなくてシャルロットだった。
「そんなわけありません!今すぐ病院に行きますよ!」
「だからそこまで大げさな怪我じゃ――」
「肋骨が折れて大げさな怪我じゃないわけがありません!」
「だからな、シャルロット少し落ち着いて――」
「なにか?」
「いえ」
俺はこの時、ようやくシャルロットが頑固であると言う本当の意味を知ることとなった。
あのストーカー野郎よりも怖いと感じたのは俺だけだろうか?で、影光とアインは後ろでクスクスと笑わない。
その後俺は用意された救急車に乗せられて病院に運ばれた。別に大した怪我じゃないんだぞ。
あの水を飲めが直ぐに治るし。
精密検査が終わった結果なんとどこにも異常が無いと言われた。
あたりまえだ。精密検査を受ける前にトイレで例の水を飲んだんだからな。本当なら手術が必要なんだろうが、あんまり体を弄られるのは好きじゃないからな。
精密検査で時間を取られて気がつけば空は茜色に染まっていた。
で、病室のベッドで横になっているとライアンとシャルロットがやって来た。
「やあ、ジン君。それで怪我の方はどうだった?」
「明日には退院できるってさ」
「そんなわけありません!」
と俺の言葉にシャルロットが声を荒立てて反論してくる。
心配なのは分かるが、ここ、病院だからな。ま、皇族の知り合いって事で超ビップな個室を用意して貰っているわけだけど。
「いや、本当だから。後で担当医に聞いてみろよ」
「そこまで言うのなら」
「それよりもグレンダの様子はどうなんだ?」
「彼女も大した事はない。2週間療養すれば直ぐにでも護衛に復帰できるだろう」
「そうか」
その程度で済んで良かった。ま、アイツの場合はそれでも長いって言いそうだけど。シャルロットが心配になって病院を抜け出したりしないよな?ちょっと不安だ。
「それで学園祭はどうなんてんだ?」
「中止になりました……」
「そうか……悪かったな。俺が学園祭が終わった後にすれば良いなんて言わなければこんな事にならなかったかもしれないのに」
「い、いえ!それは良いんです!」
どうにかしてシャルロットは俺を励まそうとしてくれる。その姿に和まされるのは俺だけじゃないな。
「あ、ですが、後夜祭はしますので」
「後夜祭?」
「はい。本当は学園祭最終日が終わった後でする学生だけの宴みたいなものです」
いや、それは知ってるんだが。
「学園祭が中止になったのにするのか?」
「はい、少しでも暗くなった雰囲気を取り戻そうと言う学園側からの配慮だとお兄様は言ってましたけど」
「なるほど、確かにその通りかもな」
「そ、それでですね。明日退院出来るのであれば一緒に後夜祭に出てくれませんか?」
「まだ依頼は続いてるし俺は構わないが、でも良いのか?学生だけのイベントなんだろ?」
「はい、大丈夫です!それにグレンダが休養しますからジンさんが護衛をしてくれないと私行けれないかもしれないんです……」
小悪魔的な表情で言ってくるシャルロット。まったくそんな仕草を誰に教わったのやら。でもどこかレティシアさんに似ているような気もするが、まさかな。実の娘に教えるような事じゃないからな。
それは置いといて断る理由もないので俺は了承した。
「ああ、良いぞ」
「本当ですか!」
そう言ってシャルロット喜んだ。そんなに後夜祭に出たかったのか。
そんなシャルロットをほっといてライアンが話してくる。
「なら明日退院したら皇宮に来てくれるかな?皇帝陛下が話があるそうだよ」
「分かった」
ここで父上じゃなく、皇帝陛下と言ったってことは仕事の話と言うことなんだろう。
************************
私の名前はシャルロット・デューイ・ベルヘンス。
ベルヘンス帝国第二皇女でレイノーツ学園に通う2年生。
私は目の前の現実に恐怖していた。
突然現れた少年に誘拐され第5演習場に連れてこられたかと思うと少年は私に話しかける事なんてせず、誰かを待っているようだ。
だけど私には分かる。今、この瞬間逃げようとしても逃げられない。それだけこの人にはなんらかの力があると。それにあのグレンダが一撃でやられるほどだもの。
ただこの先どうなるか分からない不安に私は怖くて仕方が無かった。
お願い助けて!
助けて下さい、ジンさん!
そう思った瞬間演習場の扉が強く開かれた。
そしてそこには私が待ち望んだジンさんの姿があった。
まるで私が大好きな御伽噺の王子様のように。
「よ、このストーカー野郎。シャルロットを返して貰うぞ」
怒りで顔を顰めるジンさんの表情は最初であった時にグレンダを救出した時と同じ表情をしていた。
だけど何故だろう。怖いとは感じない。それどころかさっきまで感じていた不安や恐怖がなくなっている。
そこからの戦いは私の目では捉えることなど出来るものではなかった。
ジンさんは魔力が無い。それでもその運命に抗って抗って夢だった冒険者にもなって凄いと思ったけど、まさかここまで凄い人なんて思わなかった。
私には分からない壮絶な人生を生きてきた、それだけしか分からない。その事が少し悲しい。
そして気がつけばジンさんは見事にあの少年を倒して私の許に来てくれた。
「大丈夫か?」
短く素っ気ないようにも感じる一言だけど、私にはその一言がとても嬉しくて仕方が無かった。
そして差し伸べられた手はとても暖かく今にも力が抜けそうになりそうになった。
だけど、突然吐き気が襲うほどの不気味な膨大な魔力を感じた。なんですか、この気持悪い魔力は。そう思って視線を向けると少年の体が見る見る変貌し、人間の体とは思えない異形の者へと変わっていた。
そんな彼の姿を見てジンさんが焦っているのが分かる。
だからジンさんは私だけでも逃がそうとした。だけど私はそれが嫌だった。ジンさんだけ危険な場所に残すなんて嫌だった。
でも私には力が無い。ここに居れば逆に迷惑が掛かる。そう思った時自分の不甲斐なさ、そして鍛錬してこなかった過去の自分に腹が立った。
私はそんな苛立ちを抱えながらジンさんの邪魔をしないようにと演習場を走って出た。
誰か!誰でも良い。早くジンさんに助けを!
そう思って私は走った。
護身術は学んでるけど体力にそこまで自信のない私は直ぐに息切れしてしまう。こんな事ならもっと体力を付けておけば良かった。
そう思いながらも私は走る。
ようやく出店が開かれているコーナーまで戻ってきた私は誰でも良いから話しかけようとしたが、戦闘中なのか誰も私の存在に気づいていない。
「ガアアアアアアアァァ!!」
「キャアアア!」
突然暴走した人に襲われ悲鳴を上げてしまう。
しかし暴走した人は首を斬り落とされて絶命していた。
「シャルロット様が何故ここに?」
そんな私に話しかけてきたのはジンさんと同じギルドのカゲミツさんだった。
「お願いします!ジンさんを助けて!」
「仁なら大丈夫だ。だから安心して下さい」
「そうじゃないんです!私を誘拐した人が急におかしくなって体は紫色になるし3メートルぐらいまで身長が伸びるし、気持悪い魔力は溢れ出てくるし、このままではジンさんが!」
「分かった。人を集めて直ぐに駆けつけよう」
ようやく異常事態に気づいてくれたカゲミツさんはインカムで他の冒険者たちに知らせてくれたのか、直ぐに集まってきた。そしてその中にはライアンお兄様の姿があった。
「シャルロット!」
「お兄様!」
「もう大丈夫だから。シャルロットは安全な場所に――」
「いえ、私がジンさんの許まで案内します!」
「しか……分かった。頼んだよ」
「はい」
私が頑固である事を知っているお兄様は直ぐに了承してくれた。頑固も悪くないものですね。
そしてみんなで駆けつけると戦闘は終わっていたのかジンさんが演習場の中央辺りで座っていた。
そんなジンさんの姿を見た時、私は御伽噺のワンシーンを思い出していた。
愛する王女様の事を思って丘の向こうを眺めていると言うシーン。どうみても場所も状況も違うのに。その時の王子様のジンさんの姿が重なった。
だけどジンさんが無事であった事に本当に嬉しく思った。
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そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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