197 / 274
第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第十七話 スヴェルニ王国からやって来た友人 ⑰
しおりを挟む
12月20日木曜日。
「スー……フゥー……」
空気清浄機のスイッチを入れた俺はベッドに凭れかかるようにしてタバコを吸う。
エアコンのおかげでヘアは温かいため裸で居ても12月のヒリつくような寒い季節でもどうと言うことはない。と言うよりも少し暑いぐらいだ。え?どうして裸なのかって。それこそ聞くのは野暮ってもんだろ。
ただ言えるのは終わったのが次の日の午前4時頃って事ぐらいで、ゴミ箱の中は大量の丸まったティッシュだらけとだけ伝えておこう。
どうやら思いのほか欲求不満だった俺は時間を忘れてフェリシティーと交わっていたらしい。
それにしても俺もまだまだだな。フェリシティーが冒険者を目指すために体を鍛えていて体力があるからと言って少し無理をさせてしまった。いや、途中途中休憩は入れたよ。だけどヤリ過ぎてしまった間は否めない。
だから俺はこれからはこんな事にならないようにちょくちょく解消すべきだと心に決めた。
で、フェリシティーはと言うと俺のベッドで熟睡している。心の内で抱えていた不安が落ちて、尚且つ長時間の初めての営みだ。疲れが出るのは当然だろう。
灰皿でタバコの火を消すとスマホを開いて時間を確かめる。
「11時か」
あれから7時間。営みを終えたあと俺もフェリシティーと一緒に寝ていた。ま、当然だな。俺としてはもっと寝ていたい気分だ。だが流石に平日にギルドマスターがこの時間帯まで顔を見せないのは拙い。
俺は服を着ると4階の風呂に向かってシャワーだけを浴びて、リビングに向かった。
だがそこでは影光、ヘレン、クレイヴ、アリサの4人、それから銀がソファーで寝ていた。我がホームのソファーは大人12人が余裕で座れる大きさだから4人が横になって寝ることは出来るが、この時間帯まで寝てるなんていったいどれだけ酒を飲んだんだ?
それにグリードとアインの姿もない。グリードは隣の部屋で寝ているんだろうが、アインは自分の部屋か?しかし銀の傍に居ないって何をしてるんだ?ま、良いか。
起こすのも可哀相だったので、そのまま部屋に戻ってフェリシティーを起こさないように雑務をこなす事にした。
雑務を終えたのはちょうど1時間が経過した頃だった。
凝り固まった体を解すように背伸びをした俺はオフィスチェアから立ち上がり、飲み物を飲もうとテーブルに近づく。
「おはようございます」
するとマゼランブルーの毛布で胸元を隠しながら上体を起こしていたフェリシティーが、どこか大人びた表情を薄っすらと浮かべて風鈴のように爽やかな声色で囁くように挨拶をしてきた。
昨日までは礼儀作法を知っている大和撫子のような美少女だったはずが、たった一日夜を共にするだけでここまで雰囲気が変わるものなのか。
俺はそんな美女と言っても過言ではない、少し艶かしいフェリシティーを見てお茶ではなく、生唾を飲み込んだ。
「あ、ああ。おはよう」
未だ驚きを隠しきれない俺の声は震えていて普通に喋れていなかった。
我に返った俺は冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを2本取り出して片方をフェリシティーに手渡しながらベッドに腰を落とした。
「体は大丈夫か?」
「はい、最初は少し痛かったですけど今は思いのほか平気です。ただまだ下半身に力が入りませんね」
「わ、悪い。初めてだったのに無理をさせた」
「いえ、優しくしていただきましたし、それに……」
「それに?」
そこで言葉を切ったフェリシティーに俺は好奇心に駆られて聞き返す。
すると彼女は頬をほんのりと赤らめ、満面の笑みを浮かべて、
「嬉しかったですから」
「そ、そうか」
そんな満開の桜のような笑顔にうまく返事をする事が出来なかった。
だ、駄目だ!あれほどしたのにまたフェリシティーを抱きたいって思ってしまった!俺は欲望に素直だが無理やりするつもりは無い。
俺は煩悩を消し去るためにペットボトルのお茶を流し込む。
************************
私の名前は――フェリシティー・バルボア。
Aランク冒険者ギルド、バルボア・カンパニーを経営する両親の間に生まれた私は、冒険者として活動する両親の背中を見て憧れを抱き、冒険者を目指してスヴェルニ学園に入学するのは自然な事でした。
しかし私は両親の才能を引き継ぐ事は出来ず、魔力量も常人並み、魔法属性も無属性のみと言う平凡な結果に私は自信を無くし成績も落ちて最終学年になった時には下から2番目の11組になっていました。
勿論、両親はそんな私を叱咤する事は無く、優しく慰めてくれました。
そんな最終学年になった初日の登校日。
憂鬱な気分で私は新しい教室に登校しました。そこには入学当初から同じルームメイトだったエミリーや何人か顔見知りの生徒が居ました。
1年生だった時はまだ上を目指せると強い意思が宿っていた彼らの瞳にはもう、上を目指す光が宿っていませんでした。そしてそれは私も同じ事でした。
席に座って担任の先生を待っていると、1人の男子生徒が先生の後ろを歩きながら入ってきたのです。
銀のメッシュが入った黒髪に少し吊り目で整った顔立ち、クラスの中でもトップのイケメンと言っても良いでしょう。だけどどうして少し眠たそうな表情をしているのでしょうか?緊張して眠れなかったのでしょうか?
そうこれが私と彼――オニガワラ・ジンさんとの初めての出会いでした。
自己紹介を終えて私たちの質問にジンさんは隠し事をせずに正直に答えました。
そして私を含め全員が驚きました。
なんせ、ジンさんは1億人に1人と言われている魔力を持たない人だったからです。
そんな彼の言葉に馬鹿にした視線を向けたり、嘲笑うように鼻を鳴らす生徒が数人いました。私もそうです。表情では見せませんでしたが、心の中では実技で彼に負ける事は無いと確信しました。
だけどジンさんはそれが恥ずかしいとは思っていないような変わらぬ表情をしていました。
どうしてそんな顔が出来るのか最初は不思議でなりませんでしたが、私は午後の実技演習で理解することになりました。
近接格闘術において学園で右に出るものはいないと言われているエレイン先生を前に一歩も引かないどころか対等以上に戦っていたのです。
その姿に私は気がつけば魅入られていました。
魔力が無い。能無しの烙印を押されたのと変わらない筈の彼がどうしてこれほどまでに戦えるのか、どうすればそれほど強くなれるのか知りたくて仕方がありませんでした。
しかし彼はその日の夜に暴力事件を起こして1週間の停学処分を受けてしまい、その理由を聞くことはできませんでした。
それを聞いた時、最初は短気な人なのかと思いましたけど、ジンさんは脅されていたルームメイトを助けるために拳を振るったと噂を耳にした瞬間、私は何故かホッとしていました。
それから1週が過ぎ、ジンさんがクラスに再び姿を見せて、こう言ったのです。
――魔力を持たない俺が強くなれて魔力を持っているお前たちが強くなれないわけがないだろ。
その言葉を聴いた瞬間、私の中にあった何かが弾け飛び、道が切り開けたような清清しい気分になりました。
それから私は強くなるために、今まで以上に訓練に励みました。
それからは強くなるため、そして憧れの存在であり目標となっていたジンさんと一緒に武闘大会団体戦に出場する事になり最初は迷いましたが、ジンさんにまた同じ言葉を言われ決意しました。
それからは苦手だった近接戦闘もジンさんとの模擬戦で少しずつ克服していきました。
そしてなりより唯一才能があった銃器全般の射撃制度は今までに無いほどの優秀な成績を取るようになっていました。
それから時間は流れ、武闘大会に出場して共に闘って勝利の喜びを分かち合い、作戦を練り、また分かち合う。
そしてある試合ではジンさんの強い意志を知り、それに心を震わされ、気がつけばジンさんが戦う姿を目で追っていました。しかし私はそれが恋だとは思っていませんでした。
ジンさんはイケメンで強くて、自分の思いをハッキリと伝える事が出来る人です。
ですが、怠け者ですし勉強が嫌いで嫌な事は直ぐに表情に出るような少しお馬鹿なクラスメイトであり、戦いにおいてだけ憧れであり、目標としか思っていませんでした。
でも出来るのであれば、学園を卒業しても共に冒険者として活動したいと心のどこかで思っていました。
しかしジンさんはとある事件でイザベラ様を助けるためにスヴェルニ学園を去ってしまいました。
ですがまたいつか会えると信じて私は訓練に励んでいる時でした。
お父様たちが依頼に失敗したのです。
それが原因で命を狙われていると言われ私はお父様の友人が信頼している冒険者に護衛をして貰うべくベルヘンス帝国に避難する事になりました。
でもまさかそれが学園を去ったジンさんとの再会を果たすきっかけになるとは思っていませんでした。
しかし学園を去ったジンさんは私が想像するよりも遥かに遠い存在となっていました。
冒険者や一般人でも知っているような有名な冒険者を仲間にし、自分のギルドを構えるほどまでに成長していた事に私は寂しさを感じました。
数ヶ月前まで共に同じクラスで勉学に励み、食堂で他愛も無い話をしながら食事をしたりしていた筈のジンさんが今ではSSランク冒険者にまで信頼されるほど有名な冒険者になっていたのですから、当然ですよね。
ですが冒険者として活動する以前とは比べ物にならないほど勇ましく凛々しいジンさんの姿を見た時、本当に遠い存在になってしまったんだな。と思いました。
ですがそれは私の勘違いでした。
仲間と共に汗を流し切磋琢磨する姿も真剣な面持ちで可能性を作戦を立案する姿も雑務に悩まされる少し面白い姿もリビングで談話する姿もビルの屋上で黄昏る姿も色んな姿を見てきましたが、それは場所や周りに居る人が違うだけで学園で私たちと共に過ごしていた頃に見せた姿と何も変わっていないのですから。
そう、何も変わっていません。
私たちよりも早く冒険者として活動し、結果を残して徐々に名前を知られるようになって遠い存在だと思っているだけで、何も変わっていません。
そしてそれは嬉しくもあり悲しいくもあり友人を助けるために危険を冒すところも何も変わっていませんでした。
ジンさんが経営するギルドが私の護衛を始めて1週間が過ぎて目を覚ますと、突然としてジンさんを含めた5人がホームから姿を消していたのです。
最初はなにか用事や準備があるため出ているのだと思っていました。
ですがその日の夜になっても帰って来る事はなく、変だと思った私はジンさんの仲間であるグリードさんとクレイヴさんを聞いてみることにしました。
最初は有耶無耶にされたりされましたが、長時間粘ってみると歯切れの悪い返事が返って来るようになり、これは何か隠していると確信した私は問い詰めました。
するとジンさんたちは元凶であるブラック・ハウンドの本拠地に向かったのだと、白状したのです。
私はそれを聞いた時、視界から色彩が消えて灰色に染まり、体から体温が抜け落ちるような冷たい恐怖に襲われました。
今までに感じたことの無い恐怖。
自分の命が狙われている時とは別の感覚の恐怖に私は怖くて仕方がありませんでした。
だから私は今すぐジンさんを助けに向かうべきだとグリードさんたちに訴えかけましたが、グリードさんたちから返って来た言葉は、大丈夫の一言でした。
最初は気休めで言っているだけだと思い信じませんでしたが、2人の瞳に宿るのは強く真っ直ぐな信頼でした。
それはまるで仲間の誰もが死ぬことなんて絶対にありえないと確信しているようなそんな目でした。
そんな2人に私は訊ねずにはいられませんでした。
「どうして、そこまでハッキリと言えるのですか?」
と、そんな私の質問に2人は一瞬顔を見合わせると当たり前と言いたげな笑みを浮かべて、
「「フリーダムの一員になってからずっと見てきたから」」
と、当然のように答えたのです。
それを聞いた時、私の脳裏に武闘大会の時の事が蘇りながら、「ああ、そうです」と小さく呟いたのです。
だってそれだけで納得出来てしまうのですから。
彼らは仲間がどんな人たちなのか、どれだけ強いのか、そしてジンさんがどんな方なのかって事を共に暮らして知っているのですから当然ですよね。
そしてそれは武闘大会団体戦でたった一人でステージで戦うジンさんを見た時の感情と同じなのだと私は自然と実感したのですから。
そのあとは私はもう何も言う事無く、ただジンさんたちが無事に帰ってくるのを祈りながら眠りについたのです。
「スー……フゥー……」
空気清浄機のスイッチを入れた俺はベッドに凭れかかるようにしてタバコを吸う。
エアコンのおかげでヘアは温かいため裸で居ても12月のヒリつくような寒い季節でもどうと言うことはない。と言うよりも少し暑いぐらいだ。え?どうして裸なのかって。それこそ聞くのは野暮ってもんだろ。
ただ言えるのは終わったのが次の日の午前4時頃って事ぐらいで、ゴミ箱の中は大量の丸まったティッシュだらけとだけ伝えておこう。
どうやら思いのほか欲求不満だった俺は時間を忘れてフェリシティーと交わっていたらしい。
それにしても俺もまだまだだな。フェリシティーが冒険者を目指すために体を鍛えていて体力があるからと言って少し無理をさせてしまった。いや、途中途中休憩は入れたよ。だけどヤリ過ぎてしまった間は否めない。
だから俺はこれからはこんな事にならないようにちょくちょく解消すべきだと心に決めた。
で、フェリシティーはと言うと俺のベッドで熟睡している。心の内で抱えていた不安が落ちて、尚且つ長時間の初めての営みだ。疲れが出るのは当然だろう。
灰皿でタバコの火を消すとスマホを開いて時間を確かめる。
「11時か」
あれから7時間。営みを終えたあと俺もフェリシティーと一緒に寝ていた。ま、当然だな。俺としてはもっと寝ていたい気分だ。だが流石に平日にギルドマスターがこの時間帯まで顔を見せないのは拙い。
俺は服を着ると4階の風呂に向かってシャワーだけを浴びて、リビングに向かった。
だがそこでは影光、ヘレン、クレイヴ、アリサの4人、それから銀がソファーで寝ていた。我がホームのソファーは大人12人が余裕で座れる大きさだから4人が横になって寝ることは出来るが、この時間帯まで寝てるなんていったいどれだけ酒を飲んだんだ?
それにグリードとアインの姿もない。グリードは隣の部屋で寝ているんだろうが、アインは自分の部屋か?しかし銀の傍に居ないって何をしてるんだ?ま、良いか。
起こすのも可哀相だったので、そのまま部屋に戻ってフェリシティーを起こさないように雑務をこなす事にした。
雑務を終えたのはちょうど1時間が経過した頃だった。
凝り固まった体を解すように背伸びをした俺はオフィスチェアから立ち上がり、飲み物を飲もうとテーブルに近づく。
「おはようございます」
するとマゼランブルーの毛布で胸元を隠しながら上体を起こしていたフェリシティーが、どこか大人びた表情を薄っすらと浮かべて風鈴のように爽やかな声色で囁くように挨拶をしてきた。
昨日までは礼儀作法を知っている大和撫子のような美少女だったはずが、たった一日夜を共にするだけでここまで雰囲気が変わるものなのか。
俺はそんな美女と言っても過言ではない、少し艶かしいフェリシティーを見てお茶ではなく、生唾を飲み込んだ。
「あ、ああ。おはよう」
未だ驚きを隠しきれない俺の声は震えていて普通に喋れていなかった。
我に返った俺は冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを2本取り出して片方をフェリシティーに手渡しながらベッドに腰を落とした。
「体は大丈夫か?」
「はい、最初は少し痛かったですけど今は思いのほか平気です。ただまだ下半身に力が入りませんね」
「わ、悪い。初めてだったのに無理をさせた」
「いえ、優しくしていただきましたし、それに……」
「それに?」
そこで言葉を切ったフェリシティーに俺は好奇心に駆られて聞き返す。
すると彼女は頬をほんのりと赤らめ、満面の笑みを浮かべて、
「嬉しかったですから」
「そ、そうか」
そんな満開の桜のような笑顔にうまく返事をする事が出来なかった。
だ、駄目だ!あれほどしたのにまたフェリシティーを抱きたいって思ってしまった!俺は欲望に素直だが無理やりするつもりは無い。
俺は煩悩を消し去るためにペットボトルのお茶を流し込む。
************************
私の名前は――フェリシティー・バルボア。
Aランク冒険者ギルド、バルボア・カンパニーを経営する両親の間に生まれた私は、冒険者として活動する両親の背中を見て憧れを抱き、冒険者を目指してスヴェルニ学園に入学するのは自然な事でした。
しかし私は両親の才能を引き継ぐ事は出来ず、魔力量も常人並み、魔法属性も無属性のみと言う平凡な結果に私は自信を無くし成績も落ちて最終学年になった時には下から2番目の11組になっていました。
勿論、両親はそんな私を叱咤する事は無く、優しく慰めてくれました。
そんな最終学年になった初日の登校日。
憂鬱な気分で私は新しい教室に登校しました。そこには入学当初から同じルームメイトだったエミリーや何人か顔見知りの生徒が居ました。
1年生だった時はまだ上を目指せると強い意思が宿っていた彼らの瞳にはもう、上を目指す光が宿っていませんでした。そしてそれは私も同じ事でした。
席に座って担任の先生を待っていると、1人の男子生徒が先生の後ろを歩きながら入ってきたのです。
銀のメッシュが入った黒髪に少し吊り目で整った顔立ち、クラスの中でもトップのイケメンと言っても良いでしょう。だけどどうして少し眠たそうな表情をしているのでしょうか?緊張して眠れなかったのでしょうか?
そうこれが私と彼――オニガワラ・ジンさんとの初めての出会いでした。
自己紹介を終えて私たちの質問にジンさんは隠し事をせずに正直に答えました。
そして私を含め全員が驚きました。
なんせ、ジンさんは1億人に1人と言われている魔力を持たない人だったからです。
そんな彼の言葉に馬鹿にした視線を向けたり、嘲笑うように鼻を鳴らす生徒が数人いました。私もそうです。表情では見せませんでしたが、心の中では実技で彼に負ける事は無いと確信しました。
だけどジンさんはそれが恥ずかしいとは思っていないような変わらぬ表情をしていました。
どうしてそんな顔が出来るのか最初は不思議でなりませんでしたが、私は午後の実技演習で理解することになりました。
近接格闘術において学園で右に出るものはいないと言われているエレイン先生を前に一歩も引かないどころか対等以上に戦っていたのです。
その姿に私は気がつけば魅入られていました。
魔力が無い。能無しの烙印を押されたのと変わらない筈の彼がどうしてこれほどまでに戦えるのか、どうすればそれほど強くなれるのか知りたくて仕方がありませんでした。
しかし彼はその日の夜に暴力事件を起こして1週間の停学処分を受けてしまい、その理由を聞くことはできませんでした。
それを聞いた時、最初は短気な人なのかと思いましたけど、ジンさんは脅されていたルームメイトを助けるために拳を振るったと噂を耳にした瞬間、私は何故かホッとしていました。
それから1週が過ぎ、ジンさんがクラスに再び姿を見せて、こう言ったのです。
――魔力を持たない俺が強くなれて魔力を持っているお前たちが強くなれないわけがないだろ。
その言葉を聴いた瞬間、私の中にあった何かが弾け飛び、道が切り開けたような清清しい気分になりました。
それから私は強くなるために、今まで以上に訓練に励みました。
それからは強くなるため、そして憧れの存在であり目標となっていたジンさんと一緒に武闘大会団体戦に出場する事になり最初は迷いましたが、ジンさんにまた同じ言葉を言われ決意しました。
それからは苦手だった近接戦闘もジンさんとの模擬戦で少しずつ克服していきました。
そしてなりより唯一才能があった銃器全般の射撃制度は今までに無いほどの優秀な成績を取るようになっていました。
それから時間は流れ、武闘大会に出場して共に闘って勝利の喜びを分かち合い、作戦を練り、また分かち合う。
そしてある試合ではジンさんの強い意志を知り、それに心を震わされ、気がつけばジンさんが戦う姿を目で追っていました。しかし私はそれが恋だとは思っていませんでした。
ジンさんはイケメンで強くて、自分の思いをハッキリと伝える事が出来る人です。
ですが、怠け者ですし勉強が嫌いで嫌な事は直ぐに表情に出るような少しお馬鹿なクラスメイトであり、戦いにおいてだけ憧れであり、目標としか思っていませんでした。
でも出来るのであれば、学園を卒業しても共に冒険者として活動したいと心のどこかで思っていました。
しかしジンさんはとある事件でイザベラ様を助けるためにスヴェルニ学園を去ってしまいました。
ですがまたいつか会えると信じて私は訓練に励んでいる時でした。
お父様たちが依頼に失敗したのです。
それが原因で命を狙われていると言われ私はお父様の友人が信頼している冒険者に護衛をして貰うべくベルヘンス帝国に避難する事になりました。
でもまさかそれが学園を去ったジンさんとの再会を果たすきっかけになるとは思っていませんでした。
しかし学園を去ったジンさんは私が想像するよりも遥かに遠い存在となっていました。
冒険者や一般人でも知っているような有名な冒険者を仲間にし、自分のギルドを構えるほどまでに成長していた事に私は寂しさを感じました。
数ヶ月前まで共に同じクラスで勉学に励み、食堂で他愛も無い話をしながら食事をしたりしていた筈のジンさんが今ではSSランク冒険者にまで信頼されるほど有名な冒険者になっていたのですから、当然ですよね。
ですが冒険者として活動する以前とは比べ物にならないほど勇ましく凛々しいジンさんの姿を見た時、本当に遠い存在になってしまったんだな。と思いました。
ですがそれは私の勘違いでした。
仲間と共に汗を流し切磋琢磨する姿も真剣な面持ちで可能性を作戦を立案する姿も雑務に悩まされる少し面白い姿もリビングで談話する姿もビルの屋上で黄昏る姿も色んな姿を見てきましたが、それは場所や周りに居る人が違うだけで学園で私たちと共に過ごしていた頃に見せた姿と何も変わっていないのですから。
そう、何も変わっていません。
私たちよりも早く冒険者として活動し、結果を残して徐々に名前を知られるようになって遠い存在だと思っているだけで、何も変わっていません。
そしてそれは嬉しくもあり悲しいくもあり友人を助けるために危険を冒すところも何も変わっていませんでした。
ジンさんが経営するギルドが私の護衛を始めて1週間が過ぎて目を覚ますと、突然としてジンさんを含めた5人がホームから姿を消していたのです。
最初はなにか用事や準備があるため出ているのだと思っていました。
ですがその日の夜になっても帰って来る事はなく、変だと思った私はジンさんの仲間であるグリードさんとクレイヴさんを聞いてみることにしました。
最初は有耶無耶にされたりされましたが、長時間粘ってみると歯切れの悪い返事が返って来るようになり、これは何か隠していると確信した私は問い詰めました。
するとジンさんたちは元凶であるブラック・ハウンドの本拠地に向かったのだと、白状したのです。
私はそれを聞いた時、視界から色彩が消えて灰色に染まり、体から体温が抜け落ちるような冷たい恐怖に襲われました。
今までに感じたことの無い恐怖。
自分の命が狙われている時とは別の感覚の恐怖に私は怖くて仕方がありませんでした。
だから私は今すぐジンさんを助けに向かうべきだとグリードさんたちに訴えかけましたが、グリードさんたちから返って来た言葉は、大丈夫の一言でした。
最初は気休めで言っているだけだと思い信じませんでしたが、2人の瞳に宿るのは強く真っ直ぐな信頼でした。
それはまるで仲間の誰もが死ぬことなんて絶対にありえないと確信しているようなそんな目でした。
そんな2人に私は訊ねずにはいられませんでした。
「どうして、そこまでハッキリと言えるのですか?」
と、そんな私の質問に2人は一瞬顔を見合わせると当たり前と言いたげな笑みを浮かべて、
「「フリーダムの一員になってからずっと見てきたから」」
と、当然のように答えたのです。
それを聞いた時、私の脳裏に武闘大会の時の事が蘇りながら、「ああ、そうです」と小さく呟いたのです。
だってそれだけで納得出来てしまうのですから。
彼らは仲間がどんな人たちなのか、どれだけ強いのか、そしてジンさんがどんな方なのかって事を共に暮らして知っているのですから当然ですよね。
そしてそれは武闘大会団体戦でたった一人でステージで戦うジンさんを見た時の感情と同じなのだと私は自然と実感したのですから。
そのあとは私はもう何も言う事無く、ただジンさんたちが無事に帰ってくるのを祈りながら眠りについたのです。
10
あなたにおすすめの小説
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる