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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第四十六話 眠りし帝国最強皇女 ⑰

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 2月4日月曜日午後5時前。
 シャルロットたちとの買い物を終えたから2週間が過ぎた。
 皇宮に帰って来た時嬉しそうに買い物を終えた表情をしていたのはシャルロットだけで俺とジャンヌ、グレンダは肉体的と言うより精神的に疲れた表情をしていた。
 その姿を見たボルキュス陛下たちは肉体的にシャルロットを遥かに上回る俺たちが着かれた表情をしていた事に驚いた表情をしていたが、レティシアさんたち女性陣は予想していたのか驚いた表情はしていなかった。ま、なんとなく予想はしていたんだろう。流石は親子……。
 今回の買い物が切っ掛けで週1で休みを取る事になった。ジャンヌは最初反対していたが、シャルロットの顔を見るや掌を返して、「体を休める事も必要だからな」と頬を軽く引きつらせながら答えたのだった。
 そんなわけで月曜日~土曜日までトラウマ克服を目的とした訓練を行い、日曜日は体を休ませると言った事をこの2週間繰り返していた。
 一日だけとは言え、精神的にリフレッシュが出来る日が出来た事もあってか、ジャンヌのリハビリは依然よりも遥かに良くなっていた。
 午後の訓練で恒例となったゲーム形式の体術模擬戦では勝利は出来ない物の俺からポイントを取れるほどまでになっていた。
 地獄島ヘル・アイランドに行く前と比べればまだ動きが鈍いとボルキュス陛下が言っていたが、元々成長スピードが普通の人間よりも遥かに早い天才だから、完璧に戻っていなくても体術だけでの勝負ならBランク冒険者になら余裕で勝てるほどにまでなっていた。まったく俺の周りにはどうしてこうも天才な奴らが多いのかね。
 嬉しさ半分、悔しさ半分の気持ちになりならがらも俺は対峙するジャンヌと模擬戦を行うのだった。
 模擬戦を終えてジャンヌの隣でメイドから受け取ったスポーツドリンクを飲みながら俺はある事を思案していた。
 ジャンヌとの訓練を開始して約3週間。
 本来ならあと1カ月はこの訓練を続けるべきなんだろうが、ジャンヌの成長スピードが尋常ではなく俺が求める基準値を既に超えていた。
 だから普通なら都市の外に出て魔物と戦うのが一番なんだが……。
 肉体をどれだけ鍛えようとも精神を鍛えるとなると別物だ。
 本来なら体を鍛える事で精神も鍛えられるんだが、訓練でどれだけ鍛えようとも戦場で相対した敵に気圧されては意味が無い。ましてやジャンヌはそれが原因で塞ぎ込んだわけだからな。
 どのジャンルにおいてもそうだが、本番で8割の実力が出せれば御の字と言われるが、命のやり取りをする冒険者や軍人はそうは行かない。
 8割は最低基準と考えなければどれだけ敵より実力が上でも相手の殺気に気圧されては、その先にあるのは自分と仲間の死なのだから。
 そう考えるとやはり実践訓練はまだ早いかもしれない。だが、俺も冒険者として活動している以上ずっとジャンヌの相手をしているわけにはいかない。ま、本音で言えば正直雑魚でも良いから魔物と殺し合いがしたい。
 俺の感情を抜きにして、やはりまずは実践訓練が行えるかどうか、ボルキュス陛下たちと相談しないとな。


 夕食を終えたあとイオに頼んでボルキュス陛下、レティシア第二皇妃、ライアン殿下の3人を集めて貰っていた。
 エリーシャ第一皇妃にも声を掛けたが、第四皇女であるミア皇女殿下を寝付かせるために今回は辞退。カルロス殿下は軍の駐屯地に宿泊しており今日は帰っていなかった。
 シャルロットには悪いが、今回は声を掛けなかった。内容が内容だけに戦場を知らないシャルロットを呼ぶわけにはいかなかった。ま、そんなわけで必然とシャルロットの専属護衛であるグレンダも除外され、第三皇女のサーシャと第三皇子のマオは年齢的を考えて外してある。
 で、当人とも言うべきジャンヌはと言うと、彼女の性格から考えて大丈夫と言い出すのは目に見えているので今回の話し合いの結果次第で伝えるべきと俺が勝手に決めたのだ。ジャンヌに知られたら間違いなく怒るだろうな。そう考えると憂鬱だが、仕方がない。
 ま、そんなわけでこの場に居るのは俺、ボルキュス陛下、レティシアさん、ライアン、そしてイオの5人だけだ。

「それでジンよ、我らだけを集めたのは今後の事で相談があったからであろう?」
 俺が口を開く前にボルキュス陛下が俺にそう尋ねる。流石はベルヘンス帝国皇帝、察しが良い。
 ボルキュス陛下の言葉に俺は頷いてから口を開いた。

「その通りだ。訓練を開始して約3週間、ジャンヌ皇女殿下の成長速度は俺の想像を超えるスピードで成長している。この場合、地獄島ヘル・アイランドに行く前の実力を取り戻していると言うべきなんだろうけど」
 そんな俺の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべるライアンに対してボルキュス陛下を渋い顔をしていた。
 実の娘が褒められたにも拘わらず渋い顔をするのはジャンヌの実力や性格を知った上で、俺が次に言い出す言葉を察しているからなのだろう。
 その答え合わせをするかのように俺は口を開いた。

「だから、低ランクの魔物が生息している森での実践訓練を行いたいと考えている」
「はぁ……」
 そんな俺の言葉に対してボルキュス陛下はやっぱりかと言わんばかりの深いため息を漏らした。
 流石に内容が内容なだけにレティシアさんとライアンも真剣な面持ちになっていた。

「いつかはこんな日が来ることは分かっていたが、それでも早すぎるのではないか?」
 僅かに怒気を含んだ声音で言葉を発しながら鋭い眼光を俺に向けていた。
 世界屈指の武力を持つ国の皇帝だけの事はあり、その体からは強烈で刺々しい気が溢れていた。
 武に精通しているおり現役軍人のライアンと元冒険者でもあるレティシアさんも感じ取ったのか額から冷や汗を流していた。
 ボルキュス陛下の体から発せられる気は間違いなくSランクに匹敵するほどの気配。俺には感じられないが間違いなく魔力感知が出来るライアンとレティシアさんは感じているだろう。
 この場にヘレンやアリサが居たら警戒しただろう。アイン、景光、グレイヴは警戒はしただろうが態度や表情に出すような事はないな。グリードは……間違いなく気圧されていたな。精進しろよグリード。
 ま、当然俺も態度に出す事も無ければ気圧されるはずもない俺は普通に話を続ける。

「俺もその意見には同意だ。だから今回この話をしたのは3人にその目で見て貰いたかったからだ」
「ほぉ……」
 俺の言葉にボルキュス陛下は目を細める。まるで獲物を狙っている猛獣の如き目つきで。
 しかしこの目は怒りで睨みつけている訳ではない。ただ単に俺の話の内容に興味深いと思っただけに違いない。
 その証拠に話を続けろと言わんばかりに無言の態度で言われている気がした。

「日取りに関してはまだ決めていないが、ボルキュス陛下たちには俺とジャンヌ皇女殿下との模擬戦を観て判断して貰いたいと考えている。勿論ジャンヌ皇女殿下にこれが試験であるとバレないためにただの様子見と言う事で通して貰いたい」
「なるほどな……」
 ボルキュス陛下は俺の言葉を聞いて目をゆっくりと瞑りながらそう呟いた。
 ライアンとレティシアさんはそんなボルキュス陛下の言葉を待っているのか一言も喋ろうともしない。
 俺としてはさっさと答えて欲しい。こう言う静寂とした空気は苦手なんだ。だが仕事である以上文句が言えるわけがない。と言うか仕事でなくても相手は一国の皇帝だ。平民である俺に言える権利があるわけがない。ま、プライベートの時に誤って言ってしまうかもしれないが。
 そんな俺の考えなど知る由もないボルキュス陛下がようやく目を見開いた。時間にして数分程度だろう。それでも体感的にはそれ以上の時間が経過した感覚だ。

「しかしそれには幾つか問題がある。まず1つ目として、ジン……お前が手を抜く可能性だってあるのではないか?」
 予想通り俺が考えていた問題を指摘された。だが、解決策は勿論用意している。

「確かに俺が手心を加える可能性はどうやっても証明する事は出来ない。信じて貰う以外はな。ただそれでも駄目なら俺が相手しなければ問題ないはずだ。ライアン殿下やカルロス殿下、または俺のギルドのメンバー、もしくは人を雇うなどしてジャンヌ皇女殿下と模擬戦をして貰えば良いだけの話だ」
 別に今回は犯人が誰なのか当てる依頼やゲームなんかじゃない。模擬戦の相手を誰にするかと言う問題だ。
 俺が手加減して今のジャンヌ皇女殿下の実力が見られない可能性があるのなら、俺が相手をする必要性はないのだ。
ボルキュス

「それもそうか……」
 やはり一人の父親であるボルキュス陛下としてはまだ早いと感じているのか、声音に弾みがない。
 きっとボルキュス陛下も分かっているのだ。出来るだけ早く軍人としてジャンヌ皇女殿下が復帰してもらわねばならない事を。
 力が無いのであれば別に問題はない。だがジャンヌ皇女殿下は良い意味でも悪い意味でもその実力が内外問わず有名な人物だ。そんな人物が未だに塞ぎ込んだままと言うのは国の治安や他国に余裕を与える事に他ならない。
 だから一日でも早く復活して貰わねばならないのだ。一人の父親としては大切な娘を政治の道具として扱われるのは不本意だろう。ましてや他国の貴族や王族との結婚ならいざ知らず、他国に対する抑止力としての扱われているのだから。
 個人的感情で言えば前世の地球にあった核兵器と同じ扱いと言う事だ。
 男として強さを求める俺としては戦闘力のみの評価であれば、その例えは嬉しいがジャンヌの場合は道具として扱われているという意味だ。正直良い気分はしない。
 だがこれは国と国政治的問題だ。
 だから冒険者である俺には何か言えた義理も権利はない。

「……解った。イオ」
「こちらを」
 納得してくれたボルキュス陛下はイオの名前を呼ぶ。するとイオはボルキュス陛下が何を求めていたのか瞬時に察し、懐からタブレットを取り出して手渡した。俺もあれだけ優秀な秘書が居れば書類仕事から解放されるんだろうな。
 ん?書類仕事なんてしてないだろうって?してるよ!固定資産税とか法人税なんか色々とあるんだよ!で払い過ぎないように節税とか色々と考えなきゃだし。ま、去年は依頼のおか……せいで俺じゃなくアインがしてくれたんだが。ま、そのぶん沢山の小言を言われたんだが。
 正直会社では平社員いや、社畜でしかなかった俺は自分の仕事をこなすので精一杯だったし、正直会社の経営なんてしたことないからそこら辺の事よく分からないんだよな。だからアインが居ると超助かる!と言うより超楽できる!この依頼終えたらアインに頼んでみるか。ま、断られるだろうけど……瞬殺で。

「なら6日後の2月10日日曜日。その日の午後からなら大丈夫だ。ライアンはどうだ?」
「休日ですし大丈夫です。ってまさか僕がジャンヌの相手を?」
 ボルキュス陛下に問われた意味を即座に理解したライアンは不安げな表情になるが既に遅し、ボルキュス陛下は不敵な笑みを浮かべていた。
 ライアンはそんなボルキュス陛下の表情を見て項垂れるのだった。すまんなライアン。これも可愛い妹のためだと思って頑張って相手をしてくれ。
 こうして6日後に模擬試験が行われる予定が決まった。


 2月10日日曜日。午後2時過ぎ。
 こうしてジャンヌの未来が決まると言っても過言ではない日がやって来た。
 今日来ているのは外の訓練場ではなく、以前俺とジャンヌが模擬戦を行った地下訓練場だ。どうやら二日前にようやく修理工事が終わったらしい。たぶんボルキュス陛下が今日の為に急がせたんだろう。
 んで、地下訓練場には俺、ボルキュス陛下、皇妃の2人にカルロス、シャルロット、グレンダ、イオ、ライアン、ジャンヌの10人が集まっていた。
 サーシャやマオが来るのは流石に危険なため、プライベートフロアで一番末っ子のミアの面倒をメイドたちと一緒に相手をしてもらっている最中である。
 既に地下訓練場の中央で対峙し合うライアンとジャンヌ。
 そんな二人の手にはそれぞれ刃の無い剣と2丁魔導拳銃が握られていた。
 普通なら驚くような事ではないが、ジャンヌは1年前の地獄島ヘル・アイランドのトラウマで剣を握る事すら出来なくなっていた。
 そんなジャンヌが今、こうして剣を握っているのだから驚くのも無理はない。
 それよりもライアンが普段使っている武器が剣ではなく銃だったか。

「ジンよ、一体どんな魔法を使ったのだ?」
「別に大した事は何もしてない。ただ少しずつ補助輪を変えては取り外しただけの事さ」
 そう俺がしたことは大した事じゃない。
 自転車に乗れるようになるために最初は補助輪を付けて走るが、途中から外して後ろで支えて貰い少しずつ手を放す感覚を短くしていくのと似たやり方をしただけの事だ。
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