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第二章 魔力無し転生者は仲間を探す
第三十八話 冒険者連続殺人事件 ③
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一時間もせずに事情聴取から解放された俺たちは一旦拠点に戻る事にした。
それにしてもこんなに早く事情聴取から解放されたのもライアンが警邏隊の隊長に口添えしてくれたお陰だな。
ま、冒険者として身元もしっかりしているし、出会って間もないって事もあって話すことは全て話した後だったけど。それでもライアンのお陰だ。今度お礼言っておかないとな。あ、でも職権乱用にならないか少し心配だけど。
拠点に戻るなり共有フロアのソファーに座った俺は朧さんに電話する。一応伝えておかないとな。
因みに朧さんからの依頼とは警邏隊の連中には伝えていない。面倒に巻き込みたくなかったからだ。
『もしもし、どなたぞ?』
「あ、朧さん。仁だけど。少し良いか?」
『どなたかと思ったら主さんか。それで何か分かりんしたかぇ?』
「藤堂影光を見つけた」
『まことでありんすか!?』
「ああ。だけど、警邏隊の人間が来て邪魔された」
『警邏隊が?』
その口調だとまだ藤堂影光が犯人である事は報道されていないみたいだな。
「どうやら最近帝都で起きている冒険者連続殺人事件の犯人として疑われてるみたいだ」
『警邏隊はアホォ揃いなのかぇ?』
スマホの向こうから怒気を含んだ声音が聞こえて来る。朧さんそうとう苛立ってるな。
「俺もそう思っている。朧さんから聞かされた話と殺された日が合わないからな。だけど面倒な事に影光は警邏隊に任意同行を求められたが応じずに逃亡してしまった」
『なっ!』
「なんでも目的があるみたいで、まだ捕まるわけにはいかない。って言ってたからな」
俺の説明に嘆息が聞こえたが、直ぐに冷静な声音で問うてきた。
『それで目的はなんでありんすか?』
「師匠殺しの男を見つけ出し殺すことだって言ってたぜ」
『それ、まことでありんすか?』
「ああ、間違いない。本人がそう話していたからな」
『………そうでありんか。ならこの依頼は無かった事――』
「言っておくが依頼は続行させて貰うからな」
そんな俺の言葉に朧さんは動揺したのか、詰まった声で反対しようとする。
『じゃ、じゃが……』
「朧さん、もしかしてSSランクになって一番大切な事忘れてないか?」
『ほぉ……それでわっちが何を忘れてるって言うでありんすか?』
そんな俺のイジりに怒ったのか声音には少し怒気が含まれていたが気にしない。
「冒険者が一度受けた依頼は最後まで完遂するものだぜ」
『………ぷっ、あははははははっ!そうでした!そうでありんしたなぁ~!SSランク冒険者になって依頼も年に1、2度になっておったからすっかり忘れておりんした!』
スマホ越しから聞こえる朧さんの笑い声。そんなに面白かったか?
「だからこの依頼は達成するまでやらせて貰うぞ」
『ええ、かまいんせん。存分にやるでありんすよ』
「ああ、そうさせて貰う」
電話を終えた俺はスマホをテーブルに置く。
「それでアイン、調べは済んでるのか?」
「誰でに言っているのですか?この私に掛かれば一瞬です」
「そうか」
性格ド最悪だが、仕事は出来る。それも腹が立つことにスーパーに優秀なメイドだ。ま、その部分だけは認めているんだが。
「で、影光が犯人にされた理由と現在の居場所は分かるか?」
「はい。理由としてましてはこれまで起きた事件現場付近で目撃されているからです。勿論それだけでは確実な証拠とは言えません。ですから任意同行を求めたのでしょうけど」
「逃げてしまったからな……」
「はい。ですから警邏隊の連中は間違いなく藤堂影光を犯人として追うでしょう」
テレビをつけると緊急速報で今回の連続殺人事件の容疑者として藤堂影密を警邏隊が追っている事が報じられていた。ま、街中であれだけの騒ぎを起こせば無理もないか。でもこれで朧さんも知る事になるだろうな。
「で、影光の居場所はどこだ?」
「28地区のゴーストタウンへと向かっているのが最後ですね。きっとこの情報は警邏隊の連中も知りえている事です」
「だろうな。なら、急ぐぞ。警邏隊の連中に見つかる前に影光に会う」
スマホを手に俺たちは再び拠点を出た。
一旦拠点に戻ったのは警邏隊に監視されているかもしれないため、それを回避するためだ。
「会ってどうするのですか?」
「目的の男の特徴を聞き出す」
「何故?」
「決まってるだろ。このまま影光をつれて朧さんのところまで行ける訳がないし、朧さんに迷惑が掛かる。そうなれば500万RKがパーになる可能性だってあるんだからな。それに影光が素直に付いて来てくれるとは考え難いからな。それならば影光の手伝いをしてさっさと目的を果たせば500万RKが確実に手に入るからだ。急がば回れって奴だ!」
「なるほど。低脳な脳みそでよくそこまで考えましたね。褒めて差し上げます」
「そうかよ!」
28地区は34地区よりも遠い。まったく拠点と反対の方向に逃げるなよな!
最初に見つけ出した時よりも少し時間が掛かってゴーストタウンなりかけの街28地区へとやって来た俺たち。
「銀、場所は分かるか?」
「ガウッ!」
既に影光の臭いを銀に覚えてもらっている。だから以前と違って銀の鼻に頼ることが出来る。
10数分。銀の鼻で立ち止まった建物はこれまた幽霊が出そうな廃ビル。俺たちが拠点にしているビルよりも古くいつ崩壊してもおかしくないほどボロボロの廃ビルだった。よくこんな場所で寝泊り出来るな。俺なら怖くて出来ないぞ。
ゆっくりと階段を上り影光が居る場所へと向かう。幽霊が出そうだからって階段の数を数えて調べたりはしないからな。あ、それは会談か。ま、似たようなものか。って緊急時に遊ぶなって。いいじゃん。どんな時でも大人になっても遊び心は大切だぞ。
6階まできた俺たちは扉すらない一室の前まで来る。確かにこの中から影光の気配を感じる。
和風食堂の時みたいにアインに先行されないようにアイコンタクトで指示を出す。
『よし、スリーカウントで入るぞ』
『死ね』
なんて分かりやすいアイコンタクトなんだ。って普通に片手でジェスチャーしてるし。そんなに俺に死んで欲しいわけね。
あまりにも理不尽さに涙が出そうになるのを堪えて俺は中に入る。
「居るか、影み――」
背後の上空から突然振り下ろされた殺気の宿った刀をどうにか挟む。
まさか真剣白刃取りをする日が来るなんて思いもしなかったぜ。
「よ、よう影光。いきなり殺そうとするなんて酷いじゃねぇかよ」
「仁か。すまない。追っ手が来たのかと思ったのだ」
(拙者は本気で殺そうとした。だが背後からの奇襲の一撃を止められるとは、やはりこの男只者ではない)
なんで俺は睨まれているのか分からないが、今はそんな事で悩んでいる場合じゃない。
「それで何しにきたのだ?」
「お前の手伝いに来たんだ」
「手伝いだと。悪いがあの男は拙者1人で倒さなければ意味が無い。だから悪いがその申し出は断らせて貰う」
「別にお前の戦いに加勢するつもりはない。ただ早くその男を見つけ出したいんだろ。だから見つける手助けだけさせて欲しいんだ。そっちの方がお前としても良いだろ?」
「なるほど。しかしそれでお前たちになんのメリットがある?」
「いくつか理由がある。1つは早く朧さんのところに連れて行くことが出来る。現状で連れて行けば朧さんに迷惑が掛かるから、そうはしないが問題が解決すれば直ぐにでも連れて行けるからな」
「なるほど。それは一理あるな」
「そして一番の理由がお前に俺のギルドに入って貰いたいんだ」
「ギルドだと?」
「そうだ。因みに影光は冒険者なのか?」
「いかにも。拙者はフリーのSランク冒険者だ。ギルドに入っていればもっと上のランクであっただろうが」
「そ、そうか」
フリーのSランク冒険者なんてこれほど即戦力はない!是非入って貰いたい!
「だが、それは断る。拙者は弱い者の下につくつもりは無い」
「そうか。なら約束してくれ。影光の問題が解決したら俺と戦ってくれ。それでハッキリとさせれば良いだろ?」
「良かろう。その約束、必ず果たすと約束しよう」
武士だな。
黄昏の日光に照らされた影光を見て俺はそう思った。
「それじゃ、スマホの番号を教えてくれ」
「よかろう」
俺と影光は番号を交換する。
これでいつでも連絡が取り合えるな。
「それで影光が追っている師匠殺しの男ってどんな奴なんだ?」
「この男だ」
スマホの写し出されたのは影光よりも身長は少し低い。175センチっていったところか?
黒髪のセミロングに黒い縦長の瞳。人間じゃないのか。
いや、それよりもどこか影光に似ている。
「名前は藤堂陽宵。拙者の実の弟だ」
「なっ!」
信じられない事実に俺は驚きを隠せない。おいおいマジかよ!師匠殺しの犯人が影光の実の弟だと。そんなのありかよ。
「拙者が武者修行の旅から帰ってくると師匠が陽宵に殺されたと耳にした。それも背後から斬り殺したと教えられた。それを知った拙者は実の弟を殺さなければこの怒りを抑えきれぬと悟った。ましてや身内の不始末。ならば身内がケリを着けるのが筋というもの」
「そうか」
ここで、本当にそれで良いのか?って聞くのは無粋と言う物だろう。男が覚悟を決めてこの場に立っているのだ。男ならそれを見守るのが筋って言うものだ。
「それに愚弟はこの都で起きている連続殺人事件の犯人でもある」
「っ!」
影光の口から出た信じられない言葉に再び驚きを感じさせる。え?嘘だろ。今この帝都で起きている冒険者連続殺人事件の犯人が影光の弟である陽宵の仕業っだて言うのか。
「幾つかの殺人現場に向かって殺され方をこの眼でしっかりと見た。あれは間違いなく神道零限流の技。そして何より陽宵が一番得意としていた技。零道ノ烏音によって殺されていた」
「なんだ。そ、そのれいど……」
「零道ノ烏音とは簡単に説明すれば居合いの事だ。神道零限流の真髄は敵より速く殺す。言い換えるなら殺人剣術と言っても良いだろう。そんな神道零限流の技を極めた者の人たちは音速どころか光速をも超える速さだ」
なんて恐ろしい流派なんだ。そして影光はそんな技を使う陽宵を殺そうとしている。
これは悲劇と言うしかないだろう。そして何も出来ない自分に腹が立つ。
「仁が気にする事ではない。これは身内である拙者の問題なのだ」
「だが、それでも何も出来ない自分に腹が立っちまうんだから仕方が無いだろ!」
「その気持ちだけで拙者は嬉しいぞ」
まったく一番辛い筈の影光に慰められてどうするんだよ!
だが、男が一度決めた事は覆す事は出来ない。
なら、俺に出来ることをするまでだ。
「分かった。なら直ぐにでもお前の弟の居場所を見つけ出してやる」
「その必要は無いぜ」
『っ!』
振り返るとそこにはセミロングの男が不気味な笑みを浮かべて立っていた。いや、それよりもアイツ、いったい何時からそこに立っていた?
俺ですら気づけないほどの気配操作の持ち主だと?いや、ただ単に俺が感情に乱れで気づけなかっただけか?
「陽宵……」
「久しぶりだな兄ジャ。ニュースを見て驚いたぜ。まさか兄ジャが俺の代わりに犯人扱いされてるんだからよ」
そうか。こいつニュースを見てここに来たのか。だが、どうやって此処だと分かった?気配を感じてか?いや、それよりも今は絶好のチャンスだ。
「陽宵、お前が何をしたのか分かっているのか!」
「何って俺が強くなるための実験台になって貰っただけだけど?兄ジャだってそうやって来たんだろ?」
「拙者は罪無き人間を殺した事などないわ!ましてや背後から斬り殺すなどお前はそれでも武士の端くれか!」
「武士?笑わせるなよ。俺はただ強い奴と戦って自分の強さを証明したいだけなんだから。だいたい背後から襲われて殺されるような間抜けに生きる価値なんてねぇよ」
駄目だ。これはチャンスじゃない。最悪の状況だ。怒りで我を忘れてる影光が陽宵に勝てる筈が無い。
2人の力は影光の方が若干上だ。だが我を忘れて冷静さに欠けた影光が勝てる相手ではない。
「影光。ここは一旦下がって改めて――」
「陽宵ぉおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!」
俺の制止も聞かずに影光は陽宵に飛び掛る。チッ!遅かったか。
「アイン、少しでも影光が危なくなったら加勢するぞ」
「おや?加勢しないのでは?」
「ああ、最初はそのつもりだったが今の影光では陽宵には勝てない」
「でしょうね。あの陽宵って男どうやら強力な魔法で肉体強化もしています。それに副作用で状態異常を起こしてます」
「なにっ!」
アインの言葉にまたしても驚く。ったくこの短い間になんど驚けば良いんだよ。
だけど状態異常を起こした陽宵がまともに戦うとは思えない。ましてや影光も冷静じゃない。
俺の脳内で最悪な惨劇の光景が何度も再生される。
危なくなったら加勢はするがまだその時じゃない。もしかしたら戦闘中に冷静さを取り戻すかもしれない。そうなれば影光が望んだ展開になる。だが本当にそれで良いのか?もしも陽宵が犯罪に手を染めたのが状態異常のせいなら影光は間違いなく後悔することになる。それだけはなんとしても止めなければ!
「アイン、やっぱり今すぐ止めるぞ!」
「はぁ、分かりました!」
俺の身勝手な判断に呆れながらもアインは亜空間から取り出した魔導短機関銃を両手に持って陽宵目掛けて発砲する。
それにしてもこんなに早く事情聴取から解放されたのもライアンが警邏隊の隊長に口添えしてくれたお陰だな。
ま、冒険者として身元もしっかりしているし、出会って間もないって事もあって話すことは全て話した後だったけど。それでもライアンのお陰だ。今度お礼言っておかないとな。あ、でも職権乱用にならないか少し心配だけど。
拠点に戻るなり共有フロアのソファーに座った俺は朧さんに電話する。一応伝えておかないとな。
因みに朧さんからの依頼とは警邏隊の連中には伝えていない。面倒に巻き込みたくなかったからだ。
『もしもし、どなたぞ?』
「あ、朧さん。仁だけど。少し良いか?」
『どなたかと思ったら主さんか。それで何か分かりんしたかぇ?』
「藤堂影光を見つけた」
『まことでありんすか!?』
「ああ。だけど、警邏隊の人間が来て邪魔された」
『警邏隊が?』
その口調だとまだ藤堂影光が犯人である事は報道されていないみたいだな。
「どうやら最近帝都で起きている冒険者連続殺人事件の犯人として疑われてるみたいだ」
『警邏隊はアホォ揃いなのかぇ?』
スマホの向こうから怒気を含んだ声音が聞こえて来る。朧さんそうとう苛立ってるな。
「俺もそう思っている。朧さんから聞かされた話と殺された日が合わないからな。だけど面倒な事に影光は警邏隊に任意同行を求められたが応じずに逃亡してしまった」
『なっ!』
「なんでも目的があるみたいで、まだ捕まるわけにはいかない。って言ってたからな」
俺の説明に嘆息が聞こえたが、直ぐに冷静な声音で問うてきた。
『それで目的はなんでありんすか?』
「師匠殺しの男を見つけ出し殺すことだって言ってたぜ」
『それ、まことでありんすか?』
「ああ、間違いない。本人がそう話していたからな」
『………そうでありんか。ならこの依頼は無かった事――』
「言っておくが依頼は続行させて貰うからな」
そんな俺の言葉に朧さんは動揺したのか、詰まった声で反対しようとする。
『じゃ、じゃが……』
「朧さん、もしかしてSSランクになって一番大切な事忘れてないか?」
『ほぉ……それでわっちが何を忘れてるって言うでありんすか?』
そんな俺のイジりに怒ったのか声音には少し怒気が含まれていたが気にしない。
「冒険者が一度受けた依頼は最後まで完遂するものだぜ」
『………ぷっ、あははははははっ!そうでした!そうでありんしたなぁ~!SSランク冒険者になって依頼も年に1、2度になっておったからすっかり忘れておりんした!』
スマホ越しから聞こえる朧さんの笑い声。そんなに面白かったか?
「だからこの依頼は達成するまでやらせて貰うぞ」
『ええ、かまいんせん。存分にやるでありんすよ』
「ああ、そうさせて貰う」
電話を終えた俺はスマホをテーブルに置く。
「それでアイン、調べは済んでるのか?」
「誰でに言っているのですか?この私に掛かれば一瞬です」
「そうか」
性格ド最悪だが、仕事は出来る。それも腹が立つことにスーパーに優秀なメイドだ。ま、その部分だけは認めているんだが。
「で、影光が犯人にされた理由と現在の居場所は分かるか?」
「はい。理由としてましてはこれまで起きた事件現場付近で目撃されているからです。勿論それだけでは確実な証拠とは言えません。ですから任意同行を求めたのでしょうけど」
「逃げてしまったからな……」
「はい。ですから警邏隊の連中は間違いなく藤堂影光を犯人として追うでしょう」
テレビをつけると緊急速報で今回の連続殺人事件の容疑者として藤堂影密を警邏隊が追っている事が報じられていた。ま、街中であれだけの騒ぎを起こせば無理もないか。でもこれで朧さんも知る事になるだろうな。
「で、影光の居場所はどこだ?」
「28地区のゴーストタウンへと向かっているのが最後ですね。きっとこの情報は警邏隊の連中も知りえている事です」
「だろうな。なら、急ぐぞ。警邏隊の連中に見つかる前に影光に会う」
スマホを手に俺たちは再び拠点を出た。
一旦拠点に戻ったのは警邏隊に監視されているかもしれないため、それを回避するためだ。
「会ってどうするのですか?」
「目的の男の特徴を聞き出す」
「何故?」
「決まってるだろ。このまま影光をつれて朧さんのところまで行ける訳がないし、朧さんに迷惑が掛かる。そうなれば500万RKがパーになる可能性だってあるんだからな。それに影光が素直に付いて来てくれるとは考え難いからな。それならば影光の手伝いをしてさっさと目的を果たせば500万RKが確実に手に入るからだ。急がば回れって奴だ!」
「なるほど。低脳な脳みそでよくそこまで考えましたね。褒めて差し上げます」
「そうかよ!」
28地区は34地区よりも遠い。まったく拠点と反対の方向に逃げるなよな!
最初に見つけ出した時よりも少し時間が掛かってゴーストタウンなりかけの街28地区へとやって来た俺たち。
「銀、場所は分かるか?」
「ガウッ!」
既に影光の臭いを銀に覚えてもらっている。だから以前と違って銀の鼻に頼ることが出来る。
10数分。銀の鼻で立ち止まった建物はこれまた幽霊が出そうな廃ビル。俺たちが拠点にしているビルよりも古くいつ崩壊してもおかしくないほどボロボロの廃ビルだった。よくこんな場所で寝泊り出来るな。俺なら怖くて出来ないぞ。
ゆっくりと階段を上り影光が居る場所へと向かう。幽霊が出そうだからって階段の数を数えて調べたりはしないからな。あ、それは会談か。ま、似たようなものか。って緊急時に遊ぶなって。いいじゃん。どんな時でも大人になっても遊び心は大切だぞ。
6階まできた俺たちは扉すらない一室の前まで来る。確かにこの中から影光の気配を感じる。
和風食堂の時みたいにアインに先行されないようにアイコンタクトで指示を出す。
『よし、スリーカウントで入るぞ』
『死ね』
なんて分かりやすいアイコンタクトなんだ。って普通に片手でジェスチャーしてるし。そんなに俺に死んで欲しいわけね。
あまりにも理不尽さに涙が出そうになるのを堪えて俺は中に入る。
「居るか、影み――」
背後の上空から突然振り下ろされた殺気の宿った刀をどうにか挟む。
まさか真剣白刃取りをする日が来るなんて思いもしなかったぜ。
「よ、よう影光。いきなり殺そうとするなんて酷いじゃねぇかよ」
「仁か。すまない。追っ手が来たのかと思ったのだ」
(拙者は本気で殺そうとした。だが背後からの奇襲の一撃を止められるとは、やはりこの男只者ではない)
なんで俺は睨まれているのか分からないが、今はそんな事で悩んでいる場合じゃない。
「それで何しにきたのだ?」
「お前の手伝いに来たんだ」
「手伝いだと。悪いがあの男は拙者1人で倒さなければ意味が無い。だから悪いがその申し出は断らせて貰う」
「別にお前の戦いに加勢するつもりはない。ただ早くその男を見つけ出したいんだろ。だから見つける手助けだけさせて欲しいんだ。そっちの方がお前としても良いだろ?」
「なるほど。しかしそれでお前たちになんのメリットがある?」
「いくつか理由がある。1つは早く朧さんのところに連れて行くことが出来る。現状で連れて行けば朧さんに迷惑が掛かるから、そうはしないが問題が解決すれば直ぐにでも連れて行けるからな」
「なるほど。それは一理あるな」
「そして一番の理由がお前に俺のギルドに入って貰いたいんだ」
「ギルドだと?」
「そうだ。因みに影光は冒険者なのか?」
「いかにも。拙者はフリーのSランク冒険者だ。ギルドに入っていればもっと上のランクであっただろうが」
「そ、そうか」
フリーのSランク冒険者なんてこれほど即戦力はない!是非入って貰いたい!
「だが、それは断る。拙者は弱い者の下につくつもりは無い」
「そうか。なら約束してくれ。影光の問題が解決したら俺と戦ってくれ。それでハッキリとさせれば良いだろ?」
「良かろう。その約束、必ず果たすと約束しよう」
武士だな。
黄昏の日光に照らされた影光を見て俺はそう思った。
「それじゃ、スマホの番号を教えてくれ」
「よかろう」
俺と影光は番号を交換する。
これでいつでも連絡が取り合えるな。
「それで影光が追っている師匠殺しの男ってどんな奴なんだ?」
「この男だ」
スマホの写し出されたのは影光よりも身長は少し低い。175センチっていったところか?
黒髪のセミロングに黒い縦長の瞳。人間じゃないのか。
いや、それよりもどこか影光に似ている。
「名前は藤堂陽宵。拙者の実の弟だ」
「なっ!」
信じられない事実に俺は驚きを隠せない。おいおいマジかよ!師匠殺しの犯人が影光の実の弟だと。そんなのありかよ。
「拙者が武者修行の旅から帰ってくると師匠が陽宵に殺されたと耳にした。それも背後から斬り殺したと教えられた。それを知った拙者は実の弟を殺さなければこの怒りを抑えきれぬと悟った。ましてや身内の不始末。ならば身内がケリを着けるのが筋というもの」
「そうか」
ここで、本当にそれで良いのか?って聞くのは無粋と言う物だろう。男が覚悟を決めてこの場に立っているのだ。男ならそれを見守るのが筋って言うものだ。
「それに愚弟はこの都で起きている連続殺人事件の犯人でもある」
「っ!」
影光の口から出た信じられない言葉に再び驚きを感じさせる。え?嘘だろ。今この帝都で起きている冒険者連続殺人事件の犯人が影光の弟である陽宵の仕業っだて言うのか。
「幾つかの殺人現場に向かって殺され方をこの眼でしっかりと見た。あれは間違いなく神道零限流の技。そして何より陽宵が一番得意としていた技。零道ノ烏音によって殺されていた」
「なんだ。そ、そのれいど……」
「零道ノ烏音とは簡単に説明すれば居合いの事だ。神道零限流の真髄は敵より速く殺す。言い換えるなら殺人剣術と言っても良いだろう。そんな神道零限流の技を極めた者の人たちは音速どころか光速をも超える速さだ」
なんて恐ろしい流派なんだ。そして影光はそんな技を使う陽宵を殺そうとしている。
これは悲劇と言うしかないだろう。そして何も出来ない自分に腹が立つ。
「仁が気にする事ではない。これは身内である拙者の問題なのだ」
「だが、それでも何も出来ない自分に腹が立っちまうんだから仕方が無いだろ!」
「その気持ちだけで拙者は嬉しいぞ」
まったく一番辛い筈の影光に慰められてどうするんだよ!
だが、男が一度決めた事は覆す事は出来ない。
なら、俺に出来ることをするまでだ。
「分かった。なら直ぐにでもお前の弟の居場所を見つけ出してやる」
「その必要は無いぜ」
『っ!』
振り返るとそこにはセミロングの男が不気味な笑みを浮かべて立っていた。いや、それよりもアイツ、いったい何時からそこに立っていた?
俺ですら気づけないほどの気配操作の持ち主だと?いや、ただ単に俺が感情に乱れで気づけなかっただけか?
「陽宵……」
「久しぶりだな兄ジャ。ニュースを見て驚いたぜ。まさか兄ジャが俺の代わりに犯人扱いされてるんだからよ」
そうか。こいつニュースを見てここに来たのか。だが、どうやって此処だと分かった?気配を感じてか?いや、それよりも今は絶好のチャンスだ。
「陽宵、お前が何をしたのか分かっているのか!」
「何って俺が強くなるための実験台になって貰っただけだけど?兄ジャだってそうやって来たんだろ?」
「拙者は罪無き人間を殺した事などないわ!ましてや背後から斬り殺すなどお前はそれでも武士の端くれか!」
「武士?笑わせるなよ。俺はただ強い奴と戦って自分の強さを証明したいだけなんだから。だいたい背後から襲われて殺されるような間抜けに生きる価値なんてねぇよ」
駄目だ。これはチャンスじゃない。最悪の状況だ。怒りで我を忘れてる影光が陽宵に勝てる筈が無い。
2人の力は影光の方が若干上だ。だが我を忘れて冷静さに欠けた影光が勝てる相手ではない。
「影光。ここは一旦下がって改めて――」
「陽宵ぉおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!」
俺の制止も聞かずに影光は陽宵に飛び掛る。チッ!遅かったか。
「アイン、少しでも影光が危なくなったら加勢するぞ」
「おや?加勢しないのでは?」
「ああ、最初はそのつもりだったが今の影光では陽宵には勝てない」
「でしょうね。あの陽宵って男どうやら強力な魔法で肉体強化もしています。それに副作用で状態異常を起こしてます」
「なにっ!」
アインの言葉にまたしても驚く。ったくこの短い間になんど驚けば良いんだよ。
だけど状態異常を起こした陽宵がまともに戦うとは思えない。ましてや影光も冷静じゃない。
俺の脳内で最悪な惨劇の光景が何度も再生される。
危なくなったら加勢はするがまだその時じゃない。もしかしたら戦闘中に冷静さを取り戻すかもしれない。そうなれば影光が望んだ展開になる。だが本当にそれで良いのか?もしも陽宵が犯罪に手を染めたのが状態異常のせいなら影光は間違いなく後悔することになる。それだけはなんとしても止めなければ!
「アイン、やっぱり今すぐ止めるぞ!」
「はぁ、分かりました!」
俺の身勝手な判断に呆れながらもアインは亜空間から取り出した魔導短機関銃を両手に持って陽宵目掛けて発砲する。
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