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第2話 それぞれの思惑
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「……千代女、嘘、だよな?」
「残念ながら本当です」
――御館様が捕われた
彼女の口から事の経緯を知らされたが、未だに信じられない。最近新しく兵士を雇ったり、罠を設置したりと、城の警備を強化したばかりだというのに。
彼女はその時、別の土地にいた為に阻止できなかったとか。本人は謝罪しているが、本業は諜報活動と諸国にある温泉の情報収集であって、城の警備じゃないから謝ることではない。
「起こってしまったことは仕方ないさ。これからどうするかだけ考えようよ」
その通りだ。この状況を嘆いていても意味はない。
俺たちがいま出来ることは何か、それを考えなければならない。
「……そうですね。昌秀様の仰る通りです。なら今すぐ会議を開きましょう。とりあえず、勝頼様と昌幸様をお呼びしましょう」
しばらくして、呼び出した2人が来た。
真田は普段、御館様の側にいるので呼べばすぐだ。しかし若殿は諏訪にいることが多いため本城へ着くのに時間がかかってしまう。しかし今日は別邸で過ごしているようだ。
御館様が捕われたことは既に伝えてあったようで、説明する手間が省けた。
「千代女、父上が連れ去られた場所は知ってるのか?」
「……申し訳ないのですが、そこまで分かっていません。私が知っているのは、『信玄様が連れ去られた』という複数の部下からの報告を受けただけです」
「そんな……」
「なぁ千代女、父上は本当に連れ去られたのか?」
それは事実です、と言って泥だらけの刀を差し出す。
それは御館様が愛用している名刀。観察眼に優れている御館様が、価値あるものを粗雑な扱いをするわけがない。それに我々は刀を身につけずに出歩くことはほぼ無い。不要と判断して捨てた可能性もあるが、名刀ならば家臣に褒美とするのが筋であろう。
御館様が他国へ連れ去られたことがこれで確定した。
そもそも『不確定な情報は、自分から出さない』のが千代女の信条なので、俺は最初から真で見ていたが。
「俺たちがこれからするべきことを挙げようか。まず1つ目は御館様の居場所を特定することだ」
「まぁそうだね。彼女ですら情報を持ってない、となると探すところから始まるもんね」
「2つ目は場所の特定後、御館様の救出へ向かうこと。そして最後、無事に帰還させることだ」
大まかな流れを説明し、皆を納得させたところで真田が手を挙げた。
「あの、犯人からの要求とかってありましたか?」
「いや、まだ無いかな。明日には届くかもしれないけど」
「そうですか。ありがとうございます。それともう一つ。この事を家中に報告いたしますか?」
その瞬間、部屋の空気が変わった。触れてはいけないような態度をする者もいた。
「……私は時期が来るまで知らせるべきでないと思ってます」
「僕も同意見だよ」
「いいや、俺は知らせるべきだと思ってる。父上が捕われたことを大義名分として戦、となったら皆が困るだろう。それに理由も無き当主不在をいつまでも隠せると思うか?」
「確かにそうだけど……」
「真田と同じで反対だね。馬場はどう思う?」
正直なところ、俺は賛成でもあり反対でもある。
若殿の指摘はもっともだ。
家中では御館様の長期不在に、疑問を抱く者が一定数いる。小姓たちがそれっぽい理由を並べて説明しているが納得はしていない。
それに事実の秘匿など出来るわけがない。いずれ知られてしまうなら、今のうちに話しておいたほうが良いだろう。
しかしこの事が知られれば、家中は混乱必至。それに乗じて敵が攻めてくるかもしれない。あるいは、それに気付いた犯人が御館様を殺害する可能性だってある。
出来ることなら、内密に処理をしたいところだ。仮に知れ渡ったとしても、出来る限り引き延ばしたい。
議論に議論を重ね、内密にすることを約束した。血判書まで作り、絶対を誓った。
*
「柳田、どうだったか?」
「駄目です。全然吐き出しません」
あれから数日が経った。
当初の目的通り、真相を知るために毎日問い詰めさせている。しかし思った以上に口が固く、なかなか聞き出せていない。
まぁそう簡単に上手くはいかないと分かっているので焦る必要は無い。生かしておけば、後々役に立つし、いずれ教えてくれるだろう。
「よいよい。気長に待つのだ。ここで慌てると水の泡になってしまうからな」
「……左様でございますか」
「それと武田勝頼とやらに書状をお願いできるか?」
「承知しました。すぐに手配いたします」
「うむ、頼んだぞ」
まぁ最悪、軒猿と風魔の忍びから教えて貰った、あの手段を使えば良い。
*
夕方になった。問い詰められる緊張感から解放された俺は、寝台に身体を預ける。
(今日も追い払えたか。明日もまた詰問されるだろうが、やる事は変わらない)
柳田や三郎の家臣なる者から毎日のように尋問されるが、黙秘してなんとかやり過ごす。
答えれば相手が有利になるだけで、こちらが不利になるだけだ。
あの子たちは今、どうしているのだろうか。既に捕らわれたことは知っているはずだ。
そして俺はどうなるのか。今は温情で生かして貰えているが、いずれは処刑されるだろう。
唯一救いなのは、筆に硯、大量の紙が置いてあることだ。心の内をこれに書き綴っては捨てることができ、ある程度の圧を抱え込まなくて済む。
しかし手紙を書くことは出来ても渡すことができない。
これでは自分から助けを求めることもできない。そう思うと、悔しさが込み上げてきた。
それでも諦めない。どこかに抜けは絶対あるはずだ。わずかな希望に賭けよう。
「残念ながら本当です」
――御館様が捕われた
彼女の口から事の経緯を知らされたが、未だに信じられない。最近新しく兵士を雇ったり、罠を設置したりと、城の警備を強化したばかりだというのに。
彼女はその時、別の土地にいた為に阻止できなかったとか。本人は謝罪しているが、本業は諜報活動と諸国にある温泉の情報収集であって、城の警備じゃないから謝ることではない。
「起こってしまったことは仕方ないさ。これからどうするかだけ考えようよ」
その通りだ。この状況を嘆いていても意味はない。
俺たちがいま出来ることは何か、それを考えなければならない。
「……そうですね。昌秀様の仰る通りです。なら今すぐ会議を開きましょう。とりあえず、勝頼様と昌幸様をお呼びしましょう」
しばらくして、呼び出した2人が来た。
真田は普段、御館様の側にいるので呼べばすぐだ。しかし若殿は諏訪にいることが多いため本城へ着くのに時間がかかってしまう。しかし今日は別邸で過ごしているようだ。
御館様が捕われたことは既に伝えてあったようで、説明する手間が省けた。
「千代女、父上が連れ去られた場所は知ってるのか?」
「……申し訳ないのですが、そこまで分かっていません。私が知っているのは、『信玄様が連れ去られた』という複数の部下からの報告を受けただけです」
「そんな……」
「なぁ千代女、父上は本当に連れ去られたのか?」
それは事実です、と言って泥だらけの刀を差し出す。
それは御館様が愛用している名刀。観察眼に優れている御館様が、価値あるものを粗雑な扱いをするわけがない。それに我々は刀を身につけずに出歩くことはほぼ無い。不要と判断して捨てた可能性もあるが、名刀ならば家臣に褒美とするのが筋であろう。
御館様が他国へ連れ去られたことがこれで確定した。
そもそも『不確定な情報は、自分から出さない』のが千代女の信条なので、俺は最初から真で見ていたが。
「俺たちがこれからするべきことを挙げようか。まず1つ目は御館様の居場所を特定することだ」
「まぁそうだね。彼女ですら情報を持ってない、となると探すところから始まるもんね」
「2つ目は場所の特定後、御館様の救出へ向かうこと。そして最後、無事に帰還させることだ」
大まかな流れを説明し、皆を納得させたところで真田が手を挙げた。
「あの、犯人からの要求とかってありましたか?」
「いや、まだ無いかな。明日には届くかもしれないけど」
「そうですか。ありがとうございます。それともう一つ。この事を家中に報告いたしますか?」
その瞬間、部屋の空気が変わった。触れてはいけないような態度をする者もいた。
「……私は時期が来るまで知らせるべきでないと思ってます」
「僕も同意見だよ」
「いいや、俺は知らせるべきだと思ってる。父上が捕われたことを大義名分として戦、となったら皆が困るだろう。それに理由も無き当主不在をいつまでも隠せると思うか?」
「確かにそうだけど……」
「真田と同じで反対だね。馬場はどう思う?」
正直なところ、俺は賛成でもあり反対でもある。
若殿の指摘はもっともだ。
家中では御館様の長期不在に、疑問を抱く者が一定数いる。小姓たちがそれっぽい理由を並べて説明しているが納得はしていない。
それに事実の秘匿など出来るわけがない。いずれ知られてしまうなら、今のうちに話しておいたほうが良いだろう。
しかしこの事が知られれば、家中は混乱必至。それに乗じて敵が攻めてくるかもしれない。あるいは、それに気付いた犯人が御館様を殺害する可能性だってある。
出来ることなら、内密に処理をしたいところだ。仮に知れ渡ったとしても、出来る限り引き延ばしたい。
議論に議論を重ね、内密にすることを約束した。血判書まで作り、絶対を誓った。
*
「柳田、どうだったか?」
「駄目です。全然吐き出しません」
あれから数日が経った。
当初の目的通り、真相を知るために毎日問い詰めさせている。しかし思った以上に口が固く、なかなか聞き出せていない。
まぁそう簡単に上手くはいかないと分かっているので焦る必要は無い。生かしておけば、後々役に立つし、いずれ教えてくれるだろう。
「よいよい。気長に待つのだ。ここで慌てると水の泡になってしまうからな」
「……左様でございますか」
「それと武田勝頼とやらに書状をお願いできるか?」
「承知しました。すぐに手配いたします」
「うむ、頼んだぞ」
まぁ最悪、軒猿と風魔の忍びから教えて貰った、あの手段を使えば良い。
*
夕方になった。問い詰められる緊張感から解放された俺は、寝台に身体を預ける。
(今日も追い払えたか。明日もまた詰問されるだろうが、やる事は変わらない)
柳田や三郎の家臣なる者から毎日のように尋問されるが、黙秘してなんとかやり過ごす。
答えれば相手が有利になるだけで、こちらが不利になるだけだ。
あの子たちは今、どうしているのだろうか。既に捕らわれたことは知っているはずだ。
そして俺はどうなるのか。今は温情で生かして貰えているが、いずれは処刑されるだろう。
唯一救いなのは、筆に硯、大量の紙が置いてあることだ。心の内をこれに書き綴っては捨てることができ、ある程度の圧を抱え込まなくて済む。
しかし手紙を書くことは出来ても渡すことができない。
これでは自分から助けを求めることもできない。そう思うと、悔しさが込み上げてきた。
それでも諦めない。どこかに抜けは絶対あるはずだ。わずかな希望に賭けよう。
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