シラケン

あめいろ

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就活編

はじまり

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「......」
2人の間に、しばしの沈黙が流れる。
しかし、その沈黙を健太の呟きが破る。
「.....え、何で略したの?」
「カッコいいじゃん(裏声)」
「おいコラ」
「てか名前知ってることにつっこめよ」
「名前知ってたことの驚きを略してきたことの驚きが超えたから仕方ねーだろ」
浮浪者の男はフンと鼻を鳴らした。
「まったく、肝が据わりすぎて、つまらねー野郎だ」
「で、俺のこと、どこで知ったわけ?」
「おせぇーのよ」
「早く言え。署は近いんだよ。個人情報保護法どうなってんだってクレーム入れてきてやる」
「いや止めろ。それは止めろ。冗談が通じねーヤツだな、相変わらず」
「?」
相変わらず?
疑問に思ったが、こんな薄汚い知り合いは先程会ったヤツ以外にいない。
「8年前」
浮浪者の男が低く呟く。
「8年前だ。心当たりあるか?」
8年前?
男が急に何を言い出したのか理解出来なかったが、一応心当たりを探ってみる。
特に思いつかない。
「え、8年前に会ってるとか言いたいわけ?新手のナンパ?オッサンは受け付けてないんだけど」
「いちいち口の減らん奴だな」
浮浪者の男は小さく溜息を吐く。
「ないなら良い。じきに思い出すさ」
「は?」
「シラケン」
「なんだ。タイトル回収のつもりか」
「とりあえず黙って聞け」
浮浪者の男はとんがり帽子のツバをくいっと上げた。
「お前、俺の会社で働け」
「......は?」
視界の外側からアッパーを食らったような、ちぐはぐな衝撃が脳を襲う。
何を言っているのか理解が出来ない。
てゆうか、そもそもこの男の存在自体が意味が分からない。何で自分のことを知っているのかとか、何普通に話しかけてきたんだよとか、言いたいことしかない。てかこの見た目で経営者なのコイツ?誰がコイツの下で働いてるの?
とか色んなコトが頭に浮かんできて、自分の頭は軽いショートを起こしていた。
「今、無職なんだろお前?」
「.....いや、何で知ってんの?」
「仕事やるよ」
「話聞いてくれる?」
会話にならない。
浮浪者の男は話を続ける。
「お前を買ってるんだよ」
「いや、今会ったばかりの奴に買われても嬉しくないんだけど。株なら即売ってるわ」
「お前がもしいなければ、今日の男は死んでいた」
男のトーンが下がる。
「?」
「お前があの瞬間、あの男の元に駆けつけていなければ、恐らく奴は犬コロと一緒に心中していただろう。お前はひとりの男の命を救ったんだよ」
「.....最後にスゲー、泣いてた気がするけど」
「生きてりゃどうとでもなる。奴はお前に感謝こそすれ、生きながらえたことを後悔したりはしないだろう」
「罪に押し潰されても?」
「それは奴次第さ」
浮浪者の男は白い歯を見せる。
励ましのつもりだろうか。
今日あったことを、今日会っただけの奴に励まされている。なんて薄い出来事なのだろうか。
薄い出来事の筈なのに、この存在自体が意味不明な男に興味を持ってる自分がいた。
いや、もしかしたら、過去に会っているのかもしれないけど。怖いくらいにこの男は知りすぎているから。
小さく溜息を吐く。
「何の仕事だよ?」
気付いたら問うていた。
「ん?」
「俺は何すりゃ良い、ストーカー男」
「ひでぇ言いよう」
男は高笑う。
「事実だろ。人のこと、さんざ調べやがって。理解不能だ。だけど.....」
男の胸ぐらを掴み、自分の元へ引き寄せる。
「お前にノッてやる」
この男が自分の何を知っているかは知らない。この男の存在など知ったことじゃない。
だけど、人生なんてそんなものなのかもしれないと思うのだ。
人生とは暗闇の中を、その先に光があると信じて歩くようなものだから。
目の前の男が光だとは、到底思えないが。
男はニヤリと気持ち悪く笑うと一言言った。
「いいね」

こうして、思わぬ形で就職先は決まった。






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