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ほら、誰もシナリオ通りに動かないから
しおりを挟むこのクラスには尋常じゃないほど存在感が薄い生徒が居る。
彼女はとても綺麗な顔をしているのに前髪やメガネで全てを覆い、俯き、声を発さず、教室の隅っこで常に何かに怯え、何かから隠れるように過ごしている。
そしてその彼女と相反するように、尋常じゃないほどの存在感を放っている生徒も居る。
彼女は可愛い顔で笑顔を振り撒き、コロコロと可愛らしい笑い声を絶やさず、常に教室の中心に存在している。見目のいい男にちやほやされながら。
そして私はそれらを観察している存在感などあるわけではないがないほどでもない、どこにでもいるありふれた存在。そう、ただのモブだ。
ある日のこと、私は授業中に居眠りをしていた。うつらうつらと舟をこぎ、一瞬完全に眠ってしまったところでガクリと頭を前方に揺らし、我に返る。後方じゃなくてよかった、と思ったのも束の間。存在感強の女と存在感弱の女と立て続けに目があった。そこで思い出したのだ。あの人たちをここではない別のどこかで見たことがある、と。そして、あ、ここ乙女ゲームの世界だ、と。
あの存在感強の女は言わずもがなヒロインだ。
そしてもう一方、存在感弱の女はそのヒロインを邪魔する悪役ポジションだ。
思い出した記憶と、今まで見てきたものを照らし合わせて考えてみれば、ヒロインは攻略キャラ達と満遍なくまぁまぁ良好な関係を築いている。ただそこまで詳しく見てきたわけではないので誰を落とそうとしているのかだけは分からない。分からないのだが、別にヒロインが誰を落とそうと私には関係のないことだった。たぶん。おそらく。
さらに記憶と、見てきたものの照合を続けると、悪役の不思議な行動が浮き彫りになった。彼女は一切何もしていないのだ。ヒロインの邪魔をする悪役というポジションにも関わらず。
そこで初めて気がついた。彼女は存在感がないのではなく、消しているのだ。自らの意思で。
一体なぜ彼女が必死で存在感を消しているのか。
このゲームの最後はもちろんヒロインが攻略キャラと結ばれてハッピーエンドとなる。誰も攻略出来ないバッドエンドもあるが今見たところ誰かは確実に落とせそうなのでそうはならない可能性が高い。
そもそも風の噂でヒロインと誰かが付き合ってるらしいというあやふやな情報が流れてきていたのでハッピーエンドはほぼ確定といってもいいだろう。なんか、そんなイベントがあった気がする。
そしてヒロインがハッピーエンドを迎えると、今まで散々邪魔してきていた悪役が糾弾され、最終的には社会的にも精神的にも死ぬことになる。
ヒロインのハッピーエンド=悪役のデッドエンドという分かりやすい構図が出来上がるわけだ。
要するに、悪役である彼女は何もしないことで、さらには存在感を消すことでデッドエンドを回避しようとしているのではないだろうか。
私のように、ここが乙女ゲームの世界だと知っていて。
断定するには尚早かもしれないが、悪役のその行動でゲームの世界でありながら、ゲームのシナリオと違う方向に進んでいるのは確かであった。
まず悪役の邪魔が入らないせいで、ヒロインはやりたい放題なのだ。
今も人目を憚らず見目のいい男達を侍らせて、逆ハーレムを築いている。このゲームに逆ハーレムエンドなんてないのに。
男達にちやほやされ上機嫌になっているヒロインが悪役に目を付けた様子は見受けられない。
このままいけば悪役のデッドエンドは避けられるかもしれない。
だがしかし、悪役が気付いているかどうかは分からないが、そんなに簡単な話ではなさそうだった。
シナリオがゲームと違う方向に進んでいることで、ちらほらと弊害が起きているのだから。
今現在私の隣で、私に対して頭を下げている攻略対象キャラクターなんかもおそらく弊害の一つだろう。
「チョコレートください……」
攻略対象キャラクターなだけあって見目のいい男が、なぜだか私に対して乞食のような行動を……
「別に私からじゃなくたって、あんたなら腐るほど貰うでしょチョコくらい」
「本命から……本命を貰いたい……!」
そう、こいつ、攻略対象キャラクターのくせにヒロインじゃなくモブである私が好きだと言っているのだ。数ヶ月程前から。
弊害はそれだけじゃない。私の逆隣で項垂れている男だって弊害の一つだ。
「お前にはプライドってもんがないのか。妖怪チョコレート乞食め。っつーかチョコ貰えないくらいどうってことないだろ。俺なんか話しかける前から逃げられるんだぞなんなんだよ」
と、項垂れたまま妖怪チョコレート乞食に文句を言っているのはこれまた攻略対象キャラクターの一人で、ヒロインそっちのけで悪役に一目惚れしたもののがっつり避けられている男。
まともにしゃべったこともなく、まず知人にさえなれていないのになぜ避けられるのか、と妖怪チョコレート乞食に相談をしていたところ妖怪(以下略)が常に私にまとわりついていたため流れでいつしか私も相談に巻き込まれるようになっていた。
この弊害はとてもとてもまずい弊害なのではないか、と私は思っている。
なぜなら私はヒロインから攻略対象キャラクターを二人も奪っているような状況に陥っているのだから。
これでうっかり私がモブから悪役に転身してしまったらどうしてくれるつもりなんだろう。
デッドエンドは嫌だ……デッドエンドは嫌だ……
「とにかく、そんな風に付きまとうようならチョコレートはあげない」
「え、じゃあ付きまとわないからください」
筋金入りの妖怪だこいつ。
「分かった。じゃあコンビニで買ってくるわ」
「一緒に行く! コンビニデートじゃん!」
「いや付きまとう気満々かよ」
デッドエンドは嫌だけど、強く突き放せないのは私も別にこいつが嫌いなわけではないからだ。
しゃべり始めたきっかけはただ隣の席になったからというだけだったが、こいつは妙に話が上手くて面白い。
なんてことない日常の話も、とてもきらきらした楽しい話に変えてしまうのだ。
そんなところが口下手な私とは正反対で、一緒に居るだけで楽しいし出来ることならずっと話を聞いていたい。
「そんなことより俺にも少しは協力してくれよいちゃいちゃしてないで!」
と、言われましても。
彼が好きだといっているのは悪役で、彼女はデッドエンドを避けたいのだから攻略対象キャラクターである彼とは接触したくないだろう。
「気配を消して近付くしかないよね」
私が呟けば、妖怪チョコレート乞食が何かを思い出したように口を開く。
「そういえば俺、小学校で飼育委員やってたころ気配消してうさぎに近付くの超上手くてさ。小屋の隅に餌を置いて、餌に夢中になってるうさぎの背後から足音立てないように追い詰めて」
「いや、なんで今その話……」
「だから餌で誘き出して気配消して追い詰めればいいんじゃないかなって」
「あの子は! うさぎじゃ! ないから!」
ごもっともだった。
攻略対象キャラクター二人によるショートコントが終わったところで授業が始まったためこの話はうやむやになったのだった。
放課後、妖怪(略)はチョコレートをあげると約束するまで付きまとうつもりだろうかと思っていたのだが、奴はヒロインに捕まっていた。
シナリオから逸れているとはいえ、ヒロインと攻略対象キャラクターというだけあって彼らの仲も良好なのだ。彼の恋愛感情がなぜだかこちらに向かってきてしまっているだけで。
どうしたものかな、と思いつつも私はその場から脱兎の如く、消えるように下校した。
私は! うさぎだ! なんて思いながら。
一度家に帰った私は着替えを済ませて近所のスーパーに来ていた。チョコレートを見るために。
あげるとかあげないとか、そんな話をしていたから自分が食べたくなったのだ。仕方ないから自分用と……奴には一目で義理とわかるチョコレートでも買っていこう。
「あ」
チョコレート売り場で、予想だにしなかった相手と遭遇した。悪役だ。
「あ、えっと、あなたも誰かにチョコレートあげるの?」
思いっきり目が合ってしまったので無視するわけにもいかずそう声を掛けると、彼女はきょろきょろと周囲を見た後、小さな小さな声で「父と兄に」と答えてくれた。
照れくさそうに笑う彼女は、やはり可愛らしい顔をしていた。
こんな可愛い子がデッドエンドを迎えてしまうのは可哀想だ。私はそう思った。そして思い出した。妖怪とその仲間が気配を消して彼女に近付こうとしていることを。
「あの、少し話したいことがあるんだけど時間あるかな?」
このままでは彼女に危険が及ぶ気がした私は彼女に、彼女が気付いていないであろう現状を教えることにしたのだった。
「そ、そんなことになってたなんて……」
スーパーに併設されているドーナツショップの隅っこの席で、私の現状と私が知っていることを全て洗いざらい話した。
すると彼女はそう呟いて頭を抱えたのだ。
結論から言うと、やはり彼女はここがゲームの世界だと知っていて存在感を消していたそうだ。
もちろん私の推測通り、デッドエンドを避けるために。
しかし避けても逃げてもデッドエンドから近寄ってくるなんて、と彼女は絶望した表情を浮かべている。
「だから、ね、あなたさえ良ければ、一緒に回避しない? 一人で逃げ隠れするより協力して回避したほうがいいんじゃないかな、って」
私がそう提案すると、彼女は泣きそうな顔でこくこくと頷いてくれた。
「今まで一人で心細かったの……」
そう言いながら。
協力者という存在が出来て、私も彼女も安心してふわりと笑っていたときだった。
「はーーなんだ、俺がなんかして嫌われて避けられてたとかじゃないんだーよかったー!」
「なんかわかんないけど俺もチョコレートもらえそうでよかったー!」
今まで誰も居ないと思っていた隣の席からそんな声がした。
その声の主は、間違いなく例の攻略対象キャラクター二人であり、避けても逃げても寄ってくるデッドエンドの原因達だ。
「な……んで……?」
驚いて言葉を失っていた私を、悪役は同じく驚きながらも「謀ったの!?」という目で見ている。
絶対に違うという意味を込めて、私は全力で首を横に振る。それはもう首が飛んでいってしまうんじゃないかと思うほどに全力で。
「あ、俺は二人の話を聞くためにここに居たわけじゃないよ。チョコレート貰えなさそうだったからもういっそ逆チョコあげようと思って買いに来たら君が居たから付いてきただけで」
「俺はそれに付き合わされただけで」
本当に偶然なのだろうかと首を傾げるが、逆チョコという発想も、わざわざ私の家に近いスーパーを選ぶのも、この男ならやりかねないと納得してしまう自分が居たり居なかったりして。
「あとほら、言っただろ。餌に気を取られてるところに気配消して近付いて、って!」
しまったー! 私うさぎだったー!
「でさ、二人がなんかヤバそうなのはなんとなくわかったよ。そんで、協力者は一人より二人、二人より三人居たほうが心強いと思わない?」
と、妖怪(略)は言う。
そして、結局言いくるめられる形になって私達四人は協力者という関係になり、固い絆で結ばれることになってしまった。
何はともあれデッドエンドを回避してみんなで笑って卒業出来ればいいね、なんて言いながらドーナツショップを出たときだった。
今まで動いていたはずの口も足も、揃えたようにぴたりと止まってしまった。
なぜならそこに、デッドエンドの原因の最たる人物、ヒロインが居たからだ。
揃って目を丸くする私達四人を見たヒロインも立ち止まり、きょとんとした様子で小首を傾げている。
ただそれだけなのに絵になるヒロインは、さらに絵になることに、学校で一番の人気者と並び立っている。
ただし、それすらもゲームのシナリオからは斜め上に逸れているのだが。
「……こ、恋人?」
私がやっとの思いで口を開き、ただ一言だけでそう問うと、ヒロインは顔を真っ赤に染めて照れくさそうに頷いた。
ヒロインの恋人は、すらりと背が高く、長いまつげに縁取られた切れ長の目、すっと通った鼻筋と整った顔で、学校で一番人気の女性だ……!
この乙女ゲームに百合エンドはないので攻略対象キャラクターではない。
そう、彼女は攻略対象キャラクターそっちのけで男装の麗人とくっついていた。
そしてなんと教室で築いていた逆ハーレムはこの事実を隠すためのカムフラージュだったのだ。
私と悪役はゲームだのデッドエンドだのというあれこれを一瞬忘れ、同じように呟く。
「うらやましい……」
と。
それほどまでに人気があるのだ、今目の前に居る彼……いや、彼女は。
ちゃっかり憧れの男装の麗人様と握手してもらっていると、ヒロインは嬉しそうに弾んだ声で教えてくれた。
「駅前のカフェにね、カップル限定のチョコレートパフェがあったんだよ! 四人も行ってみたらどうかな?」
だそうだ。
私達は顔を見合わせて笑いあった。
ヒロインに教えてもらったカフェでチョコレートパフェを食べながら、私と悪役はふー、と長いため息を一つ零す。
「男装の麗人×ヒロインは想定外だった」
という悪役に、私は両手で顔を覆いながら「でもそういうカップリング大好物……」と呟く。そして私達は静かに握手を交わした。
この世界が乙女ゲームの世界だと気付いたということは、同じゲームが好きだったということで、私達は趣味が合うらしい。
これだけシナリオの斜め上に向かって進んでいるのだから、きっと悪役のデッドエンドは回避できるだろう。私のデッドエンドだってそうだ。
私にもたれかかりながら「チョコレート……チョコレートもらえた……」と呻いている妖怪チョコレート乞食も、男装の麗人×ヒロインで盛り上がる悪役を微笑ましく見守っている妖怪(略)の友達も居るのだからきっともう何も怖くない。
……いや妖怪は怖いけど。なに呻いてんのこいつ。こわ。
それから一年とちょっと。
私達はみんな揃って、笑顔で卒業することが出来た。「よかったね、ただの取り越し苦労で」なんて言い合いながら。
……いや、まぁ、シナリオは完全に無視してるけど、よかった……よね?
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