召喚された勇者様が前世の推しに激似だったので今世も推し活が捗ります

蔵崎とら

文字の大きさ
7 / 28

かわいい×かわいい=かわいいの暴力

しおりを挟む
 しかし推しが存在するということは、いいことだな。
 なぜなら推しは心を強くしてくれる。
 弱ったメンタルも、遠目に推しを見るだけで回復出来る。そんなもんなのだ、推しという存在は。
 まぁメンタルが弱った原因も推しなのがちょっとだけ問題なのだけれど。
 あの日勇者様は確かに言っていた。本当に結婚していいのかな、と。きっとこの婚約に納得していないのだろう。
 私は正直なところ、この結婚が嫌ならば今からでも断ってもらって構わないと思っている。
 私なら推しがこの世に存在しているというだけで元気に生きていけるのだから。
 断られればもちろん多少は傷つくけれど、ほんの少しだけでも婚約者でいられたという事実だけで充分。
 前世の私だって別に推しに認知されたいと思ったことはなかったし、前世と同じような生活が戻ってくるみたいなものだもの。
 側ではなくとも推しと同じ空の下で生きて、推しのグッズに囲まれて、そうやって生きていけるだけで充分。

「あ、セリーヌさん、おはよう」
「おはようございます、タイキ様」

 あぁ朝から推しに遭遇出来るこの世界に感謝を捧げなければ。
 朝食を摂った後、食堂から自室へ戻る途中にある庭園の傍らで勇者様と遭遇して、声までかけてもらった。今日も元気に顔がいい。

「あら、それは……」

 勇者様の手に握られていたのは、手のひらサイズの板のようなもの。そう、スマホである。しかも電源が入っている。電池はどうなってるんだ……?

「これは、元の世界で使ってた物です。人物とか景色とかを絵よりも正確に記録することが出来たりとか、なんかそういうことが出来るやつで」

 写真とか動画のことかな。こっちの世界の人に説明するのは難しいもんね。写真も動画も存在しないものだし。

「ほら、こうやって……」

 そう言いながら、勇者様はカメラを起動する。少しためらいがちに指を彷徨わせた後、目の前にあった小さな白い花の写真を撮って見せてくれた。
 一瞬指が彷徨っていたのは、インカメに変更しようとした?
 と、私が心の中で首を傾げていると、勇者様はさくさくとした動きで今撮った写真を削除していた。

「結構昔の写真……絵って言ったほうが分かりやすいかな? とにかく昔のも残ってるんですよ」

 勇者様はどこか嬉しそうな表情でデータフォルダを開き始めた。
 え、え、推しの昔の写真ってこと? プライベート写真的な? お宝では??

「えーっと、あ、これ俺が高校生だったころのだから、7年前かな。昔の携帯からデータ移したやつだから画質悪いな」

 すごい勢いで指が動いてるなとは思ったけど、まさか7年も前の写真を恵んでくださるとは。しかも学ラン。大好物ですありがとうございます。
 よく見たら胸元には名札が付いており、そこには3年2組仁志太樹と書かれていた。

「ふふ、とてもかわいらしいですね」
「いやいやいや! 可愛いと言えばこっちかな。俺が飼ってた猫です」
「まぁ!」

 うわぁー! 猫と一緒に写る推し最強にかわいい! 猫ちゃんもかわいい! かわいいとかわいいの融合! もはやかわいいの暴力!

「あとはまぁ……これかなぁ」

 そう言って勇者様がちょっと照れながら見せてくれたのは、セーラー服の女子高生の写真だった。
 一瞬彼女か誰かかと思ったけれど、これは違う。私はどんな形であれ推しの顔を見逃すはずがない。

「これ……もしかして、タイキ様ですか?」
「え、分かったの!? おかしいなぁ、今までバレたことなかったのに!」

 まさかの女装写真まで見せてもらえるなんて。もう幸せ過ぎて死んでもいい。いややっぱもうちょい推しの隣にいたい。
 そう思いながら勇者様の顔を見上げれば、そこにはゆでだこもびっくりするくらい真っ赤な顔があった。自分で見せたくせに見破られて照れているらしい。やだかわいすぎてヤバい。推せる。一生推す。
 画面の上ですいすい動く指を目で追っていると、そこには動画と思しきものがあった。動く昔の推し……? めちゃくちゃ見たいんだが? でも、何も知らないふりをしてこれは? って聞くのもちょっと難しいかな。

「……あ、これ、動くやつなんですよ」

 おーっとこれはラッキー! 見せてくれるようです! と、内心大興奮していると、動画が再生される。

『海だー!』
『あ、ちょっと待って! ほら、仁志も君早く行こうよ!』
『置いていくぞ太樹!』

 どうやらこの動画は勇者様が撮っているらしい。
 男の子、女の子、男の子の順で砂浜目掛けて駆け出していく様子が映っていた。
 その直後、ぐるりと風景が回って、勇者様の自撮りになる。

『皆大興奮だわ』

 と、ちょっと苦笑いを浮かべた勇者様。しかしとても楽しそうだった。
 ふと勇者様の顔を見上げてみると、そこにも同じように苦笑いを浮かべた勇者様がいた。
 召喚されてここにやって来た勇者様は、寂しくないのだろうか?

「……タイキ様は、寂しくないのですか?」

 思わず、思っていたことが口を衝いて出てしまう。
 すると勇者様はほんの少しだけ驚いたように目を瞠り、そして笑った。

「……正直に言うと、ちょっと寂しいです」

 そりゃあそうだろう。本当は、日本に帰りたいのでは? いや、今まで誰にも聞かなかったけれど、帰る予定があったりするのか?

「あの、セリーヌさん」
「はい」
「今、少し時間はありますか?」
「はい、あります」
「じゃあ……少し話を聞いてもらえますか?」
「もちろんです」

 私はしっかりと頷いて見せる。
 今日は特に予定もないし、日課である薔薇園の手入れと小鳥たちの世話は後でも出来る。
 孤児院への訪問と、保護猫施設への差し入れは時間次第で明日になってしまうかもしれないけれど。
 そんなことを考えていたところ、勇者様が長くなるかもしれないから、と言うので、私たちは庭園の片隅にある長椅子にそっと並んで腰かけた。
 そして、勇者様が召喚される少し前のことを聞かせてくれた。




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます

藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。 彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。 直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。 だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。 責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。 「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」 これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。

当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。 「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」 エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

処理中です...