25 / 28
不穏なお茶会
しおりを挟む
祈りの塔から王城の中央庭園に戻って来た。
普段はただ広いだけの中央庭園だが、今日はたくさんのテーブルが並べられており、色とりどりの花やクリスタル、そして光の魔法で溢れている。
ここで今から行われるのは、日本で言うところの披露宴的なもの。
新郎新婦がいて、両家の家族……勇者様のご家族はいないので、一緒に魔王討伐の旅に出た皆さんがいて、それから招待された貴族の人たちがいる。
中には正直呼びたくもない貴族の人たちもいるけれど、王族としてそこは我慢しなければならない。
ちなみにアレこと私の元婚約者はもう貴族ではないのでここには来ない。
まぁでも私に対してあれこれ言ってくる貴族はアレだけではないから、気を抜かないようにしなければならない。
私一人が何か言われるだけなら別に今まで通りだが、勇者様に嫌な思いをさせるのだけは嫌だから。
「セリーヌ? 行こう」
「あ、はい」
入場の合図が出ていたようだ。
私たちが会場へと足を踏み入れると、頭上でポンポンと何かが弾ける音がする。そして、そこからクリスタルの花びらが降り注ぐ。
「この魔法、見たことある……」
あ、勇者様からプロポーズしてもらったときに見たやつだ。
「ソシアくんだね」
「ソシアが? じゃあ、タイキ様から指輪をいただいたときもソシアが?」
「……座ろうか」
「タイキ様?」
「男同士のヒミツ的なやつだよ」
何それ気になる。めちゃくちゃ気になるけど結局教えてはもらえなかった。
降り注ぐクリスタルの花びらの中、新郎新婦の席へと向かえば、そこにあったのは二人掛けの長椅子だった。
「長椅子、なのですね?」
「セリーヌが着替えてる間に様子見に来たんだけど、その時に一人用の椅子を並べたら肘掛けが邪魔って言ったらこうなってた」
「なるほど」
確かに肘掛けがあったらこうやって手を繋いだまま座ることは出来ないし、座ってからもこうして腰に手を回すなんてことも出来ませんからね。うん。なるほど。うんうん。死ぬやつ。
皆の準備が整って、国王からの挨拶があって、勇者様が挨拶をしている間もずっと腰に手を回されていた。多分途中で三度ほど意識が飛んでいた。これはガチ。
「おめでとう、セリーヌ」
挨拶の流れが終わり、皆が自由な歓談を始めたところ、一番にお兄様が来てくれた。
「ありがとうございます、お兄様」
「今後とも末永くよろしくお願いします、おにーさま」
勇者様がどこかおどけた雰囲気でそう言うと、お兄様は苦笑を零した。「確か俺のほうが年下だけどな」なんて言いながら。
それからしばらくは楽しい披露宴だったのだが、少し不穏な空気が漂い出した。
あまり印象のよろしくない貴族たちが群れで押し寄せてきたからである。
群れの中心にはアバランザ伯爵夫人。その隣にいるのは、彼女の娘で、その少し後ろにいるのはベルマン男爵だったはず。
他にも娘の友人達……いや、取り巻きたちが五名ほど。
おそらくこの場にいる全員が私に対していい印象を持っていない。私を無能だと言って嘲笑う側の人間である。
その時点でまぁ不穏なわけだけど、アバランザ伯爵夫人とベルマン男爵が小さく目配せをしていた。あからさまに不穏である。
「勇者様、ほんの少しだけお話をさせていただいても?」
ベルマン男爵が勇者様に声を掛ける。
「ここでいいなら」
「いえいえ、レディたちに聞かせるような話ではございませんので」
勇者様を連れ出そうと言う魂胆なのだろうなぁ。
そしてベルマン男爵もアバランザ伯爵夫人たちも気が付いていないようだけど、彼らの背後で騎士団長や魔術師様がほんのり戦闘態勢に入りかけている。不穏だぁ……。
「ふーん……」
乗り気ではない声でそう零す勇者様が、ポケットの中に入れていたらしいスマホを取り出した。
「ま、別に少しならいいよ」
ベルマン男爵に返事をした後、私の耳元で「絶対大丈夫だからね」と囁いてくれる。そしてスマホを私の膝の上に乗せた。
「じゃあ行こうか」
立ち上がる寸前、勇者様は私に「このまま持ってて」と言って画面をタップして行った。
何をしたんだろう、と己の膝の上にあるブツを見たら、ボイスレコーダーアプリが起動されていた。録音する気だぁ……!
「お久しぶりです、王女様」
ほんのり動揺する私に気付きもせずに、アバランザ伯爵夫人が声を掛けてきた。これはこれはどうしたもんか。
「ええ、お久しぶりです、アバランザ伯爵夫人。それにアバランザ伯爵家のアデリーナ様、ガルダム子爵家のラリサ様、ベサナ子爵家のカルメア様、リリエト男爵家のエンカルナ様、アットウェル男爵家のアンジェリア様、マクベイン男爵家のマイラ様ですね」
「まぁ、わたくしたちのことを覚えてくださっているだなんて、光栄ですわ!」
アバランザ伯爵夫人が手を叩いて喜んでいる。
しかし別に彼女を喜ばすために全員の名を呼んだわけではない。ボイスレコーダーに証拠として録音するためだ。おそらく勇者様はそのつもりでボイスレコーダーを置いていったんだと思ったから。
「わたくしたちも王女様とお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
嫌です! と言ってしまえればどんなに楽か。
ただ、魔術師様がこちらの様子を窺ってくれているのは見えているし、何かされそうになったらきっと誰かが助けてくれる。
そう信じて、私は彼女たちと戦うことにしたのだった。
普段はただ広いだけの中央庭園だが、今日はたくさんのテーブルが並べられており、色とりどりの花やクリスタル、そして光の魔法で溢れている。
ここで今から行われるのは、日本で言うところの披露宴的なもの。
新郎新婦がいて、両家の家族……勇者様のご家族はいないので、一緒に魔王討伐の旅に出た皆さんがいて、それから招待された貴族の人たちがいる。
中には正直呼びたくもない貴族の人たちもいるけれど、王族としてそこは我慢しなければならない。
ちなみにアレこと私の元婚約者はもう貴族ではないのでここには来ない。
まぁでも私に対してあれこれ言ってくる貴族はアレだけではないから、気を抜かないようにしなければならない。
私一人が何か言われるだけなら別に今まで通りだが、勇者様に嫌な思いをさせるのだけは嫌だから。
「セリーヌ? 行こう」
「あ、はい」
入場の合図が出ていたようだ。
私たちが会場へと足を踏み入れると、頭上でポンポンと何かが弾ける音がする。そして、そこからクリスタルの花びらが降り注ぐ。
「この魔法、見たことある……」
あ、勇者様からプロポーズしてもらったときに見たやつだ。
「ソシアくんだね」
「ソシアが? じゃあ、タイキ様から指輪をいただいたときもソシアが?」
「……座ろうか」
「タイキ様?」
「男同士のヒミツ的なやつだよ」
何それ気になる。めちゃくちゃ気になるけど結局教えてはもらえなかった。
降り注ぐクリスタルの花びらの中、新郎新婦の席へと向かえば、そこにあったのは二人掛けの長椅子だった。
「長椅子、なのですね?」
「セリーヌが着替えてる間に様子見に来たんだけど、その時に一人用の椅子を並べたら肘掛けが邪魔って言ったらこうなってた」
「なるほど」
確かに肘掛けがあったらこうやって手を繋いだまま座ることは出来ないし、座ってからもこうして腰に手を回すなんてことも出来ませんからね。うん。なるほど。うんうん。死ぬやつ。
皆の準備が整って、国王からの挨拶があって、勇者様が挨拶をしている間もずっと腰に手を回されていた。多分途中で三度ほど意識が飛んでいた。これはガチ。
「おめでとう、セリーヌ」
挨拶の流れが終わり、皆が自由な歓談を始めたところ、一番にお兄様が来てくれた。
「ありがとうございます、お兄様」
「今後とも末永くよろしくお願いします、おにーさま」
勇者様がどこかおどけた雰囲気でそう言うと、お兄様は苦笑を零した。「確か俺のほうが年下だけどな」なんて言いながら。
それからしばらくは楽しい披露宴だったのだが、少し不穏な空気が漂い出した。
あまり印象のよろしくない貴族たちが群れで押し寄せてきたからである。
群れの中心にはアバランザ伯爵夫人。その隣にいるのは、彼女の娘で、その少し後ろにいるのはベルマン男爵だったはず。
他にも娘の友人達……いや、取り巻きたちが五名ほど。
おそらくこの場にいる全員が私に対していい印象を持っていない。私を無能だと言って嘲笑う側の人間である。
その時点でまぁ不穏なわけだけど、アバランザ伯爵夫人とベルマン男爵が小さく目配せをしていた。あからさまに不穏である。
「勇者様、ほんの少しだけお話をさせていただいても?」
ベルマン男爵が勇者様に声を掛ける。
「ここでいいなら」
「いえいえ、レディたちに聞かせるような話ではございませんので」
勇者様を連れ出そうと言う魂胆なのだろうなぁ。
そしてベルマン男爵もアバランザ伯爵夫人たちも気が付いていないようだけど、彼らの背後で騎士団長や魔術師様がほんのり戦闘態勢に入りかけている。不穏だぁ……。
「ふーん……」
乗り気ではない声でそう零す勇者様が、ポケットの中に入れていたらしいスマホを取り出した。
「ま、別に少しならいいよ」
ベルマン男爵に返事をした後、私の耳元で「絶対大丈夫だからね」と囁いてくれる。そしてスマホを私の膝の上に乗せた。
「じゃあ行こうか」
立ち上がる寸前、勇者様は私に「このまま持ってて」と言って画面をタップして行った。
何をしたんだろう、と己の膝の上にあるブツを見たら、ボイスレコーダーアプリが起動されていた。録音する気だぁ……!
「お久しぶりです、王女様」
ほんのり動揺する私に気付きもせずに、アバランザ伯爵夫人が声を掛けてきた。これはこれはどうしたもんか。
「ええ、お久しぶりです、アバランザ伯爵夫人。それにアバランザ伯爵家のアデリーナ様、ガルダム子爵家のラリサ様、ベサナ子爵家のカルメア様、リリエト男爵家のエンカルナ様、アットウェル男爵家のアンジェリア様、マクベイン男爵家のマイラ様ですね」
「まぁ、わたくしたちのことを覚えてくださっているだなんて、光栄ですわ!」
アバランザ伯爵夫人が手を叩いて喜んでいる。
しかし別に彼女を喜ばすために全員の名を呼んだわけではない。ボイスレコーダーに証拠として録音するためだ。おそらく勇者様はそのつもりでボイスレコーダーを置いていったんだと思ったから。
「わたくしたちも王女様とお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
嫌です! と言ってしまえればどんなに楽か。
ただ、魔術師様がこちらの様子を窺ってくれているのは見えているし、何かされそうになったらきっと誰かが助けてくれる。
そう信じて、私は彼女たちと戦うことにしたのだった。
18
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます
藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。
彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。
直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。
だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。
責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。
「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」
これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。
当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。
「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」
エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。
――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。
「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」
破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。
重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!?
騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。
これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、
推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる