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見つかりそうになくなった探し人
しおりを挟む私と三匹の猫ちゃんたちはひとしきり混乱した後、一周回ってなんとなく冷静になっていた。
「じゃあとりあえず私はそのヘラさんって人を探してみるから、見つかるまではここに居る?」
『そうさせていただけると嬉しいです』
と、白猫ちゃんが答えた。
「神官殿とやらに言われた場所はここで合ってるんでしょう?」
そう問いかけると、三匹とも頷いている。
『商業地区の噴水通りに面したレンガ造りの建物で、赤い屋根が目印だと言われました』
『通りに面した大きなガラス窓も目印だと』
確かにここは商業地区だし噴水は目の前にあるしその前の道は噴水通りと呼ばれているしレンガ造りだし赤い屋根だしウィンドウショッピングに最適なデカいガラス窓もあるし、ここで間違いなさそうだ。
おそらくそのヘラさんとやらは以前ここに居たのだろう。
そしてそのヘラさんがここから出たことを、その神官殿とやらが知らなかったのだろう。
以前住んでいた人となれば、近隣の人に聞き込めば見つかるかもしれないな、なんて、その時の私は簡単に考えていた。
「とりあえず、よかったらお水飲んでてね。猫さんが食べられそうなもの持ってきてないからちょっと買い物に行ってくる」
ヘラさんとやらが見つかるまでにどのくらいかかるか分からないし猫さん用のベッドとかも買おうかな。
『お気遣いありがとうございます』
「いいえいいえ」
そうして私は三匹の猫ちゃんをその場に残して買い物へと出かけた。
猫さん用のベッドと、タオルと、食器類と、それから食料と。
とにかく、まずは猫ちゃんたちに食料を提供したかった。汚れ具合を見た感じ結構な距離を移動してきた様子だったから。
それが終わったら近隣の人たちに引っ越しの挨拶だったりヘラさんの行方探しだったりを始めよう。
ふと、自分は一体何をしているのだろうという疑問が浮かんだが、まぁ私を追い出した奴らへの復讐だけを考えるよりはマシか、と思うことで自分を納得させた。
あの子たちが居なければ、私は今頃一人でただイライラしていただけだろうし。
そもそも猫は昔から大好きだし可愛いし超癒されるし。
「……買いすぎたな……重い」
猫ちゃんたちのことばかり考えていたから忘れていたが、ここは貴族街に近い位置にある商業地区なのだ。田舎とは品ぞろえが違う。
何が言いたいかというと可愛い猫用グッズが大量にあった。ゆえに、大量に買った。
なんならキャットタワーまで注文してきてしまった。
あの子たちがいつまでいるか分かんないのに。
まぁ別にいいか、なんて思いながら己の店に戻ってきたわけだが、ウィンドウショッピングに最適なデカい窓の前に一人の大男が立っていた。
まだ何もないはずだしウィンドウショッピングをするには気が早いのだが、何を見ているのだろう。
というかその大男、騎士か何かなのか体がデカいだけじゃなく武装しているみたいだから少し怖いような気もする。
私は今両手に荷物を抱えているし、何かされたら防御も出来ない。
何かあった場合噴水の向こう側にテラス席があるカフェがあるからそこに逃げ込もう、と逃げるルートを考えながら、そーっとそーっとその大男の側に近寄ると、窓から見える日当たりのいいところに三匹の猫ちゃんが猫団子を作っていた。
なんだ、猫団子見てたのか。じゃあ大丈夫か。
それにしても日当たりがいい場所でごろごろしてる猫ってかわいいな。丁度いいしあの場所にさっき注文したキャットタワーを置くのもいいかもしれない。
「か、かわいい」
小さな声がした。
頭上から聞こえてきたので、おそらく大男の声だろう。
やっぱり猫団子ってのは誰が見ても可愛いんだなぁ、と思って大男のほうを見上げると、彼はなぜだか急いでその場から去っていくところだった。
せっかく可愛いんだからもっと見ていってもいいのに。いやまぁ見世物ではないんだけど。
「おっとそんなことよりごはんごはん」
私は急いで室内に戻り、ごはんの準備に取り掛かった。
さっき買ってきた可愛い食器に猫ちゃんたちのごはんを盛り付ける。とりあえず見た目がおいしそうなやつを買ってみたのだがこれで大丈夫だろうか。
自分の分のごはんはその辺で売ってたお弁当だ。もうなんでもいい。
「皆さんごはんでーす」
そう声をかけると、猫団子がもそもそと動き出した。かわいい。
『いただきます』
「どうぞー」
嬉しそうにごはんを食べている。かわいい。
猫って居るだけでかわいいな。
いやでもそういえば前世を含めて猫ちゃんの世話をするのは初めてだな。
ちょっと不安になってきた。ヘラさんとやらに引き渡すまできちんとお世話出来るだろうか。
『おいしいです』
「よかった」
三匹ともおいしそうにしてくれているようで良かった。
「普段はどんなもの食べてたの?」
『神官殿が川でお魚を釣ってきてくれて、それを』
白猫ちゃんがそう答えた。
普段はお魚食べてたのか。なるほど。
「その神官殿はどこに住んでたの?」
『ここから山を二つ越えて、その先に見える山の奥です』
「え、山奥に住んでたの? っていうか皆そんな遠いところから来たの!?」
私は心底驚いた。まさかそんなに遠くから来ていたなんて。そりゃあ汚れているはずだわ。
猫ちゃんたちは口をそろえて「少し疲れました」と言っているが、山を二つも越えてるんだから少しどころじゃなく疲れただろう。可哀想に。おやつもあげよう。
「神官っていうくらいから町の神殿に居たもんだと思ってたわ」
『元々は神殿の側に住んでいましたよ』
一足先に食べ終えていたキジトラの猫ちゃんが言った。
どうやらその神官殿とやらは元々山の麓にある町の神殿でお勤めをしていたらしい。
ただ三匹の猫ちゃんが大きくなったあたりで山奥に引っ込んだのだとか。
おじいさんだったとのことだから、引退後は田舎暮らしをしたいとか、そんなタイプの人だったのだろうか。
「ところで皆、お名前聞いてなかったね」
聞いてもいい? と尋ねると、三匹ともきょとんとしていた。
『名前はありません』
「え、ないの? そっかぁ。ないと不便だね。私がつけてもいい?」
そう言うときょとんとしていた三匹の瞳がきらきらと輝いた。
『お名前をくださるのですか!』
そんなに喜んでくれるのですか!
とはいえ名づけセンスにはあまり自信がないのだが?
「つけてもいいのなら。皆女の子で良かったかな?」
『はい、女の子です』
「うーん、じゃあ白い君はサリー、黒い君はボニー、キジトラの君はモニカ」
私が付けた名前を聞いた三匹は、お互い顔を見合わせ嬉しそうにしたあと、す、と姿勢を正して私を見据えた。
なんだなんだと思っていたら、三匹が揃えたように頭を下げた。
『イリスさん、名を与えてくださってありがとうございます』
そう言ったのはサリーだ。そしてボニーが続く。
『これより私たちは、イリスさんを絶対的に信頼し敵意を向けることはございません』
「あ、はい、えっとじゃあ私もそうします」
なんて、私がしどろもどろになりながら答えていると、モニカも口を開いた。
『イリスさんに、神のご加護がありますように』
と。
そういやこの子たち、さっきの神官殿とやらの手紙に「神の使い」って書かれてたっけ?
もしかしたら私はとんでもないことをしてしまったのでは、とうっすら思ったが、詳しい話を聞くのはやめておいた。
正直、ちょっとビビったから。
いやまぁでも大丈夫でしょう。三匹とも普通のかわいい猫ちゃんだし。
「えーっと、それじゃあ私は近隣の人たちにご挨拶したりヘラさんの行方を聞いたりしてみてくるね」
『はい』
私の言葉にいち早く返事をしたのはサリーだった。サリーは三匹の中でお姉さん的立ち位置のようだ。
「好きなようにくつろいでてね」
そう言い残し、私はまず噴水側から見て右隣のお店に向かった。
最初こそ裏口から声をかけて挨拶をしようかと思ったのだが、どうやらお隣は手芸屋さんのようで、あまりにも可愛い布がたくさん視界に入ってしまったので正面から突っ込んでしまった。
三匹の、首輪が作りたくて……。嫌がられなかったら服とかも作りたくて……。
そんなわけでまず大量の布を買い込み、それから挨拶へと移った。
「隣に引っ越してきましたイリスと申します」
「あらどうも」
お隣の店主さんは優しそうなおば様だ。
なんだかんだと世間話をし、最後に尋ねたのはヘラさんのこと。
「お隣に以前住んでいた人?」
「おそらく住んでいたと思うんですけど。ヘラさんって方で」
「あぁ、居たわね。けれど、突然隣を引き払ってどこかに行ってしまったのよねぇ」
住んでいたことは確かなようだ。
しかし手芸屋のおば様は何も知らないらしい。
「向こうのお店のお嬢さんはヘラちゃんと仲が良かったみたいだから何か知っているかもしれないわ」
と、おば様が教えてくれたのは、うちを挟んだ向こう側、だから噴水側から見て左隣のお店の話だった。
どうやらあちらにはヘラさんと仲が良かった人が居るらしい。
「それじゃああちらにも聞いてみます! ありがとうございました。あと、今後ともよろしくお願いします!」
私はそう言って、左隣のお店へと急いだ。
こちらのお店は調理器具のお店らしい。焼き菓子用のかわいいグッズがたくさんある。
猫の形のクッキー型や肉球を象ったケーキが作れる型もある。買わねば。これは買わねば。
しかし散財が止まらないな。まだ今後どんな仕事をするかも決めていないというのに。
なんだろう、元の店を追い出されたストレスなのか、それとも案外あの店から出たことで嬉しくなっちゃってるのか……。
「いらっしゃいませ」
「あ、こんにちは。これください!」
なんだかんだで結局たくさん買ってしまったが、まぁいいか。
「それと私、隣に引っ越してきたイリスと申します。どうぞよろしくお願いします」
手芸屋さんも調理器具屋さんも結局買い物ついでに挨拶したみたいになってしまったが、可愛いものがたくさんあったせいであり私のせいではない。いや、申し訳ない。
「おぉ、お隣さんだったのか。よろしくな」
調理器具屋さんの店主は気のいいおじさんだった。両隣優しそうな人たちで良かった。
「一つお尋ねしたいのですが、今大丈夫ですか?」
「おう、なんだい?」
「以前隣に住んでた人のことについてなんですけど、ヘラさんって方が住んでいらっしゃいましたよね?」
「いたいた。娘が仲良くしてもらってたな」
「そうなんですね! その方、今どこにいらっしゃるか分かりますか?」
私がそう尋ねると、おじさんはしばし考えこむ。どこに行ったんだっけな、なんて呟きながら。
すると、そこに一つの明るい声が乱入してきた。
「ヘラさんなら王宮に行っちゃいましたよ?」
と。どうやら彼女がおじさんの娘さんらしい。見たところ私と同い年くらいか、少し年上といったところか。
「……王宮?」
「王宮。王宮で仕事をすることになったって言って突然」
まさかの王宮だった。
これは、詰んだのでは?
「何か連絡手段って、ありますかね?」
ダメ元で聞いてみたが、娘さんは顔を顰めて首を傾げている。
これは難しそうだ。
「王宮ってことしか教えてもらえなかったから、王宮のどこにいるのかも何をしているのかも分からないのよね……」
「そう、なんですか。その、うちにヘラさん宛てのお手紙が届いてたんですけど……」
私もおじさんも娘さんも、しばし黙り込んだあと、ううんと小さく呻るだけだった。
ううん。これは、厳しそうだ。
「王宮に繋いでくれる人が知り合いに居ればなんとか連絡くらいなら取れるかもしれないけど……居る?」
「……居ませんね」
今も昔も庶民中の庶民なのだから王宮なんて雲の上のようなもの。
そんな雲の上に行けるような人が身近に居るわけもなく。
「いや、まぁ繋いでくれる知り合いが居たとしてもヘラさんが王宮に行くって言ってから結構経ってるから、本当に連絡が取れるかも正直分からないんだけど……」
「……これは、諦めたほうがよさそうですね?」
おじさんも娘さんも、同じように頷いたのだった。
三匹の猫ちゃんたちになんて報告しよう……。
「ところであなた、お隣でなんのお店を開くの?」
「え?」
「住むだけじゃないわよね?」
「ええ、まぁ」
「うちの調理器具をたくさん買ってるみたいだし、しかも製菓用の器具が多いみたいだし、お菓子屋さんでも開くの?」
「……それも、いいかもなぁ」
私は自分の手元を見ながら、そう呟いた。
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