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無事オープンした猫カフェ

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 子猫たちの予行演習の二日後、この猫カフェ「虹と花」は本格オープンとなった。
 現在は本格オープンから一週間が経過したところだ。
 猫ちゃんたちのことを第一に考え、万が一お客さんが殺到してはいけないからと、宣伝はあまりせず、近隣に少しだけビラを配る程度にしておいたのでお客さんはそれほど居ない。
 しかしそれほど居ないと言えど全く居ないわけではない。
 新しいもの好きな女の子たちが物珍しさにつられてやってくるのだ。
 世界は変われど流行の発信源というのは女子であることが多いらしい。
 ステファンさんは己の顔のせいで客が逃げるのではと心配していたけれど、やはり女子たちは彼の顔など気にも留めずに猫とスイーツに食いついている。
 猫が可愛くてスイーツが美味しければ他は気にならないのだ。

「これ可愛いだけじゃなくて美味しい!」

 肉球ムースを食べていた女の子の声が聞こえる。気に入ってくれたのならなによりだ。

「あぁぁかわいいー!」

 と、ソファのところで子猫たちと戯れながら悶えているのは現在休憩中だというヴェロニカさんだった。
 子猫たちの予行演習に付き合ってくれた彼女はその時に子猫たちの魅力に囚われてしまったようでちょっとでも時間があったら遊びに来てくれている。
 そしてこのカフェに新しいもの好きな女子たちがやってきた一つの要因は彼女だったりする。
 ああやって子猫たちと戯れている様子が、外から見えるのだ。あのデカい窓があるから。
 そんなわけで店内にはかわいい猫ちゃんたちとかわいい女の子たちが揃う。
 そうすると、それも窓の外から見えるわけで、猫ちゃんでもスイーツでもなく女の子目当てに入ってこようとする邪な男が発生する。
 しかし邪な男たちは女子たちと違いステファンさんの存在にビビって逃げ出していくのだ。
 やはりステファンさんを雇って大正解だった。

 というのが、オープンから一週間経った現在の様子だった。
 基本的には順調で、穏やかなカフェ経営生活である。
 クレーマーは居ないし皆猫ちゃんを大切にしてくれるしルール違反者も居ないし。

「こんにちは」

 初めましてのお客さんがやってきたようだ。

「いらっしゃいませ!」

 穏やかそうな男性のお客さんだ。
 ステファンさんにビビって逃げなかったということは邪なタイプではないのかもしれない。
 私は彼をテーブル席へと通し、メニュー表と猫ちゃんの名簿と注意事項一覧のセットを渡す。
 その間ステファンさんの鋭い眼光がこの男性客のほうに向いているが、彼がそれに気が付いた様子はない。
 なぜなら彼はふわふわと笑顔を浮かべながら猫ちゃんの名簿を見ているから。
 この人は多分本物の猫好きだ。
 そう思い、にんまりと笑いそうになるのを堪えながら注文を聞く。

「じゃあ、まずはアイスティーを」

「はい」

「ンー」

 私の肩の上でダイダイちゃんが返事をする。
 それが聞こえたらしい彼はきらきらした瞳でダイダイちゃんを見詰めている。

「滞在のお時間はどうします?」

「お時間……」

「一時間か二時間が選べます。それ以降は三十分ごとに追加料金が発生します。軽食かデザートを注文していただくと一品ごとに十分が追加されたりもします」

「ではとりあえず一時間で。軽食のサンドイッチとデザートは……肉球コーヒーゼリーで」

「はい」

「ンー」

 ダイダイちゃんが律儀に返事をしている。

「可愛いですね」

「でしょう? もっと小さい頃からずっとこうなんですよ。返事は可愛いんですけど最近ちょっと重くなってきたんですよねぇ。では用意してきますね」

 アイスティー、サンドイッチ、コーヒーゼリー、一時間二十分、と。
 キッチンに引っ込む途中、ステファンさんに大丈夫そうかと問われたので私は大きく頷いた。

「あの人はただの猫好きさん」

 なんて、微笑みながら。

 私がサンドイッチを作っているところで、先に入っていた女性客が退店の時間を迎えた。
 ビビられるかもと思っているステファンさんを女性のところへ向かわせるのも可哀想だからと、私が行くことにする。

「じゃあステファンさんはあちらのお客様にこれをお願い」

 と、アイスティー、サンドイッチ、コーヒーゼリーのセットを差し出す。
 相手が男性客なら良かったと言わんばかりの笑顔でテーブルへと歩みを進めた。
 あれが男性客で良かったけど今後女性客が増えたら人手が足りなくなる気がしないでもない。
 人を増やすか、ステファンさんに女慣れしてもらうか……?

「お客様、そろそろお時間……ありゃま」

 退店時間を迎えた女性客がソファに座っていたのでそっと近づいて声をかけると、彼女の膝の上にはモニカが乗っていた。
 よく見ると乗っていただけではない。なんとモニカさん爆睡である。

「えーっと」

 女性客も困惑するレベルの爆睡である。

「うーん。お客様、この後急ぎの用事は?」

「ない、ですけど」

「じゃあ、もう少しだけ寝かせてあげててもらってもいいですか? 延長料金はいただきませんので」

「え、いいんですか?」

「はい。今は混んでませんしモニカも気持ちよさそうに寝ちゃってるし、今回は特別ってことで」

 私がそう言うと、女性客は嬉しそうに笑ってくれた。
 膝の上での寝かしつけに成功した人は特別無料延長(起きるまで)ってルールでも作ろうかな。


「さーて今日も無事閉店時間となりましたー」

 なんて間延びした声を出しながら、閉店準備を進める。
 ヴェロニカさんや他のお客さんに散々遊んでもらった子猫たちはソファの上で猫団子を作ってうとうとしている。

『今日はうっかり眠ってしまいました』

 と、モニカが照れ臭そうに言っている。

「お客さん喜んでたよ」

『本当ですか?』

「うん。猫ちゃんが膝の上で寝てくれるって、人間にとってはモニカが思ってる以上に嬉しいものなんだよ」

『それはよかった!』

 動けない分、足は超痺れるけどね。言わないけど。

「イリスさん……」

「お、生ける屍が来た」

 まるで生気のない声が聞こえてきたところで、サリー御一行様がむくりと顔を上げる。
 そう、アランがやってきたのだ。
 おそらくお姫様の一件が面倒なことになっているのだろう。

「何か食べる?」

「はい……」

「ステファンさんも食べて帰るよね?」

「そうする」

 アランの話聞きながら余りものの食材で夕飯作っちゃおう。

「で? お姫様の一件どんな感じになってるの?」

 そうキッチンから声をかける。
 すると返事よりも先にアランの口からクソデカため息が飛んでくる。
 もう口にするのも億劫なほど面倒なことになっているのだろうか。俄然楽しみだ!

「なんか……あの女が妙に怯え始めたんですよねぇ」

 アランはいつの間にか彼の膝の上に飛び乗っていたサリーの頭をうりうりとなでながら、ちょっと掠れ気味の声で呟く。

「相手は王族だし急に怖くなっちゃったのかな?」

「いや……うーん……?」

 違うのか?

「ほい、野菜たっぷりミートソースパスタだよー」

 キッチンからそう声をかけると、アランもステファンさんも手伝ってくれてさくっと夕飯の準備が整った。

「足りなかったらサンドイッチも作れるよ」

「多分食べる」

「ありがとうございます」

 ステファンさんは基本的によく食べる。

「で、何に怯えてるみたいなの? その女」

「あぁ……ケヴィンさんを取られるって怯えてるんですよね」

「前からじゃん。取られないようにって私を追い出したわけだし」

 私がそう言うと、アランは顔を顰めながら首を傾げる。

「いや、なんというか、イリスさんの時は取られないように奪うみたいな感じだったんですが、今回はまるで取られることが確定したみたいな怯え方で」

「え? ってことはそのお姫様はもう来たの?」

「まだです」

「ってことは?」

「来る、という話が進んでいて、道中の警備計画、店内の警備計画、会談の時間、会食の場所……まぁ今はその辺の話がなされていますね」

「……ってことは?」

「お姫様は当然城に居ますし姿さえ見せてません」

「要するにケヴィンとも会ってないってことよね?」

「そうですね。一目見てすらいないですね」

 何に怯えてるんだその女。

「でも取られることが確定したみたいな怯え方?」

「そうです。焦点の合わない目で取られる取られるって、震えながら。正直怖くて」

 そりゃ怖いわ。

「被害妄想かなんかなのかな?」

 ちらりとステファンさんに視線を送ると、彼はもくもくと咀嚼をしているところだった。
 私はまだ半分くらいしか食べていないというのに、ステファンさんの皿にはもうほとんどパスタが残っていない。

「まぁ美しい方だからなぁ、ミカエラ様」

「あ、そうなんですか」

「姫は皆美しいのですが、ミカエラ様はその中でもより美しいと評判でしたよ」

 なるほど、それを知ってケヴィンがお姫様に心を奪われるのではないかと怯えているのか。
 いやどんだけ信用ないのよケヴィン。
 まさか元から両想いではなかったのか?
 じゃあなんで私が追い出されたんだよっつー話になってくるわけだが?

「結局のところ、あの女は貴族である自分の両親をも巻き込んでお姫様が来ないようにと必死みたいで」

「ふーん。でも、無理よね」

 サンドイッチの用意をしようと立ち上がりながら聞けば、アランはゆっくりと頷く。

「ほとんどの話はまとまっていますからね。あの女やその親がどう足掻こうとその話が消えることはない。それだけじゃなく、阻止しようとしていることがあちら側にバレれば自分の立場さえも危険なんですがね」

 ですよね。
 王城に呼ばれるのではなく王族がわざわざ来てくれるって話になってるのにそれを断るなんて、場合によっては不敬罪を疑われるレベルだろう。
 それでもお姫様を退けたい理由が知りたい。

「ねぇアラン、その女がなんでそんなにしてまでお姫様を遠ざけようとするのか調べられないの?」

「無理ですよ」

 無理だよなぁ。

「知れたら面白そうなのになぁ」

「面白がらないでください」

「もういっそバレて不敬罪だとか言われちゃったらそれはそれで面白そうじゃない?」

「やめてくださいルーチェが潰れてしまいます」

 でも私のこと理不尽に追い出したんだから理不尽な理由で潰されても文句言えなくない?
 え、私性格悪い?

「……まぁ潰れたら従業員が路頭に迷うものね。じゃああれよ、ケヴィンが本当にお姫様に心変わりしたら面白いのにね?」

 私の言葉に、男性陣が首を傾げた。面白いか? とでも言いたげな顔で。

「っていうかケヴィンがお姫様に心変わりしたとしても、そのお姫様は超美人なんでしょ? 他にもたくさん言い寄ってくる人だっているでしょうし、ケヴィンなんかよりもいい男がもう居るんじゃないの? ほら、ステファンさんの元同僚? みたいな騎士とか?」

 万が一ケヴィンがお姫様に片想いをすることになったとしても、今更貴族との婚約を破棄するだろうか?

「まぁ……だから、結局はあの女の被害妄想なんですよね」

 私が今作ったサンドイッチをもそもそと食べながら、アランがそう言った。

「被害妄想よねぇ」

「そんな妙な被害妄想でこっちを振り回そうとするんだから、迷惑な話です……」

 被害妄想が原因で苦労するなんて可哀想なアラン……。
 余ったコーヒーゼリーも食べさせてあげよう。




 
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