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お友達になった私たち

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 ステファンさんと勇者が店内に戻って行った後、私は鉱馬の鼻先をなでていた。
 魔女は私の隣でその様子を眺めている。無表情なので、何を考えているのかは分からない。
 二人で取り残されてしまったわけだし、何か雑談でもするべきなのだろうか?

「噂には聞いていたけれど、鉱馬の魔力って相当強いのね」

 魔女がぽつりと零す。

「そうなんですか?」

「敬語なんて使わなくていいわよ」

「あぁ、じゃあ。魔力の強さってどこで分かるの?」

「見えるのよ」

 魔女が言うには、彼女の目には相手がどれだけの魔力を持っているのかが見えるらしい。
 私にも私の周囲の人間にも、魔力が見えるなんて人はいない。そう言うと、魔女は「当たり前じゃない」と言って小さく笑った。

「特殊なのよ、この目は」

 どこか、寂しそうな声だった。

「特殊、ねぇ。ただの綺麗な瞳にしか見えないけど」

「い、いや、見た目は別に特殊じゃないわよ」

「そうなんだ。え、でも相手の魔力を見るときだけ色が変わるみたいなそういうのは?」

「ないわ」

 なかったかぁ。
 魔力を見るときだけ瞳が赤くなるとか、そういうのを期待してしまったのだけど。
 なんて考えていると、魔女が小さく噴き出した。

「そんな変なこと言われたの、初めてだわ」

 変なことを言ったつもりなんかまったくないのだけども?

「変かな?」

「普通はね、気味悪がっちゃうものなのよ?」

「えぇ? そうなの?」

「そうなのよ。私、気味が悪いって言われて、親に捨てられたんだもの」

 思いのほかヘビーな話が始まってしまったようだ。
 なんでも、魔女は生まれた時から魔力が強く、あらゆる魔法が使えたらしい。
 相手の魔力が見えるのもそう、風を操って空を飛べるのもそう、雷を呼んで大木を大破させるのもそう……。
 本当にすごいことが出来るんだな。私なんか畑耕したり作物収穫したりするくらいなのに。……いや便利だけどね?

「親だけじゃない。他人からだって気味悪がられたわ。それなのに私が勇者のお供に選出された途端に皆手の平を返しちゃって」

「他人なんてそんなもんよねぇ」

 まぁ私はさすがに気味悪がられたことはないけれど、他人の嫌な視線を感じたことがないわけではないから。
 ルーチェをクビになった時とかね。堂々と何かを言ってくる奴こそいなかったけれど、あいつは捨てられたとかひそひそされたことはあるもの。

「あ、でもさ、雷が呼べるってことは雷雨の日に気に入らないやつの家に雷落としたり出来るってこと?」

「あなた、とんでもないこと言うのね……」

 呆れられました。

「でも、そういうことよね?」

「まぁ、そういうことよ。なに? 雷を落としたい相手でもいるの?」

「……今のところ、一応いない」

「一応」

 一応いないけど、落とせるなら誰にしようかなぁ。

「空を飛べるのも便利よね」

「まぁ、結構な魔力を使うから疲労度は歩くのとそう変わらないわ」

「え、そうなんだ。でも雨の日とか水たまりだらけの道を踏まずに進めるのって便利だと思う。靴も長持ちさせられそう」

「あなた本当に変なこと言うのね」

 だから変なことを言っているつもりなど微塵もないのだけども。

「でも折角魔法があるんだから、便利に使ったほうがよくない?」

「……まぁ、そうよね」

「他人がこそこそぐだぐだ言ってくること聞いて自分の生活が便利になる?」

「……ならないわ!」

 ほらね! と言っていたら、魔女は笑い出した。
 面白くて涙が出ちゃうわ、なんて呟きながら。
 隣で話を聞いていたらしい鉱馬もえへへと笑っていた。

「ねぇ、ここってお店なのよね?」

「うん。カフェ」

「じゃあ配達転送機は? 大体入口のとこあたりに置いてあるわよね? 裏口?」

 魔女はきょろきょろと視線を彷徨わせているが、残念ながらどこを探したってそんなものはない。

「ないのよ」

「ないの? じゃあどうやって食材仕入れてるの?」

「自分で買い出しに行ってる」

「はぁ?」

 魔女は余程驚いたのだろう。ぱちぱちと目を瞬かせている。

『買い出しの途中で僕にリンゴを分けてくれる』

 君が物欲しそうな顔するからな!

「そろそろ設置したほうがいいんだろうなとは思ってたんだけど、買い出しでも事足りるし余計な出費は少しでも控えたいというか」

「余計な出費って。配達転送機は必要経費でしょ」

「……やっぱり?」

 とはいえ、買い出しでなんとかなるうちは自分が頑張ればいいわけだし、その分を猫たちのごはん代だったり病院代だったりに回したいのだ。

「でも、なんで配達転送機?」

「いや……別になんでもないわ」

 なんでもない顔ではないのだが、掘り下げて聞くべきかどうか……悩みどころだな。

「……やっぱり配達転送機はあったほうがいいんじゃない?」

「え、いや、うん」

 配達転送機制作会社の回し者レベルでゴリ押しされている。

「……その、配達転送機って魔石で出来てるじゃない?」

「うん」

 配達転送機は魔石で出来ている。
 形状は呼び鈴付きのキラキラした棒状のものが主流だ。
 送る側と受け取る側の魔石から出る魔力を登録すると、メールでも送るかのように物が転送されるとても便利なものだった。
 しかし転移魔法用の魔石を使うから基本的には安くないのが現状だったりする。

「私は転送機がなくても自分の魔力で転送できるのよ。だから、その、ここの魔力が分かれば……」

 魔女に送ってもらいたい物なんてないのだが?

「か、簡単に遊びに来れるの。……その、私、が」

 ……なんだって?

「どういうこと?」

「い、いや、なんでもないわ。そうよね、迷惑よね、うん」

「いや、迷惑とかそういうんじゃなくて、物じゃなくて人体を転送させるってこと?」

「ええそうよ。私は転移魔法が使えるから、行きたいところの魔力が分かればよほどのことがない限り転移出来るの」

 すげぇな、どこでもドアみたいなもんじゃん。

「え、じゃあ転送機じゃなくても私の魔力が分かればいつでも私のところに来れるってことなんじゃないの?」

「それは無理よ。転送機だってそうでしょ、送る側と受け取る側の魔力を使うの。だからあなたの魔力が足りないと無理なの」

 なるほど、そういうことか。

『さっきあげたやつ使えばいいのに』

 そういえばさっき魔女が鉱馬の魔力は強いと言っていたけれど、額の宝石が持つ魔力は強いのだろうか?

「これは……?」

 手のひらに乗せた鉱馬の額の宝石を魔女に見せると、彼女の瞳が宝石にも負けないほどキラキラと輝いた。

「そういえば、そうだわ! この宝石の魔力なら……うん! 一日に五回転移したって余裕があるわね!」

 鉱馬の額の宝石ってそんなに魔力持ってるんだ。そりゃ高く売れるはずだわ。

「えーっと? じゃあこの宝石を玄関先とかに置いておけばいい?」

「それは不用心じゃない?」

「あ、はい」

 ついさっきまでキラキラした瞳でにこやかに話していた魔女が突然真顔になった。
 いやまぁ確かに不用心だけれども。

「アクセサリーにでも加工したらどうかしら?」

「アクセサリーねぇ。結構大きいからペンダントトップに加工してもらう……うーん、アクセサリーに加工するのと配達転送機を買うのとどっちが安いんだろう……」

 配達転送機よりも高くなったら元も子もない。

「いいわね、ペンダントトップ。私専属のデザイナーに頼むから大丈夫よ」

「専属のデザイナー……」

「国王に付けられたのよ。大きな声では言えないけれど、あの方は相当な見栄っ張りみたいね」

 魔女が声を潜めながらそう言ってくすくすと笑った。

「それじゃあ、よろしく」

「ええ、預かるわね。すぐに作ってもらうから出来上がったらまた来るわ」

「うん、ありがとう」

「あの、改めて、あなたの名前を聞いてもいい?」

「私はイリス。あなたの名前は」

「私はアイナよ!」

 私と魔女ことアイナはこうしていつの間にか、流れで友達になったのだった。

「それにしても遅いね。あの二人、何を話してるの?」

 結構な時間が経った気がするのだが、勇者は一向に出てこない。
 いつまで居座るつもりなのだろう。
 そろそろダイダイちゃんがご乱心だと思うのだけど。

「紺碧の獅子の代わりに連れて行く人のこと」

「あぁ」

 ステファンさんを引っこ抜いて行こうとしたときに私が苦し紛れに考えた強い奴集めて戦わせればいいじゃない的なあれのことか。

「結構強そうな人が集まってるみたいでね。自分一人で考えるのは難しいから紺碧の獅子にも相談したいんですって」

「紺碧の獅子はいないけどね」

「まぁ、本当はきちんと連絡をして相談しに来るつもりだったのだけど、この子が暴走して偶然ここに来ちゃったからこうして突然来ちゃった感じになった、みたいな?」

 ナチュラルに無視された。

「事前に言っててくれれば夕飯を一緒に食べながら相談会みたいなことも出来たのに」

 と、呟いたものの……たった今友達になったところだし、こうして話す前の状態だったら断ってたかもしれないな。
 なんて思ったのだが、今隣でアイナがすごくいい笑顔で「夕飯!」と言っているので、黙っておくことにしよう。

「それで、さっき結構強そうな人が集まってるみたいって言ってたけど、アイナもその人たちのこと見たの?」

 そう尋ねると、アイナの表情が夕飯の話の時とは比べ物にならないくらいどうでも良さそうなものになる。

「ちらっと見た程度よ。全部男だったし、私は誰でもいいわ」

 本当に、心の底からどうでも良さそうな声だった。

「男なら誰でもいいの?」

「ええ。まぁ私にはそんなに関係ないもの」

 いやいやあるでしょ。勇者のお供ってことはあんたとも一緒に行動するでしょ。

「関係ないことないでしょ。一緒に行動することになるわけだし」

「うーん、まぁ、そうだけど」

「変な男だったらアイナの身が危ないでしょ」

「私の身?」

「変なことされたらどうするの!?」

 大丈夫!? 危機感って言葉知ってる!?

「変なことされそうになったら雷を落とせばいい」

 そういやこの子、強い魔女だった!

「……そういう問題じゃなくない?」

 アイナがあまりにも堂々と言ってのけるから一度は納得しかけてしまった私だったが、そういう問題じゃないだろう。

「まぁ、そういう問題ではないかもしれないけど、私にとっては女であることのほうが問題なの! だから、女じゃないなら誰でもいいの!」

「え、なんで女じゃダメなの?」

「だ、だって、彼をとられてしまうかもしれないもの」

 ……ほぉん。なるほどねぇ。
 いやまさかここにも恋愛中心で物を考えるやつがいたとは!

「そんなことより自分の身を心配しなさいよぉ!」

「自分の身が心配だからこそよ!」

 どういうことなんだよぉ!

 そろそろダイダイちゃんがご乱心だから店内に戻りたいという気持ちが徐々に強くなり始めていたのだが、その気持ちが一瞬だけ止まった。

「私、将来あの人と結婚しなきゃならないんだもん」

 そんなアイナの悲し気な呟きのせいで。


 ◆◆◆◆◆


 一方そのころ店内では。

「ステファンさんは」

「にゃーーーーーーーん」

「あの、どの」

「んにゃあーーーーーん」

「えーっと……」

「……話が進まなくて申し訳ない」

「いえ」

「にゃーーー」

「……あの子は、大丈夫なんでしょうか?」

「ダイダイ様はイリスさんがいないとああやってご乱心あそばされるんだ」

「ご、ご乱心……」

 話が長くなっているわけではなく、話が進んでいないだけだった。

「にゃあああああああん」




 
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