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腹を抱えて笑った私たち
しおりを挟む閉店後の店内が、なんというか……渋滞している。
閉店作業を終えたあたりで、まずアランがやってきた。
アランが来るのはいつものことなので特に違和感もない。
彼はいつものようにサリー親子とまったりタイムを楽しんでいた。
『アランさーん』
「はぁぁぁー……」
サリーの可愛い声とほぼ同じタイミングでアランの残念な溜息が聞こえてくる。
よくわかんないけどルーチェのほうがとても大変なことになっているらしい。
その話は夕飯を食べながら聞くつもりでいた。
だがしかし、招かれざる客のせいでその予定はいとも簡単に崩されてしまう。
「ちょっといいかな?」
そう言いながらやってきたのは月白だった。
声に張りがないと思ったら、なんだか最初に見た時よりも幾分やつれているようにも見える。
どこか疲れた様子で、目の下には見事な隈もある。可哀想に。
「閉店しましたので」
可哀想だからと言って閉店後の店に入れるつもりはないけどな。もちろん。
「えぇ……」
えぇ、ってなんだよ。
逆になんで入れてもらえると思ったんだよ。
そもそも開店中でも入れたかどうかわかんないのに。
だって、サリー親子以外の猫たちが月白の気配を察知した瞬間キャットタワーに向かっていったから。
猫が嫌がる人間を店内に入れるわけにはいかない。
「紺碧と少し話がしたいんだけど」
「会いたくないそうです」
「せめて確認してもらえる?」
確認の必要性を感じない。
というかそもそも今ステファンさんは店内にいない。
なぜならヴェロニカさんのところにいるから。
ヴェロニカさんのところにいらない箱があるので猫が好きそうなのを選別してほしいと駆り出されていったのだ。
「どうしても話したいことがあるんだよ。だから勝手に入らせてもらう」
「ちょっと!」
月白が強行突破に出た。
全力で止めようと試みたのだが、妙な魔法を使われたせいで止めることが出来なかった。
「おい紺碧……あれ」
「……今ステファンさん居ないんですけど」
仕方なく私がそう言うと、月白はしばし動きを止めた後、ふらふらとテーブル席に近付き、力なく手近にあった椅子に腰を下ろした。
「戻ってくるまで待つ」
自分勝手な奴だな。
ちらりとアランのほうを見ると、彼は唇だけを動かして「追い出しますか?」と言う。
しかし私はゆるりと首を横に振った。
ここまで入り込まれたのなら仕方がない。さっさと話を済ませて帰ってもらおう。
だって話が出来なかったからと言ってまた来られたほうが迷惑だから。
と、思っていたところに新たな客がやってきた。
「イリスー! 遊びにきちゃったー!」
転移魔法でやってきたアイナだ。
手には大きな紙袋を抱えている。
「あ、あなたも居たのね! ねぇ前に相談したやつ、本当に買ってきたの! これで良かったのよね!」
アイナはアランを見るなりそう言って紙袋を彼の目の前でガバっと開いて見せている。
「ああ、いいと思う」
「良かった! イリス、これ猫ちゃんたちにプレゼント……あれ? 今日はこの三匹しかいないの?」
そんなアイナの言葉を聞いて、私はキャットタワーを指さした。
「え? 皆なんでそんなところにいるの? 私がうるさかったからかしら!?」
違う違う、と今度はテーブル席のほうを指さす。
「あの人が嫌われているからよ」
アイナはここで初めて月白がそこにいることに気が付いたようだ。
「あら、あなた……あー? ……あぁ、三人の英雄の中の一人」
雑な記憶の仕方だな。
「どうも」
月白が会釈をしているが、アイナは興味を示すことなくキャットタワーへと視線を戻す。
「私が嫌われているわけじゃないのね。私皆と仲良くなりたくておもちゃを持ってきたの。あの人が紙袋がいいって言うから紙袋も一緒に」
なんて言いながら、アイナがキャットタワーに近付いていく。
アイナが言う「あの人」とはアランのことらしい。
「本当に? 本当に紙袋なんかでいいの?」
紙袋のガサガサという音に、アオとアイが反応している。
しかし遊びたいけど嫌いな人の動向が気になる、そんな素振りを見せていた。
皆が可哀想だからさっさと帰ってくれないかなあの人。と、思いながら、私はアイナに近付いた。
「紙袋は床に置くと遊んでくれるんだけど今はちょっと難しいかも。そっちの猫じゃらしなら遊んでくれると思う」
「これ?」
私が提案したのは、紙袋の中に入っていたシンプルな猫じゃらしだ。
それならキャットタワーの上でも遊んでくれるだろう。
アイもアオも遊びたい盛りだから。
「猫たちの前でちょこちょこ動かしたらかわいいよ」
「こう?」
アイナが猫じゃらしを動かせば、アイやアオが目を真ん丸にさせてその動きを追う。かわいい。
「かわいい!」
「かわいい」
猫もアイナもかわいい。
どんよりと沈んだテーブル席の男、月白。
猫に癒されつつも疲れた様子の男、アラン。
それを気に留めることもなく猫と遊ぶ女、アイナ。
その空気をどうしたもんかと思っている女、私。
そこに、ステファンさんがヴェロニカさんと共に箱を抱えて戻ってきた。
現状が良く分かっていない男、ステファン。
箱を抱えてうきうきの女、ヴェロニカ。
……大渋滞である。
月白を見たステファンさんはとても迷惑そうな顔で「何をしにきたんだ」と零している。
そして箱を抱えてうきうきのヴェロニカさんは、月白をじっと見て言うのだ。
「やつれました?」
と。
やっぱり私以外の人が見てもやつれたように見えるんだな。
聞かれた月白のほうは「ははは」と渇いた笑いを零すだけだった。
さて、こうなったら何を優先すべきなのだろう?
とりあえず一番に帰ってほしいのは月白だ。
アイナもヴェロニカさんも折角猫用のおもちゃを持ってきてくれたというのに、あいつが居たら遊んでくれない。
そしてアイナとヴェロニカさんは分からないけれど、私とステファンさんとアランはいつも通りならば今から夕飯の時間なのでお腹が空いている。
しかし夕飯を優先すれば……月白にも与えなければならなくなる。
……うーん。よし。
「その人、ステファンさんに話があるって」
私はステファンさんに声をかけた。
「俺は話すことなんかないけどな」
ステファンさんは不服そうに言う。
するとそれを聞いた月白が立ち上がる。
「俺はあるんだよ。その……助けて、くれ」
「は?」
あ、しまった。
ステファンさんよりも先に私が「は?」と言ってしまった。
だってステファンさんに失礼なことばかりしてたくせに、今になって助けを求めに来るってどういうこと?
「なんだろう、面白そう」
ヴェロニカさんが呟いた。
この状況を面白がっちゃうヴェロニカさん、強いな。
「確かに面白そう」
ヴェロニカさんに続いたのはアイナだった。
二人は顔を合わせ、うんうんと頷き合う。どうやら今のこの一瞬で意気投合したらしい。
「私たちも聞かせていただいてよろしいかしら?」
アイナが月白に声をかける。
月白は少し苦い顔をしたけれど、それで話を聞いてもらえるのならと渋々了承した。
「じゃあ座りましょ!」
ヴェロニカさんが私とアイナの背を押して、テーブル席へ向かうように促す。
「あ、じゃあ私はお茶を用意しますね」
お茶くらいなら月白に提供してやってもいいだろう。仕方ないけれど。
あと私たちの夕飯は後回しでもいいけど猫たちのごはんは後回しになんかできない。
猫たちのごはんの準備のついでにお茶を用意するのだ。
いつものルーティーンで猫のごはんを用意し、全員分のお茶を用意する。アランは猛烈に疲れているようだったので甘めのカフェオレにしておいてやろう。
「皆ごはーん」
そう呼ぶと、キャットタワーに避難していた猫たちが集まってくる。
月白が居る状態だけど、ごはんは食べてくれるようだ。良かった良かった。
全員分のお茶を用意して、私が席に着くと、月白がぽつぽつと話を始めた。
月白は悲壮感を漂わせた顔で現状を教えてくれる。
それを聞いたステファンさんとアランはほぼ無表情だった。
しかし私たち女性陣はというと、必死で笑いを堪えている。面白くて仕方がなかった。
「まさかこんなことになるなんて……」
頭を抱えながら、月白が言う。
彼が言う話を要約すると、王宮は現在とんでもないことになっているらしい。
まぁ、王宮は、というか姫たちがとんでもないことになっていると言ったほうが正しいかもしれない。
元々月白と紅緋に姫たちが群がっていた状態だったのだが、最近は奪い合いが熾烈になってきている……らしい。
彼らを手中に収めるために言い争いが絶えず、侍女だの女官だのを利用し水面下で争い、薬を盛られそうになったりだとか監禁されそうになったりだとか……それはもう危険なのだとか。
「自業自得よね」
と、アイナが小さな小さな声で呟いた。
私もそう思う。
「で? なんで俺に助けを求めてるんだ? 俺が助けられるわけないだろう」
確かに。
今からステファンさんが王宮に行って姫たちをビビらせろとでも言うつもりなのだろうか?
「……なぁ、西の洞窟の魔女の話を知っているか?」
西の洞窟の魔女といえば、この国の最西端に大きな洞窟があって、そこには凶悪な魔女が住んでいるという有名な話だ。
その凶悪な魔女はあらゆる凶暴な生物を飼いならしており、洞窟に近付くものを皆殺しにしてしまう……みたいな話だったっけ。
ちらりとアイナのほうを見ると、あからさまに視線を逸らされた。怪しい。何か知っているのだろうか? 同じ魔女だし?
ステファンさんやアランは「聞いたことあるような気がする」程度のようだ。
ヴェロニカさんはそんなことより姫たちの狂乱の話が面白くて仕方がないみたいな顔をしている。
私もそう思う。
「一人の姫が、西の洞窟の魔女が飼っているオオトカゲを借りようとしているらしい」
「へぇ」
そのオオトカゲとやらは、全身が分厚く丈夫な鱗に覆われていて魔法も効かないらしい。
唯一の弱点は首元にある鱗のない部分。そこを剣で一突きすれば倒せる、らしい。
「なるほど俺にそのオオトカゲを倒せと」
「ああ」
「ってことは、俺に姫の護衛をしろと言っているわけだな?」
「……そういうことになる」
「お断りだ」
そらそうだ。
「自業自得よね」
アイナがもう一度言った。笑いながら。楽しそうだな。
「頼む。金なら払う」
「お断りだ。俺も仕事があるからな」
そらそうだ。
「オオトカゲに姫が殺されたら大問題なんだぞ!」
「とはいえ俺は姫にクビにされたからな。お前と紅緋でなんとかすればいい」
ごもっともである。
なんでステファンさんを頼ろうと思ったんだろう?
あ、ステファンさんが強いからか。
「ステファンさんのことクビにしちゃうからですよね」
私がそう零すと、アランが大きく頷いた。
そして笑顔のヴェロニカさんが言うのだ。
「正直、ざまぁみろって感じね! 楽しみだわ、王宮内をオオトカゲが闊歩するの」
と。
そしてアイナと視線を合わせて大笑いしている。
二人とも楽しそうだな。
「お、お前ら……!」
我慢出来なくなったらしいステファンさんも笑い出した。
「まぁ、もしもオオトカゲが襲ってきたらお前が囮になって追われてここまで逃げてくればいい。そうすれば俺が倒してやるよ」
はっ! とステファンさんが悪い顔で笑った。
ちょっとキュンとした。
仕方なさげに帰っていった月白の背中が見えなくなったところで、アイナが堰を切ったように笑い始めた。
「来ないわよオオトカゲなんて」
そう言いながら。
「なんで?」
「だって私、オオトカゲなんて飼ってないもの」
「……なんて?」
「西の洞窟の魔女の噂ね、あれ私なのよ」
「え?」
「昔あの洞窟で魔法の実験をやっててね。オオトカゲは私が魔法で作り出したただの影。それを見たあの辺の村人があの噂を作り上げたのよ。だから今あの洞窟に魔女なんていないしオオトカゲなんているはずがないの」
その後、私たちは皆で腹を抱えて笑い合ったのだった。
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