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第1章 卵が暴れるソーサレス

「大丈夫よ!? なんなら遺跡ごと吹き飛ばして見せましょうか!?」

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 街道沿いを西に進むこと二時間半。
 グローリーたちはグレー遺跡がある岩山。それを囲む森に到着していた。
 やや遅れてしまったのは、長時間の徒歩に慣れていないアレクシアのために休憩を入れたからである。

「ちょっと時間食っちまったけど、アレクシアがいればすぐ終わるよな?」
「え? も、もちろんよ!」
 唐突なディゴの問いかけに対し、アレクシアは慌てて胸を張って見せたが――胸中では冷や汗を浮かべていた。
 一般人が見たら腰を抜かすであろう魔法戦をヨランダ相手に散々、繰り広げてきた魔法使いの卵ではあるが、命を懸けた戦い――実戦の経験はない。
 アレクシアが苦しげに胸元を抑えるのを見たグローリーが、優しく言う。

「あんたは学生なんだからさ、無理せずに支援してくれれば良いのさ」
「大丈夫よ!? なんなら遺跡ごと吹き飛ばして見せましょうか!?」
『それは駄目だ』
 だがアレクシアは声を上ずらせて反論し、ディゴとジェイコブは息の合った突っ込みなど入れた。
 それから戦士たちは武器――ディゴは厚めの剣を、ジェイコブは鎖の付いた戦斧である――を抜き、グローリーに向き直る。

「準備はできてますぜ」
「遺跡を爆砕するよりは楽な仕事さ。ディゴとジェイコブが前衛、後衛はあたしとアレクシア。気合い入れな!」
『へい!』
「わ、わかったわ!」
 冒険者たちは討伐任務を開始した。


 森を一直線に抜けると、件の岩山が姿を現した。
 遺跡がある中腹まではなだらかな斜面を岩肌に沿って進むことになるらしい。斜面と言っても砂利と土が混じった幅広の坂道なので、アレクシアでも歩くのに不都合は無さそうである。
 と――

「ちょっと待ちな」
 その坂道の手前でグローリーが片膝をついた。そのまま地面に顔を近づけると、なにかを探すように、じっと見つめる。

「妙だね」
「そ……なんでもないわ」
 その格好が――などと口を滑らせそうになったアレクシアは慌てて口をつぐむと、別の言葉を探し始めた。シンプルで、最も当たり障りのないものを選択する。

「何が?」
「獣人どもの足跡が見あたらないのさ。砂利どころか土にもないってのは異常だね」
「そうなの?」
「もちろんだぜ」
 観察を続けるグローリーに代わってディゴが答えた。周囲を警戒しているジェイコブの死角を警戒しながら続ける。

「こんな岩山には水も食い物もないはずだ。光合成ができるわけでもないのによ」
「荷馬車を襲ったんだから、食べ物とか水もあったんじゃない?」
「だからって岩山から出てこない理由にはならないよ。遺跡にこもって研究する連中じゃないからね」
 グローリーは立ち上がるとナイフを抜き、刃のように鋭い視線を岩山の頂きへと向ける――

「嫌な予感がするよ」
 彼女の言葉を象徴するように、頂きにはいつの間にか分厚い曇がかかっていた。


 一行はディゴとジェイコブを先頭に、斜面を慎重に進んで行く。
 法が整備された町にはない緊張感が心拍数を上げさせるのか、アレクシアは落ち着かない様子で周囲を見回していた。
 と――

「ねえ、あれ見てよ」
 少女は唐突に足を止めると、少し離れたところを指さした。
 グローリたちが見やれば、そこには階段がある。長い年月によって風化し、崩れかけているので”らしきもの”といった方が正確だろう。
 その周囲には、他にも折れた柱や何かの像――過去の遺物がそこかしこに顔を覗かせていた。

「今は遺跡って呼ばれてても、何百年も前は誰かっていうか……何かが使ってた施設だからね。ま、ここを使ってた連中には足が生えてたってことさね。何本足かは分からないけどさ」
 グローリーはアレクシアの緊張を解すべく、気楽な声で言ってからおどけてみせたが――そんな気遣いには気付かず、女学生は興味深そうな顔で眼鏡の位置を直す。

「そんな昔のものが今も残ってるって、よく考えると凄いわよね」
「遺跡に興味があんのか? 学生さんらしいぜ」
「遺跡は金をくれねえってのにな」
 ディゴとジェイコブが顔を見合わせて苦笑いを浮かべた瞬間――

「上から来るよ!」
『へい!』
 グローリーが叫ぶ。
 それと同時、彼女の言葉通りに頭上から何かが飛びかかってきた。素早く反応したジェイコブは、鎖を左手に握ったまま戦斧を投げつけ――その何かに直撃させる。

 ぐしゃっ!

「な、何よこいつ!?」
「聞かれても詳しくは分からないよ!」
 岩肌に叩きつけられ、どす黒い体液を撒き散らしたそれを一言で表すのであれば、腐った死体である。
 冒険者の遺体なのだろう――ぼろぼろの鎧を纏っており、突き刺さった斧を気にした様子もなく、ゆっくりと岩肌を滑り降りると、錆だらけの武器を構えた。

「近づくのは止めときな! ジェイコブ!」
「へい!」
 斬りかかろうとしたディゴは静止の声で踏みとどまり、ジェイコブは斧を引き戻す。
 そして――

「腐ったてめえは契約外だぜ!」
 ジェイコブは頭上で鎖鎌のように戦斧を振り回すと、その勢いを利用した強烈な一撃を腐った死体に見舞う。

 ぐちゃっ!

 果物が割れるような音と共に、腐った死体はばらばらになった。その一部がアレクシアの足下に転がる――

「うっ!」
 教科書には載っていなかった光景を直視したアレクシアは、口元を押さえると片膝を突いてしまった。

「大丈夫かい!?」
「ええ……」
 グローリーは、地面に転がったグロテスクなものをアレクシアから遠ざけるように蹴り飛ばすと、額に大粒の冷や汗を浮かべるアレクシアを抱き起こしたが――

「ねえさん、まだくるみたいですぜ!」
「ちょいと手が足りねえっす!」
 ディゴとジェイコブは三体の腐った死体と対峙していた。彼らにおぞましい怪物が襲いかかる。

『アギャアアア!』
「三ていう数が嫌いになりそうだぜ!」
 ディゴは最初に飛びかかってきた死体を剣で突くと、二匹目を豪快な膝蹴りで転倒させた。三匹目を戦斧で叩きのめしたジェイコブが叫ぶ。

「お嬢ちゃんを下げた方がいいですぜ! これ以上増えたら面倒見切れねえっす! 昼飯を吐いちまったらもったいねぇってもんすよ!」
「……あんたはここで待ってな! 動くんじゃないよ!」
 グローリーは、アレクシアを地面に座らせると仲間の支援に向かったが――残されたアレクシアは大きく息を吸うとゆらりと立ち上がり、左右の手に魔法力を灯す。

「――お荷物扱いなんて冗談じゃないわ」
 破壊魔法の使い手は犬歯を剥き出しにすると、攻撃対象を睨みつけた。
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