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第2章 雛を育てるソーサレス

「確か……盗難防止のために窓が開かないんですわよね?」

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 とにもかくにも、大魔法院の施設名には”大”という文字がつく。それは図書館も例外ではない。
 実際の規模によるものなのか、単なる印象の問題なのか、または大魔法院たる意地なのか――それは初代理事長のみが知ることであり、アレクシアには判断がつきかねた。
 だが少なくとも、蔵書の貧しさを名称で補おうとしたのではない――アレクシアはそんなことを胸中で呟きながら大図書館の分厚い扉を開くと、充満していた本の匂いに辟易しながら、叡智の寝所に立ち入った。
 館内に満ちた匂いは有毒という訳ではないが、長期休暇である現在は休館になっている――つまり、ここ一週間ほど完全に密閉されていた空気は淀んでいた。
 そして――

『暑い』
 アレクシアとヨランダは声を揃えて呟くと、それから顔を見合わせた。
 本来であれば怒鳴り合いからの魔法戦が始まるところだったが、この暑さでその気も失せてしまったらしく、二人は魔法を編む代わりに互いに顔を背けた。
 魔法戦の巻き添えを免れた本の数々を見回しながら、ヨランダがため息をつく。

「確か……盗難防止のために窓が開かないんですわよね?」
 彼女は額をはんかちで拭ったが、すぐに汗が滲んだ。
 植物であれば高温を好む種もあるのだろうが、淑女の蕾とはいえヨランダに根っこは生えていない。
 同じく根っこを生やしていないアレクシアも汗を拭った。広い館内を見回しながら答える。

「湿気を防ぐためにも開かないはずよ。風穴でも開けようって話ならのってもいいけど」
 ちなみに大図書館は吹き抜け構造の二階建てである。
 分厚い扉を開けてすぐ正面には閲覧用の机がぎっしりと並べられており、その奥には貸出の受付と司書室がある。
 二階へ上がる階段は、受付の左右にそれぞれ設置されているが、鍛錬を強要しているのではないかというほどに急である。

「ここ自体は嫌いじゃないんだけど……設計思想を疑うわ」
 そしてアレクシアは、ヴィオラから渡された杖を閲覧用の机に置くと天井を見上げた。
 天井は採光のために大部分がガラス張りであり、強い日差しも手伝って、その役目をうんざりする程に果たしてくれている。
 と――

「まったく、ヴィオラさんも面倒なことをさせてくれるものですわ」
 今回の掃除の発案者であるはずのヨランダが、嘆くような声を漏らした。

「あんた、やる気満々だったでしょ?」
「いいえ」
 アレクシアが眉をひそめて聞くと、ヨランダはゆっくりと頭を左右に振る。暑さのせいか、アレクシアはその仕草にすら苛々を募らせているようだった。
 破壊魔法の照準が合わせられつつあることになど気づかず、ヨランダは続ける。

「あなたをこき使えると思ったから、清掃なんかを企画したのですわ。わたくし自身が汗を流すことになると知っていたら、屋敷で寛いでいました」
「あんたねぇ……」
 食ってかかろうとしたアレクシアだったが――彼女は思い留まると大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「……さっさと片づけましょう」
「では、わたくしが一階を担当して差し上げますので、上をお願いしますわ」
「こういう時は二階から掃除するのよ。でなきゃ埃が落ちてくるでしょ」
「そうなんですの? こういった雑事は使用人に任せきりなもので」
「とことん縁がないなら、掃除なんか企画するんじゃないわよ」
 アレクシアは、かったるそうに体を解しているヨランダを放って司書室に入ったが、当然ながら無人である。

「この規模の施設が無人ってやっぱり無用心……え!?」
 だが掃除用具入れから箒とちりとりを取り出し、部屋から出ようとした時、司書室脇の壁のあたりに誰かが見えた――ような気がして立ち止まった。

(見間違い……にしては妙にはっきりと見えたような……)
 長い金髪を後ろで縛った、長身ですらりとした女性。
 掃除の人手が増えるのなら大歓迎だろうが、それが不審者では困る。
 アレクシアは、人員について確認しようとヨランダの方に向かったが――

「……わたしをおちょくるためだけに企画したってのは良く分かったわ」
「ふあ」
 ヨランダは閲覧用の机に肘を突き、ぼーっとしていた。眠たそうな瞳は焦点も定まらず、宙を見つめている。

「あんた、寿命を迎えるお歳なの?」
「再来月の中頃にはわたくし、この学園にはいないんですのよ? そう思うと試験期間中にしか利用しなかったこの施設にだって、感慨のひとつやふたつ覚えるものですわ」
「そりゃあ……」
 人付き合いが極端に少なく、試験期間も部屋と教室の往復だったアレクシアは、言葉を濁すと周囲を見回した。
 最初に目に入ったのは、気が遠くなるような数の本――先人たちが書き記した無限とも呼べる知識である。
 読書が学生の本分ではないのだから当然ではあるが、読んでいないものの方が圧倒的に多い。これらはアレクシアたちが入学するずっと前から、大図書館にあるのだろう。
 そして――

「わたしたちが卒業しても、ずっとここにあるんでしょうね」
「ええ。来期の新入生がここを卒業する時も、彼らは同じことを思うのでしょう」
 そんなことを言い終えるとヨランダは立ち上がり、アレクシアから箒とちりとりを受け取った。アレクシアに涼しげな視線など送ると、満面の笑みを浮かべる。

「アレクシアさんはあと一年間、大魔法院に残るんでしょうから、本と語り合う時間はまだまだありますわね。なんてうらやましい!」
 そして高笑いと共に、二階の階段へと走っていった。

「残らないわよ!?」
 アレクシアは全力で否定の叫び声をあげると、ヨランダの後を追おうとしたが、奇妙な感覚に引っ張られるように足を止めた。

 ぶいぃん!

「え?」
 背後――アレクシアたちが入ってきた扉の方から、空気が振動するような音が響いた。アレクシアが思わずそちらを振り向くと、それを待っていたかのように扉は黒い輝きを放つ――

「扉が封印された!? これって……!」
 先ほどの音は、扉に死滅魔法がかけられた音だったらしい。アレクシアは、二階へと続く階段に向かって全力で駆け出した。

『さぼるためにちょっと扉を封印しただけですのに、そんなにお慌てになるだなんて、もっと派手な魔法にすれば天井まで飛び上がったのでしょうね!』 
 そんなことを叫ぶヨランダの姿を期待して――だが二階にヨランダはいなかった。

「ヨランダ! ねえ、どこなの!? 返事してよ!」
 箒を片手に通路を小走りで進みながら探すが、突き当りの壁まで来てもヨランダは見つからない。

(逆の方向に行ったのかも……!)
 その可能性にかけたアレクシアが、踵を返した瞬間――

「なにを騒いでいるんですの?」
「きゃあっ!?」
 アレクシアは、いきなり現れたヨランダの姿に思わず尻餅をついてしまった。左右の太ももの間に鋭い視線など向けたヨランダは、残念そうに呟く。

「何の変哲もない下着ですのね。もっと刺々しいものを想像していましたのに、期待外れですわ」
「何から守るために刺々しいのよ!?」
 アレクシアはよくわからない反論を繰り出すと立ち上がり、封印された扉のことを問いただそうとしたが、ヨランダの手に握られている本に目を留めた。
 タイトルは――

『これであなたもゴーレムマスター♪』
「なにこのお馬鹿なタイトル? ここって国一番の魔法使い育成機関じゃなかったのかしら」
「でもゴーレムの作り方ですとか、興味深い話が載ってますのよ。あら……遺跡から発掘されたゴーレムの一覧ですって。古代の叡智につい興味をそそられて掃除を失念してしまうなんて、とても淑女だと思いません?」
「遺跡のゴーレム……」
 ヨランダが意味不明な自画自賛などした時、アレクシアの脳裏には嫌な記憶が浮かび上がった。彼女の顔色には気づかず、ヨランダは本をめくり続けている。
 と―― 

「頁がこれでもかと折り曲げられてますわ。大魔法院にもマナーのなっていない方がいらっしゃいますのね」
 ヨランダが不満そうな声を発した。
 脇からアレクシアが覗き込むと、ある頁が半分に折られている。興味を引かれたらしいヨランダは、頁を開いて読み上げた。 

「『遺跡から出土するゴーレムの中には、復元能力や、疑似的な人格を有するものも見つかっているんだよ。ゴーレムは道具ではなく、血の通わない友達でもあるんだね。でも人間の友達をなくしてしまうので、無機物を大っぴらに友達と呼ぶのは止めよう』 お年を召した方が若者向けを意識して大失敗した感じですわね……」
「ちょっと見せて」
 読んだことを後悔したのか、ヨランダが嘆息しながら本を閉じると、アレクシアは半ば奪うように本を受け取った。
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