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子供の行方(全17話)
17.後始末
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「そろそろじゃな」
何がそろそろなのだろうか。
八丁堀までの道のりは、まだ半ば。
薮田仁斎は正面の水路ではなく、やや上を見ながら櫓を漕ぐ。
ある橋に差し掛かると、櫓を漕ぐ手を止め、惰性に任せて進む。
すると、ふわりと上から何かが落ちてきた。
「お待たせしました。日向ちゃん到着です」
「お帰り。その様子だと無事に手に入れられたようね」
「はい! ばっちりです」
「じゃあ、こっちも仕上げと行きますか」
鶴松を乗せた舟が八丁堀に近づくと、目立たぬようにと被せていた菰を外し、鶴松に猿轡を咥えさせ、しっかりと縛る。
熟練の忍びの者でさえ抜け出せない忍び殺しだ。
商家の番頭ではどう足掻いたところで抜けだせないだろう。
なのだが、日向の縛り方には容赦がない。
多少緩くとも素人には抜け出せないのに、過剰なほどに固く結ぶ。
それはもう執拗に。
そうこうするうちに八丁堀の側の岸に船をつけられた。
日向は舟を飛び降り、周囲の様子を探りに行った。
夜中は町木戸が閉まり外出が制限される。
そんな時刻に出歩く人間が、町奉行所の前を通る訳もなく、閑散としている。
幸いな事に、事件も起きていないようで奉行所の中も静まり返っていた。
船着場に戻ると、目で合図を送り、揺れないよう舟の縁を抑えた。
力のある仁斎と日葵で鶴松を舟から引き上げ、船着き場の踊り場にドスンと置く。
そこから日葵と日向のサポートを受け、仁斎が鶴松を肩に担ぐ。
齢六十に近い仁斎の足取りはしっかりしており、一歩一歩、着実に石段を上がっていく。
道に上がり切ってしまえば、さらに歩みは軽くなる。
音を立てずに小走りで、奉行所へと向かう。そして奉行所の表門に着くと、背をもたれかかせて座らせた。
そこへ駆け寄ってきた日向が、鶴松の懐に手控帖と訴状を差し込む。
そして最後の仕上げとばかりに奉行所の門を力いっぱい叩いた。
ドンドン! ドンドンドン!
静まり返る八丁堀にけたたましい音が響く。
それを合図に散開した三人の忍び。
日向は奉行所が見通せる暗がりに潜み、仁斎と日葵は舟へと戻り、いずこかに消えていった。
奉行所は蜂の巣を突いたような騒ぎとなり、当番の者が何事かと潜り戸を開ける。
そこには縛られた男がいるのみ。
懐には、月明かりでもやけに目立つ白い書状と書物が一つ。
応援に呼ばれた小物たち数人がかりで奉行所に引き入れられる鶴松。
まもなく、奉行所に煌々と明かりが灯り、五、六人の小物が奉行所から飛び出していった。
おそらく、非番の同心を呼びに行ったのだろう。
おっとり刀で順次駆けつける同心たち。
半刻も経たないうちに、奉行所の門が開かれ、捕り物衣装に身を包んだ同心たちが出動していった。
それを見送った日向は、音も無くその間を離れていくのであった。
※
「――という感じかな。あの晩の出来事は。聞いた話では、鶴松は人身売買と誘拐幇助の罪で重追放、店主の金衛門も同罪で重追放だろうって」
(重追放とは、家屋敷を没収し、犯罪地・住国・江戸10里四方に住むことを禁じた刑罰です)
日向はあの日の顛末を哲太に話していた。
「びっくりしたぜ。さあ寝るかと床下に潜ろうとしたら、後ろに黒尽くめの男が立っててよう、哲太と言うのはお主か? なんて聞くんだもの」
「あはは、手が足りなくてね。手伝ってもらったんだよ」
「その後も驚いたのなんの。連れてかれた舟におみよがぐったり倒れこんでるものだから、何事かと思ったぜ」
「気が抜けて寝ちゃったらしいですね」
「ああ、連れてきた男の人も困ってたみたいだ」
「哲太、格好良かったらしいじゃないですか。おみよに何をした! って掴みかかったんですって?」
「あれは気が動転しただけだ。それに掴みかかったはずなのに、その腕を掴まれたらグルりと視界が回って元の位置に立ってた。手妻(手品)みたいに投げ飛ばされたんだよな、俺」
「御庭番衆は体術も一流ですから。仁斎様はもうご隠居様ですけどね」
「おそろしいな、御庭番衆ってやつは。お前の妄想話かと思ってたぜ」
「ちょっと! ――まあ良かったですね。無事におみよちゃんも帰って来れましたし」
「ああ、でも人と話すのが怖いみてえだ。今は仲間の女が側について見守ってくれている。少し時間はかかるかもしれねえが、きっと前のように明るいおみよに戻るだろうさ……しかし、店主も鶴松も捕まったのはいいが、おみよの事もバレたりしねえか? 手控帖も奉行所に渡しちまったんだろ?」
「それなら墨で消しておきましたから大丈夫です!」
「……なら大丈夫か。色々世話になったな。まさか本当に忍び込むとは思わなかったぜ。詫びに忍者のことは黙っててやるからな。俺も男だ。生涯をかけて誓うぜ」
生意気な決め顔で誓う哲太。
「そんな事どうでも良いですよ! 忍者の事は話しても良いですから、詫びならお団子奢ってください!」
「浮浪児に団子を強請るんじゃねえよ!……それにしても、忍者って公表して良いやつだっけ?」
『子供の行方』 了
◆◆◆お礼とお願い◆◆◆
くノ一ちゃんは忍ぶれど ~華のお江戸で花より団子~
第二話『子供の行方』をお読み頂き、ありがとうございました。
今回は忍び働きもしっかり書きました。
御庭番衆のくノ一の面目躍如といったところでしょうか。
第一話の『風邪と豆腐』と違い、少し固い話になってしまいましたがいかがでしたでしょうか。
今回登場した新たなキャラである哲太。
ちょっと生意気だけど仲間を思う気持ちの強い男の子。
次のお話にも出てくる大切なツッコミ役です。
次回は幕間を二つ挟んで『不動の荷車』というお話です。
江戸時代の荷車は大八車と呼ばれる、車輪も木で造られた荷車が中心となるお話。
今回のお話のように、隠居の薮田仁斎や日向・日葵コンビという厳密には御庭番衆ではない人物だけでなく、現役の御庭番衆も登場する予定です。
次回もお楽しみに!
もし、日向などのキャラが好き!
こんな甘味話が欲しい! 続きが気になる!
裏耕記いいぞ! 応援してるぞ!
と、思っていただけましたら、
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
何がそろそろなのだろうか。
八丁堀までの道のりは、まだ半ば。
薮田仁斎は正面の水路ではなく、やや上を見ながら櫓を漕ぐ。
ある橋に差し掛かると、櫓を漕ぐ手を止め、惰性に任せて進む。
すると、ふわりと上から何かが落ちてきた。
「お待たせしました。日向ちゃん到着です」
「お帰り。その様子だと無事に手に入れられたようね」
「はい! ばっちりです」
「じゃあ、こっちも仕上げと行きますか」
鶴松を乗せた舟が八丁堀に近づくと、目立たぬようにと被せていた菰を外し、鶴松に猿轡を咥えさせ、しっかりと縛る。
熟練の忍びの者でさえ抜け出せない忍び殺しだ。
商家の番頭ではどう足掻いたところで抜けだせないだろう。
なのだが、日向の縛り方には容赦がない。
多少緩くとも素人には抜け出せないのに、過剰なほどに固く結ぶ。
それはもう執拗に。
そうこうするうちに八丁堀の側の岸に船をつけられた。
日向は舟を飛び降り、周囲の様子を探りに行った。
夜中は町木戸が閉まり外出が制限される。
そんな時刻に出歩く人間が、町奉行所の前を通る訳もなく、閑散としている。
幸いな事に、事件も起きていないようで奉行所の中も静まり返っていた。
船着場に戻ると、目で合図を送り、揺れないよう舟の縁を抑えた。
力のある仁斎と日葵で鶴松を舟から引き上げ、船着き場の踊り場にドスンと置く。
そこから日葵と日向のサポートを受け、仁斎が鶴松を肩に担ぐ。
齢六十に近い仁斎の足取りはしっかりしており、一歩一歩、着実に石段を上がっていく。
道に上がり切ってしまえば、さらに歩みは軽くなる。
音を立てずに小走りで、奉行所へと向かう。そして奉行所の表門に着くと、背をもたれかかせて座らせた。
そこへ駆け寄ってきた日向が、鶴松の懐に手控帖と訴状を差し込む。
そして最後の仕上げとばかりに奉行所の門を力いっぱい叩いた。
ドンドン! ドンドンドン!
静まり返る八丁堀にけたたましい音が響く。
それを合図に散開した三人の忍び。
日向は奉行所が見通せる暗がりに潜み、仁斎と日葵は舟へと戻り、いずこかに消えていった。
奉行所は蜂の巣を突いたような騒ぎとなり、当番の者が何事かと潜り戸を開ける。
そこには縛られた男がいるのみ。
懐には、月明かりでもやけに目立つ白い書状と書物が一つ。
応援に呼ばれた小物たち数人がかりで奉行所に引き入れられる鶴松。
まもなく、奉行所に煌々と明かりが灯り、五、六人の小物が奉行所から飛び出していった。
おそらく、非番の同心を呼びに行ったのだろう。
おっとり刀で順次駆けつける同心たち。
半刻も経たないうちに、奉行所の門が開かれ、捕り物衣装に身を包んだ同心たちが出動していった。
それを見送った日向は、音も無くその間を離れていくのであった。
※
「――という感じかな。あの晩の出来事は。聞いた話では、鶴松は人身売買と誘拐幇助の罪で重追放、店主の金衛門も同罪で重追放だろうって」
(重追放とは、家屋敷を没収し、犯罪地・住国・江戸10里四方に住むことを禁じた刑罰です)
日向はあの日の顛末を哲太に話していた。
「びっくりしたぜ。さあ寝るかと床下に潜ろうとしたら、後ろに黒尽くめの男が立っててよう、哲太と言うのはお主か? なんて聞くんだもの」
「あはは、手が足りなくてね。手伝ってもらったんだよ」
「その後も驚いたのなんの。連れてかれた舟におみよがぐったり倒れこんでるものだから、何事かと思ったぜ」
「気が抜けて寝ちゃったらしいですね」
「ああ、連れてきた男の人も困ってたみたいだ」
「哲太、格好良かったらしいじゃないですか。おみよに何をした! って掴みかかったんですって?」
「あれは気が動転しただけだ。それに掴みかかったはずなのに、その腕を掴まれたらグルりと視界が回って元の位置に立ってた。手妻(手品)みたいに投げ飛ばされたんだよな、俺」
「御庭番衆は体術も一流ですから。仁斎様はもうご隠居様ですけどね」
「おそろしいな、御庭番衆ってやつは。お前の妄想話かと思ってたぜ」
「ちょっと! ――まあ良かったですね。無事におみよちゃんも帰って来れましたし」
「ああ、でも人と話すのが怖いみてえだ。今は仲間の女が側について見守ってくれている。少し時間はかかるかもしれねえが、きっと前のように明るいおみよに戻るだろうさ……しかし、店主も鶴松も捕まったのはいいが、おみよの事もバレたりしねえか? 手控帖も奉行所に渡しちまったんだろ?」
「それなら墨で消しておきましたから大丈夫です!」
「……なら大丈夫か。色々世話になったな。まさか本当に忍び込むとは思わなかったぜ。詫びに忍者のことは黙っててやるからな。俺も男だ。生涯をかけて誓うぜ」
生意気な決め顔で誓う哲太。
「そんな事どうでも良いですよ! 忍者の事は話しても良いですから、詫びならお団子奢ってください!」
「浮浪児に団子を強請るんじゃねえよ!……それにしても、忍者って公表して良いやつだっけ?」
『子供の行方』 了
◆◆◆お礼とお願い◆◆◆
くノ一ちゃんは忍ぶれど ~華のお江戸で花より団子~
第二話『子供の行方』をお読み頂き、ありがとうございました。
今回は忍び働きもしっかり書きました。
御庭番衆のくノ一の面目躍如といったところでしょうか。
第一話の『風邪と豆腐』と違い、少し固い話になってしまいましたがいかがでしたでしょうか。
今回登場した新たなキャラである哲太。
ちょっと生意気だけど仲間を思う気持ちの強い男の子。
次のお話にも出てくる大切なツッコミ役です。
次回は幕間を二つ挟んで『不動の荷車』というお話です。
江戸時代の荷車は大八車と呼ばれる、車輪も木で造られた荷車が中心となるお話。
今回のお話のように、隠居の薮田仁斎や日向・日葵コンビという厳密には御庭番衆ではない人物だけでなく、現役の御庭番衆も登場する予定です。
次回もお楽しみに!
もし、日向などのキャラが好き!
こんな甘味話が欲しい! 続きが気になる!
裏耕記いいぞ! 応援してるぞ!
と、思っていただけましたら、
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
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