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第二章 近づく夏
15th Mov. 本音と過去
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もそもそと食べる夕飯。嫌いなおかずではないのに、美味しいとは感じられない。
むしろ食べるのが苦痛に感じるのだけれど、この場で食べないという選択肢は取れないし、かといって食べたいとも思えない。
その上、あの話をいつ切り出そうかってタイミングを計っているのもあって、全く食事に集中できない状況にある。
「拓人、何かお父さんに話したいことあったんじゃないの?」
どうやって切り出そうかと、頭をひねっていた所に出てきた助け舟。
母さんが返ってきた様子を気にして声をかけてくれた。
「うん……。僕……、ピアノやってみたいんだ」
「へぇ? え? ピアノ? どうしたの急に」
色々と順を追って話そうと思っていたのだけれども、出てきた言葉は結論とも言えるピアノをやりたい発言。正直、もうちょっと上手く話を持っていきたかった。
「急なのは分かるよ。俺も今までそんなことに興味なかったんだけどさ。この前、同級生の子のピアノの発表会を見に行ったら、彼女の演奏に圧倒されたんだ。ピアノから発する音にも、その音を生み出す彼女の熱意にも。同い年の子が真剣に取り組んできた技術はこんなに凄いのかって。俺も何かひたむきに頑張れたら、少しでも彼女みたいになれるんじゃないかって」
「ふーん、彼女ねぇ。母さんはそっちの方が気になるけど」
「……それで? ピアノをやりたいと宣言するのが目的だったのか?」
母さんの反応は悪くないけど、余計なことを口走った気がする。逆に父さんの反応が読めない。
「いや、そうじゃなくてさ。今日、駅前のピアノ教室で体験授業を受けてきたんだ。ほんの少しの時間だったけど、ピアノを演奏するのは楽しかった。高校生にもなって、今更かもしれないけど、やってみたいって強く思ったんだ」
「拓人がやりたいと思った理由は良く分かった。だが、話が見えてこないぞ?」
父さんはこういう時、結論を求める。大したことのない話なら、望む話し方が出来るけど、今回はどうも上手くいかない。
「うん……、僕が気になっているのは、月謝とピアノのことなんだ。今日行ってきたところは、月に一万円払わなきゃならなくて、家にもピアノを用意して練習しなきゃならなくて」
「お金の無心か?」
「うん……。そう、なるかな。月謝は一年は払えそうだけど、ピアノを買う余裕は無くて。バイトするにしても、買えるまでには何年もかかっちゃうから」
「一体、いくらのピアノを買おうとしてるんだ?」
「グランドピアノなら数十万から百数十万円くらい。アップライトなら、そこから数割安いくらい。中古でもそれなりに値段がするんだよ」
「お前は、その金額を貯めるのに、どれくらい大変か分かっているのか?」
「どんなにバイトを詰め込んでも、一年以上……」
「来年からは受験勉強に力を入れる約束だったろう?」
「うん。ちゃんと覚えてるよ」
「覚えているなら、今の話など出ないだろう」
「だから相談したかったんだ! ピアノは安いキーボードなら自分でも買えるし、夏休みにバイトすれば月謝も払っていける。でも、そうすると来年以降は塾と被ってくるから難しくて。父さんたちにお願いしなきゃって……」
ふぅーと父さんの口からため息が出る。こうなると母さんは口を挟まず、見守るスタンスになる。そのせいで、無言の時間が流れていく。
「そもそもだな、拓人、お前はどこまで本気なんだ? 真剣に打ち込むなら、ピアノじゃなくても良いんじゃないか?」
「僕は……、僕は、今まで生きてきて、そこまで夢中になれる物なんて無かった。多分これからも見つかることなんて無いと思ってた」
普段では、こんな風に本音を打ち明けることはない。
父さんも母さんも、僕の次の言葉を待っている。
「でも、偶然、同級生が出演するピアノの発表会を見に行くことになって。そこで受けた衝撃が忘れられないんだ。彼女のピアノは観客全員の心を揺さぶって、記憶に刻み付けた。お腹の底がぐぅっと熱くなって、居ても経ってもいられなくなって。心から思ったんだ、僕もピアノをやりたい。少しでも人の心を動かせるような演奏をしてみたいって」
「だからピアノなのか。確かに、昔から物に執着しない性質《たち》で、何かに熱中するような子じゃなかったな」
「そうね。色々習い事をやらせてみたけど、楽しそうじゃなかったのよ、あんた。義務感で行っているように見えちゃって、キリの良い所で辞めさせてきたしね。辞めるって聞くと、うんって言うし、続けてみる? って聞いても、うんって言うのよ」
今更そんなこと言われてもな。僕にはそこまで記憶が残ってないよ。
「そんな拓人がなぁ。こんなに熱心に言ってくるなんて」
「そうねぇ」
しんみりした雰囲気で両親は昔を懐かしがっている。
この雰囲気、僕にはちょっと居心地が悪い。
「ただな、だからと言って承諾したわけじゃないぞ」
「うん……」
雰囲気を新たにして、父さんの話が戻ってくる。
僕だって、そんな簡単に話が進むとは思っていなかった。
問題は父さんたちがどこまで許容してくれるかだ。
むしろ食べるのが苦痛に感じるのだけれど、この場で食べないという選択肢は取れないし、かといって食べたいとも思えない。
その上、あの話をいつ切り出そうかってタイミングを計っているのもあって、全く食事に集中できない状況にある。
「拓人、何かお父さんに話したいことあったんじゃないの?」
どうやって切り出そうかと、頭をひねっていた所に出てきた助け舟。
母さんが返ってきた様子を気にして声をかけてくれた。
「うん……。僕……、ピアノやってみたいんだ」
「へぇ? え? ピアノ? どうしたの急に」
色々と順を追って話そうと思っていたのだけれども、出てきた言葉は結論とも言えるピアノをやりたい発言。正直、もうちょっと上手く話を持っていきたかった。
「急なのは分かるよ。俺も今までそんなことに興味なかったんだけどさ。この前、同級生の子のピアノの発表会を見に行ったら、彼女の演奏に圧倒されたんだ。ピアノから発する音にも、その音を生み出す彼女の熱意にも。同い年の子が真剣に取り組んできた技術はこんなに凄いのかって。俺も何かひたむきに頑張れたら、少しでも彼女みたいになれるんじゃないかって」
「ふーん、彼女ねぇ。母さんはそっちの方が気になるけど」
「……それで? ピアノをやりたいと宣言するのが目的だったのか?」
母さんの反応は悪くないけど、余計なことを口走った気がする。逆に父さんの反応が読めない。
「いや、そうじゃなくてさ。今日、駅前のピアノ教室で体験授業を受けてきたんだ。ほんの少しの時間だったけど、ピアノを演奏するのは楽しかった。高校生にもなって、今更かもしれないけど、やってみたいって強く思ったんだ」
「拓人がやりたいと思った理由は良く分かった。だが、話が見えてこないぞ?」
父さんはこういう時、結論を求める。大したことのない話なら、望む話し方が出来るけど、今回はどうも上手くいかない。
「うん……、僕が気になっているのは、月謝とピアノのことなんだ。今日行ってきたところは、月に一万円払わなきゃならなくて、家にもピアノを用意して練習しなきゃならなくて」
「お金の無心か?」
「うん……。そう、なるかな。月謝は一年は払えそうだけど、ピアノを買う余裕は無くて。バイトするにしても、買えるまでには何年もかかっちゃうから」
「一体、いくらのピアノを買おうとしてるんだ?」
「グランドピアノなら数十万から百数十万円くらい。アップライトなら、そこから数割安いくらい。中古でもそれなりに値段がするんだよ」
「お前は、その金額を貯めるのに、どれくらい大変か分かっているのか?」
「どんなにバイトを詰め込んでも、一年以上……」
「来年からは受験勉強に力を入れる約束だったろう?」
「うん。ちゃんと覚えてるよ」
「覚えているなら、今の話など出ないだろう」
「だから相談したかったんだ! ピアノは安いキーボードなら自分でも買えるし、夏休みにバイトすれば月謝も払っていける。でも、そうすると来年以降は塾と被ってくるから難しくて。父さんたちにお願いしなきゃって……」
ふぅーと父さんの口からため息が出る。こうなると母さんは口を挟まず、見守るスタンスになる。そのせいで、無言の時間が流れていく。
「そもそもだな、拓人、お前はどこまで本気なんだ? 真剣に打ち込むなら、ピアノじゃなくても良いんじゃないか?」
「僕は……、僕は、今まで生きてきて、そこまで夢中になれる物なんて無かった。多分これからも見つかることなんて無いと思ってた」
普段では、こんな風に本音を打ち明けることはない。
父さんも母さんも、僕の次の言葉を待っている。
「でも、偶然、同級生が出演するピアノの発表会を見に行くことになって。そこで受けた衝撃が忘れられないんだ。彼女のピアノは観客全員の心を揺さぶって、記憶に刻み付けた。お腹の底がぐぅっと熱くなって、居ても経ってもいられなくなって。心から思ったんだ、僕もピアノをやりたい。少しでも人の心を動かせるような演奏をしてみたいって」
「だからピアノなのか。確かに、昔から物に執着しない性質《たち》で、何かに熱中するような子じゃなかったな」
「そうね。色々習い事をやらせてみたけど、楽しそうじゃなかったのよ、あんた。義務感で行っているように見えちゃって、キリの良い所で辞めさせてきたしね。辞めるって聞くと、うんって言うし、続けてみる? って聞いても、うんって言うのよ」
今更そんなこと言われてもな。僕にはそこまで記憶が残ってないよ。
「そんな拓人がなぁ。こんなに熱心に言ってくるなんて」
「そうねぇ」
しんみりした雰囲気で両親は昔を懐かしがっている。
この雰囲気、僕にはちょっと居心地が悪い。
「ただな、だからと言って承諾したわけじゃないぞ」
「うん……」
雰囲気を新たにして、父さんの話が戻ってくる。
僕だって、そんな簡単に話が進むとは思っていなかった。
問題は父さんたちがどこまで許容してくれるかだ。
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