半蔵門の守護者

裏耕記

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二人 其の八

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 荒寺に乗り込んだ村人は、翌朝、村の入り口で発見された。

 かろうじて意識があることが幸いと言えるほどに、酷い有様。
 顔は嫁でも判別できないほどに腫れ上がり、手足は全て折られている。
 着ていた着物も血と土埃で、元の色が分からぬほどになっていた。

 そのボロボロの村人を発見した者は、急いで名主を呼び、騒ぎは村全体へと知れ渡る。
 数日、熱にうなされながら、うわごとのように荒寺と呟いた。
 これにより、おおよその事態を把握した名主と村組頭たちは、事件のあらましを村の統治者である代官へと報告する。

 しかし、代官は動くことはなかった。
 そもそも事態を収拾出来るような治安維持能力が十分になく、藁をも縋る思いで頼った近隣領の旗本にも助力は断られてしまった事も大きい。
 そして何より、大きな要因として、やくざ者が住み着いた場所が寺領であることが問題であった。

 荒寺とはいえ、寺に変わりなく、そこは寺社奉行の管轄となる。
 仮に代官の手勢が捕縛のために、荒寺に踏み込むとなると、煩雑な手続きを踏み、多くの時間を要する。
 今回、村人が死んだわけでもないため、代官はその手間を惜しんだ。
 結果、村人へ暴行を加えたやくざ者への対処は何も為されずとなっていた。


 それで治まらないのは、村人たちである。
 復讐をしたいとまでは思わないが、乱暴者が近くに居座られている状況は耐えられない。
 かといって、乱暴者には向かうほど腕に自身がある訳でもないとなると、誰かを頼るしかない。
 おかみは動いてくれないとなると、近場の荒事に慣れた人物、つまり内藤新宿の哲蔵親分への相談となるわけだ。

 村名主は、内藤新宿の哲蔵親分が商う口入屋を訪れ、村の窮状を訴えた。

 その後、伝えた名主はスッキリした顔で帰ったが、受けた哲蔵は苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

「厄介な相談を受けちまった」
「それは荒寺の一件ですか?」

 荒寺の一件は、内容としては依頼に近いのだが、相談という形で伝えられた。
 哲蔵親分は、あくまで内藤新宿を取り仕切る影の有力者に過ぎず、己の縄張りを守ったり、利益を得るために行動する。
 逆に言うと、近隣の村に口を挟めるような立場でもなければ義務もない。
 だが、哲蔵はこの相談を断りきれなかった。

「ああ。場所は内藤新宿からも遠くない。村人も、この内藤新宿に遊びに来るほど馴染みもある」
「賭場に金を落としてくれる良い客ですからね」

「だから無下には出来ねえが、お前ら子分の命をかけさせるほどの義理は無い」
「こっちとしては助かりますが、親分はどう動きなさるので?」

「全く動かねえ訳にもいくまい。時折、遠巻きに見張らせて、あとは様子見だな」
「子分思いの親分で、我らも助かります」

「ふんっ! 馬鹿なこと言ってねえで見回りにでも行って来い!」
「へい」

 指示を受けた子分は、いくらかおちゃらけた返事を口にしながら、頭を下げ、裏口へと向かった。
 哲蔵は、その背に向けて、思い出したように追加の指示を出す。

「そうだ、あの生っ白いガキにも目を配っておけよ。女の尻を追っかけているくらいなら、まだ良いが、これ以上の問題を起こすようなら、面倒見きれん」
「親分の偉大さをとくと言って聞かせてやりますよ」

 生っ白いガキと揶揄されているのは、郁に絡んでいた自称長ドスの太平である。
 彼が、すでに刃傷沙汰まがいのことまで犯しているとは知らぬ二人。
 哲蔵たちは、太平の人となりを未だ見極めきれていなかった。


 ※


 荒寺の相談を受けてから、数日のこと。
 哲蔵の身内である子分筆頭が口入屋の裏口から駆け込んできた。

「親分! 太平のやつが戻らねえ!」
「何だと! 目を配っておけと言っておいただろうに!」

 言ったそばからコレだと怒り狂う哲蔵。
 先日の指示からまだ五日と経っていなかった。

「親分のお考えや懐の深さを聞かせてやりましたよ! 荒寺の件も、弱腰だなんだと生意気言うもんで、頬桁張り倒して、分からせてやりましたし」

 子分の筆頭は、心外とばかりに反論する。

「そんな事を命じたわけじゃねえ! 目を配るってのは、馬鹿やらねえように見張っておくってことだよ!」
「日がな、ろくに仕事もしないで、ブラブラしているヤツのことを一日中見張ってる何で出来ませんて! それに子分衆で、出来る限りは見張ってましたよ! それでもヤツは、俺等が忙しい時分を見計らって居なくなるんですよ! あの野郎め! 悪知恵ばかり働かせやがって!」

「まったく、ただでさえ厄介者のくせして、それ以上に厄介事を引き寄せてきやがる。自分で撒いた種だといっても、預り人を何かあっちゃあ、俺の沽券に関わる。もう他の連中に探させてるんだろう?」

 どちらも怒りは収まらないが、年の功か立場によるものか、哲蔵の方が冷静さを取り戻した。
 哲蔵が手塩にかけた子分衆。こういう状況に陥った時に、何をすべきか理解しているものとして話を進める。

「はい。宿場町は虱潰しに。今は三度目の捜索の最中です。今回からは聞き込みを重視して念入りにやってます」
「内藤新宿から出ていなけりゃあ、もうじき見つかるだろう。問題は見つからねぇ場合だ」

 内藤新宿を裏から支配している哲蔵親分だ。
 その子分衆が縄張り内の聞き込みを行うとなれば、探し物は大抵見つかる。
 見つからない場合は、その縄張りの外に出てしまったか、自身の影響力が落ちたかのどちらかだ。

「内藤新宿で見つからないなら、吉原にでも遊びに行っているなんてこともありますね」
「実家に顔を出してみたりとかか? まあ、それならそれで良いさ。だが、分かってんだろう? そんな日和った話じゃねえってことを」

 親分が落ち着いたのを見て、自分の態度を顧みた子分は、無いだろうと思いつつ、希望的観測を述べた。
 哲蔵はそれを受けて、相槌を打つが、自ら否定した。
 あり得ない想定であったし、状況的にあまり悠長にはしてはいられないからだ。

 それに対し、子分も表情を引き締め、親分の質問に頷く。

「もう数日は戻ってません。事故に遭ったか、事件に巻き込まれたか。単なる怪我なら、もう戻っているはず。となると、本人の意志では戻れない状況ってことでしょうか」
「重傷でも怪我で済めば良いさ。治るまで、そこらに転がしておけば浅草のに面目も立つ。死んでた場合は厄介だな。殺ったやつに相応の制裁を加えないとならねえ」

「それもこれも、当人を見つけてから……」
「そうだ。見つかるまで眠れると思うな。必ず見つけ出せ」

 太平本人を見つけなければ、事後の対処を決めることが出来ない。
 事故なら、怪我を治させ、自己責任だということを徹底的に分からせる。
 事件なら、下手人を捕まえ、太平の親に顔向け出来る程度の制裁を加える。
 最悪の想定として、太平が死亡していた場合は、亡骸を親元に返さねばならない。

 どれもこれも哲蔵にとって、損しか生じない厄介な事態だ。
 必ず見つけ出せという言葉には、街を仕切る親分の凄みが現れていた。

「へい。承知しました」

 子分は神妙に拝命し、自分も捜索に加わるべく、口入屋を後にした。
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