半蔵門の守護者

裏耕記

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二人 其の十五

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十五

 嘉納大膳を始末した宗次郎は、大野屋へと戻り、主の金吾郎と郁へ見回りが無事に終わったと伝えた。
 金吾郎は酒や飯を用意してくれていたが、宗次郎は報告だけに留めて百人町の本田屋敷まで帰ることにした。


 伊賀組が住まう百人町。
 宿場町の内藤新宿を抜け、武家屋敷街へと戻れば、池田宗次郎は本田修二郎へと戻る。
 屋敷を抜け出す時と同じように、人目に付かぬよう忍び込む。
 忍家が集まるこの界隈でも、修二郎が見咎められることはなく、今夜も無事に帰宅した。

 崩れ落ちるように、片膝を立てて座り込む修二郎。
 高ぶった心を落ち着かせるように刀を抱き寄せる。

 ただ、夜半を過ぎ、寝静まっているはずの屋敷でも、何か居心地の悪さを感じていた宗次郎。
 もともと厄介者の部屋住みに対する蔑みの視線や感情だと思っていたが、この時刻ではそんな訳はない。

 ――いや、これは悪意ではないのか。
 今日に限っては、その違和感をそう認識できた。

 人を斬ったという非日常から来る興奮なのか、死線を越えたことにより感覚が明敏になっているのか。
 ともかく、単なる厄介者という立場から生じる居心地の悪さとは違った何か。

 そして気になるものは他にもある。
 嘉納大膳が襲いかかってくる直前の違和感。
 やくざ者と対峙していた時にも、嘉納の存在を察することが出来ていなかった。
 それほどまでに巧妙に気配を隠す事ができた嘉納。
 剣の腕前も相当のものだった。

 斬りかかる直前ということを差し引いても、あそこで小石を蹴飛ばすような愚行を犯すものかどうか。
 思考はぐるぐると巡り、眠れそうにない。

 修二郎は、部屋の片隅に置いてある刀の手入れ道具を引き寄せ、手入れを始めたのだった。


 翌朝、結局一睡もしなかった修二郎は、朝から軍兵衛道場に通い、戻っては下男のような家事仕事に追われた。十五

 嘉納大膳を始末した宗次郎は、大野屋へと戻り、主の金吾郎と郁へ見回りが無事に終わったと伝えた。
 金吾郎は酒や飯を用意してくれていたが、宗次郎は報告だけに留めて百人町の本田屋敷まで帰ることにした。


 伊賀組の住まう百人町。
 宿場町の内藤新宿を抜け、武家屋敷街へと戻れば、池田宗次郎は本田修二郎へと戻る。
 屋敷を抜け出す時と同じように、人目に付かぬよう忍び込む。
 忍家が集まるこの界隈でも、修二郎が見咎められることはなく、今夜も無事に帰宅した。

 崩れ落ちるように、片膝を立てて座り込む修二郎。
 高ぶった心を落ち着かせるように刀を抱き寄せる。

 ただ、夜半を過ぎ、寝静まっているはずの屋敷でも、何か居心地の悪さを感じていた宗次郎。
 もともと厄介者の部屋住みに対する蔑みの視線や感情だと思っていたが、この時刻ではそんな訳はない。

 ――いや、これは悪意ではないのか。
 今日に限っては、その違和感をそう認識できた。

 人を斬ったという非日常から来る興奮なのか、死線を越えたことにより感覚が明敏になっているのか。
 ともかく、単なる厄介者という立場から生じる居心地の悪さとは違った何か。

 そして気になるものは他にもある。
 嘉納大膳が襲いかかってくる直前の違和感。
 やくざ者と対峙していた時にも、嘉納の存在を察することが出来ていなかった。
 それほどまでに巧妙に気配を隠す事ができた嘉納。
 剣の腕前も相当のものだった。

 斬りかかる直前ということを差し引いても、あそこで小石を蹴飛ばすような愚行を犯すものかどうか。
 思考はぐるぐると巡り、眠気を遠ざける。

 修二郎は、部屋の片隅に置いてある刀の手入れ道具を引き寄せ、手入れを始めたのだった。


 ※


 翌朝、結局一睡もしなかった修二郎は、朝は軍兵衛道場に通い、戻っては下男のような家事仕事に追われた。
 幼子でも腹が満たされないと思われる程度の晩飯を食い、夜更けを待つ。

 いつもの時刻になると、身なりを浪人風に変え、屋敷を抜けだす修二郎。
 内藤新宿の旅籠『大野屋』へと向かい、金吾郎としっかり話をせねばとの行動だった。
 何せ、昨晩は結論だけ伝えて帰ってきてしまっていた。

 あれでは、主への報告とは言えまい。ことの顛末をしっかりと伝えねば、安心できないだろう。
 今後も用心棒稼業を続けさせてもらうのであれば、その辺りをしっかりしなければならない。

 己の不始末を恥じ、逸る気持ちで塀を伝う。
 いつものルートであれば、辻番所にも近づかずにたどり着ける。

 内藤新宿まで今少し。

「今宵も御奉公かな。池田宗次郎。いや、本田修二郎」

 あと少しで武家屋敷街を抜けられるというところで暗がりから声をかけられた。

 驚いた修二郎は、屋根の上で身をかがめ、周囲を探る。
 だが、周囲は建物の影が多く、人影を見定めることが出来ない。

 観念した修二郎は、少しずつ移動しながら闇に問う。

「何者か」
「その警戒は正しい。しかし、気が付くのが遅すぎるな。俺が敵なら、その生命は無いぞ」

 声の主は、修二郎の敵ではないと言う。
 言葉では分かるが、現実問題、このような状況で真に受けることは出来ない。
 修二郎は考えを巡らすように、慎重に言葉を重ねる。

「敵ではないと?」
「敵ではない。今はな。お前が上様の御政道を邪魔せぬ限りは、生かしておいてやる」

「上様? 御公儀の手の者か。伊賀組にお主のような声の者はおらぬ。別組の者か」
「そうだ。甲賀でもないがな。黒鍬でもないぞ。まあ、分かっておろうが」

 公儀の忍び。
 今もなお、忍びの腕前を高水準で維持し得る存在は、この江戸では皆無だった。

「ああ、お主のような腕達者の忍びは江戸にいなかった」
「そうだ。いなかった。だから我らが江戸まで来たのだ。上様とともに」

「……つまりは御庭番」
「左様」

 突如、闇夜から声をかけてきた男の正体。
 それは御庭番。将軍吉宗とともに紀州から江戸に入府した存在。
 少数精鋭の集団で、吉宗の耳目となり、諜報活動を行っている紛うことなき忍び集団である。

 その御庭番が夜毎屋敷を抜け出す修二郎を見張っていたのだった。
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