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交わる 其の七
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七
修二郎は金魚長屋に戻るとすぐに、懐から回収した油紙包みを取り出した。
厳重に封をされていた油紙包み。
それを丁寧に開いていく修二郎。
弱い灯明に照らされたそれは、くすんだ色をした固形物だった。
中を確認した修二郎は息を呑む。
恐る恐る顔を近づけ、軽く匂いを嗅ぐと、ゆっくりと首を上に向け瞑目する。
そのまま、いくらかの時が過ぎる。
その後、ゆっくりと目を開いた修二郎は大きく息を吐いた。
「阿芙蓉ではないか……。昔、伊賀の里で見たのと同じだ……」
修二郎は、何故これをと自問する。
小島家の若旦那が隠し持っていたのは、御禁制の阿芙蓉であった。
阿芙蓉自体は、薬種問屋でも扱われているもので、その界隈では珍しいと言うほどのものではない。
ただ、阿芙蓉は薬の原料として用いられるものであり、ここにある油紙包みのように、巷では単独で存在するものではない。
その事実から導き出された結論として、これは間違いなく薬の原料として用意されたものではない。
形状、保管の仕方から危険な使用のためであることは嫌でも理解できる。
そして、真っ当な方法ではこのような状態の阿芙蓉は手に入れることはできない。
つまり御禁制の品ということになる。
このことを推察した修二郎がため息を付いたのも納得というものである。
忍びの者も阿芙蓉を香などに混ぜることで、幻術を見せるという忍術があるので、修二郎にとっては知らないものではない。
「これをどうする……。町奉行に伝手はない。いきなり持ち込んだ所で、自分が疑われるのが目に見えている……」
金魚を探していたのに、想定外の大物を見つけてしまった修二郎は、手に余る品の取り扱いに悩んだ。
御禁制の品を所持している小島家の若旦那をそのままにもしておけないし、若旦那に阿芙蓉を売りつけた人物も野放しに出来ない。
かといって、自分ひとりで出来ることは限られている。
歳若い修二郎が悩むのも当然だった。
白い両の眼が不規則に揺れ、コツコツと床板を指で叩く。
「これは私の手に余る。父に相談も出来ぬ以上、御庭番の者に指示を仰ぐしかあるまい……」
そう結論付けた修二郎は、御庭番と接触するという目的のため、一時、本田屋敷に戻るのだった。
※
修二郎が屋敷に戻ったのは、宅内に保管されている武鑑を読むためである。
武鑑には、武士の家紋や石高、役職や屋敷地などが記載されている。
御庭番と名乗った男の姓名すらしらないため、一から探し直している。
それでも、将軍吉宗の就任とともに入府した家であるから、昨年から武鑑に記載されている武家だけを探せば良い。
加えて忍家の宿命として、旗本扱いはされていないはずなので、それなりに数を絞れるのもありがたい。
懸念としては、御庭番という役職名をそのまま名乗っているかは怪しいとこであるが、修二郎であれば屋敷の雰囲気を見れば忍家の屋敷かどうかは判断できる。
そうしてある程度選びだした屋敷地や官職、姓名を頭に入れ、朝一番から動き出した。
一つ目の屋敷を素通りした修二郎。
候補として目指していた二つ目の屋敷地にたどり着くと、歩みを緩めた。
伊賀組の拝領屋敷よりは手入れがされているが、規模は似たようなものだ。
それが数件固まっている。
何より、独特の緊張感が漂っており、そこらの太平の世を満喫している武家屋敷とは一線を画す。
修二郎が歩みを緩めたのは、その空気を察したのだろう。どうやら目的地に着いたようだ。
残る問題は、姓名がわからないので、どの屋敷を尋ねれば良いのか決められないということ。
忍家である御庭番であれば、屋敷に訪れた見ず知らずの人間に、御庭番であると名乗るわけもない。
実際にうちが御庭番だと親切に教えてくれる家があれば、罠か偽りかのどちらかだろう。
伊賀組のように陽の下に晒された忍家ではないのだ。
したがって、修二郎が取れる方法は、屋敷地の周りを彷徨くくらいだ。
たいして大きな屋敷ではないので、数家の家の周りを歩いていてもすぐに歩ききってしまう。
さんざん歩いてみたものの、特に変化もなく、人の往来も少ない武家屋敷。
すでに太陽は中天に達し、周囲は静まりかえっている。
「御武家様はどちら様でしょうか?」
再び戻ってきた出発地で、どうしたものかと悩み、もう一度歩こうと決めた修二郎に声がかかった。
考え事をしていたとはいえ、背後を取られたことに驚いた修二郎は、素直に答えてしまう。
「某、伊賀組 本田家が次男 本田修二郎と申します。ちと道に迷い途方に暮れていた次第」
「左様でございますか。私は川村日葵と申しまする。この屋敷の奥を取り仕切っておる者にて。私も江戸に参りましたのは最近のこと。江戸に詳しい家人に道案内をさせましょうか?」
「川村様の御新造様でござったか。ご厚意有り難いが、道案内は遠慮致す。まだ陽も高いゆえ、歩いておれば、そのうち辿り着くであろう」
「左様にございまするか。何かお困りになるようでしたら、お越しくださいませ」
「ご親切に忝ない。では、これにて失礼する」
川村家の新造 川村日葵の提案を断り、立ち去ることにした修二郎。
会話をしているうちに落ち着いたのか、足取りはいつものように軽やかだった。
修二郎は金魚長屋に戻るとすぐに、懐から回収した油紙包みを取り出した。
厳重に封をされていた油紙包み。
それを丁寧に開いていく修二郎。
弱い灯明に照らされたそれは、くすんだ色をした固形物だった。
中を確認した修二郎は息を呑む。
恐る恐る顔を近づけ、軽く匂いを嗅ぐと、ゆっくりと首を上に向け瞑目する。
そのまま、いくらかの時が過ぎる。
その後、ゆっくりと目を開いた修二郎は大きく息を吐いた。
「阿芙蓉ではないか……。昔、伊賀の里で見たのと同じだ……」
修二郎は、何故これをと自問する。
小島家の若旦那が隠し持っていたのは、御禁制の阿芙蓉であった。
阿芙蓉自体は、薬種問屋でも扱われているもので、その界隈では珍しいと言うほどのものではない。
ただ、阿芙蓉は薬の原料として用いられるものであり、ここにある油紙包みのように、巷では単独で存在するものではない。
その事実から導き出された結論として、これは間違いなく薬の原料として用意されたものではない。
形状、保管の仕方から危険な使用のためであることは嫌でも理解できる。
そして、真っ当な方法ではこのような状態の阿芙蓉は手に入れることはできない。
つまり御禁制の品ということになる。
このことを推察した修二郎がため息を付いたのも納得というものである。
忍びの者も阿芙蓉を香などに混ぜることで、幻術を見せるという忍術があるので、修二郎にとっては知らないものではない。
「これをどうする……。町奉行に伝手はない。いきなり持ち込んだ所で、自分が疑われるのが目に見えている……」
金魚を探していたのに、想定外の大物を見つけてしまった修二郎は、手に余る品の取り扱いに悩んだ。
御禁制の品を所持している小島家の若旦那をそのままにもしておけないし、若旦那に阿芙蓉を売りつけた人物も野放しに出来ない。
かといって、自分ひとりで出来ることは限られている。
歳若い修二郎が悩むのも当然だった。
白い両の眼が不規則に揺れ、コツコツと床板を指で叩く。
「これは私の手に余る。父に相談も出来ぬ以上、御庭番の者に指示を仰ぐしかあるまい……」
そう結論付けた修二郎は、御庭番と接触するという目的のため、一時、本田屋敷に戻るのだった。
※
修二郎が屋敷に戻ったのは、宅内に保管されている武鑑を読むためである。
武鑑には、武士の家紋や石高、役職や屋敷地などが記載されている。
御庭番と名乗った男の姓名すらしらないため、一から探し直している。
それでも、将軍吉宗の就任とともに入府した家であるから、昨年から武鑑に記載されている武家だけを探せば良い。
加えて忍家の宿命として、旗本扱いはされていないはずなので、それなりに数を絞れるのもありがたい。
懸念としては、御庭番という役職名をそのまま名乗っているかは怪しいとこであるが、修二郎であれば屋敷の雰囲気を見れば忍家の屋敷かどうかは判断できる。
そうしてある程度選びだした屋敷地や官職、姓名を頭に入れ、朝一番から動き出した。
一つ目の屋敷を素通りした修二郎。
候補として目指していた二つ目の屋敷地にたどり着くと、歩みを緩めた。
伊賀組の拝領屋敷よりは手入れがされているが、規模は似たようなものだ。
それが数件固まっている。
何より、独特の緊張感が漂っており、そこらの太平の世を満喫している武家屋敷とは一線を画す。
修二郎が歩みを緩めたのは、その空気を察したのだろう。どうやら目的地に着いたようだ。
残る問題は、姓名がわからないので、どの屋敷を尋ねれば良いのか決められないということ。
忍家である御庭番であれば、屋敷に訪れた見ず知らずの人間に、御庭番であると名乗るわけもない。
実際にうちが御庭番だと親切に教えてくれる家があれば、罠か偽りかのどちらかだろう。
伊賀組のように陽の下に晒された忍家ではないのだ。
したがって、修二郎が取れる方法は、屋敷地の周りを彷徨くくらいだ。
たいして大きな屋敷ではないので、数家の家の周りを歩いていてもすぐに歩ききってしまう。
さんざん歩いてみたものの、特に変化もなく、人の往来も少ない武家屋敷。
すでに太陽は中天に達し、周囲は静まりかえっている。
「御武家様はどちら様でしょうか?」
再び戻ってきた出発地で、どうしたものかと悩み、もう一度歩こうと決めた修二郎に声がかかった。
考え事をしていたとはいえ、背後を取られたことに驚いた修二郎は、素直に答えてしまう。
「某、伊賀組 本田家が次男 本田修二郎と申します。ちと道に迷い途方に暮れていた次第」
「左様でございますか。私は川村日葵と申しまする。この屋敷の奥を取り仕切っておる者にて。私も江戸に参りましたのは最近のこと。江戸に詳しい家人に道案内をさせましょうか?」
「川村様の御新造様でござったか。ご厚意有り難いが、道案内は遠慮致す。まだ陽も高いゆえ、歩いておれば、そのうち辿り着くであろう」
「左様にございまするか。何かお困りになるようでしたら、お越しくださいませ」
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