半蔵門の守護者

裏耕記

文字の大きさ
24 / 28

交わる 其の七

しおりを挟む


 修二郎は金魚長屋に戻るとすぐに、懐から回収した油紙包みを取り出した。

 厳重に封をされていた油紙包み。
 それを丁寧に開いていく修二郎。

 弱い灯明に照らされたそれは、くすんだ色をした固形物だった。
 中を確認した修二郎は息を呑む。

 恐る恐る顔を近づけ、軽く匂いを嗅ぐと、ゆっくりと首を上に向け瞑目する。
 そのまま、いくらかの時が過ぎる。

 その後、ゆっくりと目を開いた修二郎は大きく息を吐いた。

阿芙蓉あふようではないか……。昔、伊賀の里で見たのと同じだ……」

 修二郎は、何故これをと自問する。
 小島家の若旦那が隠し持っていたのは、御禁制の阿芙蓉であった。
 阿芙蓉自体は、薬種問屋でも扱われているもので、その界隈では珍しいと言うほどのものではない。
 ただ、阿芙蓉は薬の原料として用いられるものであり、ここにある油紙包みのように、巷では単独で存在するものではない。

 その事実から導き出された結論として、これは間違いなく薬の原料として用意されたものではない。
 形状、保管の仕方から危険な使用のためであることは嫌でも理解できる。

 そして、真っ当な方法ではこのような状態の阿芙蓉は手に入れることはできない。
 つまり御禁制の品ということになる。

 このことを推察した修二郎がため息を付いたのも納得というものである。
 忍びの者も阿芙蓉を香などに混ぜることで、幻術を見せるという忍術があるので、修二郎にとっては知らないものではない。

「これをどうする……。町奉行に伝手つてはない。いきなり持ち込んだ所で、自分が疑われるのが目に見えている……」

 金魚を探していたのに、想定外の大物を見つけてしまった修二郎は、手に余る品の取り扱いに悩んだ。
 御禁制の品を所持している小島家の若旦那をそのままにもしておけないし、若旦那に阿芙蓉を売りつけた人物も野放しに出来ない。

 かといって、自分ひとりで出来ることは限られている。
 歳若い修二郎が悩むのも当然だった。

 白い両のまなこが不規則に揺れ、コツコツと床板を指で叩く。

「これは私の手に余る。父に相談も出来ぬ以上、御庭番の者に指示を仰ぐしかあるまい……」

 そう結論付けた修二郎は、御庭番と接触するという目的のため、一時、本田屋敷に戻るのだった。

 ※

 修二郎が屋敷に戻ったのは、宅内に保管されている武鑑を読むためである。
 武鑑には、武士の家紋や石高、役職や屋敷地などが記載されている。
 御庭番と名乗った男の姓名すらしらないため、一から探し直している。

 それでも、将軍吉宗の就任とともに入府した家であるから、昨年から武鑑に記載されている武家だけを探せば良い。
 加えて忍家の宿命として、旗本扱いはされていないはずなので、それなりに数を絞れるのもありがたい。

 懸念としては、御庭番という役職名をそのまま名乗っているかは怪しいとこであるが、修二郎であれば屋敷の雰囲気を見れば忍家の屋敷かどうかは判断できる。
 そうしてある程度選びだした屋敷地や官職、姓名を頭に入れ、朝一番から動き出した。


 一つ目の屋敷を素通りした修二郎。
 候補として目指していた二つ目の屋敷地にたどり着くと、歩みを緩めた。
 伊賀組の拝領屋敷よりは手入れがされているが、規模は似たようなものだ。
 それが数件固まっている。

 何より、独特の緊張感が漂っており、そこらの太平の世を満喫している武家屋敷とは一線を画す。
 修二郎が歩みを緩めたのは、その空気を察したのだろう。どうやら目的地に着いたようだ。

 残る問題は、姓名がわからないので、どの屋敷を尋ねれば良いのか決められないということ。
 忍家である御庭番であれば、屋敷に訪れた見ず知らずの人間に、御庭番であると名乗るわけもない。
 実際にうちが御庭番だと親切に教えてくれる家があれば、罠か偽りかのどちらかだろう。
 伊賀組のように陽の下に晒された忍家ではないのだ。

 したがって、修二郎が取れる方法は、屋敷地の周りを彷徨くくらいだ。
 たいして大きな屋敷ではないので、数家の家の周りを歩いていてもすぐに歩ききってしまう。
 さんざん歩いてみたものの、特に変化もなく、人の往来も少ない武家屋敷。
 すでに太陽は中天に達し、周囲は静まりかえっている。

「御武家様はどちら様でしょうか?」

 再び戻ってきた出発地で、どうしたものかと悩み、もう一度歩こうと決めた修二郎に声がかかった。
 考え事をしていたとはいえ、背後を取られたことに驚いた修二郎は、素直に答えてしまう。

「某、伊賀組 本田家が次男 本田修二郎と申します。ちと道に迷い途方に暮れていた次第」
「左様でございますか。私は川村日葵ひまりと申しまする。この屋敷の奥を取り仕切っておる者にて。私も江戸に参りましたのは最近のこと。江戸に詳しい家人に道案内をさせましょうか?」

「川村様の御新造様でござったか。ご厚意有り難いが、道案内は遠慮致す。まだ陽も高いゆえ、歩いておれば、そのうち辿り着くであろう」
「左様にございまするか。何かお困りになるようでしたら、お越しくださいませ」

「ご親切に忝ない。では、これにて失礼する」

 川村家の新造 川村日葵の提案を断り、立ち去ることにした修二郎。
 会話をしているうちに落ち着いたのか、足取りはいつものように軽やかだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

『五感の調べ〜女按摩師異聞帖〜』

月影 朔
歴史・時代
江戸。盲目の女按摩師・市には、音、匂い、感触、全てが真実を語りかける。 失われた視覚と引き換えに得た、驚異の五感。 その力が、江戸の闇に起きた難事件の扉をこじ開ける。 裏社会に潜む謎の敵、視覚を欺く巧妙な罠。 市は「聴く」「嗅ぐ」「触れる」独自の捜査で、事件の核心に迫る。 癒やしの薬膳、そして人情の機微も鮮やかに、『この五感が、江戸を変える』 ――新感覚時代ミステリー開幕!

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

【完結】『紅蓮の算盤〜天明飢饉、米問屋女房の戦い〜』

月影 朔
歴史・時代
江戸、天明三年。未曽有の大飢饉が、大坂を地獄に変えた――。 飢え死にする民を嘲笑うかのように、権力と結託した悪徳商人は、米を買い占め私腹を肥やす。 大坂の米問屋「稲穂屋」の女房、お凛は、天才的な算術の才と、決して諦めない胆力を持つ女だった。 愛する夫と店を守るため、算盤を武器に立ち向かうが、悪徳商人の罠と権力の横暴により、稲穂屋は全てを失う。米蔵は空、夫は獄へ、裏切りにも遭い、お凛は絶望の淵へ。 だが、彼女は、立ち上がる! 人々の絆と夫からの希望を胸に、お凛は紅蓮の炎を宿した算盤を手に、たった一人で巨大な悪へ挑むことを決意する。 奪われた命綱を、踏みにじられた正義を、算盤で奪い返せ! これは、絶望から奇跡を起こした、一人の女房の壮絶な歴史活劇!知略と勇気で巨悪を討つ、圧巻の大逆転ドラマ!  ――今、紅蓮の算盤が、不正を断罪する鉄槌となる!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...