王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

文字の大きさ
47 / 168
第3章 最期の奇跡(希代の詐欺師逝く)

9.最期の足掻き

しおりを挟む
『恨むなら自分の不運を恨みな、人魚の角を食べてしまったお前の娘を・・・。』

『俺は、お前の娘を大王様に献上し、国を一つもらうのさ。ありがとよ、父上殿。』と飽桀は笑う様に言う。

その後、陸信を蔑むように、憎しみを込め呟く。

『・・・・俺を恨むなよ、憎むなら無力な自分を恨んで死にな。』

飽桀は、そう言うと2度と振り返らず、凛凛を連れて浜辺の方へ小走りに歩いて行った。

陸信は、飽桀を追って、娘を取り戻さなければいけないと、立ち上がろうとした。

しかし、身体に力が入らない、自分の身体が自分のモノではないかのように重い。

それでも、気力を振り絞り、飽桀が捨てていった銛を杖代わりにして、何とか立ち上がった。

腹を触ると、濡れを感じる。しかし、手を濡らしたモノは手に付着し、皮膚からは吸収されず、外気に触れてく急速に乾く。それを肌で感じ、それが自分の血である事を理解し、陸信は諦めた。

身体に力が入らない。それだけではない、今ある力が急速に奪われているのが五感で分かる。

(・・・もうじき死んでしまう。)

(伝えなければ・・・・誰かに・・・伝える。凛凛を・・)

陸信は、自分を刺した銛を杖に、身体を支える杖に代用し、その重い自分の身体を杖にひきづらせる様に集落を目指して歩き始めた。

健常な体であれば、500歩も歩けば集落が見える。しかし、今の陸信にはその500歩が途方もない距離に感じられるのである。

一歩、一歩、重い体を引きずる陸信。

(凛凛)

(陸強)

(風鈴)

陸信は、自分の身体の中から、力を絞り出す呪文のように家族の名前を心の中で呼ぶ。

そうしなければ、腹の痛みが感じなくなり、凍える様な寒さに、意識ではなく、気力が持っていかれる様な気がして、近づいてくる確実な死を振り払う様に、自分を励ます様にそれを繰り返す。

何十歩進んだだろうか、いや、弱った自分の足ではそれほど進めていないだろうと、陸信は自分の限界を悲観し、諦める様に目を閉じようとした。

その時である。

『諦めるな、陸信、諦めてはならん。ワシも力を貸すぞ、もう少しじゃ、もう少しじゃ、凛凛の為に、頑張るのじゃ・・。』

陸信に浜辺で大ケガをしている筈の徐福の声が、聞こえてきたのである。

(徐福様、御無事でしたか・・・良かった・・・。)

徐福の言葉で、気力が少し戻り、重い瞼を必死で開かせる陸信。

『そうじゃ、歩くのじゃ、止まるな。止まるな。止まってはならぬ。お主ならいける・・必ず助けを呼べる筈じゃ。』と徐福の声が満身創痍の陸信を励まし、無くなりかけた気力を蘇らせる。

徐福の声は、遠くから聞こえる、しかし心に届くような、通る声であった。

再び足を引きずり始めた陸信であるが、一歩一歩足を引きず度に、徐福の声はだんだんと低くなり、そして最後には消えてしまった。

もう、陸信の身体の中に残っていた気力、いや命のほとんどがだしきられていた。

(風鈴、俺に力を貸してくれ・・・俺本当に頑張ったんだけど、もうダメみたいだ、風鈴、陸橋、凛凛ごめん。ごめん、ごめんよ・・・)

陸信が力なく前から倒れる瞬間、その体を支える者がいた。

『どうされました?・・・貴方お名前は・・。』

瀕死の陸信を抱きとめ、声をかけたのは蘭華であった。

『娘が連れ去られた。娘が、浜辺に姜文様達がいる。助けてくれ、娘を・・・。』

陸信は、薄れゆく意識の中でうわ言のように呟く。

それが彼の最期の言葉であった。

『娘さんが、どうされました。浜辺に、浜辺に姜文様が・・浜辺に姜文様がいらっしゃるのですか?』と、今わの際で呟いた陸信の言葉を確認する様に陸信に投げかけた。

応答がない、そして自分が抱き留めた身体から、生気が無くなる事を感じた彼女はただならぬ状況を理解した。

誰にも知られる事の無い、陸信の最期の必死の足掻きで、凛凛の命、運命がバトンの様に他の者に渡されたのである。

悲しきことは、バトンを渡す代償は父の命であった。

『娘さんが連れ去られた・・。姜文様にお伝えすればいい・・。』

機転が利く蘭華は、先ず目と鼻の先にある家の門を叩き、陸信の事を頼み、子供が連れ去られたみたいなので漁師の長の元へ至急伝える様に言い残し、自分は直ぐに浜辺に向かう。

(姜文様にお伝えできれば、何とかして下さる筈・・。)

蘭華は希望を持って自分が信頼し、慕う男の元へ全力で走った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...