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第5章 不器用な親子【道三と義龍】
12.道三の愛娘(まなむすめ)【後編】
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稲葉山城での生活を初め3ヶ月が過ぎた頃、道三から娘胡蝶の縁談の話が皆に告げられた。
相手は、かつて美濃守護職についていた土岐頼武の息子、頼純である。
頼純の父頼武は、弟土岐頼芸と激しい権力争いに敗れ、妻の実家である越前の朝倉家へ亡命した。
頼武は、既に越前の地で病没したのだが、その息子頼純は美濃の国への野望を未だ捨ててはいなかったのである。
昨年(1544年)も、朝倉家の支援を受け、美濃の国の政権奪取を目的に兵を上げ攻め込んできていた。
道三は朝倉家を通じ、自分の娘胡蝶を土岐頼純の正室に迎える事を条件に、頼純が美濃に戻る事を許し、守護職へ就任させる事を約束した。
道三の謀略の上手さは、頼純が守護へ就任するということは、その時尾張の織田に亡命していた土岐頼芸が守護職を辞さなければならず、それは頼純自身に頼芸と調整させた事にある。
二人がどんな約束をしたかは分からないが、最終的に土岐頼芸は守護職を辞し、この話は成立したのであった。
胡蝶の輿入れの発表があってから数日後、胡蝶と十兵衛が何時もの通り剣術稽古をしていると、二人に道三からお呼びがかかったのである。
通された部屋は、道三が趣味で使用している部屋であった。
其処は広い部屋で、道三がよく茶の湯を行う部屋である。床の間には、唐物と呼ばれる明の国で使われている陶磁器が所狭しと置かれていた。
十兵衛にとって、その部屋は初めてであった為少し驚いた。
『これは、総て異国のモノ・・』と十兵衛は思わず言葉が出てしまう。
『十兵衛兄様、父は珍しい唐物には目がないのよ。異国の商人が来ると、とにかく唐物は無いかって聞くのヨ』
『有ればあるだけ、総て買っちゃうの、商人もそれが分かってるから、色々準備してきて・・』
『・・・いつの間にか、こんなに多くなっちゃった』と幼い従兄妹は可愛らしく教えてくれたのであった。
二人が、そんな話をしていると、道三と小見の方がその部屋にやって来たのである。
『十兵衛、胡蝶、待たせたな』と道三が先に上座に向かう。
『十兵衛殿、何時も胡蝶の世話をしてくれてありがとうございます』と胡蝶の母で十兵衛の叔母である小見の方が、十兵衛の顔を見て、挨拶するように言うと、直ぐに道三が座った場所の近くまで歩いていき、そして道三の隣に座った。
『二人を呼んだのは、他でもない、近々行われる胡蝶の祝言の件じゃ』
『来年、土岐頼純様は美濃に帰国し大桑城へ入られる予定じゃ』
『それに合わして、胡蝶も大桑城へ輿入れさせる』
『十兵衛は、分かっていると思うが、胡蝶は何時裏切るか分からない者の元へ嫁入りさせる事になる』
『分るな、十兵衛』と道三が、念を押す様に十兵衛に問う。
『ハッ、分かっておりまする』と十兵衛が平伏する。
『・・・・分かってくれるか、・・・其処でじゃ、十兵衛よ』と道三は、まるで秘密を打ち明ける様に少し声をおさえ、親しい者にだけ使う様な声色で話しかけた。
『お主、胡蝶と共に大桑城へ行ってくれ・・』
『何と・・私が大桑城へですか』
『明智家は、元々は土岐家と血を同じにする一族、明智の者であれば、土岐の者達も少しは気を許すかもしれん、しかもお主は胡蝶の従兄、気心も知れておる』
『才気、剣術の腕、ワシと小見で相談したのだが、お主ほど適任の者はいないのじゃ』
『十兵衛殿、叔母の私からもお願いするわ、幼い胡蝶を守ってあげて』
『母上、自分の事は自分で守れるわ!!』と幼い胡蝶はムキになった様に言う。
『お前は黙ってなさい、これは大人の話です』
何時もは優しい小見の方がピシャリと胡蝶を叱りつけると、気の強い胡蝶も流石に黙ってしまった。
『十兵衛殿、宜しくお願いしますね!!』
主君とその正妻に、叔母に従兄妹を守ってくれと頼まれたのである、十兵衛に断る理由は無かった。
しかし、明智城に残してきた煕子の顔が十兵衛の頭をよぎる、しかし最後には腹を決めたのであった。
『・・・・ハッ!、この十兵衛全力で胡蝶様をお守り致します』と短く答え平伏したのであった。
道三は、十兵衛が任務を受けた事を確認すると、今度は胡蝶の方を見る。
『胡蝶よ、来年お前が嫁ぐ方は、ワシの前の主君の甥っ子に当たる方、高貴な血の方じゃ』
『しかし、国を奪ったワシを憎んでおる。いうなれば敵じゃ』
『お主は敵に嫁ぐと思え、父はそんなお前の為に十兵衛を一緒に行かす事にした』
『そして、あと二つお前に準備してきたモノがある』
道三そういうと、準備してきた懐剣【護身用の短刀】を胡蝶に渡す。
『それは、ワシが選んだお主の懐剣じゃ、もしお前の夫となる者がお主に害を与えようとするのであれば、迷わずその者の首を、その懐剣で刈るのじゃ』
『・・・首を・・刈る』と、道三の言葉の意味を、その怖さを認識する様に胡蝶は呟いた。
そんな愛娘の状況は、想定済みの様に、道三は彼女に構わず、ユックリと話を続けた。
『胡蝶よ、今日用意してきたモノのもう一つは、お前の新しい名じゃ』
『今日から、お前の名前は帰蝶じゃ!!』
『必ず父の元へ帰ってこれるという、ゲンを担いだ名じゃ』
『嫁いだ後も、必ず父と母の元に戻り、元気な姿を見せる事!、それがお主の任務じゃ』
『なあに、十兵衛は強くて優秀な男じゃ、きっとお前を守ってくれる!!』
道三は、そう言うと思わず涙ぐむ。
『父上、泣かないで、なかないで、私が父上を脅かす敵を倒して、必ず守ってあげるから!!』
幼い娘の、幼い義務感から出る声が部屋中に響く。
『・・そうか、そうか、父は幸せ者じゃ、帰蝶の様な強い娘を持って』
道三は、我慢できず愛娘を抱きしめた。
父の感じる恐怖と、娘の感じる恐怖の度合いは全く違うモノだろうと、それを見ながら十兵衛は思ったものである。
(自分が火中の栗を拾う立場になろうとは・・)
自分が火だるまになっても、この従兄妹だけは助けなければならないと心に誓う十兵衛であった。
相手は、かつて美濃守護職についていた土岐頼武の息子、頼純である。
頼純の父頼武は、弟土岐頼芸と激しい権力争いに敗れ、妻の実家である越前の朝倉家へ亡命した。
頼武は、既に越前の地で病没したのだが、その息子頼純は美濃の国への野望を未だ捨ててはいなかったのである。
昨年(1544年)も、朝倉家の支援を受け、美濃の国の政権奪取を目的に兵を上げ攻め込んできていた。
道三は朝倉家を通じ、自分の娘胡蝶を土岐頼純の正室に迎える事を条件に、頼純が美濃に戻る事を許し、守護職へ就任させる事を約束した。
道三の謀略の上手さは、頼純が守護へ就任するということは、その時尾張の織田に亡命していた土岐頼芸が守護職を辞さなければならず、それは頼純自身に頼芸と調整させた事にある。
二人がどんな約束をしたかは分からないが、最終的に土岐頼芸は守護職を辞し、この話は成立したのであった。
胡蝶の輿入れの発表があってから数日後、胡蝶と十兵衛が何時もの通り剣術稽古をしていると、二人に道三からお呼びがかかったのである。
通された部屋は、道三が趣味で使用している部屋であった。
其処は広い部屋で、道三がよく茶の湯を行う部屋である。床の間には、唐物と呼ばれる明の国で使われている陶磁器が所狭しと置かれていた。
十兵衛にとって、その部屋は初めてであった為少し驚いた。
『これは、総て異国のモノ・・』と十兵衛は思わず言葉が出てしまう。
『十兵衛兄様、父は珍しい唐物には目がないのよ。異国の商人が来ると、とにかく唐物は無いかって聞くのヨ』
『有ればあるだけ、総て買っちゃうの、商人もそれが分かってるから、色々準備してきて・・』
『・・・いつの間にか、こんなに多くなっちゃった』と幼い従兄妹は可愛らしく教えてくれたのであった。
二人が、そんな話をしていると、道三と小見の方がその部屋にやって来たのである。
『十兵衛、胡蝶、待たせたな』と道三が先に上座に向かう。
『十兵衛殿、何時も胡蝶の世話をしてくれてありがとうございます』と胡蝶の母で十兵衛の叔母である小見の方が、十兵衛の顔を見て、挨拶するように言うと、直ぐに道三が座った場所の近くまで歩いていき、そして道三の隣に座った。
『二人を呼んだのは、他でもない、近々行われる胡蝶の祝言の件じゃ』
『来年、土岐頼純様は美濃に帰国し大桑城へ入られる予定じゃ』
『それに合わして、胡蝶も大桑城へ輿入れさせる』
『十兵衛は、分かっていると思うが、胡蝶は何時裏切るか分からない者の元へ嫁入りさせる事になる』
『分るな、十兵衛』と道三が、念を押す様に十兵衛に問う。
『ハッ、分かっておりまする』と十兵衛が平伏する。
『・・・・分かってくれるか、・・・其処でじゃ、十兵衛よ』と道三は、まるで秘密を打ち明ける様に少し声をおさえ、親しい者にだけ使う様な声色で話しかけた。
『お主、胡蝶と共に大桑城へ行ってくれ・・』
『何と・・私が大桑城へですか』
『明智家は、元々は土岐家と血を同じにする一族、明智の者であれば、土岐の者達も少しは気を許すかもしれん、しかもお主は胡蝶の従兄、気心も知れておる』
『才気、剣術の腕、ワシと小見で相談したのだが、お主ほど適任の者はいないのじゃ』
『十兵衛殿、叔母の私からもお願いするわ、幼い胡蝶を守ってあげて』
『母上、自分の事は自分で守れるわ!!』と幼い胡蝶はムキになった様に言う。
『お前は黙ってなさい、これは大人の話です』
何時もは優しい小見の方がピシャリと胡蝶を叱りつけると、気の強い胡蝶も流石に黙ってしまった。
『十兵衛殿、宜しくお願いしますね!!』
主君とその正妻に、叔母に従兄妹を守ってくれと頼まれたのである、十兵衛に断る理由は無かった。
しかし、明智城に残してきた煕子の顔が十兵衛の頭をよぎる、しかし最後には腹を決めたのであった。
『・・・・ハッ!、この十兵衛全力で胡蝶様をお守り致します』と短く答え平伏したのであった。
道三は、十兵衛が任務を受けた事を確認すると、今度は胡蝶の方を見る。
『胡蝶よ、来年お前が嫁ぐ方は、ワシの前の主君の甥っ子に当たる方、高貴な血の方じゃ』
『しかし、国を奪ったワシを憎んでおる。いうなれば敵じゃ』
『お主は敵に嫁ぐと思え、父はそんなお前の為に十兵衛を一緒に行かす事にした』
『そして、あと二つお前に準備してきたモノがある』
道三そういうと、準備してきた懐剣【護身用の短刀】を胡蝶に渡す。
『それは、ワシが選んだお主の懐剣じゃ、もしお前の夫となる者がお主に害を与えようとするのであれば、迷わずその者の首を、その懐剣で刈るのじゃ』
『・・・首を・・刈る』と、道三の言葉の意味を、その怖さを認識する様に胡蝶は呟いた。
そんな愛娘の状況は、想定済みの様に、道三は彼女に構わず、ユックリと話を続けた。
『胡蝶よ、今日用意してきたモノのもう一つは、お前の新しい名じゃ』
『今日から、お前の名前は帰蝶じゃ!!』
『必ず父の元へ帰ってこれるという、ゲンを担いだ名じゃ』
『嫁いだ後も、必ず父と母の元に戻り、元気な姿を見せる事!、それがお主の任務じゃ』
『なあに、十兵衛は強くて優秀な男じゃ、きっとお前を守ってくれる!!』
道三は、そう言うと思わず涙ぐむ。
『父上、泣かないで、なかないで、私が父上を脅かす敵を倒して、必ず守ってあげるから!!』
幼い娘の、幼い義務感から出る声が部屋中に響く。
『・・そうか、そうか、父は幸せ者じゃ、帰蝶の様な強い娘を持って』
道三は、我慢できず愛娘を抱きしめた。
父の感じる恐怖と、娘の感じる恐怖の度合いは全く違うモノだろうと、それを見ながら十兵衛は思ったものである。
(自分が火中の栗を拾う立場になろうとは・・)
自分が火だるまになっても、この従兄妹だけは助けなければならないと心に誓う十兵衛であった。
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