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第9章 世代交代への動き
13.亡国の宰相(さいしょう)【後編】
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中国の歴史書史記によれば、趙高は胡亥から奪った玉璽を王の証として、自ら帝位につこうとしたが、殿上【皇帝の居所】に登ろうとすると、宮殿はそれを拒絶する様に大きく震えたという。
趙高も、簡単には諦めきれず3度試みたが3度宮中は震え、遂には天の意を悟らざるを得なかった。
趙高はやむなく殺した胡亥に替わる傀儡として秦の皇族の一人子嬰を擁立しようとしたが、幼き皇帝の末路を知る彼は、趙高の思い通りにはならなかった。
趙高より皇帝への即位を勧められた子嬰は、固辞し、己の屋敷に籠ってしまい出てこようとしなかったのである。
痺れを切らした趙高が子嬰を説得しようと、子嬰の屋敷を訪れるが、それが子嬰の罠であった。
『お主ら、何をする、我は丞相ぞ!無礼であろう』
子嬰の屋敷に入るやいなや、数名の男達に囲まれ、趙高が連れて来た御供たちが有無を言わされず斬り殺されていくので、趙高は慌てて叫んだ。
しかし、誰一人として、趙高の言葉に耳を傾ける者などいなかった。
気がつけば、立っているのは趙高一人になっていた。
『よく私の屋敷に来れたものだなぁ、卑しき宦官よ』
男達の後ろに立つ、男が口を開いた。
男は、秦の皇族の身が着用を許された服を着ていた。
『・・・子嬰・・さ・・ま』
『我の名をきやすく呼ぶな、我が名が汚れる・・この下種め!』
男の名を、呼び捨てしまいそうになり、咄嗟に敬称をつける趙高の様子が、彼が未だ己の生への執着がある事を示していた。
『いくら、貴方が皇族の方でも、丞相である我を、愚弄するとは許されません』
『身分もわきまえず我欲におぼれ、皇帝を殺めた逆賊を、下種と呼んで何が悪い』
子嬰は、上から趙高に唾を吐きかける様な口調でそう言った。
その言葉に、趙高は突然激高した。
『取り消せ、取り消すのじゃ、血の縁のみで、その地位、場所にいるお主らこそが』
『下種じゃ、否、その下種以下のウジ虫じゃぁあ!』
『我は、母の罪で幼き日に宮刑に連座させられ、去勢させられた』
『お前ら皇族の者が、我が受けた仕打ちを受ければ、その場で命を断ったであろう』
『我は違う、我は其処から法を学び、勤勉に仕事をした』
『偉大な君、始皇帝様はそれを見ていて下さり、我をひきあげたのじゃ』
『血縁の身で、地位を約束され、何も仕事をしないお前らに代わって、国を支えてやった我に向かって下種などとおおお』
『許さん、許さんぞぉおおお』
趙高は激高していた為、最後の方の言葉は叫び声になっていた。
『キチガイめ、だれかそのキチガイを殺せ!』
子嬰のその命令を聞き、二人の男が趙高を切りつけようとした。
一太刀浴びせられた趙高は、その場に倒れ込んだが、突然何かを呪文のようなものを唱え始めた。
もう一人の男が、気味悪がり、止めを刺そうと、趙高の首目がけて剣を振り落としたが、瀕死の趙高の身体が横に動き、致命傷とはならなかった。
趙高の呪文の詠唱が続く。最初は、低い声であった詠唱が、気づけば少しづつ大きくなっていく。
それは、趙高に撲殺された道士が教えた不老不死の秘術の呪文であった。
『何をしておる、早く止めをさせ!』
『剣でダメなら、槍で刺せ、刺し殺すのじゃ、その気味の悪い詠唱を早く終わらせろ』
子嬰は、恐怖のあまり動きを止めそうになる男達に、新しい指示を出す。
男達は不思議な恐怖を感じていた。瀕死の男が詠唱を終わらせると、何か悪い事がおきるのではないかという不安がどんどん大きくなっていくのである。
男達は、子嬰の指示に従い、剣を槍に持ち替え、無我夢中で趙高を刺した。
誰も言葉を発しない、肉に槍が刺さるただ鈍い音だけが屋敷に響き渡る。
『止めぇい、止めい、もう死んでおる』
子嬰の制止の命で、我に返った男達が見た趙高は、死体ですらない、肉塊であった。
子嬰が男達と共に、改めて趙高を確認しようとした時である。
明るかった屋敷の外が、突然暗闇に変わったのである。
子嬰が慌てて外へ飛び出て、上を見上げると、太陽に月が重なり、月食が起きていた。
『なんじゃ、何が起こったのじゃ・・』
子嬰達に関わらず、秦の都の民達は、初めて見る月食に、何かとんでもなく不吉な事がおきるのではないかと、恐怖を覚えた。
しかし、月食は、直ぐにおわり、直ぐに太陽の陽が戻って来たので、彼らは自分達の任務を最後まで終わらせる事に集中したのである。
その日、趙高の一族も逆賊として、皆殺しにされる。
趙高亡き後、秦は立ち直ろうとするも、時すでに遅く滅亡してしまった。
趙高の名は、秦を滅ぼす原因を作った悪臣、亡国の宰相として中国の歴史に悪名として刻まれたのである。
彼は、確かにその日死んだ。
しかし、断末魔の悲鳴のように唱えた彼の呪文が、いや彼のこの世に対する憎悪が、魂が、眠っていた一匹の強い力を持つ魔物を呼び覚ましていた。
突然起きた月食は、その魔物の仕業であった。
その魔物の名は、共工。
彼は、中国の人達から破壊神と恐れられ、現代の洪水の名の由来になった魔物である。
趙高も、簡単には諦めきれず3度試みたが3度宮中は震え、遂には天の意を悟らざるを得なかった。
趙高はやむなく殺した胡亥に替わる傀儡として秦の皇族の一人子嬰を擁立しようとしたが、幼き皇帝の末路を知る彼は、趙高の思い通りにはならなかった。
趙高より皇帝への即位を勧められた子嬰は、固辞し、己の屋敷に籠ってしまい出てこようとしなかったのである。
痺れを切らした趙高が子嬰を説得しようと、子嬰の屋敷を訪れるが、それが子嬰の罠であった。
『お主ら、何をする、我は丞相ぞ!無礼であろう』
子嬰の屋敷に入るやいなや、数名の男達に囲まれ、趙高が連れて来た御供たちが有無を言わされず斬り殺されていくので、趙高は慌てて叫んだ。
しかし、誰一人として、趙高の言葉に耳を傾ける者などいなかった。
気がつけば、立っているのは趙高一人になっていた。
『よく私の屋敷に来れたものだなぁ、卑しき宦官よ』
男達の後ろに立つ、男が口を開いた。
男は、秦の皇族の身が着用を許された服を着ていた。
『・・・子嬰・・さ・・ま』
『我の名をきやすく呼ぶな、我が名が汚れる・・この下種め!』
男の名を、呼び捨てしまいそうになり、咄嗟に敬称をつける趙高の様子が、彼が未だ己の生への執着がある事を示していた。
『いくら、貴方が皇族の方でも、丞相である我を、愚弄するとは許されません』
『身分もわきまえず我欲におぼれ、皇帝を殺めた逆賊を、下種と呼んで何が悪い』
子嬰は、上から趙高に唾を吐きかける様な口調でそう言った。
その言葉に、趙高は突然激高した。
『取り消せ、取り消すのじゃ、血の縁のみで、その地位、場所にいるお主らこそが』
『下種じゃ、否、その下種以下のウジ虫じゃぁあ!』
『我は、母の罪で幼き日に宮刑に連座させられ、去勢させられた』
『お前ら皇族の者が、我が受けた仕打ちを受ければ、その場で命を断ったであろう』
『我は違う、我は其処から法を学び、勤勉に仕事をした』
『偉大な君、始皇帝様はそれを見ていて下さり、我をひきあげたのじゃ』
『血縁の身で、地位を約束され、何も仕事をしないお前らに代わって、国を支えてやった我に向かって下種などとおおお』
『許さん、許さんぞぉおおお』
趙高は激高していた為、最後の方の言葉は叫び声になっていた。
『キチガイめ、だれかそのキチガイを殺せ!』
子嬰のその命令を聞き、二人の男が趙高を切りつけようとした。
一太刀浴びせられた趙高は、その場に倒れ込んだが、突然何かを呪文のようなものを唱え始めた。
もう一人の男が、気味悪がり、止めを刺そうと、趙高の首目がけて剣を振り落としたが、瀕死の趙高の身体が横に動き、致命傷とはならなかった。
趙高の呪文の詠唱が続く。最初は、低い声であった詠唱が、気づけば少しづつ大きくなっていく。
それは、趙高に撲殺された道士が教えた不老不死の秘術の呪文であった。
『何をしておる、早く止めをさせ!』
『剣でダメなら、槍で刺せ、刺し殺すのじゃ、その気味の悪い詠唱を早く終わらせろ』
子嬰は、恐怖のあまり動きを止めそうになる男達に、新しい指示を出す。
男達は不思議な恐怖を感じていた。瀕死の男が詠唱を終わらせると、何か悪い事がおきるのではないかという不安がどんどん大きくなっていくのである。
男達は、子嬰の指示に従い、剣を槍に持ち替え、無我夢中で趙高を刺した。
誰も言葉を発しない、肉に槍が刺さるただ鈍い音だけが屋敷に響き渡る。
『止めぇい、止めい、もう死んでおる』
子嬰の制止の命で、我に返った男達が見た趙高は、死体ですらない、肉塊であった。
子嬰が男達と共に、改めて趙高を確認しようとした時である。
明るかった屋敷の外が、突然暗闇に変わったのである。
子嬰が慌てて外へ飛び出て、上を見上げると、太陽に月が重なり、月食が起きていた。
『なんじゃ、何が起こったのじゃ・・』
子嬰達に関わらず、秦の都の民達は、初めて見る月食に、何かとんでもなく不吉な事がおきるのではないかと、恐怖を覚えた。
しかし、月食は、直ぐにおわり、直ぐに太陽の陽が戻って来たので、彼らは自分達の任務を最後まで終わらせる事に集中したのである。
その日、趙高の一族も逆賊として、皆殺しにされる。
趙高亡き後、秦は立ち直ろうとするも、時すでに遅く滅亡してしまった。
趙高の名は、秦を滅ぼす原因を作った悪臣、亡国の宰相として中国の歴史に悪名として刻まれたのである。
彼は、確かにその日死んだ。
しかし、断末魔の悲鳴のように唱えた彼の呪文が、いや彼のこの世に対する憎悪が、魂が、眠っていた一匹の強い力を持つ魔物を呼び覚ましていた。
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