黒祓いがそれを知るまで

星井

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癒やされしもの

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「どういう事だ」

 手渡された隊服をベッドの上に投げ捨てた俺を睨み付けながら、仏頂面のエンリィが言った。
 ちら、とその様子を一瞥しながら、万が一を考え貴重品も置いていく事にする。
 外は長袖シャツが丁度いい気温で、動けばもう少し暑くなるだろう。だが夜になれば少し肌寒くなるかもしれない。

「あなた、真我は苦手なのでは」
「……その通り」

 はあ、と溜め息を吐き気のない返事をする俺に、エンリィは更に苛立ったような顔をしてにじり寄る。
 仕事帰りにどこかで耳にしたのだろう。隊服姿のエンリィは髪を振り乱し、慌てた様子で俺の部屋に来たのだ。その行動が優しさから来ているのは知っている。まさかこんなに早くエンリィに気付かれるとは思っていなかったが。

「ていうか何で知ってるんだお前」
「隊長が、『あいつ大丈夫なんかね。真我の声が聞こえるってんだから奴らの命乞いも聞くわけでしょ』と言うから、一体どういう事だと問い詰めたんだ」
「……ハイクか」

 あの野郎、無駄に顔が広いから俺が第一と行動を共にする情報がすぐに回ったのだろう。そしてそれをエンリィも知っていると踏んで、何気なく零したわけか。
 お気楽な顔をしたハイクを思い浮かべ、まあ仕方ないと出動準備を続ける。
 これ見よがしに渡された隊服に袖を通すか迷ったが、そもそも剣も持たぬ俺は正式な隊員ではないし、なるつもりもない。
 陛下へのささやかな反抗としていつも通りの白いシャツにスラックスで行こうと思い、気合いを入れる。
 扉前の鏡で自分の顔を見ていると、ふとエンリィが姿見に入り込んだので、振り返った。

「ナツヤ、忘れてるんじゃないか?」
「……は? 何がだよ」

 ずい、と距離を縮める青年に鬱陶しいなぁと眉を寄せて後退する。
 昼間に姿を現せた真我が、日が暮れてから追っていた第二部隊に発見されたと聞いたのはつい先程だ。大型だというそれは第二だけの手では負えないと判断され、第一も出動する事となった。
 これ幸い、お前も行けとなるのは当然の流れだろう。陛下は早速俺に指示を出し、出動命令を出したわけだ。
 数日前のやり取りからすぐにこの日が来てしまい、内心は焦りまくっている。さっきから手汗はドバドバ出ているし、気を抜けば膝さえ笑いそうだ。
 そんな状態の俺を更に追い詰めるように、エンリィが距離を縮めてくるので訝しげに見上げる。

「兄上と会った」
「……ああそ」
「私を見て、勝ち誇ったような顔をしていた」
「……気のせいだろ」
「何かあったのか」

 なんでこういうところだけ無駄に勘が鋭いんだ。一体どんな嗅覚してやがる。犬か? 犬なのか?
 と思いながら、あくまでもポーカーフェイスを崩さずにエンリィの横を通り抜けようとした。
 だがその腕をエンリィが掴み、その力の強さから振り払う事も出来ずに立ち止まった。

「なんだよ」
「……なんか、不安だ……」
「はあ?」
「……兄上とナツヤが……なんか……」

 自分で言って言葉に出来ないのか、エンリィは視線をうろつかせながらそれでも最後には俺を見下ろす。
 捨てられた子犬のような瞳をして言い淀むその表情に、なんだかまずい気がして俺は距離を取ろうと再度腕を振り払おうとした。
 だがエンリィはそれを許さず、次には意を決したような表情をして俺の身体を手のひらで押した。

「へっ?」

 不意をつかれたのと、その力強さにろくな抵抗も出来ず、真後ろのベッドに倒れ込む。目を丸くする俺にエンリィはすかさず伸し掛かって来て、固まる俺を見下ろし言った。

「言っただろ……何度でも分からせてやるって」
「……いやいやいやいや」
「ナツヤが好きだ」
「……エンリィ」
「だから心配でならない」

 その言葉は色々な思いを含んでいたようにも聞こえ、思わず息を呑む。
 エンリィの顔が段々と近付いてくるのに逃れようと腕に力を入れても、伸し掛かる彼の手がそれを許さない。そうしている間もエンリィは躊躇いもなく俺の唇を塞いだ。

「……エン……む……っ」

 ちゅ、と唇を挟むように食まれ、軽やかなリップ音が耳につく。
 エンリィは俺と目を合わせながら数度唇を重ねては離しを繰り返し、一瞬動きを止めた。しかし次には目を閉じて、荒々しく俺の口元を自分のそれで覆う。
 性急なそれに抗議の声を上げようとした唇の間から、エンリィの舌が入り込んでくる。
 ぼやけるエンリィの瞼を見つめながら、悪戯に舌を侵入させる男の愛撫をどうしたものかと考えた。押し返そうともがく腕はがっしりと封じられ、逃げ惑う舌を追うように彼の舌が傍若無人に暴れる。
 首を背けて拒否を示してもすぐに追いかけられ、仕方なく膝を立ててエンリィの腹を押す羽目に。
 さすがにこの抵抗にはエンリィも負けたようで、顔が離れ苛立ったように髪を掻き上げて奴は言う。

「なんなんだ!」
「いやお前こそなんなんだ! べろべろ口ン中舐めやがってお口レイプだぞこれ!」
「れっ……」

 顔を真っ赤にしたエンリィが心外だとばかりに俺を見下ろし、手を掴み起き上がるのを手助けしてくれる。
 その表情を呆れた目で見て、はあと溜め息を吐く。こいつのスイッチが良く分からない。レイプの発言に顔を真っ赤にする割にはあっさりべろちゅーかましてくるし、俺の拒絶も大して気にしてなさそうなのに今は焦った顔をして必死だ。

「……童貞だから迷走してんのか?」
「どっ……」

 エンリィが言いかけて、そしてすぐに思い立ったような目をして俺を見る。

「ああ童貞だ。その童貞が決死の覚悟で純潔を捨てようとしてるんだ。言っただろ。好きな相手としか身体を繋げたくないと。私はあなたと繋がりたい」
「純潔って……」

 今時生娘でも言わないだろ……。と言えば童貞エンリィは事実だろうと一蹴する。
 強い。強すぎるぞ二十一歳の童貞王子は。

「……すまんが時間ないし、その元気になってる奴も可哀想すぎるしもう面倒だしお前その辺で童貞捨ててこいな? それじゃ!」
「待て、ナツヤ!」

 時計を見て俺は慌てた。呼び出しからかなりの時間が経っていた。陛下に殺される! と立ち上がり扉に向かう。童貞金髪王子などに構っていられない。
 これからの事でいっぱいいっぱいだった俺は、エンリィのその覚悟を軽く流して反応すら見ずに部屋を出て走り出した。
 ああわかっている。最低だって事くらい。
 でもこの時は俺もそれ以上考えたくなかった。
 真っ直ぐなあいつの眼差しと、抱えるものがありすぎるあいつと。比べる事なんて出来なかったのだ。


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