31 / 78
癒やされしもの
30
しおりを挟む
◇
「どういう事だ」
手渡された隊服をベッドの上に投げ捨てた俺を睨み付けながら、仏頂面のエンリィが言った。
ちら、とその様子を一瞥しながら、万が一を考え貴重品も置いていく事にする。
外は長袖シャツが丁度いい気温で、動けばもう少し暑くなるだろう。だが夜になれば少し肌寒くなるかもしれない。
「あなた、真我は苦手なのでは」
「……その通り」
はあ、と溜め息を吐き気のない返事をする俺に、エンリィは更に苛立ったような顔をしてにじり寄る。
仕事帰りにどこかで耳にしたのだろう。隊服姿のエンリィは髪を振り乱し、慌てた様子で俺の部屋に来たのだ。その行動が優しさから来ているのは知っている。まさかこんなに早くエンリィに気付かれるとは思っていなかったが。
「ていうか何で知ってるんだお前」
「隊長が、『あいつ大丈夫なんかね。真我の声が聞こえるってんだから奴らの命乞いも聞くわけでしょ』と言うから、一体どういう事だと問い詰めたんだ」
「……ハイクか」
あの野郎、無駄に顔が広いから俺が第一と行動を共にする情報がすぐに回ったのだろう。そしてそれをエンリィも知っていると踏んで、何気なく零したわけか。
お気楽な顔をしたハイクを思い浮かべ、まあ仕方ないと出動準備を続ける。
これ見よがしに渡された隊服に袖を通すか迷ったが、そもそも剣も持たぬ俺は正式な隊員ではないし、なるつもりもない。
陛下へのささやかな反抗としていつも通りの白いシャツにスラックスで行こうと思い、気合いを入れる。
扉前の鏡で自分の顔を見ていると、ふとエンリィが姿見に入り込んだので、振り返った。
「ナツヤ、忘れてるんじゃないか?」
「……は? 何がだよ」
ずい、と距離を縮める青年に鬱陶しいなぁと眉を寄せて後退する。
昼間に姿を現せた真我が、日が暮れてから追っていた第二部隊に発見されたと聞いたのはつい先程だ。大型だというそれは第二だけの手では負えないと判断され、第一も出動する事となった。
これ幸い、お前も行けとなるのは当然の流れだろう。陛下は早速俺に指示を出し、出動命令を出したわけだ。
数日前のやり取りからすぐにこの日が来てしまい、内心は焦りまくっている。さっきから手汗はドバドバ出ているし、気を抜けば膝さえ笑いそうだ。
そんな状態の俺を更に追い詰めるように、エンリィが距離を縮めてくるので訝しげに見上げる。
「兄上と会った」
「……ああそ」
「私を見て、勝ち誇ったような顔をしていた」
「……気のせいだろ」
「何かあったのか」
なんでこういうところだけ無駄に勘が鋭いんだ。一体どんな嗅覚してやがる。犬か? 犬なのか?
と思いながら、あくまでもポーカーフェイスを崩さずにエンリィの横を通り抜けようとした。
だがその腕をエンリィが掴み、その力の強さから振り払う事も出来ずに立ち止まった。
「なんだよ」
「……なんか、不安だ……」
「はあ?」
「……兄上とナツヤが……なんか……」
自分で言って言葉に出来ないのか、エンリィは視線をうろつかせながらそれでも最後には俺を見下ろす。
捨てられた子犬のような瞳をして言い淀むその表情に、なんだかまずい気がして俺は距離を取ろうと再度腕を振り払おうとした。
だがエンリィはそれを許さず、次には意を決したような表情をして俺の身体を手のひらで押した。
「へっ?」
不意をつかれたのと、その力強さにろくな抵抗も出来ず、真後ろのベッドに倒れ込む。目を丸くする俺にエンリィはすかさず伸し掛かって来て、固まる俺を見下ろし言った。
「言っただろ……何度でも分からせてやるって」
「……いやいやいやいや」
「ナツヤが好きだ」
「……エンリィ」
「だから心配でならない」
その言葉は色々な思いを含んでいたようにも聞こえ、思わず息を呑む。
エンリィの顔が段々と近付いてくるのに逃れようと腕に力を入れても、伸し掛かる彼の手がそれを許さない。そうしている間もエンリィは躊躇いもなく俺の唇を塞いだ。
「……エン……む……っ」
ちゅ、と唇を挟むように食まれ、軽やかなリップ音が耳につく。
エンリィは俺と目を合わせながら数度唇を重ねては離しを繰り返し、一瞬動きを止めた。しかし次には目を閉じて、荒々しく俺の口元を自分のそれで覆う。
性急なそれに抗議の声を上げようとした唇の間から、エンリィの舌が入り込んでくる。
ぼやけるエンリィの瞼を見つめながら、悪戯に舌を侵入させる男の愛撫をどうしたものかと考えた。押し返そうともがく腕はがっしりと封じられ、逃げ惑う舌を追うように彼の舌が傍若無人に暴れる。
首を背けて拒否を示してもすぐに追いかけられ、仕方なく膝を立ててエンリィの腹を押す羽目に。
さすがにこの抵抗にはエンリィも負けたようで、顔が離れ苛立ったように髪を掻き上げて奴は言う。
「なんなんだ!」
「いやお前こそなんなんだ! べろべろ口ン中舐めやがってお口レイプだぞこれ!」
「れっ……」
顔を真っ赤にしたエンリィが心外だとばかりに俺を見下ろし、手を掴み起き上がるのを手助けしてくれる。
その表情を呆れた目で見て、はあと溜め息を吐く。こいつのスイッチが良く分からない。レイプの発言に顔を真っ赤にする割にはあっさりべろちゅーかましてくるし、俺の拒絶も大して気にしてなさそうなのに今は焦った顔をして必死だ。
「……童貞だから迷走してんのか?」
「どっ……」
エンリィが言いかけて、そしてすぐに思い立ったような目をして俺を見る。
「ああ童貞だ。その童貞が決死の覚悟で純潔を捨てようとしてるんだ。言っただろ。好きな相手としか身体を繋げたくないと。私はあなたと繋がりたい」
「純潔って……」
今時生娘でも言わないだろ……。と言えば童貞エンリィは事実だろうと一蹴する。
強い。強すぎるぞ二十一歳の童貞王子は。
「……すまんが時間ないし、その元気になってる奴も可哀想すぎるしもう面倒だしお前その辺で童貞捨ててこいな? それじゃ!」
「待て、ナツヤ!」
時計を見て俺は慌てた。呼び出しからかなりの時間が経っていた。陛下に殺される! と立ち上がり扉に向かう。童貞金髪王子などに構っていられない。
これからの事でいっぱいいっぱいだった俺は、エンリィのその覚悟を軽く流して反応すら見ずに部屋を出て走り出した。
ああわかっている。最低だって事くらい。
でもこの時は俺もそれ以上考えたくなかった。
真っ直ぐなあいつの眼差しと、抱えるものがありすぎるあいつと。比べる事なんて出来なかったのだ。
「どういう事だ」
手渡された隊服をベッドの上に投げ捨てた俺を睨み付けながら、仏頂面のエンリィが言った。
ちら、とその様子を一瞥しながら、万が一を考え貴重品も置いていく事にする。
外は長袖シャツが丁度いい気温で、動けばもう少し暑くなるだろう。だが夜になれば少し肌寒くなるかもしれない。
「あなた、真我は苦手なのでは」
「……その通り」
はあ、と溜め息を吐き気のない返事をする俺に、エンリィは更に苛立ったような顔をしてにじり寄る。
仕事帰りにどこかで耳にしたのだろう。隊服姿のエンリィは髪を振り乱し、慌てた様子で俺の部屋に来たのだ。その行動が優しさから来ているのは知っている。まさかこんなに早くエンリィに気付かれるとは思っていなかったが。
「ていうか何で知ってるんだお前」
「隊長が、『あいつ大丈夫なんかね。真我の声が聞こえるってんだから奴らの命乞いも聞くわけでしょ』と言うから、一体どういう事だと問い詰めたんだ」
「……ハイクか」
あの野郎、無駄に顔が広いから俺が第一と行動を共にする情報がすぐに回ったのだろう。そしてそれをエンリィも知っていると踏んで、何気なく零したわけか。
お気楽な顔をしたハイクを思い浮かべ、まあ仕方ないと出動準備を続ける。
これ見よがしに渡された隊服に袖を通すか迷ったが、そもそも剣も持たぬ俺は正式な隊員ではないし、なるつもりもない。
陛下へのささやかな反抗としていつも通りの白いシャツにスラックスで行こうと思い、気合いを入れる。
扉前の鏡で自分の顔を見ていると、ふとエンリィが姿見に入り込んだので、振り返った。
「ナツヤ、忘れてるんじゃないか?」
「……は? 何がだよ」
ずい、と距離を縮める青年に鬱陶しいなぁと眉を寄せて後退する。
昼間に姿を現せた真我が、日が暮れてから追っていた第二部隊に発見されたと聞いたのはつい先程だ。大型だというそれは第二だけの手では負えないと判断され、第一も出動する事となった。
これ幸い、お前も行けとなるのは当然の流れだろう。陛下は早速俺に指示を出し、出動命令を出したわけだ。
数日前のやり取りからすぐにこの日が来てしまい、内心は焦りまくっている。さっきから手汗はドバドバ出ているし、気を抜けば膝さえ笑いそうだ。
そんな状態の俺を更に追い詰めるように、エンリィが距離を縮めてくるので訝しげに見上げる。
「兄上と会った」
「……ああそ」
「私を見て、勝ち誇ったような顔をしていた」
「……気のせいだろ」
「何かあったのか」
なんでこういうところだけ無駄に勘が鋭いんだ。一体どんな嗅覚してやがる。犬か? 犬なのか?
と思いながら、あくまでもポーカーフェイスを崩さずにエンリィの横を通り抜けようとした。
だがその腕をエンリィが掴み、その力の強さから振り払う事も出来ずに立ち止まった。
「なんだよ」
「……なんか、不安だ……」
「はあ?」
「……兄上とナツヤが……なんか……」
自分で言って言葉に出来ないのか、エンリィは視線をうろつかせながらそれでも最後には俺を見下ろす。
捨てられた子犬のような瞳をして言い淀むその表情に、なんだかまずい気がして俺は距離を取ろうと再度腕を振り払おうとした。
だがエンリィはそれを許さず、次には意を決したような表情をして俺の身体を手のひらで押した。
「へっ?」
不意をつかれたのと、その力強さにろくな抵抗も出来ず、真後ろのベッドに倒れ込む。目を丸くする俺にエンリィはすかさず伸し掛かって来て、固まる俺を見下ろし言った。
「言っただろ……何度でも分からせてやるって」
「……いやいやいやいや」
「ナツヤが好きだ」
「……エンリィ」
「だから心配でならない」
その言葉は色々な思いを含んでいたようにも聞こえ、思わず息を呑む。
エンリィの顔が段々と近付いてくるのに逃れようと腕に力を入れても、伸し掛かる彼の手がそれを許さない。そうしている間もエンリィは躊躇いもなく俺の唇を塞いだ。
「……エン……む……っ」
ちゅ、と唇を挟むように食まれ、軽やかなリップ音が耳につく。
エンリィは俺と目を合わせながら数度唇を重ねては離しを繰り返し、一瞬動きを止めた。しかし次には目を閉じて、荒々しく俺の口元を自分のそれで覆う。
性急なそれに抗議の声を上げようとした唇の間から、エンリィの舌が入り込んでくる。
ぼやけるエンリィの瞼を見つめながら、悪戯に舌を侵入させる男の愛撫をどうしたものかと考えた。押し返そうともがく腕はがっしりと封じられ、逃げ惑う舌を追うように彼の舌が傍若無人に暴れる。
首を背けて拒否を示してもすぐに追いかけられ、仕方なく膝を立ててエンリィの腹を押す羽目に。
さすがにこの抵抗にはエンリィも負けたようで、顔が離れ苛立ったように髪を掻き上げて奴は言う。
「なんなんだ!」
「いやお前こそなんなんだ! べろべろ口ン中舐めやがってお口レイプだぞこれ!」
「れっ……」
顔を真っ赤にしたエンリィが心外だとばかりに俺を見下ろし、手を掴み起き上がるのを手助けしてくれる。
その表情を呆れた目で見て、はあと溜め息を吐く。こいつのスイッチが良く分からない。レイプの発言に顔を真っ赤にする割にはあっさりべろちゅーかましてくるし、俺の拒絶も大して気にしてなさそうなのに今は焦った顔をして必死だ。
「……童貞だから迷走してんのか?」
「どっ……」
エンリィが言いかけて、そしてすぐに思い立ったような目をして俺を見る。
「ああ童貞だ。その童貞が決死の覚悟で純潔を捨てようとしてるんだ。言っただろ。好きな相手としか身体を繋げたくないと。私はあなたと繋がりたい」
「純潔って……」
今時生娘でも言わないだろ……。と言えば童貞エンリィは事実だろうと一蹴する。
強い。強すぎるぞ二十一歳の童貞王子は。
「……すまんが時間ないし、その元気になってる奴も可哀想すぎるしもう面倒だしお前その辺で童貞捨ててこいな? それじゃ!」
「待て、ナツヤ!」
時計を見て俺は慌てた。呼び出しからかなりの時間が経っていた。陛下に殺される! と立ち上がり扉に向かう。童貞金髪王子などに構っていられない。
これからの事でいっぱいいっぱいだった俺は、エンリィのその覚悟を軽く流して反応すら見ずに部屋を出て走り出した。
ああわかっている。最低だって事くらい。
でもこの時は俺もそれ以上考えたくなかった。
真っ直ぐなあいつの眼差しと、抱えるものがありすぎるあいつと。比べる事なんて出来なかったのだ。
1
あなたにおすすめの小説
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる