黒祓いがそれを知るまで

星井

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生きたい身体

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「……集合体、か」

 その日の陛下は見た事のない穏やかな顔つきをしていた。
 疑問に思いながらも見上げる俺を陛下は僅かに目元を緩ませて腕を組み見下ろす。
 城内の厩で馬の手入れをしていた彼に近付き、護衛の隊員を近くに確認しながらも躊躇いもせず口を開いた俺に、ラシュヌ陛下は頷き言う。

「アンシュルから逃げた真我の話は聞いている。お前が見たという、黒い影。それが五体集まり真我となった上に、逃げる時はまた影に戻って散ったと言う事だったな」
「はい。それに、記憶を……」
「記憶?」

 言い淀んだ俺を陛下が眉を上げて続きを促した。
 これは、アーシュには言っていない事だった。

「……俺の事を知っていただけじゃなくて……、恐らくイーリス殿下の事も」
「……」

 その名前に陛下の表情が一瞬抜け落ちたようになくなり、身を強張らせる。
 鳥の声が遠くで聞こえた。穏やかな風が丘の上を吹き、晴天の青空はまるで真我の存在など感じさせないような平穏さを連れていた。
 ラシュヌ陛下はそれでも直ぐに俺の目をじっと見つめ、口許を緩めた。

「……丁度いい。お前も来い」
「……え?」

 そう言って背後の馬にひょい、と飛び乗った陛下が俺に手を伸ばす。
 ……まさかこれに乗れって事か。
 思わず頬を引き攣らせた俺に、彼は楽し気に笑うと早くしろと腕を引っ張ってくる。逃げ場を探し、近くの隊員に目配せすれば彼等はじっと俺を見て頷いた。その目が逆らうなと語っていて、仕方なく目を伏せて鐙に片足をかけようとする。
 だが馬に乗ったことのない俺はまず足が中々上がらない。片腕を引っ張る陛下がその様子に、冗談だろ、と声を上げて笑った。呆然とその顔を見上げれば、彼は俺の視線に気付いたのかニヤリと笑う。

「情けない男だな」
「……すみませんね」

 ぼそ、と呟けば掴まれたままの腕をグイ、と引っ張られて足が宙に浮いた。その力強さに驚きながらもされるがままに持ち上げられれば、腹から馬の背に乗り上げた俺を陛下は何でもない風に抱えなおし、座るのまで手伝ってくれた。
 もがくようにして陛下の前に座った俺を見て、手綱を握る陛下を確認してから隊員が近付き繋がれていた縄を解いた。
 自由になった馬が首を振って小さく鼻を鳴らす。

「……待って、怖い怖い!」

 その動きにどこを握ればいいのか分からない俺は馬の鬣を掴んでしまい、不愉快そうに馬が首を動かした。
 握り締めたその指を陛下が後ろからゆっくりと外して、何も言わず鞍の出っ張りを握らせてくれる。抱え込まれるような体勢に背中が落ち着かないが既にそれどころではない俺は動き始めた馬に恐怖を覚えた。
 背後でラシュヌ陛下はくつくつと笑っているし、俺は高くなった視界に既に目を回しそうだ。
 ていうか、二人で乗る場合って俺は後ろに行くんじゃないのか?

「落ち着け。走らせないから安心しろ」
「……っ」

 焦ってもゆっくりと歩き出した馬の背から逃げるわけにもいかず、両足に力を入れて少しでも振り落とされないようにと身体が緊張する。陛下はそんな俺が面白いのか終始上機嫌な気配を後ろから漂わせていた。
 カポカポと軽快に歩く馬は、城の裏庭を抜けて広大な丘の頂上を目指した。
 一面に広がる草原に口を開けて見つめる。
 表から見えなかった城の裏側はどこまでも広く美しい。この、柔らかく暖かな陽射しがそそぐ鮮やかな緑と青が、俺の知る場所ではないのだとしても。
 ここはかつて居た世界とよく似ていた。

 やがて小さな柵を張り巡らせた一角が見え、目を細める。
 大きな羽を広げた鳥の銅像が佇んでいた。淡い紫と桃色の花びらをつけた木がその銅像の隣に立ち、風でその小さな花びらが舞い落ちて幻想的だった。
 この世界の死者は鳥の姿をした神に天へと導かれると言う。空は、地べたを這いずりまわる真我の手が伸びない。
 上は安穏に包まれた幸福の世界だ。厳しくも尊い生を終えた死者は、そこで束の間の休息を得て、そうしてまた地へと降りる。
 愛する人に会う為に。守るために。一人にさせない為に。
 それがこの国での人生観であり、信仰であり伝説であり生活の教えなのだ。
 
 陛下が馬から下りるのを見て、俺も真似て颯爽と降りようとするが、やはりその高さから躊躇いが生じる。
 もたもたしていると両脇をぐ、と持たれて子どもの様に下ろされる事に途轍もない恥ずかしさを感じるが、ラシュヌ陛下はもう俺を揶揄う事もなかった。

 装飾されている白い柵の中は庭園のように整えられ、色とりどりの花々と草木が並び、整えられた正方形の石が綺麗に立って一定の間隔で並んでいた。
 その中心には一際背の高い支柱のような太く丸い石が建っていて、柵の中へと足を踏み入れて真っ先にそれを見上げた。
 細かな模様が描かれている気がして注視すると、それは文字だった。

 ──シュライル・グレイ 1089.9.30

 初王の、墓だ。

「……イーリスはアンシュルも敵わねえくらい活発な女でな。あいつはいつも強い姉に振り回されていた」
「……」

 二十年以上前にもなる我が子の死を陛下が口にするとは予想できず、不意をつかれた俺は口を閉ざした。
 大切な誰かを亡くした人と話すのは、それでも慣れている方だ。俺には要らぬ能力があり、時折彼等の姿を見るからだ。
 だがいくら慣れていると言えども、残された者の感情に触れるのは得意じゃない。
 悲しみは移る。苦しみは伝わる。
 憎しみは時折、こちらにも向けられる。


「……嫁の腹には次に産まれる双子がいた。だから珍しくあいつを置いて、アンシュルが行きたいと言った収穫祭に連れてった時だ」
「……だから」
「そうだな。……アンシュルが責任を感じ、討伐隊として生きるのは何ら不思議な事じゃない」

 立ち止まった場所は、一つの白い墓石の前だった。
 シンプルな文字のみ刻まれているその石は、他のものより少しだけ、白さが際立っている。
 誰かが手向けたのか桃色の花束が花瓶に飾られていた。その横には小さな白い花も。
 ここは、常に誰かに触れられて慈しみられている。

「イーリスは最期まで強かった。アンシュルを庇い、奴に捕まった事も決して後悔はしていないだろう。……だが、アイツは違う」

 ラシュヌ陛下はそう言って、ちらりと隣に立つ俺を見下ろしてくる。
 その視線は柔らかく、もしかしたらこの陛下こそ、本来の彼なのかと感じてしまう。
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