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第三話
「なんだよこれ……、おい勇者、一体何が起きた?」
あっという間に一つの部屋になったようなそこを見渡しながら背後の勇者に話しかける。
なぜなら俺はこれまでの経緯の記憶が一切無い。
なぜ一人倒れていたのかもわからないし、他の奴らがいないのかもわからない。
苦しげに息をつくアレスの様子が気にならないわけではないが、こいつを介抱する義務はないのでそのままにする。
俯いた勇者アレスは、俺の言葉にも無反応だ。
ハアハアと荒い息が聞こえる。拳を地面について、なにかに耐えているような姿だ。
毒でも食らったのか。そんな戦闘が、俺のいない間にあったのか?
「……お前は、攫われたんだ……」
呟くような低い声がして俺は腕組みをしながら壁に背を預けてアレスを見下ろした。
俺が、攫われた?
「あいつは……俺たちの間を縫って、お前だけを……っ」
「あいだをぬって……?」
おいおいおい、まてまてまて。
それって……それって、とんでもなくないか。
こいつの口振りから、相手が黒王だとはすぐに理解した。まさか追っていた相手がこんなダンジョンに現れるとは驚きだ。
その上、αだらけの勇者一行の警戒や魔法を躱して、俺を攫っただなんて……。
「……桁違いの相手じゃないか」
さすがの俺も腕組みを外して立ち尽くした。
六人の世界最高の戦士達が集まっている一行なのだ。その彼等が歯が立たぬ相手など、一体誰が打ち負かせる。
青ざめる俺をよそに、アレスは続けた。
「お前こそ、いったいなにをされた……」
「なにも……、ていうか覚えてない」
確かに起き上がった時は妙な怠さがあったが、今はそうでもない。
気絶した瞬間に頭でも打ったんだろう。思わず両手で自分の身体をあちこち触って確認するが、痛むところはないし、傷もなさそうだ。
一体、黒王はなぜ俺を?
「何もされてないだと……、Ωくせえフェロモンぶちまけながら、何もされてないだと……?」
「……は?」
言われた言葉が理解できず、首を傾げた俺にアレスがゆっくりを顔を上げて視線だけで人を殺しそうな睨みで、俺に言った。
「Ωくせえんだよお前。何を仕込まれた」
ごくり、と喉を鳴らして俺は理由もなく視線を彷徨わせた。
アレスが立ち上がる。眉間に皺を寄せながら、ふらつく体で俺から距離を取るように後方へ下がった。
「攫われた瞬間に、全員がお前を追ったせいで見事バラバラになった。元々勝手な奴等だからな、向こうも予想通りだっただろう」
いや、でもお前は俺を追わなかったせいで一人になったんじゃないのか。
そうつっこもうと思ったけど、殺されかねない勢いなので黙っておく。
それにしても。
そうか、みんな俺を追ってくれたのか。まあ大方、大事な荷物持ってるし下僕みたいなもんだしそういった理由だろうけど。
それでも。ちょっと、なんか……うれしい。
今までの俺の苦労が認められたみたいで……。
「なら早いところここを出よう。あいつらを探しに行かないと」
とはいえ俺は魔法も使えぬ一般人βだ。この世界のαとΩに顎で使われるような、種族。
見たところ俺にはこの状態から抜け出すことなどできそうにもないし太刀打ちできる方法もない。
アレスよ、勇者ならどうにかしろ。
お前の魔法なら一発だろ。
そう暗に伝えれば、アレスは更に眉間に皺を寄せ、人殺しの目つきのまま続けた。
「ここに来る前に、奴が現れた」
「奴って……黒王のことか」
「あいつが……、βに仕込んだフェロモンを鎮めないとこのダンジョンは閉じられたままだと、そう言ってきた」
無論アレスはその時、問答無用で魔法を放ったが、気付いたときには奴の姿は消えていた、と。
アレスはそう言った。
内容が全然頭に入ってこないけど。
「……は? ふぇろもん??」
「Ωみたいなフェロモンが、お前からずっとしてる。強烈だ、くせえし……クソっ、最悪だ」
「Ω臭い……? まて、俺はβだぞ、そんなはずは……っ」
「だから言っただろ!」
アレスが自身の腕で鼻元を抑えながら叫んだ。
怒号に近いそれにビク、と身体が跳ねる。
αの頂点、勇者の迫力は一般人βである俺には強烈すぎるほどだ。
「お前は気絶してたんだ! 恐らくその時に奴になにかをされた。Ωのフェロモンを醸し出すβなど、聞いたことも見たこともない! 奴は俺たちの弱点を突くために態々お前を攫って……」
「……Ωだって?」
あの、発情期に子を孕む、Ωだって……?
そんな馬鹿な。
思わず俺は自分の匂いを確認した。フェロモンの匂いだとかなんだとか聞いていたけど、すんすん鼻を動かしても、欠片も匂わない。腕や脇は、むしろほんの少し汗臭い嗅ぎ慣れた自分のそれだ。
まてよ。もしΩになったらαの匂いもわかるはずだ。
アレスを見る。
距離があるせいか匂いはしない。
もっと嗅ごうと一歩踏み出す。だが、次の瞬間アレスが物凄い形相で俺に言った。
「来るな! 来るなよ、くさい匂い垂れ流して、これ以上俺に近付くな!」
「くさい、って」
あまりの物言いにカっと頭に血が上ったが、ふとアレスの股間部分に目をやって固まった。
不自然に膨らんだ、その中心。服の上からでも、そこが途轍もなく盛り上がっているのがわかる。
まさか。
まさかまさか。
「発情期(ラット)……」
αは、Ωのフェロモンに当てられると発情期を引き起こす。そうなれば所構わず誰であろうと性交のことしか考えられず、発情期が終わるまで、彼等はそれを実行するのだ。
どんなαでも例外なく。
あっという間に一つの部屋になったようなそこを見渡しながら背後の勇者に話しかける。
なぜなら俺はこれまでの経緯の記憶が一切無い。
なぜ一人倒れていたのかもわからないし、他の奴らがいないのかもわからない。
苦しげに息をつくアレスの様子が気にならないわけではないが、こいつを介抱する義務はないのでそのままにする。
俯いた勇者アレスは、俺の言葉にも無反応だ。
ハアハアと荒い息が聞こえる。拳を地面について、なにかに耐えているような姿だ。
毒でも食らったのか。そんな戦闘が、俺のいない間にあったのか?
「……お前は、攫われたんだ……」
呟くような低い声がして俺は腕組みをしながら壁に背を預けてアレスを見下ろした。
俺が、攫われた?
「あいつは……俺たちの間を縫って、お前だけを……っ」
「あいだをぬって……?」
おいおいおい、まてまてまて。
それって……それって、とんでもなくないか。
こいつの口振りから、相手が黒王だとはすぐに理解した。まさか追っていた相手がこんなダンジョンに現れるとは驚きだ。
その上、αだらけの勇者一行の警戒や魔法を躱して、俺を攫っただなんて……。
「……桁違いの相手じゃないか」
さすがの俺も腕組みを外して立ち尽くした。
六人の世界最高の戦士達が集まっている一行なのだ。その彼等が歯が立たぬ相手など、一体誰が打ち負かせる。
青ざめる俺をよそに、アレスは続けた。
「お前こそ、いったいなにをされた……」
「なにも……、ていうか覚えてない」
確かに起き上がった時は妙な怠さがあったが、今はそうでもない。
気絶した瞬間に頭でも打ったんだろう。思わず両手で自分の身体をあちこち触って確認するが、痛むところはないし、傷もなさそうだ。
一体、黒王はなぜ俺を?
「何もされてないだと……、Ωくせえフェロモンぶちまけながら、何もされてないだと……?」
「……は?」
言われた言葉が理解できず、首を傾げた俺にアレスがゆっくりを顔を上げて視線だけで人を殺しそうな睨みで、俺に言った。
「Ωくせえんだよお前。何を仕込まれた」
ごくり、と喉を鳴らして俺は理由もなく視線を彷徨わせた。
アレスが立ち上がる。眉間に皺を寄せながら、ふらつく体で俺から距離を取るように後方へ下がった。
「攫われた瞬間に、全員がお前を追ったせいで見事バラバラになった。元々勝手な奴等だからな、向こうも予想通りだっただろう」
いや、でもお前は俺を追わなかったせいで一人になったんじゃないのか。
そうつっこもうと思ったけど、殺されかねない勢いなので黙っておく。
それにしても。
そうか、みんな俺を追ってくれたのか。まあ大方、大事な荷物持ってるし下僕みたいなもんだしそういった理由だろうけど。
それでも。ちょっと、なんか……うれしい。
今までの俺の苦労が認められたみたいで……。
「なら早いところここを出よう。あいつらを探しに行かないと」
とはいえ俺は魔法も使えぬ一般人βだ。この世界のαとΩに顎で使われるような、種族。
見たところ俺にはこの状態から抜け出すことなどできそうにもないし太刀打ちできる方法もない。
アレスよ、勇者ならどうにかしろ。
お前の魔法なら一発だろ。
そう暗に伝えれば、アレスは更に眉間に皺を寄せ、人殺しの目つきのまま続けた。
「ここに来る前に、奴が現れた」
「奴って……黒王のことか」
「あいつが……、βに仕込んだフェロモンを鎮めないとこのダンジョンは閉じられたままだと、そう言ってきた」
無論アレスはその時、問答無用で魔法を放ったが、気付いたときには奴の姿は消えていた、と。
アレスはそう言った。
内容が全然頭に入ってこないけど。
「……は? ふぇろもん??」
「Ωみたいなフェロモンが、お前からずっとしてる。強烈だ、くせえし……クソっ、最悪だ」
「Ω臭い……? まて、俺はβだぞ、そんなはずは……っ」
「だから言っただろ!」
アレスが自身の腕で鼻元を抑えながら叫んだ。
怒号に近いそれにビク、と身体が跳ねる。
αの頂点、勇者の迫力は一般人βである俺には強烈すぎるほどだ。
「お前は気絶してたんだ! 恐らくその時に奴になにかをされた。Ωのフェロモンを醸し出すβなど、聞いたことも見たこともない! 奴は俺たちの弱点を突くために態々お前を攫って……」
「……Ωだって?」
あの、発情期に子を孕む、Ωだって……?
そんな馬鹿な。
思わず俺は自分の匂いを確認した。フェロモンの匂いだとかなんだとか聞いていたけど、すんすん鼻を動かしても、欠片も匂わない。腕や脇は、むしろほんの少し汗臭い嗅ぎ慣れた自分のそれだ。
まてよ。もしΩになったらαの匂いもわかるはずだ。
アレスを見る。
距離があるせいか匂いはしない。
もっと嗅ごうと一歩踏み出す。だが、次の瞬間アレスが物凄い形相で俺に言った。
「来るな! 来るなよ、くさい匂い垂れ流して、これ以上俺に近付くな!」
「くさい、って」
あまりの物言いにカっと頭に血が上ったが、ふとアレスの股間部分に目をやって固まった。
不自然に膨らんだ、その中心。服の上からでも、そこが途轍もなく盛り上がっているのがわかる。
まさか。
まさかまさか。
「発情期(ラット)……」
αは、Ωのフェロモンに当てられると発情期を引き起こす。そうなれば所構わず誰であろうと性交のことしか考えられず、発情期が終わるまで、彼等はそれを実行するのだ。
どんなαでも例外なく。
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