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第十一話
仏頂面の勇者がのっそりと立ち上がる。鍛え上げられた体躯を惜しげもなく晒しながら床に転がっている自分の衣服を緩慢と身に纏っていく。
そういえばこいつ、どちらかと言えば禁欲的なイメージがあった。他の奴等は時折花街へと繰り出していたのに、こいつがそう言った場へ足を運んでいるのは見たことがない。
まあ裏でなんやかんやしていても俺が知るわけがないんだが、とにかくそんな男が偽発情期で平凡な上にβの男と性交に耽るなんて、なんというか……俺も酷い目に遭ってるけどこいつもこいつで不憫だ。
「……耐える訓練をする」
お前のそのフェロモンに。
長い沈黙のあと、アレスが言う。
「耐える訓練? お前、俺が同行していて平気なのか」
「っおまえは、俺たちのせいで妙な術をかけられただろう! 責任くらいは取る! 俺はそこまで落ちぶれていないからな!」
いきなり憤慨した勇者を茫然と見上げていると、次にアレスはばつの悪そうな顔をして続ける。
「一般人を巻き込んだのはきっかけがどうあれ俺たちαだ。元々お前は同行を拒否しておきながらこうなった」
「お、おう。でもそれはお前のせいじゃないだろ」
大体お前はずっと俺の同行を良く思っていなかった。だから打ち解けようともしていなかった。
そこまで考えて、俺はαの責任感の強さを思い出した。彼等は幼い頃から強者であることの制約を当然のように受け入れている。
だから大嫌いな相手も例外はないのだ。
でもな。
ますます言えなくなってきたなこれ……。
だって俺、あいつから言われたよ。
──βだって? 笑わせるな、私は貴様等を平凡なままで死なせるつもりはない。
と。
あいつって黒王だろ。俺の術式を簡単に弄って、ついでに尻穴まで弄った男だ。
あのときあいつは妙な道具で俺を一時的に満たして現実に引き戻した。恐らく己の言葉を記憶に受け付けたかったから。
奴が妙な実験に明け暮れ魔物やαを対象にした仕掛けを何度も試してきたのは、その先にいる俺たちβの人間達を見据えてやってきたことだとしたら。
黒王が憎んでいる対象がβなら、それに巻き込まれているのは勇者一行を筆頭に他のαやΩなのでは?
冷や汗を垂らしながら言うか言わないから躊躇っていると、そんな俺の様子を不審に思ったのかアレスは眉を寄せてクイ、と顎をしゃくった。
「何を知っている」
吐け、という圧がすごい。
覚悟を決めた俺は、仕方なく重い口を開いた。
「あのさ、発情期中に黒王が俺の元に……」
話し始めた俺に勇者は眉をつり上げて、そうして俺の言葉を最後まで聞くと、「ふざけるなよ」と吐き捨てて部屋を出て行ってしまった。
えーと、……やっぱり追い出されるよな?
◇
「話は聞かせて貰った! やはりミュレは我々と共に黒王をぶちのめす運命だな!」
それから数時間後、ベッドの上でゴロゴロしていると勢いよく扉が開いて召喚士の少年が現れた。
ちなみにこいつ、複雑な服装を好むくせに俺にその着付けの手伝いをさせる甘ったれだ。
その後ろにぞろぞろと他の仲間たちがいるのに気付いて、慌てて起き上がろうとした俺は尻穴の痛みと身体の疲労感に呻くはめになる。
「治癒しますよ。お尻を出すのです」
「いやです!」
「恥ずかしいのですか? といっても私、前回治癒したので全部見ていますけど。それこそ身体の隅々まで」
「いくらαだからってあんた女なんだから、ちょっとは恥じらってくださいよ!」
白魔導士の女αに絶叫すると、その横にいた剣士がずかずかと俺の前までやってきた。
「勇者から黒王に会った時の話は聞いた。奴がβを憎んでいるような発言をしたともな。ミュレよ、もしそのことで引け目を感じているのならそれは間違いだ」
「そうだ。黒王がどんな種族であろうとも、彼が今世界を脅かしているのは事実だ。我々はそれを阻止するために集った最強戦士達であって、その目的を違えることはない」
騎士の青年が静かに言った。
俺はそれに目を見開いて、そして気付かぬうちにβの代表面していた自分を恥じる。
「……でも、厄介な呪いをかけられてる、今じゃただの一般人以下の足手纏いなんだぞ」
「貴方にかかった術は身勝手な黒王がかけた嫌がらせであって、貴方に責任はありませんよ。確かに、勇者ですら解けないとなると不安はありますが」
「だからといってミュレを一人にするわけにはいかないだろ。僕の世話係でもあるし、何よりも黒王に巻き込まれた被害者だ」
そう言った少年の後ろから現れたのは金色の髪をなびかせる、王族の青年だ。
その温和そうで美しい見目とはかけ離れた、残酷で巨大な黒魔術を駆使する魔導士である。
「ミュレ、確かにきみは闘うことはできないが、その他で充分役に立っている。アレスのことは気にするな。呪いのせいもあって色々と受け入れがたいんだろう。それに、俺たちαやΩが発情期に屈する苦労をきみは既に知っただろ。またいつ発動するかわからないそれを抱えてアレスの傍から離れるのは、利口だとは思えないね」
「……っていうかむしろ、ついていって大丈夫なのか? 黒王がβを陥れようと俺を攫ったのなら、この後も色々と仕掛けてくるんじゃないのか。でも、俺だけなら」
「別に死んでも構わないと?」
ごつ、と重たいブーツの音がして顔を上げた。
低く抑揚のないその声は、いつも無愛想でどこか偉そうな男だ。
藍色の髪の毛、それよりも少しうすい青い瞳、凜々しい眉に、あまり動かない厚めのくちびる。
「お前が死んだところで何も変わりはしない。いくらでも代わりはいるしむしろ被害が増えるだけだ。黒王が何を企んでいるにせよ、俺たちはさっさと倒す。元々そのつもりで動いてきた。役立たずは役立たずらしく黙ってついてくればいい」
非常にむかつく物言いだが、アレスの言うことは尤もだ。
他の仲間達もうんうん頷いているし、俺だってあの発情期を味わった後で放置されるのは御免だった。
相手がアレスのみというのは中々に気まずいしやるせないが、逆に考えればアレスだけでいいのだ。こいつとのあれこれさえ我慢すれば、いずれ黒王を倒して呪いだって終わる。
「……当然、解除魔法も諦めるつもりもない」
アレスの言葉に、横で聞いていた黒魔導士がちいさく噴き出した。
「つまり、彼に尻を差し出せってことだよ、ミュレ」
……言い方ぁ!
そういえばこいつ、どちらかと言えば禁欲的なイメージがあった。他の奴等は時折花街へと繰り出していたのに、こいつがそう言った場へ足を運んでいるのは見たことがない。
まあ裏でなんやかんやしていても俺が知るわけがないんだが、とにかくそんな男が偽発情期で平凡な上にβの男と性交に耽るなんて、なんというか……俺も酷い目に遭ってるけどこいつもこいつで不憫だ。
「……耐える訓練をする」
お前のそのフェロモンに。
長い沈黙のあと、アレスが言う。
「耐える訓練? お前、俺が同行していて平気なのか」
「っおまえは、俺たちのせいで妙な術をかけられただろう! 責任くらいは取る! 俺はそこまで落ちぶれていないからな!」
いきなり憤慨した勇者を茫然と見上げていると、次にアレスはばつの悪そうな顔をして続ける。
「一般人を巻き込んだのはきっかけがどうあれ俺たちαだ。元々お前は同行を拒否しておきながらこうなった」
「お、おう。でもそれはお前のせいじゃないだろ」
大体お前はずっと俺の同行を良く思っていなかった。だから打ち解けようともしていなかった。
そこまで考えて、俺はαの責任感の強さを思い出した。彼等は幼い頃から強者であることの制約を当然のように受け入れている。
だから大嫌いな相手も例外はないのだ。
でもな。
ますます言えなくなってきたなこれ……。
だって俺、あいつから言われたよ。
──βだって? 笑わせるな、私は貴様等を平凡なままで死なせるつもりはない。
と。
あいつって黒王だろ。俺の術式を簡単に弄って、ついでに尻穴まで弄った男だ。
あのときあいつは妙な道具で俺を一時的に満たして現実に引き戻した。恐らく己の言葉を記憶に受け付けたかったから。
奴が妙な実験に明け暮れ魔物やαを対象にした仕掛けを何度も試してきたのは、その先にいる俺たちβの人間達を見据えてやってきたことだとしたら。
黒王が憎んでいる対象がβなら、それに巻き込まれているのは勇者一行を筆頭に他のαやΩなのでは?
冷や汗を垂らしながら言うか言わないから躊躇っていると、そんな俺の様子を不審に思ったのかアレスは眉を寄せてクイ、と顎をしゃくった。
「何を知っている」
吐け、という圧がすごい。
覚悟を決めた俺は、仕方なく重い口を開いた。
「あのさ、発情期中に黒王が俺の元に……」
話し始めた俺に勇者は眉をつり上げて、そうして俺の言葉を最後まで聞くと、「ふざけるなよ」と吐き捨てて部屋を出て行ってしまった。
えーと、……やっぱり追い出されるよな?
◇
「話は聞かせて貰った! やはりミュレは我々と共に黒王をぶちのめす運命だな!」
それから数時間後、ベッドの上でゴロゴロしていると勢いよく扉が開いて召喚士の少年が現れた。
ちなみにこいつ、複雑な服装を好むくせに俺にその着付けの手伝いをさせる甘ったれだ。
その後ろにぞろぞろと他の仲間たちがいるのに気付いて、慌てて起き上がろうとした俺は尻穴の痛みと身体の疲労感に呻くはめになる。
「治癒しますよ。お尻を出すのです」
「いやです!」
「恥ずかしいのですか? といっても私、前回治癒したので全部見ていますけど。それこそ身体の隅々まで」
「いくらαだからってあんた女なんだから、ちょっとは恥じらってくださいよ!」
白魔導士の女αに絶叫すると、その横にいた剣士がずかずかと俺の前までやってきた。
「勇者から黒王に会った時の話は聞いた。奴がβを憎んでいるような発言をしたともな。ミュレよ、もしそのことで引け目を感じているのならそれは間違いだ」
「そうだ。黒王がどんな種族であろうとも、彼が今世界を脅かしているのは事実だ。我々はそれを阻止するために集った最強戦士達であって、その目的を違えることはない」
騎士の青年が静かに言った。
俺はそれに目を見開いて、そして気付かぬうちにβの代表面していた自分を恥じる。
「……でも、厄介な呪いをかけられてる、今じゃただの一般人以下の足手纏いなんだぞ」
「貴方にかかった術は身勝手な黒王がかけた嫌がらせであって、貴方に責任はありませんよ。確かに、勇者ですら解けないとなると不安はありますが」
「だからといってミュレを一人にするわけにはいかないだろ。僕の世話係でもあるし、何よりも黒王に巻き込まれた被害者だ」
そう言った少年の後ろから現れたのは金色の髪をなびかせる、王族の青年だ。
その温和そうで美しい見目とはかけ離れた、残酷で巨大な黒魔術を駆使する魔導士である。
「ミュレ、確かにきみは闘うことはできないが、その他で充分役に立っている。アレスのことは気にするな。呪いのせいもあって色々と受け入れがたいんだろう。それに、俺たちαやΩが発情期に屈する苦労をきみは既に知っただろ。またいつ発動するかわからないそれを抱えてアレスの傍から離れるのは、利口だとは思えないね」
「……っていうかむしろ、ついていって大丈夫なのか? 黒王がβを陥れようと俺を攫ったのなら、この後も色々と仕掛けてくるんじゃないのか。でも、俺だけなら」
「別に死んでも構わないと?」
ごつ、と重たいブーツの音がして顔を上げた。
低く抑揚のないその声は、いつも無愛想でどこか偉そうな男だ。
藍色の髪の毛、それよりも少しうすい青い瞳、凜々しい眉に、あまり動かない厚めのくちびる。
「お前が死んだところで何も変わりはしない。いくらでも代わりはいるしむしろ被害が増えるだけだ。黒王が何を企んでいるにせよ、俺たちはさっさと倒す。元々そのつもりで動いてきた。役立たずは役立たずらしく黙ってついてくればいい」
非常にむかつく物言いだが、アレスの言うことは尤もだ。
他の仲間達もうんうん頷いているし、俺だってあの発情期を味わった後で放置されるのは御免だった。
相手がアレスのみというのは中々に気まずいしやるせないが、逆に考えればアレスだけでいいのだ。こいつとのあれこれさえ我慢すれば、いずれ黒王を倒して呪いだって終わる。
「……当然、解除魔法も諦めるつもりもない」
アレスの言葉に、横で聞いていた黒魔導士がちいさく噴き出した。
「つまり、彼に尻を差し出せってことだよ、ミュレ」
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