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第十四話
ピクリとも動かないアレスの瞼を見下ろしながら、ふう、と息をついて立ち上がる。
それはそうと、黒王ってやっぱりΩなのか。やたら美形で線の細い男だった。朦朧としていたせいで言われた言葉は曖昧にしか覚えていないが、なんだか小難しいことを言っていたな。
仲間達が「黒王はΩとα種族について一般人とはかけ離れている知識を持っている」と言っていたが恐らく事実だろう。
ベッドの下に投げ出された衣服を身につけ、宿屋の洗面所で身だしなみを整え荷物を手に取り部屋を出る。
基本的に俺たちは自由行動に近い。
強者のαで形成されているためか、各々が何をすべきか自分で判断し動いているので朝食や夕食に集まることはほとんどない。けれど宿屋の食事処に行けば何人かと顔を合わせたりもするし、少人数で行動することもある。
俺たちが全員で赴くのはダンジョン攻略や強力な魔物と対峙するときだけだ。
今日はそんな予定も入っていなかったので、昼も間近な今、宿屋には誰もいないだろうと思いながら階下に降りた。
案の定そこに見知った顔はなく、それぞれが単独行動をしているだろうと見当をつける。
この宿屋の一階は食事処として使用されている。
既に朝食の時間は過ぎているのもあり、そこには数人の客がぱらぱらとテーブルに座り食事をしているだけだ。
昨夜夕飯も投げ出してアレスと……していたので、さすがの俺も腹が減っていた。
荷物を置いて受付に注文をし食事を受け取り、空いている席に腰掛ける。
テーブルの上には客用に並べられている新聞があったので、迷わずそれを手に取った。
この行動も今となっては習慣だ。以前までは見向きもしなかった周辺地域の魔物情報と勇者一行の報道確認、そしてここ最近頻繁に報道されている種族間の新薬情報に目を通す。
発情症状を抑えられる薬を開発……治験、失敗、反対団体の声明と、人体への影響。
現状では、種族間の発情期を抑えられる方法はない。魔法や薬で意識を逸らすことができても、重大な副作用を伴うことが多いからだ。その多くが魔封じに繋がってしまい、魔法を必須とする職に就いている者が多いαとΩには見向きもされていないのが現状だ。
「……王立製薬研究所は、投薬により魔封じ状態に陥っても発情期間の一時的なものだと主張しているが、現時点では安全と保証する術が無く、また副作用に魔封じとなっては一般に受け入れがたい現状となっているため未だ大きな課題を残したままである、か。……大変だよなぁ」
スープを飲みながら食い入るように新聞を読んでいると、俺の新聞を読んでいたのだろうか、いつの間にか隣に座っていたらしい男に声をかけられた。
顔を上げると、短髪で茶色い髪の兄ちゃんと目が合った。黒目がちな瞳以外は特に目立つ要素はない。毒の無いその表情に警戒心を解いたのは、同じ種族だろうという予測と彼に見覚えがあったからだ。
ここに初日泊まった時も見かけた顔だ。宿屋の客だろう。
すると俺が口を開くより先に彼が言った。
「昨日も見かけましたよね、どちらからいらっしゃったんですか?」
「あ、俺はナーガからです、他はそれぞれ違うと思うけど……」
「ああ、ご友人もいらっしゃいましたね。いいなぁ、旅行か何かですか? 俺なんか、王都より北の村から来ているんですけど、ずっと一人で退屈で」
そう言って笑う男は目尻に少しの皺を寄せてぽりぽりと頭を掻いた。
見たところ俺より少し年上だろうが、その仕草になんだか妙に親近感が湧く。
たぶん、内面も外見もある意味凶器であるαたちとずっと一緒にいたからだろう。のんびり茶を啜る彼は地元の友人達をどことなく思い出させた。派手なこともなく素朴で、魔法とか魔物とか種族とか一切考えていなかったあの頃の。
ああ、安心する。
「どこかに行く予定でもあるんですか?」
訊くと男はええ、と頷いた。
「実は友人に会いに王都へ行ったんですが会えなくて。家に行っても留守で、職場に伺ったら辞めたと言われて行き先もわからず。妙な事を言い残して一方的に連絡が途絶えたものだから、心配で……。諦めて帰ろうかと思っていたんですけど、でも、見てください、これ」
そう言って彼は手のひらに小さな石を載せて見せてきた。乳白色の平べったいそれは、見覚えがある。
「これ、普通はちょっとした連絡用に子供なんかが持つようなものなんですけど、それを友人が細工した石なんです。握ると矢印が出て、友人のいる方向を示し続ける。これを渡されたの、もう随分昔で……俺たち、幼馴染みなんです」
「それは、心配ですね」
「ええ、定期的に会っていたし何も言わずに姿をくらますなんて不思議でね。元々少し気難しい男なんですけど、それでも俺だけにはなんでも相談してくれていたんです。幼い頃は家族と喧嘩する度に家出する奴で、その度に俺があいつを探しては見つけていた。だからか、いつだか俺にだけに居場所をすぐに教えやると言わんばかりにこれを渡されたんです。可愛いでしょ」
「てことは、それを頼りに?」
「そうなんです。なんだか捨てられなくていつも持っていたんですけど、大人になってこれを使う日が来るなんて」
懐かしむように男がそう言って、石をかざしながら続ける。矢印は動かす度にある一定の方角を示していた。
「これの凄いところはあいつに近くなると温かくなるんです。遠いと冷たい。すごいでしょう?」
「へえ、子供の頃にそんな石を作れるもんなんですね……すごいなぁ」
「そうそう、俺もいつも感心してました。やっぱりβとは違うんだって。でも、昨日からほんのり温かくて、たぶん近くにいるんだよね」
「それなら、もうすぐ会えるかもしれませんね」
そう言うと、彼は小さく頷いて微笑んだ。
「なので色んな方に訊ねているんですよ。すみませんが、彼を見かけませんでしたか?」
彼のポケットから出されたのは小さな紙切れだ。
それはβたちがよく知る、魔法を施されていない写真で、古いのか少し色褪せていた。
写っているのは椅子に座りどこか不機嫌そうに口元を引き締めてこちらを見る、一人の青年だ。バランスのとれた二重と、細く整った鼻筋に薄い唇。眼差しは不快そうだが、それでもその瞳はどことなく気を許している雰囲気もある。
随分と綺麗な男だった。
「……ぶほっ!!」
思わず飲んでいた茶を噴き出したのも仕方ない。
「だ、大丈夫ですか? お、落ち着いて」
噎せて涙目になりながら必死に呼吸を整えようとする俺の背を親切にもとんとんと叩いてくる男の顔と写真を交互に見つめる。
嘘だろ。
写真の男、黒王だよな……?
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