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第十五話
「やはりお前の予想通り数ヶ月前に宮廷魔導士を辞職している男が一人いた」
「希代の天才と謳われていたらしいよ。俺の八つくらい上かな。実技でのし上がったと言うより、頭でのし上がった人だ。彼が本当にそうだと?」
「調べずともわかることだ。奴は国家機密である禁術の管理を任されていた上に、その能力もずば抜けていた。習得するのも容易だ」
「だが仮にもオ……ミュレ? なにがあった」
その時がやがやと騒々しく食事処に入ってきたのは騎士と黒魔導士、そして勇者の三人だった。
噎せて涙目になっている俺を見て怪訝そうな顔をした騎士は、素早く隣にいる男に目をやり腰に下げている剣に触れたので、咄嗟に首を振りながら片手を突き出して制止した。
「っう、ごほっ……、まてよ、ていうかアレスいつの間に起きてたんだ?」
俺が部屋を出たときは全裸で寝ていたはずだぞ。しかもこの宿屋は食事処の前の廊下を通らないと玄関には行けない。当然、食事をしていた俺からは丸見えなので誰かが通れば気付く。だからこそここに座っていた。
でも、廊下に誰かが通ったことはなかったはずだ。
するとアレスは俺の発言にぐ、と眉を寄せ「β如きと一緒にするな」と短く吐き捨てた。
「……あー、魔法か。そうかよ」
確かにαのアレスなら転移魔法など造作ないことだ。
魔法が使えないβの俺に、そもそもそんなこと思いつきもしなかった。にしてもだからといってそんな言い方はないだろ。相変わらずむかつく奴だ。
そう胸中で毒づきながら、背をさすってくれた彼に短く礼を言うと、にっこり笑って彼は首を横に振った。
「いえいえ。でも、なにか気がついたことでもありました?」
にこにこ笑いながらそう問われて、う、とまた言葉に詰まる。
写真の中の黒王は、俺が会ったときより多少若く見えるが、長い黒髪と端整な顔立ちは忘れようにも忘れられないあの時の奴だった。いくら朦朧としていても物凄い綺麗な顔をしているから、覚えている。
彼は俺を偽発情期に陥れ、βを恨むような言葉を残して去った。
だが、この毒のなさそうなβの男と黒王が幼馴染み?
彼は幼馴染みが今世間を騒がせている黒王だということを知っているのか?
魔物を活発化させ、ダンジョンを設置しαやβを実験する……。
「……いや、一瞬知人に見えた気がしたんですけど、よく見たら全然違いました。はは、すみません」
「そうですか……」
咄嗟に誤魔化した俺に、彼は残念そうに目を伏せて息をついた。
今は余計なことは言わない方がいいだろう。アレスに報せてからでも。
「で、きみは誰だい? 俺たちが勇者一行だと知っていてミュレに近付いたの?」
「へ? ゆ、勇者……?」
成り行きを見守っていた黒魔導士が醒めた口調でそう問うと、彼は俺たちをそれぞれ見遣り、見る見る間に青ざめて両手をぶんぶんと振った。
「まさか、ご友人が勇者様一行だなんて……! 全然、知らなかったです!」
「本当か? 妙な真似をするなら容赦はしない」
寡黙な騎士が殺気丸出しで言うのに俺ですら驚いて、思わず仲裁に入ってしまった。
「いや、違う、この人とは世間話してただけだし、同じβだから意気投合してたんだ。彼には大事な用事があるし、本当に何も関係ない」
「……ミュレにそう言われても、まったく信用できないんだよね」
なんでだよ!
「ふん、どうせβだ。何を企んでいるにしろたかが知れている」
く、アレスの言葉は尤もだが、もっと言い方ってモンがあるだろ。
本当ならガツンと言ってやりたいが、そもそも迷惑かけまくっている自覚はあるので結局俺は小声で隣の彼に謝った。
「すみませんね、失礼な事言って」
「はは、大丈夫です。でも本当にαって全然雰囲気が違うというか……勇者なんて凄いなあ」
「αの中でも特別な者達ばかりで……ちょっと常識外れが多くて」
言いながら、さっさと俺たちを差し置いて隣のテーブルで再び話し合っている彼等を尻目に、俺は食器を下げ、気まずいのか彼もついてきたので宿屋の外に出ることにした。
「なんかすみません、大事なお友達を探している最中なのに」
「こちらこそ、お手数をおかけして……。まさか黒王を倒す救世主の一員だとはさすがに思わなくて」
「いやいや」
「いえいえ」
へへ、と互いに妙な笑いを飛ばしながら看板下にある長椅子に並んで腰掛ける。
この辺は町から少し離れた森の中にあることもあり、人気も無く聞こえるのは鳥のさえずりと虫たちの小さな鳴き声だけだ。
天気もいいし、これがただの旅行だったら本当に最高なんだけどな。
「そう言えば、お名前を伺っても?」
「クロヴィスです。クロと呼んで貰えると嬉しいな。北にある小さな村で鍛冶職人をしています」
「へえ、俺のことはミュレと。地元ではここみたいな宿屋を経営していて一応跡取りっていうのかな。まあそこで縁あって勇者一行の一員として同行することになったんです。大体雑用ですけどね」
「それでも凄いじゃないですか。俺はあんまり勇者さんたちのことは知らないけど、どこに行っても彼等の話題で持ちきりですよね」
「まあ彼等はαで、顔も中身も桁違いなので目立ちますよね」
苦笑しながら頷くと、クロは少し目を細めて俺を見て、そして視線を真っ直ぐに戻した。
「さっき見せた俺の幼馴染みも、俺なんかが一緒にいられないほど凄い人間で……。彼はΩなんですけどね、Ωでありながらαをも凌ぐ天才と言われていたんです」
「……そうなんですか」
黒王の能力は桁違いだ。
それは俺たちだってよく知っている。やはりΩなのか。
「俺はね、いつもΩである自分を許せないと言っている彼が心配でした。発情期も大変だし、それ以外にも色々と制約がある。彼はその度に俺に愚痴をこぼしていました」
「……どんなことを?」
不自然にならないように少し探りを入れるべきか。
そう思ったのは事実だが、純粋に黒王がどういった人物なのか知りたかったのもある。
そんな俺の思惑にも関わらず、クロヴィスは続けた。
「希代の天才と謳われていたらしいよ。俺の八つくらい上かな。実技でのし上がったと言うより、頭でのし上がった人だ。彼が本当にそうだと?」
「調べずともわかることだ。奴は国家機密である禁術の管理を任されていた上に、その能力もずば抜けていた。習得するのも容易だ」
「だが仮にもオ……ミュレ? なにがあった」
その時がやがやと騒々しく食事処に入ってきたのは騎士と黒魔導士、そして勇者の三人だった。
噎せて涙目になっている俺を見て怪訝そうな顔をした騎士は、素早く隣にいる男に目をやり腰に下げている剣に触れたので、咄嗟に首を振りながら片手を突き出して制止した。
「っう、ごほっ……、まてよ、ていうかアレスいつの間に起きてたんだ?」
俺が部屋を出たときは全裸で寝ていたはずだぞ。しかもこの宿屋は食事処の前の廊下を通らないと玄関には行けない。当然、食事をしていた俺からは丸見えなので誰かが通れば気付く。だからこそここに座っていた。
でも、廊下に誰かが通ったことはなかったはずだ。
するとアレスは俺の発言にぐ、と眉を寄せ「β如きと一緒にするな」と短く吐き捨てた。
「……あー、魔法か。そうかよ」
確かにαのアレスなら転移魔法など造作ないことだ。
魔法が使えないβの俺に、そもそもそんなこと思いつきもしなかった。にしてもだからといってそんな言い方はないだろ。相変わらずむかつく奴だ。
そう胸中で毒づきながら、背をさすってくれた彼に短く礼を言うと、にっこり笑って彼は首を横に振った。
「いえいえ。でも、なにか気がついたことでもありました?」
にこにこ笑いながらそう問われて、う、とまた言葉に詰まる。
写真の中の黒王は、俺が会ったときより多少若く見えるが、長い黒髪と端整な顔立ちは忘れようにも忘れられないあの時の奴だった。いくら朦朧としていても物凄い綺麗な顔をしているから、覚えている。
彼は俺を偽発情期に陥れ、βを恨むような言葉を残して去った。
だが、この毒のなさそうなβの男と黒王が幼馴染み?
彼は幼馴染みが今世間を騒がせている黒王だということを知っているのか?
魔物を活発化させ、ダンジョンを設置しαやβを実験する……。
「……いや、一瞬知人に見えた気がしたんですけど、よく見たら全然違いました。はは、すみません」
「そうですか……」
咄嗟に誤魔化した俺に、彼は残念そうに目を伏せて息をついた。
今は余計なことは言わない方がいいだろう。アレスに報せてからでも。
「で、きみは誰だい? 俺たちが勇者一行だと知っていてミュレに近付いたの?」
「へ? ゆ、勇者……?」
成り行きを見守っていた黒魔導士が醒めた口調でそう問うと、彼は俺たちをそれぞれ見遣り、見る見る間に青ざめて両手をぶんぶんと振った。
「まさか、ご友人が勇者様一行だなんて……! 全然、知らなかったです!」
「本当か? 妙な真似をするなら容赦はしない」
寡黙な騎士が殺気丸出しで言うのに俺ですら驚いて、思わず仲裁に入ってしまった。
「いや、違う、この人とは世間話してただけだし、同じβだから意気投合してたんだ。彼には大事な用事があるし、本当に何も関係ない」
「……ミュレにそう言われても、まったく信用できないんだよね」
なんでだよ!
「ふん、どうせβだ。何を企んでいるにしろたかが知れている」
く、アレスの言葉は尤もだが、もっと言い方ってモンがあるだろ。
本当ならガツンと言ってやりたいが、そもそも迷惑かけまくっている自覚はあるので結局俺は小声で隣の彼に謝った。
「すみませんね、失礼な事言って」
「はは、大丈夫です。でも本当にαって全然雰囲気が違うというか……勇者なんて凄いなあ」
「αの中でも特別な者達ばかりで……ちょっと常識外れが多くて」
言いながら、さっさと俺たちを差し置いて隣のテーブルで再び話し合っている彼等を尻目に、俺は食器を下げ、気まずいのか彼もついてきたので宿屋の外に出ることにした。
「なんかすみません、大事なお友達を探している最中なのに」
「こちらこそ、お手数をおかけして……。まさか黒王を倒す救世主の一員だとはさすがに思わなくて」
「いやいや」
「いえいえ」
へへ、と互いに妙な笑いを飛ばしながら看板下にある長椅子に並んで腰掛ける。
この辺は町から少し離れた森の中にあることもあり、人気も無く聞こえるのは鳥のさえずりと虫たちの小さな鳴き声だけだ。
天気もいいし、これがただの旅行だったら本当に最高なんだけどな。
「そう言えば、お名前を伺っても?」
「クロヴィスです。クロと呼んで貰えると嬉しいな。北にある小さな村で鍛冶職人をしています」
「へえ、俺のことはミュレと。地元ではここみたいな宿屋を経営していて一応跡取りっていうのかな。まあそこで縁あって勇者一行の一員として同行することになったんです。大体雑用ですけどね」
「それでも凄いじゃないですか。俺はあんまり勇者さんたちのことは知らないけど、どこに行っても彼等の話題で持ちきりですよね」
「まあ彼等はαで、顔も中身も桁違いなので目立ちますよね」
苦笑しながら頷くと、クロは少し目を細めて俺を見て、そして視線を真っ直ぐに戻した。
「さっき見せた俺の幼馴染みも、俺なんかが一緒にいられないほど凄い人間で……。彼はΩなんですけどね、Ωでありながらαをも凌ぐ天才と言われていたんです」
「……そうなんですか」
黒王の能力は桁違いだ。
それは俺たちだってよく知っている。やはりΩなのか。
「俺はね、いつもΩである自分を許せないと言っている彼が心配でした。発情期も大変だし、それ以外にも色々と制約がある。彼はその度に俺に愚痴をこぼしていました」
「……どんなことを?」
不自然にならないように少し探りを入れるべきか。
そう思ったのは事実だが、純粋に黒王がどういった人物なのか知りたかったのもある。
そんな俺の思惑にも関わらず、クロヴィスは続けた。
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