16 / 30
第十六話
「自分の意思とは別にその……発情するのが彼はとにかく苦痛だったみたいで。でも俺はそれをいつも笑い飛ばして『深く考えるなって、それがお前なんだから否定しなくていいだろ』って言ってたんです。俺としては励ましてるつもりだったんだけど、それは俺の驕りだったんでしょうね。ある日、彼が言ったんです。『意図しない相手とつがいになるのかもしれない。そんなの耐えられない』と」
「……」
「彼は幼い頃から、発情を完璧に抑える薬を開発するのが夢だった。そのために猛勉強して製薬研究所に入る予定でした。……でも直前で進路を変えたんです」
「研究所には入らなかった?」
「……ええ。一度面接に行ったきり、妙な顔をして帰ってきて。それ以来、研究所の話題も薬の話題も出すことはなくなりました。そうしているうちに、いつの間にか宮廷魔導士として働くことにしたようです」
当然黒王は魔法に関しても膨大な知識があった男だ。持ち前の頭脳を生かし、数年間真面目に働いていた。
そこまで聞いて、俺はダンジョンに仕掛けられた数々の魔術を思い出していた。俺とアレスがかかった罠と、毎回俺たちを脅かした魔物達。
通常自然界に存在する魔物は凶暴性はそこまでない。ただ脅威を感じたら人間にも攻撃をすることもあるってだけで、問題にすることではないんだ。
でも、ダンジョンの魔物は違う。あからさまに様子がおかしく攻撃性も高かったし、その身体能力や魔法力だって操作されていたように感じた。
俺たちは彼等を倒す度、苦い思いをしていたんだ。
通常ならどこかの森や海に住む、大人しい生き物たちだったから。
数々のピースが頭の中ではめ込まれていく。
先程アレス達が言っていた魔道士というワード、希代の天才、辞職。
彼はΩで、βの幼馴染みは姿を消した男を心配して遠い地まで行方を捜している。
「もしかして、気付いて……?」
静かに問うと、クロヴィスはちらりとこちらを見てそして口角を緩めながら頷いた。
「彼が世間を騒がせている黒王だって……? 確信はないんです。でも、あいつが行方不明になってからあちこちで謎のダンジョンが現れ、そこから逃げ出した魔物達が人々の暮らしを脅かすようになった」
ずっとそんなはずはないと信じていたけど、最後の言葉が引っかかり、もしかしてと思うようになった。
クロヴィスはそう言って、続けた。
「ノアは誰よりも強いΩでした。αより賢く強く、けれどずっと弱者でもあった。でもそれが彼を歪ませたのかもしれない。あいつは賢かったから、きっと気付いたんだ。発情期を抑える方法はない、と。じゃあどうすれば望む自分のままでいられるのか、と考えた。それで……」
「他に方法を?」
クロヴィスがふ、と吐息を吐くように笑う気配がした。正午過ぎの日射しは少しずつ強くなり、小鳥たちは既にどこかに飛んで行った。
「俺はね、彼が何者であろうが受け入れてきたつもりでした。発情期のノアも変わらず愛せたし、問題なんてなかった。彼のプライドを傷つけていると知りながらも、俺も男だからむしろ歓迎だと、ね。でもノアは許せなかった。ある日の発情期明けに宣言されたんです」
『もううんざりだ。私はずっと己の身体を嫌悪していた。なんとか変える方法を探り続けてきたが、それは根本的な解決法には繋がらない。しかし気付いたんだ。なぜ、私の身体を変えねばならない……? そして考えた。変えるなら我々じゃなくてもいいはずだと。私がお前だけのものになれないのなら、お前が私だけのものになればいいと』
だからクロ、βのお前こそ発情期を担え。
『そうすればあの馬鹿なα共も我々の発情期だけに反応することはなくなる。術式を組み込んで奴等につがいの呪いをかければ、Ωとαの結びは崩れゆく。たとえ時間がかかっても、その均衡さえ崩せばそれは後に劇的な変化を遂げるはずだ。種の危機に生命への冒涜? そんなもの、クソ食らえだ。我々はずっと馬鹿げた呪いを強制的にかけられてきたからな。クロ、知っているか。国が禁じた魔法は数多ある。なぜ禁じた? 危険だからだ。なぜ危険か? 簡単にできるからだ。決めたぞクロ、私はこれからそれを完成させる』
え、ええええ!
「つまりそれで、種族革命的な行動に?」
「……そうかもしれませんね」
事の発端はクロとノアの種族を超えた愛からか。濁すような言い方をしていたけれど、多分どっちが男役か女役かのポジション的なものでノアは嫌な思いをしていた。恋人であるクロはそれを知りながらもΩである彼を受け入れるつもりで否定してこなかったんだろう。
けれどノアは違ったのだ。ずっとずっとそんな自分を変えたかった。それはたぶん、肉体的な事もあるけれど、一番はいつか意図しない相手とつがう未来に、怯えていたのかもしれない。
俺が沈黙すると、クロヴィスははにかんで、困ったような声音で言った。
「あいつは天才だけど、本当に馬鹿なんです」
でもそんなところも嫌いじゃないってか……!
顔の紅いクロヴィスを見て、俺は半目で口を噤んだ。
あなたにおすすめの小説
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って?
いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?