雑用係βとα勇者にΩの呪いがかかった話

星井

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第二十一話

 少しの休憩を挟んでじゃあ出発するか、と腰を上げたとき、ふとクロヴィスと目が合った。どこか気まずげな表情をしたクロヴィスに、彼が俺にかけられた呪いを知ったのだとわかり、苦笑いを浮かべる。
 恐らく俺たちがダンジョンに籠もっている理由を他の仲間が説明したのだろう。
 俺たちがいない間、クロヴィスもまた黒王の情報を聞き出され、できる限りの協力をしていたようだった。
 黒王とはどれくらい付き合っているのか、とか、彼は尽くすタイプなのか、とか、関係あるのかそれ? と思わなくもない質問にも律儀に答えている様は少し気の毒だ。
 彼等は恋人同士だ。自分の愛する相手を倒しに行くと息巻く俺たちに協力している彼は、一体どんな気持ちなのだろう。
 だから俺は、なるべく円満に終わる方法があればいいと思った。

 その日の夜は近くの宿屋に泊まることとなった。
 黒王の居場所を示す魔石は時折方向を変えながらも着実にアレスの手の中で温もりが強くなっていったので、距離的にはそこまで遠くないだろうと皆覚悟していた。そもそも黒王の行方を追っている勇者一行は、魔石だけが頼りじゃない。召喚士の連れる召喚獣もそうだが、それぞれ独自の情報網を駆使して追っているのだ。多くは語らない強者のαたちだが、黒王に確実に近付いているような顔つきをしていたので、不思議と俺とクロヴィスもその時が近いのだとわかっていた。
 だが黒王とて、馬鹿ではない。
 寧ろ今まで俺たちの隙を突くのは得意だったし、その呪いに悩まされているのも事実だ。魔法の実力も計画的な行動も俺たちより上手な部分が遙かにあったし、それにより俺たちは何度もかき回され振り回れている。
 ひとしきり片付けを終え、連中の世話をこなしたあと、宿屋のベッドで座っていると向かいのベッドに腰掛けたクロヴィスが、静かに口を開いた。

「βをΩにするだなんて、馬鹿げている計画ですよね」
「……まあ、色々、考えた結果なのかも」

 落ち込んでいる様子のクロヴィスに、さすがの俺も簡単に頷けない。
 クロヴィスはほんの少し口角を緩めて目を伏せる。

「αやΩの体質を変えようと思うほど思い悩んでいたなんて、一番知っていなきゃいけない俺が、全然本気にしていなかった」
「……うん」
「ノアが俺に何も言わず、逢おうともせず、一人でそんな行動をして、孤立して敵を作って……俺は、本当に駄目な彼氏だ」
「……βの俺たちはさ、彼等の境遇を知る機会なんて今までなかったから、仕方ないんじゃないかな」

 俺だって、黒王から呪いをかけられなければ、発情期の威力を知らなかった。
 Ωだけではなく、αですら屈するあのどうしようもないほどの理不尽な境遇を。
 あれほど我を忘れる衝動を抱えながら、彼等は生きているのだ。そりゃ、のほほんと人生を満喫しているβを前にすると、彼等のあたりがきつくなるのも今ならわかる気がする。

「でも、よくわからないんだ。ダンジョンにいた魔物たち……。ノアは、生物を悪戯に遊ぶような人間じゃない。あれがノアの魔法で変化させられていると言われても、どうしても信じられないんです」

 呪いをかけられている貴方にこんなこと言っても信じて貰えないと思いますが。
 クロヴィスは言った。
 黒王は無類の動物好きで、冗談でも傷つけたりするようなタイプではないってこと。子供の頃は両親が忙しくて家を空ける事が多く、そのせいかずっと飼っていた魔物とべったりだったこと。その魔物は老衰でこの世を去ったが、それでも今も命日に毎年花を添えに故郷に戻ってきていること。
 そうでなくとも黒王は誰かを傷つけたり怒りを露わにするタイプではなかった。人付き合いは下手な方で、幼馴染みである自分が唯一の親友であり恋人でもあった。Ωであることで色々な不満はあっただろうけれど、それだけでこんな行動をするとはとてもじゃないけれど思えない、と。

「大体、βである俺とずっと付き合っていて、だからこそβを憎んでいたとは到底思えないんです」
「……憎しみとは違うのかも。俺もあんまり良くは覚えていないけど、そういう、憎いとか殺したいとか禍々しい感情じゃなくて、どこか、なんていうんだろ……うまく言えないけどこうすることで世界が変わるなら、という願いみたいなのを感じたよ」

 あの日の黒王が吐いた言葉は、それこそ独白に近かった。まるで、叶いもしない願望を託すような、そんな響きだ。
 ──憎しみあう二人が仕組まれた運命に屈するのなら、私の目的は自ずと遂行される。
 これは、黒王の願望だったのではないか。
 βの俺とαの勇者が、彼の魔法に屈し、心を奪われる結果になるのなら。
 彼にとって、それはとても重要な結果になるのではなかったのだろうか。
 正直、俺はアレスの事をどう思っているのか自分自身でもよくわからない。あいつは無愛想で自己中で無礼な奴だけど、俺を抱くあの腕は本物だと思うし、その瞳はいつだって燃えるように熱い。
 黒王は俺たちを恋に落としたかったのではないのか。
 そうすれば、彼の実験的な魔法は無駄ではないと証明される。
 βにΩのふりをさせることで、Ωがαの呪縛から解かれるから。

「黒王はさ、ただ、自由になりたいだけなのかもな」

 零した俺の言葉に、クロヴィスはほんの一瞬瞠目して、そして笑った。

「心は、いつだって自由なのに」


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