雑用係βとα勇者にΩの呪いがかかった話

星井

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第二十二話

 そんな会話をした数時間後、俺とクロヴィスは他愛のない雑談に興じながら眠った。
 隣同士のベッドで寝ていたはずだが、ふと人の気配がして目を覚ましたのは偶然だ。
 暗闇の中、囁くような声が聞こえて目ぼけ眼で隣のベッドを見ていると「……クロ、まさかお前が勇者と行動を共にしてるとは思わなかったよ」と優しげな声がしたのだ。
 ハっとなり、寝起きの思考でなんとか頭をフル回転させて、俺はじっと息を殺した。

「……起きているのはわかってる。残念だけど、君は駒だ。私と来て貰う」
「ノア!」
「私が、クロの心を惑わす存在を放っておくとでも? お前はもっと賢いと思っていたけどな」
「何を言っているんだ、彼を放せよノア!」

 焦るクロヴィスの声とは別に、俺は既に黒王の手にかかったのか身体を動かす事が出来なかった。
 金縛りのように身動きとれず横たわる俺の横で、立ち上がったクロが何か黒王に訴えかけていたけど、彼は首を横に振るばかりで、それから何やら呪文を唱えて、一瞬でそこの景色が変わったのがわかった。
 どうやら、転移魔法を施されたのだと知ったのは、宿屋の景色から一変して寒空の下に放り出されたからだ。
 こいつ、俺たち全員を一気に転移させたぞ。

「なぜこんなことをっ?!」
「……勇者と同行して知っただろう? 私はこの世界を変えたい」
「Ωの代わりにβの身体を変えることか? そんなの絶対にうまくいくわけがない!」
「ほんとうに? クロ、君も見たんだろう? 彼等が偽のフェロモンにも屈する事実を。私が開発した魔術があれば、Ωの呪いは解除される」
「でもそれは偽物の呪いだ。なあクロ、いくらお前が世界一の魔法使いでその能力を持ってしても、世界までは変えるのは不可能だろ? βに偽物のフォロモンを与えたところで、Ωとαの結びつきが消えるわけじゃない」
「……そんなのは充分承知だ。だがクロ、それでも数人のαとΩは、自身の運命を変えられる」

 真横で言い争う二人の声を聞きながら、俺はじっと星空を見上げて身体をよじった。
 クロヴィスはずっと冷静に黒王を諭していたけど、彼がその考えを変えぬとわかり、次第に口を噤むようになった。
 彼等は恋人同士だ。種族を超えて愛を誓い合った、稀有な存在だった。

「……あのさ」

 何を思ったわけでもない。
 でも俺は、気がつけば口を開きこちらを見る黒王に言ったのだ。

「お前がαとΩの結びつきを呪う理由はよくわかったよ。……結果として、Ωみたいになって初めてその不便さを知れたわけだし。お前が特に、α以外に心を決めた相手がいるなら、この本能は邪魔にしかならいのもわかる」
「βは常に我々を無視していた」
「……そうだな。考えたこともなかったんだ。俺たちは、ただ魔法が使えなくてあんたらと違い劣っている存在だとどこかで思っていたから」
「……」
「でも今は、Ωやαは、いつか来る発情期に怯えながらそれでも理不尽な運命を受け入れる覚悟があるのだと俺は初めて、知ったんだよ」
「……きみは、どう思った?」
「……どうって?」
「……解除されない発情期に屈する思いだよ。私たちは思春期を迎えると常にそれを考える」
「理不尽で、クソみたいだよな」
「そうだろう。私だって好きにこうして生まれたわけではない。それはαも、おなじだ」

 黒王はそう言いながら、片腕をふるって何を唱え、壁を作り床を敷き詰めだした。
 膨大な魔力が必要なはずのその魔法を茫然と見上げながら、首だけを巡らせて瞬く間に出来上がったダンジョンを仰ぐ。

「生物は常に大多数に左右される。だがそれに従う義理はない。そうだろう? 私はただ、その均衡を崩したいだけだ」
「……でも、その先のことはあんたは頭にないんだろ?」
「……つまり?」

 空気が凍る。
 黒王が俺の言葉に何かが引っかかったのはすぐにわかった。

「つまり、あんたが間違っているってことも」
「……へえ」
「ノア!」

 悲鳴のようなクロヴィスの声が聞こえたが、次の瞬間閃光が走り、耳が爆発した。
 鼓膜を突き破る轟音の後に、馴染んだ複数の気配を感じ思わず歓喜に叫び出しそうになる。
 来てくれた。
 なんだかんだあったけれど、結局離れずにいた彼等の気配。
 唯我独尊で、自信過剰で自己中心的な奴ばかりのそれこそクソみたいなαたち。俺を奴隷のように扱う部分もあるけれど、でも最終的にはいつだって助けてくれた。
 胸が熱くなるような感覚を覚えながら颯爽と現れた仲間達を見上げる。

「ぐだぐだとくだらねえことばかり言うな、ノア・フィローズ」
「……会いたかったよ、αの頂点、アレス・ヴァン」

 勇者と黒王が呟いたと思った瞬間、身体の重さが一瞬にしてなくなり、ふわっと浮いた感覚がした。
 また破裂音が辺りに響き渡る。

「大丈夫か」

 咄嗟に目を瞑った俺の腰に回った太い腕は、騎士の男のものだ。
 噴煙が晴れると同時に、目の前で黒王とアレスが対峙しているのがわかった。
 あの一瞬で互いに魔法攻撃をしたのはわかったが、あまりの速さに何が起こっているのか全くわからない。だがそれは俺と恐らくクロヴィスだけで、他の者は二人がどんな闘いをしているのか理解しているようだ。

「くだらぬ思想に他人を巻き込むな。お前がどれほど優秀だろうとも賛同する者はそういない」
「本当にそう思う? 君だって自身の呪いを憎んだはずだ。発情と──いつか訪れる運命とやらの」

 地面が割れるような音が響き、空気が破裂している。
 黒王とアレスは何やら言い合いながら、魔法や剣を繰り出している。その激しさに目を瞑ってばかりの俺は、終始情けなく見ていることしか出来なかった。

「運命に屈するも出会わぬとも、それを他人が定めることじゃない。間抜けな貴様はそれを理解しようとせず目先の欲望に溺れただけだ」
「変えられる運命があるなら、選択肢を広げるのは悪いことじゃない。国は君を守ってはくれない。所詮我々はただの駒だ」
「だからといってお前はそれで……っ」

 お前自身を否定するのか!

 アレスの怒号が響き渡り、ダンジョンが瞬く間に炎に包まれた。
 衝撃波が髪を揺らし、俺を抱えた騎士が素早く後方に下がった。

「っ、右です!」
「すごいな、アレスを相手にしながら彼等を従えるのか!」

 白魔導士の声に右を向くと、牙を剥いた巨体の狼が群れをなしこちらに突っ込んできた。感嘆の声をあげた黒魔導士が咄嗟に攻撃魔法を繰り出し、更に集まる魔物たちを剣士と騎士が剣でなぎ払う。
 黒王の背後にはクロヴィスが座り込んでいたが、なにかの魔法で守られているのか、怪我はなさそうだ。
 その間にもアレスの猛攻は続く。黒王もまた詠唱もなく次々と魔法攻撃を繰り出し、あまりの激しさにまともに目を開けていられないくらいだ。
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