雑用係βとα勇者にΩの呪いがかかった話

星井

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第二十四話

「よせ──っ!」
「やめろ──っ!」

 その時俺は既にアレスの間近まで来ていた。
 走り出して間に合うかぎりぎりの距離だったし、何よりもその強烈な香りと甘い衝動のせいでろくな力も入らなかったのだ。
 そして、俺だけじゃなかった。
 後方で座り込んでいたはずのクロヴィスが躊躇もなく黒王に前に飛び出し、俺は俺でアレスの腰に縋りつくようにしがみついて、思い描いた庇い方とは程遠い体勢になった。
 そのせいで、二人の攻撃は狙った方向から逸れたのだろう。

「……っ!」
「……いってえ!」

 さく、と音がしたぞ。
 サク、って軽快な音が!
 黒王の放ったナイフがアレスの腰に回した俺の右腕に綺麗に突き刺さっていた。猛烈な痛みと衝撃に目を剥いていると、「クロ!」と悲鳴のような黒王の声が聞こえ、思わず動きを止める。
 アレスの剣は飛び出してきたクロヴィスの左肩を裂き、苦痛に顔を歪めたクロヴィスがガクン、と膝をついたのだ。
 それを見た黒王が叫び、血相を変えて彼に駆け寄ってくる。

「っばか、クロは全然関係ないだろ!」
「お前が邪魔しなければ手元が狂うことなどなかったんだ!」

 思わずアレスを責めた俺に奴は即座にツッコんできたが、黒王が戦闘も忘れクロヴィスに回復魔法を唱えているのを見て、妙な空気が漂った。
 遂にアレスも戦意を消失したのか、ゆっくりと剣を鞘に戻す。
 そんな勇者の様子にすら目もくれず、敵相手に隙だらけの背中を向け恋人の治療に当たっている黒王もまた、既に戦いのことなどどうでもよくなっているようだ。

「なぜ、なぜこんなことを、お前は魔法も使えないのに」
「……恋人が傷つけられるのをただ見ているだけの彼氏なんて、男の風上にも置けないだろ」

 白いシャツは血にまみれ、痛みで顔を歪めながらもクロヴィスは呆れたような、でもどこか優しい声音で笑う。
 回復魔法をかけている黒王が、グズグズと鼻を鳴らした。

「それに俺が怪我しても、お前が治してくれる。……ずっと、そうだったじゃないか」
「……クロ」

 漂う甘い雰囲気に、なるほどバカップルてこういうことを言うのか。と、暢気に眺めていた俺は、不意にぐい、と腕をアレスに引かれ、痛みに呻いた。
 忘れてた。
 ナイフ刺さったままだ。

「おい」

 容赦ない力でアレスの前に突き出された俺。憮然とした勇者の声に、先に気付いたのはクロヴィスだ。

「今すぐこいつの呪いを解け、ついでに治療もしろ」

 クロヴィスの視線につられ、黒王がゆっくり振り返る。
 そして俺と勇者を見上げ、真っ赤になった目で、だがはっきりと言った。

「断る」

 その瞬間、光のような速さでクロヴィスが腕を振り上げて黒王の頭を叩いた。
 パコーン! と音がしそうなほど素早いそれにあっけにとられる俺を差し置き、クロヴィスは黒王を叱りつけたのだ。
 
「お前、自分のしでかしたことの責任くらいとれ! 一体どれほど彼等に迷惑をかけたと思っているんだ! 大体、暴走した魔物達のせいで国中の人間が怯える事態になっていたんだぞ! それに、それに俺もすごく心配して……っ、お前を犯罪者なんかに、させたくなくて……っ死んでしまったらどうしよう、って……っ」

 最後の方は嗚咽交じりだった。
 ポカンと口を開けてクロヴィスを見ていた黒王は、本格的に泣き始めたクロヴィスに眉を下げて、そうして最終的には俯いてしまった彼にその細い腕を伸ばした。

「……ごめん」
「大体、お前は馬鹿なんだ! いつかお前が誰かとつがう心配なんて俺はずっと前から抱えてる! でもお前を見て、そんな心配しなくていいって信じてたんだ……っ、おまえが、お前が俺だけだって、俺だけしかいないっていつも全身で訴えてたから……っ」
「クロ……」
「不安なら頼れよ、俺はお前がどこにいようとも発情期の度に駆けつける。お前を手篭めにしようとするαがいるなら、俺はそいつと戦う。なあ、それでいいだろ……っ。こんなこと、誰かを巻き込んでまですることじゃない……っ」
「……うん」
「っ、今すぐ、ミュレを解放してやれ……っ」
「……うん」

 言って、黒王はふい、と俺の方に指を向けて、そしてすぐに訝しげにこちらを見遣った。

「余計な術式が入ってる。これは私にはとれない。だが、もう呪い自体は消えたはずだ」
「……はっ?」

 あまりの呆気なさに疑問を浮かべるが、黒王は既に泣きつくクロヴィスを慰めるように抱き締めていて、俺は思わずアレスを仰ぎ見た。
 だが奴はこちらを見ようとはせず、少しだけ鼻をすんと鳴らせた。

「確かに、くせえ匂いは消えてるな」
「うっそ」

 言われてみれば、疼きは引き、熱に浮かされていたような身体のだるさが解消されている。だが、俺の隣に立つアレスからは微かに甘い匂いが漂っていたし、俺は俺でアレスの片腕にしがみついている状態なのだが、なんだか離れがたくて掴んだままだ。
 これが本当に、呪いが消えた状態なのか?

「って、どういうことだよ? 余計な術式って?」
「ちょっといいかい! ここを出よう、食い止めるのもそろそろ限界だ!」
「転移を!」

 後方から黒魔導士と白魔導士の声が聞こえ、俺の疑問はそこで止められてしまった。
 額に汗を浮かばせる魔導士二人の顔を見て、アレスが頷く。そうして俺の腰をしっかりと抱え、次には夕暮れの草むらに佇んでいた。


 全員がダンジョンの外に出たと同時に、ダンジョンはバキバキと音を立て崩れ落ちた。中にはまだ魔物がいたかも知れない。だが、既にどうすることもできず、俺は崩壊した塔をただ眺めていた。

「疲れたぞ!」

 少年召喚士が疲れたとは思えないほどの大声を上げて、その場で大の字に転がった。
 その隣で、肩で息をしている黒魔導士が座り込んで、白魔導士も剣士も騎士も疲労を滲ませながら崩れゆくダンジョンを眺めていた。
 その表情はどこか晴れていて、明るい。
 そうして完全に消えたダンジョンを見届けると、剣士が少し離れた場にいる黒王とクロヴィスに目を向けた。

「黒王、貴様に話がある。貴様が研究所で製薬実験に使われていた魔物達を逃していたのは知っている。そして国の企みを止めるために今回の行動を起こしたのも我々は既に承知の上だ」
「……そうだよ。でも、その話も後でにしないか」

 少し、休ませて。との黒魔導士に、黒王はほんの少し驚いた表情をしていたが拒絶する様子はない。
 沈黙は、どこか清々しい空気を連れていた。
 つまり、そう。
 戦いは終わった。
 黒王の企みはひとまず食い止められたのだ。
 誰も死ななくて良かったと心底ほっとして、思わず笑みがこぼれる。

「ところでミュレ、治療しなければ血を失いすぎて腕も機能しなくなりますよ」
「え? ……いってえ!」

 白魔導士の声に、自身の右腕を見下ろした途端、激痛に襲われ悲鳴を上げた俺。
 全く忘れてたけど、ナイフ刺さってるままだし、めちゃくちゃ血が流れてるしなんかもう……っ。

「ちなみに私は魔力尽きかけてますので治療は御免です」
「そ、そんなっ」

 思わず貧血を起こしかけた俺の腰を、ずっと抱えたままだった隣のアレスが支える。あれ、なんでこんな近くに? と驚いているとまた腰を引き寄せられた。

「では、明日また会いましょう」

 軽やかな白魔導士の声を最後に、俺の視界はまた一変した。
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