雑用係βとα勇者にΩの呪いがかかった話

星井

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第二十八話

 ねえ、ミュレ?
 と無邪気な顔つきで問いかけられ、汗を浮かべながらおずおずと頷く。
 おい、伯父上ってなんだ。宰相ってどこの言葉だ。
 お前、王族の端くれとか言ってたな。
 ふざけるなよ。

「それはそうとアレス、ジゼル殿下との結婚を打診されたかい?」

 問いかけられ、アレスがゆっくりと目を開けた。だが無言で黒魔導士を見遣ると答える義務はないとばかりに再度目を閉じた。無視だ。
 しかしその様子を見て黒魔導士はわかったようで、「やっぱり、彼女はΩだし、勇者アレスに恋に落ちたとなれば伯父上も当然乗り気だろうな。婿に貰えば最強の駒を手に入れられるようなものだし」と頷いていた。
 だからお前の伯父上は一体なんなんだよ。
 ていうか殿下? 姫殿下と結婚?

「……聞かなかったことにするので帰っていいですか?」

 とにかく俺はここでの話を聞かない体でいけばいいんだろ。大体一般人βだし、役立たずだし、こいつらだって……。

「うーん……。確かにミュレは一般人だしガバガバだから誰も警戒しないとは思うけど……うーん」

 ガバガバ言うな。

「我々の目的を聞いていたからなんだというって話だな。ミュレは仲間だが役立たずではある」

 剣士よ、お前の言葉はナイフよりひどい。

「でも、勇者にとったら心配の種じゃないんですか? ミュレのお尻に触れなくなるのは死活問題でしょうし」
「お前何言ってんだ!」

 白魔導士の言葉に我慢ならなくてツッコんだが、彼女はふふふ、と楽しそうに笑うだけで気にもとめてなさそうだ。
 こいつらに付き合うだけ無駄だと知っていたが、早々に疲れ果てた俺は、それからずっとα達の会議に死んだ目で参加していた。




「では、ごきげんよう」
「気持ち悪い挨拶だな。また会おう」
「動きがあればすぐに報せるよ」

 乳白色の石を渡された俺は、次々に転移するα達を尻目に、ちゃんと正面玄関から黒魔導士の家を退室した。一応、黒王を倒したお祝いという名目の集まりなので黒魔導士の家から出ても問題は無いと判断されたのだ。
 渦中のノアはクロヴィスを連れて転移していたが、家自体に結界は張られているので気配も感じられていないのだという。
 しかし黒魔導士、最後の最後で爆弾を落としていったな。

「俺たちの次の目的は、戦争になるのを食い止めること」

 なあ、それってもうほとんど反逆者じゃねーの……?
 現時点では宰相を筆頭に政権を握っている人間が賛成の立場にいるという。
 だが当然、全員が全員そうではなく宰相の勢いに押され良く思わない人間も渋々了承していたり、そもそも反対する権利が無かったりなど混沌としているのが現状だ。
 国王は思慮深い男なので、現時点ではどちらの方にもついていない。だからこそ今、宰相のあらを探しそれを立証すれば……。
 いやいや、もうやめよ。頭がパンクする。そもそも俺、無関係だし!

 すっかり暗くなった王都を歩きながら、なんでこんな遠くまで来たんだろうと感慨深くなる。
 黒王を倒した一員として給料は沢山出た。俺は会えなかったけれど、αたちは国王陛下からも直接言葉を貰ったようだ。今となっては会えなくて本当に良かったと思う。
 ふう、と息をつきポケットに手を突っ込んで歩を進める。村とは違う喧噪の王都は、見るものすべて華々しくて巨大で、真新しい。自動で水が湧き出ている池、明るい街灯、すれ違う人間も煌びやかな装いでお洒落だ。
 こういった明かりや装置に、魔法石は使われている。βでも簡単に扱えて、便利さを極める物には不可欠なものだ。これが、次なる火種となると言われれば確かに頷ける部分もあった。
 あいつら、本当に現政権に逆らうのか。
 戦争なんて誰だってしたくない。強者のαだってそれは変わらないはずだ。でもこんなこと、あいつらが率先してしなくても……。
 そこまで考えて、強者の誓約を思い浮かべる。
 弱者を守れ。強さは、その為にある。
 魔力を持つ彼等は、すり込むようにそう教えられている。そして彼等はそれを当然のように受け入れているのだ。

「おい」

 ふらふらと歩いていると、ふと腕を引かれた。
 フードを深く被った男が俺を見下ろしている。深い青の瞳。アレスだ。

「……お前、お姫様? に会うんじゃないのか」
「お前には、関係ない」
「おう、そうだな。じゃ、お疲れ」

 再度歩き始めようとすれば、また強く腕を引かれ、今度は路地に連れ込まれた。
 人目を厭う為か、フード姿の勇者は逆に悪目立ちしているようにも見えるが、奴はまったく気にしていないようだ。垣間見える表情はいつものように不機嫌そうで、変わらない。

「……なんか言うことないのか」
「なんもねえよ」

 イライラして腕から逃れようとすれば、アレスが民家の壁に俺を押しつけた。

「随分、機嫌悪そうだな」

 アレスの口角が僅かに持ち上がっていた。珍しい光景だが、当然おもしろくはない。

「Ωの呪いは消えたんだから、お前ももう自由だろ。俺に構うなよ」

 Ωと結婚するくせに。
 喉元まで出かけた言葉を飲み込むと、アレスがじっと俺を見下ろし顔を近づけてきた。
 何をされるのかと身構えることもなく俺はそれを受け入れる。
 その形の良い少し厚いくちびるが俺の口を覆い当たり前のように中に舌を差し込まれ、たまらずに口を開く。
 遠慮もせずアレスの舌に自身の舌を絡めながら、唇を合わせた。
 ぐい、と腰を抱かれた。逞しいアレスの腕の中にいると、嗅ぎ慣れた男の香りに包まれる。この香りで狂うことはもうないのに、今だって離れがたい。
 勝手に両腕がアレスの首に回って、観念した俺は目を閉じた。
 すると吐息混じりにアレスが囁いてくる。

「お前こそ、呪いは消えたんだから離れろ」
「……っ、ぅン、お前こそ、キスしてんじゃね、え」
「舌、突き出すな」
「腰、抱く、な」
「感じてんな」
「うっせえ……ばーか」

 ちゅ、ちゅと飽きもせずくちづけを交わしながら俺たちはしばらくそうしていた。
 認めたくはないが、アレスとこうしていると心が満たされるような感覚がするのだ。
 たぶんそれは、俺だけじゃなくてアレスもまた同じ。
 こうなった以上、聞かなくたってわかるだろ。


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