鏡石先生の特別な日

遠野 鏡石

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第1章 鏡石(きょうせき)と多紀月(たきつ)

第1話 ホタル籠 後編


画像元
ストローオーナメントものくらす    ほたるかごhttpsyui-1.comcafe3725

少し古いネット画像だから、もう残っていないかもしれないと思っていたが案外残っているものである。提示した特に似通った画像をまだ見ている。彼女にとっては、新鮮な驚きだったんだろう。材料があれば思い出しながら作ってあげられるんだけど、麦藁を入手する、そういう伝手はないからな。
「考古学は研究用の資料が遺跡や遺物で文字や言葉じゃない。民俗学は主に伝承を資料にして、ほかは民具や文献だから、主に文字や言葉が対象。民族学は他民族の文化、風俗を比較して解明することかな。専門家は、深く研究するから一つに絞るんだよ。」
うなずきながら納得した顔をしつつ、聞いてくる。
「なんか社会科みたいだね。」
そりゃそうだ。大学では人文系の歴史を専攻した学生が研究することが多いからな。
「まぁ、そうかな」
組んでいた腕を戻しながら、不思議そうに聞いてくる。
「先生、理科だよね。なんで。どうしてこの分野に詳しいの?」
そう。その疑問は正しいよ。高校の選択でさえ、理系と文系があるからね。
「両方好きだったから、大学は両方受けたけど社会は落ちたんだよ。だから仕方なく理科。」
文理二刀流は、実はそこまで少なくない。ただし、大抵は偏りが大きいんだ。
「初めて知った。」
人文系に進みたかったけど、進むことができなかった黒歴史は少し恥ずかしい。
「初めて言った。」
ジト目を一瞬して、思い直したように聞いてくる。
「じゃ、専門家じゃなくても、何で同じ形していると思う。」
まあ。私よりはわかるでしょって顔してるね。この子は表情がころころ変わって見てて面白い。
「考えられるのは2つ。1つ目は、伝わったか、2つ目はたまたま同じ形か。1つ目の伝わったとしたら、シルクロードを通ってだね。」
あごを触りながら、答えた。夕方になると、無精ひげが少し伸びてるんだよね、ザラザラした感触が触るとわかる。あまり見栄えは良くないけど、なんか手のひらが気持ちよくって、つい触ってしまう。
「シルクロード?」
まるで初めて聞いたような顔をしている。本当か?
「えー? 日本史、世界史、歴史総合、どれでも出てきてるはずだけど。」
一応聞くけど、君の知識の中に確実にあるはずだからね。
「テストが終わったら、全部忘れるから。」
恐ろしい言葉を、こともなげに言う。同じ教育をする立場から、一言言わねばならない。
「せっかく覚えたら、忘れないでね。福沢諭吉も学問ノススメの中で言ってるでしょ。学ぶべきは実学であると。学問のための学問、テストの点のための勉強じゃ将来の役に立たないからね。」
少し強めに、でも全然わかっていないような顔をしている。繰り返し伝えるしかないか。机から地図帳を取り出して、説明することにする。
「地図帳を持っているんだ」
意外そうな顔をしている。地図帳とか、便覧とか、見てると一日楽しく過ごせるんだけどな。そうは思えないのかもしれないな。
「歴史が好きだからね。書店で買ってるんだ。便覧とかさ。さあ。ここに記載があるけど、シルクロードとは中央アジアを東西に横断する古代の交易路のことだよ。紀元前2世紀から18世紀まで東西の多くの交易品や文化などが行き来した経路を言うよ。シルクロードっていう道があるわけじゃない。詳しいことは長くなるから言わないよ。」
目をつむり、納得してうなずいている。
「じゃシルクロードを通って、イギリスから日本に伝わってきたんだ」
そう思うよね。確かにこの流れなら、そうなるよね。でも違うね。
「いや、偶然の一致だね」
少し怒ったような顔をした。そりゃそうだ。でも、このほうが記憶に残るでしょ。裏切ったほうが。
「はあ、今までの長い長い説明は何?」
想定以上の怒り方に、ちょっと腰が引ける。
「シルクロードで伝播したなら、文化も一緒に伝わるものなんだよ。これにはそれがない。麦が栽培されていた地域では、ヨーロッパでもアジアでも、それぞれその地域特有の麦細工ができているのさ。まあ。イギリスは主食が麦だったから豊作や豊穣となったんだろうね。日本の主食はコメでしょ。」
想定の斜め方向の答えが返ってくる。
「あたしはパンだけど。コメって重くない?」
コメ高いしね。今の冷食なんかだと、パンの方が合うのかもしれない。
「古代日本では、コメが神聖なものになるので、虫かごにはできなかったかもしれないね。」
令和じゃなくて、弥生時代ならコメは神聖なものですよね。そうですよね。有無を言わせないよ。
「まあいいや。思ってたよりもいろいろ分かった。ありがと。帰るね。さよなら。」
勝手に来て、勝手に帰っていく。それこそ令和の生徒の姿だね。
「じゃあ、気をつけて帰るんだよ。ごきげんよう。」
ドアが閉まるのを確認して机の方に向き直って、スマホで時間を確認する。悲しい。
「うわあ。こんな時間か。部活やってたのと変わらないじゃないか。はぁ、しかたない。今日は、普段近寄ってこない生徒が訪ねてきてくれた【特別な日】と思ってあきらめよう。でも、7時には帰ろう。昨日の残り物があるからすぐに食べられるし、発泡酒を一本飲んで早く寝よう。この提出物の籠の山を少しは減らさないと、また要塞にこもっているといわれちゃうからな」
鏡石は思い直して、赤ペンを持ち、机に向かうのだった。

次回は 第2話前編 2月8日昼頃に配信します
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