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第30話 村祭りで恋バナ
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「多分あれがそうだわ」
ぐるりをオレンジ色の提灯で飾られた小さな広場は、おとぎ話の中みたいだった。
クリスチンとフィオナは不思議の世界に迷い込んだみたいだわとキャアキャア浮かれて、二人の女中をア然とさせた。何を言っているんだか意味が分からない。ここは現実世界そのものである。女中たちは、この催しでイイ男を見つけて捕まえなければならないのだ。
「ちょっと見たら、すぐ帰りますからね」
マリアが厳命し、おとなしく二人はうなずいた。
夜店のようなものがたくさん出ていたが、焼肉やパイや糖蜜菓子などの食べ物類、ワインやビールなどが主で、そのほかは、ここら名産の木彫りの人形、おもちゃなど子どもが喜びそうなものくらいだ。
だが、娯楽の少ない村の人々は楽しんでいるようで、どことなく無礼講の自由な雰囲気があった。
特に、真ん中の広場では近隣の村々から集まってきた若い連中が踊るそうで、なにかワクワク感が漂っていて、その感じはフィオナとクリスチンにも伝わってきた。
村娘に扮した二人は好き勝手にそこらをそぞろ歩き、妙なものを買い込んだりして喜んでいた。
「あ、これ、マークに似てる!」
小さな木彫りの人形を見つけて、クリスチンが小さく笑った。
「買おうかな?」
「マークってあの? マーク・ロックフィールド様?」
「あー、パーティの時に会っていたわね?」
クリスチンが恥ずかしそうに笑った。
「もしかして、しつこい男ってその人のこと?」
「うーん……聞きたい?」
「ものすごく聞きたいわ!」
二人は広場の隅の目立たない場所に陣取っていた。そこからなら、ダンスの様子もよく見えたし、マリアが来てもすぐわかる。
音楽が始まるらしく、楽隊が準備を始めた。すでに場所取りをし始める若者たちがいる。
女中が着飾ったようなドレスに身を包み、祭りに溶け込んだつもりになっている二人は買い込んだお菓子をはしたなく食べながら話に夢中になっていた。
確かに服を見れば、ただの村娘みたいだったが、前へ回ると、目をえぐる感じに可愛い娘たちだった。目立たないと錯覚しているのは本人たちだけである。
全く無邪気に二人は買い込んだお菓子にかぶりつきながら、話に熱中していた。
あのパーティの翌日、マークはクリスチンのアパルトマンを訪問したらしい。
「典型的に赤いバラを持ってね。普通に求婚して帰ったわ。求婚なんか散々されてるって言うのよ。少しは工夫があってもいいと思うんだけど」
「それのどこがしつこいの?……これ、おいしいけど、この食べ方がマルゴットにばれたらものすごく怒られそう」
「マリアに見つからないといいわね……毎日、そろそろ結婚したらどうかとか言いにやって来るの。マークったら、これまで、そんなこと一度も言ったことないくせに。そして自分よりましな男なんかいないだろうって言うのよ」
フィオナはマークの姿を思い出した。大人で、落ち着いていて、すらりとかっこいい男性だった。服のセンスがいいのと上等なのが目についた。
「あなたがグレンフェル侯爵なんかパーティに呼ぶからよ」
「なに? 侯爵は自分のものだって言いたいの?」
「違います。あの晩、ロックフィールド様はあなたとグレンフェル侯爵を穴が開くほど見てたわ」
「え?!」
クリスチンが食いついた。
「やきもちだと思いましたわ。クリスチ……クレアがグレンフェル侯爵と話しているのを見ると、イライラしているみたいでしたもの!」
十七歳のフィオナが解説した。マークの求婚の結果を聞きたかった。
「それで、クリスチン……じゃなくてクレアはマークになんて返事したの?」
「えー。どうしようかなーって」
「どうする気なの?」
どこかで聞いたセリフだと思って、フィオナは思い出した。よくアレキサンドラに問い詰められたセリフだ。
「うーん。それでここへ逃げてきちゃったって訳。えへへ」
てへぺろではない。マークは本気だ。今頃どうしているだろう。
「ちょっと楽しくない? 必死で探してるかなーって」
クリスチンは楽しそうだったが、それって、追いかけて欲しいだけ?
悪女? 男の必死をおもちゃにしようだなんて。
「何言ってるの?! あなたはグレンフェル侯爵とジャックを手玉に取った稀代の悪女になってるわよ? 私なんか可愛いもんよ」
フィオナはしょんぼりした。もはや街には一生戻りたくない気分である。
ジャックは怒っているだろうし、中途半端になってしまったセシルは何を考えているだろう。
もしかすると嫌われてしまったかもしれない。
「兄のアンドルーは、ジャックと結婚させるつもりなの」
「あら嫌だ。家族に結婚相手を決められるだなんてまっぴらだわ。グレンフェル侯爵はちゃんと申し込みをしたの?」
「父の方に話をしたいと侯爵は申し込んでいるらしいのですけれど」
「あなたは、返事をしたの? ふたりから申し込まれているんでしょう?」
「お返事が……難しくて……」
「ちょっとォ……見事に手玉に取ってるじゃない」
「そんなつもりでは……」
音楽が始まり、最初の輪になって踊るダンスが始まった。周り中が色めき立ち、若者たちが広場に集まりだした。
「私だって……マークのことが好きかどうかなんて、良く分からないから、逃げただけだもん。ちょっと考えさせてほしいのよね……でも、マークはそんな時間たっぷりあっただろうって言うのよ」
フィオナは声を立てて笑い、クリスチンは照れたようだった。
「ねえねえ、踊らんの?」
突然、背後から声をかけられて、二人の娘は電撃でも食らわされたようにびっくりした。
おそるおそる振り返ると、村の農夫かと思われる若い男が二人、かなり照れながら声をかけてきた。
「えーと、俺たちと一緒に……」
振り向いた二人の顔を見て、男たちは急に緊張した。思っていたよりずっとかわいい。可愛すぎる。
「すんごい可愛いなって、見てたんだよな」
「この辺の人じゃないよね? どこから来たの?」
「あ、あの、間に合ってますから」
「そうそう。私たち恋人を待ってるの」
「ええ? 誰?」
その若い男たちは朴訥で、照れ照れだったが、何とか誘いだそうと必死で脳味噌を絞っているようだった。
「さっきから誰も来ないじゃない。そんな不実な恋人なんかほっといてさあ……」
「マークはそんなことないもん」
「セシルだって!」
若者の後ろを見ると三メートル以内必須の護衛がダッシュしていた。護衛の口には食べかけの焼き鳥の櫛が刺さっているように見えたが、それはどうでもいい。
というのは、二人の村の若者のうしろから、もう少しなりの良い、この町では裕福なのだろうと思われる格好の若者が、もったいぶってスタンバっているのが見えたからだ。
「おい、お前ら、お嬢さん方は嫌がってるだろ。止めるんだ」
白馬の騎士気取りですか?
いや、あんたもいらないから。
二人の令嬢は顔をこわばらせた。こっちのマヌケな格好に着飾った若い男はさらにいらない。窮地? これ、なんかの窮地?
「お嬢様!」
マリアの声がした。
マリアは男たちの間をすり抜けて二人の娘をつかまえると、「言わんこっちゃない」と言いながら、迫りくる田舎者を押しのけて娘二人を荷馬車に詰め込んだ。
「ここらの田舎者は乱暴じゃないから助かりました」
それから、御者をひと睨みすると、御者は大慌てで、鞭を振るう。
乗り損ねたコテージの使用人の男二人は必死で後を追った。例の3メートル以内の護衛である。
「ハハ バイバーイ」
気楽に手を振るクリスチンにマリアは一喝した。
「いい加減にしてくださいませ!」
翌朝、マリアは二人の娘を叱りつけた。
「今後は絶対に、あの村に行ってはいけません」
「どうして?」
「絶対に、顔を覚えられてますからね」
「そんなことないわ。人が大勢いたじゃない!」
マリアはため息をついた。
最初に声をかけた若者二人とその後ろにいた小金持ちの男以外にも、らんらんと目を輝かせた村の若者が遠巻きにしていた。
クリスチンとフィオナは、その連中にまるで気がつかなかったらしい。警戒心というものが欠落している。マリアはもう一度ため息をついた。
目新しいというのもあるだろうが、二人とも目立って仕方のない娘たちだった。
フィオナもクリスチンが横にいるからこそ、地味に見えるが、可愛くないのかと言えばとんでもない。
『なにせ、あのジャック様がご執心なくらいですからね』
目立たないよう、女中たちから服を借りたのが逆に気安い雰囲気を出してしまって、余計男心をそそったのだ。
当人たちは、村の男連中など目に入っていなかったので、全然ピンときていないらしいが、今後、あの村に行こうものならややこしい騒ぎが起きることが目に見えていた。村の若者たちは、彼女たちが高貴のご令嬢方だと言うことを知らないのだ。
マリアは、もう何度目かわからないため息をついた。
「絶対、あちこちウロついてはいけません」
騒ぎが起きる気しかしない。
ぐるりをオレンジ色の提灯で飾られた小さな広場は、おとぎ話の中みたいだった。
クリスチンとフィオナは不思議の世界に迷い込んだみたいだわとキャアキャア浮かれて、二人の女中をア然とさせた。何を言っているんだか意味が分からない。ここは現実世界そのものである。女中たちは、この催しでイイ男を見つけて捕まえなければならないのだ。
「ちょっと見たら、すぐ帰りますからね」
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だが、娯楽の少ない村の人々は楽しんでいるようで、どことなく無礼講の自由な雰囲気があった。
特に、真ん中の広場では近隣の村々から集まってきた若い連中が踊るそうで、なにかワクワク感が漂っていて、その感じはフィオナとクリスチンにも伝わってきた。
村娘に扮した二人は好き勝手にそこらをそぞろ歩き、妙なものを買い込んだりして喜んでいた。
「あ、これ、マークに似てる!」
小さな木彫りの人形を見つけて、クリスチンが小さく笑った。
「買おうかな?」
「マークってあの? マーク・ロックフィールド様?」
「あー、パーティの時に会っていたわね?」
クリスチンが恥ずかしそうに笑った。
「もしかして、しつこい男ってその人のこと?」
「うーん……聞きたい?」
「ものすごく聞きたいわ!」
二人は広場の隅の目立たない場所に陣取っていた。そこからなら、ダンスの様子もよく見えたし、マリアが来てもすぐわかる。
音楽が始まるらしく、楽隊が準備を始めた。すでに場所取りをし始める若者たちがいる。
女中が着飾ったようなドレスに身を包み、祭りに溶け込んだつもりになっている二人は買い込んだお菓子をはしたなく食べながら話に夢中になっていた。
確かに服を見れば、ただの村娘みたいだったが、前へ回ると、目をえぐる感じに可愛い娘たちだった。目立たないと錯覚しているのは本人たちだけである。
全く無邪気に二人は買い込んだお菓子にかぶりつきながら、話に熱中していた。
あのパーティの翌日、マークはクリスチンのアパルトマンを訪問したらしい。
「典型的に赤いバラを持ってね。普通に求婚して帰ったわ。求婚なんか散々されてるって言うのよ。少しは工夫があってもいいと思うんだけど」
「それのどこがしつこいの?……これ、おいしいけど、この食べ方がマルゴットにばれたらものすごく怒られそう」
「マリアに見つからないといいわね……毎日、そろそろ結婚したらどうかとか言いにやって来るの。マークったら、これまで、そんなこと一度も言ったことないくせに。そして自分よりましな男なんかいないだろうって言うのよ」
フィオナはマークの姿を思い出した。大人で、落ち着いていて、すらりとかっこいい男性だった。服のセンスがいいのと上等なのが目についた。
「あなたがグレンフェル侯爵なんかパーティに呼ぶからよ」
「なに? 侯爵は自分のものだって言いたいの?」
「違います。あの晩、ロックフィールド様はあなたとグレンフェル侯爵を穴が開くほど見てたわ」
「え?!」
クリスチンが食いついた。
「やきもちだと思いましたわ。クリスチ……クレアがグレンフェル侯爵と話しているのを見ると、イライラしているみたいでしたもの!」
十七歳のフィオナが解説した。マークの求婚の結果を聞きたかった。
「それで、クリスチン……じゃなくてクレアはマークになんて返事したの?」
「えー。どうしようかなーって」
「どうする気なの?」
どこかで聞いたセリフだと思って、フィオナは思い出した。よくアレキサンドラに問い詰められたセリフだ。
「うーん。それでここへ逃げてきちゃったって訳。えへへ」
てへぺろではない。マークは本気だ。今頃どうしているだろう。
「ちょっと楽しくない? 必死で探してるかなーって」
クリスチンは楽しそうだったが、それって、追いかけて欲しいだけ?
悪女? 男の必死をおもちゃにしようだなんて。
「何言ってるの?! あなたはグレンフェル侯爵とジャックを手玉に取った稀代の悪女になってるわよ? 私なんか可愛いもんよ」
フィオナはしょんぼりした。もはや街には一生戻りたくない気分である。
ジャックは怒っているだろうし、中途半端になってしまったセシルは何を考えているだろう。
もしかすると嫌われてしまったかもしれない。
「兄のアンドルーは、ジャックと結婚させるつもりなの」
「あら嫌だ。家族に結婚相手を決められるだなんてまっぴらだわ。グレンフェル侯爵はちゃんと申し込みをしたの?」
「父の方に話をしたいと侯爵は申し込んでいるらしいのですけれど」
「あなたは、返事をしたの? ふたりから申し込まれているんでしょう?」
「お返事が……難しくて……」
「ちょっとォ……見事に手玉に取ってるじゃない」
「そんなつもりでは……」
音楽が始まり、最初の輪になって踊るダンスが始まった。周り中が色めき立ち、若者たちが広場に集まりだした。
「私だって……マークのことが好きかどうかなんて、良く分からないから、逃げただけだもん。ちょっと考えさせてほしいのよね……でも、マークはそんな時間たっぷりあっただろうって言うのよ」
フィオナは声を立てて笑い、クリスチンは照れたようだった。
「ねえねえ、踊らんの?」
突然、背後から声をかけられて、二人の娘は電撃でも食らわされたようにびっくりした。
おそるおそる振り返ると、村の農夫かと思われる若い男が二人、かなり照れながら声をかけてきた。
「えーと、俺たちと一緒に……」
振り向いた二人の顔を見て、男たちは急に緊張した。思っていたよりずっとかわいい。可愛すぎる。
「すんごい可愛いなって、見てたんだよな」
「この辺の人じゃないよね? どこから来たの?」
「あ、あの、間に合ってますから」
「そうそう。私たち恋人を待ってるの」
「ええ? 誰?」
その若い男たちは朴訥で、照れ照れだったが、何とか誘いだそうと必死で脳味噌を絞っているようだった。
「さっきから誰も来ないじゃない。そんな不実な恋人なんかほっといてさあ……」
「マークはそんなことないもん」
「セシルだって!」
若者の後ろを見ると三メートル以内必須の護衛がダッシュしていた。護衛の口には食べかけの焼き鳥の櫛が刺さっているように見えたが、それはどうでもいい。
というのは、二人の村の若者のうしろから、もう少しなりの良い、この町では裕福なのだろうと思われる格好の若者が、もったいぶってスタンバっているのが見えたからだ。
「おい、お前ら、お嬢さん方は嫌がってるだろ。止めるんだ」
白馬の騎士気取りですか?
いや、あんたもいらないから。
二人の令嬢は顔をこわばらせた。こっちのマヌケな格好に着飾った若い男はさらにいらない。窮地? これ、なんかの窮地?
「お嬢様!」
マリアの声がした。
マリアは男たちの間をすり抜けて二人の娘をつかまえると、「言わんこっちゃない」と言いながら、迫りくる田舎者を押しのけて娘二人を荷馬車に詰め込んだ。
「ここらの田舎者は乱暴じゃないから助かりました」
それから、御者をひと睨みすると、御者は大慌てで、鞭を振るう。
乗り損ねたコテージの使用人の男二人は必死で後を追った。例の3メートル以内の護衛である。
「ハハ バイバーイ」
気楽に手を振るクリスチンにマリアは一喝した。
「いい加減にしてくださいませ!」
翌朝、マリアは二人の娘を叱りつけた。
「今後は絶対に、あの村に行ってはいけません」
「どうして?」
「絶対に、顔を覚えられてますからね」
「そんなことないわ。人が大勢いたじゃない!」
マリアはため息をついた。
最初に声をかけた若者二人とその後ろにいた小金持ちの男以外にも、らんらんと目を輝かせた村の若者が遠巻きにしていた。
クリスチンとフィオナは、その連中にまるで気がつかなかったらしい。警戒心というものが欠落している。マリアはもう一度ため息をついた。
目新しいというのもあるだろうが、二人とも目立って仕方のない娘たちだった。
フィオナもクリスチンが横にいるからこそ、地味に見えるが、可愛くないのかと言えばとんでもない。
『なにせ、あのジャック様がご執心なくらいですからね』
目立たないよう、女中たちから服を借りたのが逆に気安い雰囲気を出してしまって、余計男心をそそったのだ。
当人たちは、村の男連中など目に入っていなかったので、全然ピンときていないらしいが、今後、あの村に行こうものならややこしい騒ぎが起きることが目に見えていた。村の若者たちは、彼女たちが高貴のご令嬢方だと言うことを知らないのだ。
マリアは、もう何度目かわからないため息をついた。
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