【完結】貧乏伯爵令嬢は男性恐怖症。このままでは完全に行き遅れ。どうする

buchi

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第38話 執事と再会

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遅くなってから、彼らはグレンフェル家の屋敷へ向かって行った。




残された娘たちは顔を見合わせた。

「なんだか、信じられないようだわ」

クリスチンが呟いた。

「二人とも婚約が決まってしまうだなんて!」

フィオナは複雑な顔をしていた。

「ジャック……あなたの弟」

指輪をなでていたクリスチンは、珍しく穏やかに答えた。

「それは仕方ないわ、フィオナ」

彼女は言った。

「誰かが誰かを好きなのは、誰にも決められないし仕方ないことなのよ」

「マークのこと?」

「マークもだし、セシルもよ。そしてあなたも私もだわ」



翌朝は、マークがクリスチンの家へグレンフェル家の馬車で乗り付け、その馬車にフィオナが乗ってグレンフェルの屋敷に出かけた。

これで、お互い恋人同士だけになれるし、セシルはフィオナにグレンフェルの屋敷を紹介できる。


まさか自分の田舎の館のすぐそばに、クリスチンとフィオナが家を借りているとは思わなかった。

こんな偶然はない。

マルゴットからフィオナの行き先を聞いた途端、セシルは燃え上がった。

セシルはマークを誘い、二人の男は手に手を取って勝手に運命を信じて、雨だろうが嵐だろうが突進して来たのだ。

「日帰りなんか無理だ。どうしても、どっかに泊まらなきゃならん。だが、泊る所は俺の館だ。自分の家に帰るだけだ。友達を招待して。どこからも文句は出ないし、誰も何も疑わない。何のための帰郷なのか絶対わからない」

「なるほど。すばらしい。誰も見ていない田舎でのびのび口説くのだな! ぜひやろう!」

マークも目を光らせて賛成した。


結果、花嫁予定者が二名決定した。

しかし、花婿予定者の館に招待されたフィオナは、馬車に乗せられた時点で、婚約より三日前の冒険物語の顛末で頭がいっぱいになっていた。まずい。

まだ、セシルにその話はしていない。


正面の車廻しでは、見覚えのある執事が、グレンフェルの若様と一緒にかしこまって待っていた。

窓から馬車が来るのを見ていて、玄関にやってきたのに違いない。

これはなんかまずい。

屋敷を任せられるほどの人物が、三日前の出来事を忘れているだなんてあり得ない。


セシルは、傍目にはいつも通りの様子でフィオナの到着を待っていた。

執事の方は、明らかに緊張した面持ちだった。
無理もない。屋敷の新しい女主人になる人を迎えるのだ。
その女性が、例の無断不法侵入者だとは、まさか思っていないだろう。何しろ、あの時は、山をよじ登る覚悟だったから相当ボロい、みすぼらしい服を着ていた。誰が見ても、貴族の令嬢には見えなかっただろう。

しかし、今となっては大問題だ。

伯爵令嬢だと言うのは大ウソで、若様がどこかの身分卑しい娘に騙されたなどと思われないだろうか。


********


その日の朝、マークを送り出してからセシルは執事のトマスを呼び出した。

「結婚することになった」

トマスの黒い目が飛び出しそうになった。

「ど、どちら様と?」

「ダーリントン伯爵令嬢のフィオナ・エリザベス嬢だ」

トマスは固まった。
当主の死んだ兄の婚約者だった娘である。

そんな余計な思い出をかき立てるような人物とわざわざ結婚しなくてもいいではないかという表情が、トマスの顔に浮かんだ。


兄の死という事件が起こった時、侯爵家は疑いを持たれて世の中から散々非難され、セシルはその矢面にさらされた。

執事のトマスも苦労した。まるで殺人犯を庇っているかのような、共犯のような扱いで、つらい思いをした。もちろん、誰よりもつらかったのは疑われたセシルの母だろう。そのせいで、彼女は健康を損ね、この屋敷から一歩も出なくなってしまった。挙句の果てには狂女などと噂される始末だ。

ようやく世間が忘れかけた今になって、噂を思い出させるような娘となぜ結婚しなくてはいけないのか。



それに、ダーリントン家は金持ちではない。

このご時世、爵位よりも金だった。

伯爵家でなくて構わない。
トマスも金では苦労してきた。なにぶん領地は広い。それに若様は街に大きな屋敷を構えている。何代か前の当主が、当時は金回りが良かったので、侯爵家らしく立派な館を建てたのだ。維持費の捻出には頭が痛かった。

トマスは御当主が優秀で期待されていることを知っていたし、心の中では大変な美丈夫だと自慢に思っていた。

こんな田舎住まいでは知る術もないが、たまさか聞こえてくる街の噂によれば、トマスの若様は若い令嬢達から大変な人気だそうである。まことにもっともだ。

まったく意外だったのは、兄の死という痛ましい事件すら、逆にロマンチックな出来事として認識されて、余計彼の人気を高めていると言う。(意味が分からないけど)


だから、トマスは密かに持参金付きのご令嬢との結婚を期待していた。

うちの若様なら、よりどりみどりのはずだ。

結婚は(特にグレンフェル侯爵のようなハンサムな青年の場合は)一攫千金のチャンスだと、勝手に皮算用していた。

ところがである。相手がダーリントン伯爵家と聞いた途端に、トマスはがっくり来た。貧乏伯爵令嬢か……

侯爵家に利するどころではない。逆に借金の申し込みが来かねない。まさか妻の実家を見殺しにするわけには行かないだろうし。

トマスの若様は、持参金なんかより、見てくれで妻を選んできてしまうお方だったのである。



「フィオナ嬢は大伯母から、莫大な遺産を相続した」

トマスは、はっとした。莫大な遺産?

「大伯母と言うのはジョゼフィン・ハドウェイ夫人だ。半年前に亡くなった。五十万ルイの遺産をフィオナ嬢に残した」


トマスは目が眩みそうになった。

すばらしい。すごい額だ。すばらしい。

改めてセシル坊ちゃまを尊敬しそうになった。なんとお目の高い。旧家の貴族の出身で、莫大な持参金付きのご令嬢! さすがとしか言いようかない。

真相は、セシルが色ボケで惚れ込んだ後、遺産が発覚したのだが。


しかし、またもや格好の噂のネタである。今度は遺産狙い専門の侯爵家とか言われなければいいが……。
余計なことに頭が回ってしまうトマスだった。



そんなわけで、トマスは、今、最高に緊張しながら、若様の選んだ婚約者を待ち受けていた。

失礼があってはならない。
子どもの頃、何回か館へ来ているはずだが、彼はフィオナの顔をもう覚えていなかった。
確か婚約の時にかわした肖像画があるはずだ。見ておこうとトマスはギャラリーへ探しに行ったのだが、その小さな肖像画は見つからなかった。トマスが知らない間にセシルが兄の所有物だったフィオナの肖像画を勝手に持ち出して、しまい込んでいたからである。



フィオナは気まずそうに、トマスは神妙に、お互いの顔を見つめあった。

「え?」

どんな女性であっても、丁重に迎え入れるはずだったトマスの口から変な声が漏れた。見たことがある気がする?

相手の女性も何か覚えがあるらしく、きまり悪そうに目を逸らす。

だが、セシルが一番戸惑っていた。
執事と婚約者、お互い同士、全く知らないはずのこの二人が何だか微妙な空気を醸し出している。

「……ええと、こちらが、あの、当家に二十年近く勤めている……」



その時、事件が起きた。

「お待ちくださいませ!」

年配の女性の切羽詰まったような声がする。バタバタと足音がした。

中から、老婦人が出てきたのだ。後ろから、お付きらしい中年の女性が走ってくる。

セシルと執事の顔が一瞬歪んだ。


「あら、まあ、ようこそ」

老婦人は晴れやかに、嬉しそうにフィオナに声をかけた。あの老婦人だ。同じ服を着ている。
この事態に、執事とセシルは固まった。そして、おそるおそるフィオナの顔色を窺った。

フィオナは、老婦人を見ても驚かなかった。
ほんのり微笑むと、淑女らしく礼をした。

「先日は失礼いたしました」

「いいのよ。また来てくれたのね? ご案内しますわ。こちらよ」

婚約予定のご令嬢のために用意されたサロンへ、なんとか誘導しようとする執事の努力を完全に無視して、老婦人は別の部屋へフィオナの手をつかんで連れ込んだ。

「奥様、そこは!」

そこは、老婦人の寝室だった。
めちゃくちゃに乱雑だった。

セシルも執事も女中も、恥と不安で真っ青になった。

「奥様、お客様はサロンの方で!」

執事も絶叫した。
だから、婚約者を連れてくるのは早過ぎると、いや、むしろここへは連れてこなくていいと言ったのに!

老婦人は男どもの鼻先でドアを閉め切り、トマスとセシルは真っ青になった。密室でフィオナに何か起きたら取り返しがつかない。以前の醜聞どころではない。フィオナはまだ他人だ。

だが、無情にも部屋の扉は閉め切られ、大慌てのセシルとトマスがフィオナを部屋から救出するまでが一幕だった。



「ダーリントン様、誠に申し訳ございません」

トマスは顔色を青くして平謝りに謝った。

ダーリントン嬢は、あわてず騒がす、訳の分からない老婦人の話に適当に付き合い、最後は泣きそうな医者の呼びかけに、うまく呼応して老婦人の部屋から出てくることに成功した。

そのふるまいを見ていた執事は、これは得難い令嬢だと思った。さすがは若様である。

だが、これは普通なら即婚約破棄されても文句の言えない不手際だった。

莫大な持参金付きの伯爵令嬢の機嫌を損ねたとあっては、執事はクビである。

三日前の不法侵入娘に似ているけれど、同一人物かどうかもわからないし、とにかく若様の手前もあって、トマスは必死にあやまった。


フィオナは、トマスの顔を遠慮がちに眺めた。

「いえ、こちらこそ……申し訳ございません。三日前のことですが……」

トマスは焦った。やっぱりあの時の娘さんだったか……

「三日前? なんの話だ?」

セシルがズイッと間に割り込んできた。
若様は、もしかすると意外にやきもち焼きなのかも知れない。
余計な観察結果がトマスの胸をよぎった。

「あのー、あのー、私とクリスチンが探検をしておりまして……」

「「探検?」」

二人は声をそろえて不審そうに聞き返した。
探検するものなんか、あったっけ?

「今いる屋敷から、ここの塔だけが見えますの。とても、ロマンチックな光景なものですから、行ってみようと……」

「三マイル離れているぞ」

やや、呆れた様子でセシルが言った。

「ちょっとしたピクニック気分でしたの……」

「お供も連れずにですか? 屋敷を出て?」

セシルの声が険しくなる。

「だって、マリアにバレたら止められますもの」

「怒られるに決まっているでしょう! あなた方みたいなご令嬢が何をしているのですか!」

怒られた。

トマスの方はだんだん安堵してきた。

よかった。まともだ。
あんな、人の家の庭に違法侵入してきて、サンドイッチを食べているだなんて、どんな家の娘かと思ったが、やっぱり叱られている。

「それで、その時に、さっきの女性にお会いしたんですの」

セシルは、トマスを振り返った。

「そうなのか? トマス?」

トマスは渋々うなずいた。

かなり厳しいことを言ってしまった。
当たり前だが、未来の侯爵夫人だとわかってさえいれば、あんな言い方はしなかった。
侯爵夫人に悪意をもたれたら、この先辛いことになる。仕方なかったこととは言え、荒い言葉で叱責したのは大失敗だった。

「馬車で屋敷まで送っていただきました」

フィオナが素直に感謝の言葉を述べる。セシルは安堵の表情を浮かべた。

「なかなか気が利くな、トマス」

「……恐縮です」

トマスは何とも言えない表情をして答えた。

セーフらしい。

フィオナ様、ありがとうございます……

トマスは心の中で密かにフィオナに感謝した。
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