グラクイ狩り〜真実の愛ってどこに転がってますか〜

buchi

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第57話 昔いた世界

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 ローレンス博士が着いたのは意外に早く、翌々日にはタマラ少将を始めとした面々が、簡単な歓迎会を開いていた。


 これに関しては、バルク少佐と一悶着あった。

「大体、そもそも、なんでそんな有名どころの研究所にいたのだ」

「大学が有名どころだったからですよ」

「それでも、なかなかそんな研究室に入れないだろう」

「私をバカだって言いたいんですか?」

「……そこまでは言ってないが……」

 少し黙ってから、正直に言ってみた。

「美人だったからですよ」

 バルク少佐は、かなりびっくりした顔をしていた。

「自分で自分を美人と言うやつに初めて会った」

「今は美人じゃないからですよ」

「……え、そうなの?」

「美人はですね、努力してなるものなのですよ」

「俺は無駄な努力という言葉がぴったりくる、手の施しようのない努力家をいっぱい見てきた気がするが……」

「……どんなに元が良くても、美人らしく振舞わないと美人にならないんです」

 こんな理屈は、見た目美人かどうかしか考えたことがない男には、通じないかもしれない定義だった。

「大体、ローレンス博士の研究室は、富豪の息子だの、有名人の娘だの、あと、やけにきれいな女とか……」

「……それはだな……。ローレンス博士って、研究者じゃなかったの?」

「研究者です」

「その選択でいいのか?」

「研究者だけど、そういう趣味なんです」

「それだと研究についていけないやつが、いっぱい出てくるんじゃないかな? わからんけど」

「そうです。いっぱい出ます」

「それで、どうなるの?」

「残る者と、出ていく者とに分かれます」

「で、あんたは?」

「残りました。かわいがられてましたよ」

「じゃ、なんでここに来たの?」

 余計な結論に達しやがって。私は返事はしなかった。

 バルク少佐は懸命に考えた。

「じゃー、着飾って行け。がんばれ。その方が、いい結果を生むような気がする。美人好きなんだよな?」

 バルク少佐は強硬に主張したが、断固として拒否した。はっきり言ってろくなドレスがない。それより軍服の方が博士には面白いだろうと言ってやった。

「せっかくの美人がもったいない。使えないやつだ」

 珍しく素直な少佐だった。

「美人ぶりは、博士はものすごくよく知ってますよ。こんな辺境の地の田舎ドレスを着て出た日にゃ、落ちぶれたもんだと思われるのがオチですよ。これでいいんです」

 少佐は、辺境の地の田舎ドレスといなされて、機嫌を損ねたようだった。一方、私は、博士に会うのは怖いような思いだった。



 歓迎会は、軍の中のレセプション・ルームで行われた。タマラ少将自身が食事のメニューに目を通し、酒の種類を指定した。この辺境の地にただひとつある、小さなホテルの支配人が呼び出されて、自らサーブしていた。

 私はワンサイズ小さい制服をマイカから借りて着た。ピチピチなので、実戦には無理だが、この方が格好は良く見える。ズボンのすそが寸足らずなのはブーツを履いてごまかした。
 背筋を伸ばし、教授のほうへ寄って行った。この瞬間だけは、タマラ少将も、中佐も少佐も目に入らなかった。

 せめてもの私の矜持だ。自分の力だけで生きてきた数年間だ。

 みんながどういうわけか黙って私と教授の再会を見守っていた。

 なつかしい教授の目とあった。

「おお、アイリス」
 と彼は言った。

「君がどうしていたか、ずっと気になっていたよ。相変わらず、細いのに、軍隊生活なんて大丈夫なのか」

 教授はぐっと老け込んでいた。髪が真っ白になっていた。ただ、目だけは相変わらず鋭くて、あることないこと全てを見透かしていた。

 彼はタマラ少将に対して、私を紹介し始めた。本来は逆なのだが。タマラ少将が私を彼に紹介するべきなのである。この老獪な老人は、自分が高名なのと年寄りなのをちゃっかり利用して、礼儀をさりげなく無視しているのだ。教授はそういう人物だった。私は笑いを噛み殺した。

「これは、私の愛弟子でしてな。
 アイリスなどとかわいらしい名前ですが、よい勘をしていました。
 学問は地道な作業が多くなりますが、勘というのも必要です。 
 グラクイに関しては、この子がここにいるのなら、お使いになればよろしかろうと思います。絶滅を目指すにせよ、私はその点の是非については判断いたしかねますが、この人物を利用されることをお奨めします。
 連絡を取らせていただければ、それなりの効果をあげられる」

 タマラ少将が語を次いだ。

「ここでは、非常に勇敢な兵士です。信じられないくらい勇敢だ。彼女が生物学者の片鱗を見せたのは、あなたの元へお届けした参考書類ですが、あれを誰か専門家に見せろと主張した時だけでしたよ」

 和やかに談笑し、話をついで行く様はなかなか見事だった。
 タマラ少将も社交術にかけてはなかなかのもので、ある意味、非常に狡猾なローレンス博士の話術に、なんの情報も言質も与えず、可もなく不可もなく加わっていた。

 ローレンス博士がここへわざわざやってきたのは、私がいるからだ。

 彼は軍に取り入り、グラクイの行動学をものにして、自分の手柄にもって行きたいのだ。ローレンス博士ともあろう人物が、何の利益もない辺境の地にわざわざその身を運ぶはずがなかった。

 今、軍が関係している学者どもでは、名声の点でローレンス博士には、全く太刀打ちできないだろう。さらに実際に軍の中に優秀な?彼の弟子がいれば、軍全体を利用してフィールドワークが出来る。博士はその成果を丸取りできる。しかも、費用は一切かからない。

 こんなにうまい話はない。

 もともとグラクイは、その妙な姿から、正統派の研究者たるローレンス博士には食指が動きにくい対象物だった。
 だが、今、世界はグラクイに注目している。タイムリーなところへ、昔の弟子を介してグラクイの貴重な研究資料が提供された。労せずして名声が博せる。
 
 わざわざ昔の仲を強調しているのはそのためなのだ。70歳を回っても、名誉欲の衰えない強欲な人物でもあった。

 そして、タマラ少将も、中佐も少佐もだんだんとその間の事情は推測がついてきたようだった。

 彼らにとっても特に異存があるはずがなかった。軍が生物学で栄誉を得るなんてことに興味を持つはずがなかった。それよりうまく研究の結果をただで得て、合理的、効率的にグラクイを撃退できるなら、それに越したことはない。

 簡単なパーティの後、私は博士と中佐、少佐を交えて長い時間話し合った。

「たぶん、君の仮説が正しいのだろう。死んだグラクイの年齢測定は出来るのだろうか」

「個体は保存していますが、飼ったことがないので、実証の方が出来ていません」

「それは、私のほうで何とかしよう。個体の一部を送ってもらうことになるかもしれない。大事なのはフィールドワークのほうだ。この場合は観察が最も大事だ」

「記録を保存しています」

「必ず保存を。君のことだから、大丈夫だと思うが、君にその件についての権限を与えてくれるようタマラ少将にお願いしてもかまわないだろうか。現場の将校としてはいかがかな」

 これは、中佐と少佐に対して言われた言葉だった。

「なにか負担になるようなことなのですか?」

「いや、今までどおりだろうと思うが、問題は質なのだ。だから、ノルライド君が必要だと言い出したら、温度を測るとか時間を計るとか、そういう一見手間なことをして欲しいのだ。そこらへんの判断は彼女しか出来ないと思うのだ。
 そのことがグラクイの絶滅の早道につながる。
 研究するというのは、手間で無駄なことをしているようにしか見えないので、ご理解いただくことが必要になる」

「まあ、そういうことは少将のご意見に従いましょう。専門的なことは、軍人にはわかりかねますから」

「少将も軍人じゃないのかね?」

 ローレンス博士はやんわりと言った。

「いえ、あの方は政治家ですから」

 中佐は笑いながら言い、話はそれまでとなった。後はタマラ少将と交渉したほうが得策と判断したのだろう。

 博士は、最後に私をつくづく見た。

「君がこういう会合に軍服で現れるとは思いもしなかったよ。研究室かドレスの君しか知らなかった。意外に似合うな」

 私は無理に微笑んで見せた。

「この子は困った子で、優秀だのに、飛び出していきおった。無理もなかったのだが、苦労したのじゃないだろうか」

「楽しんでいますよ」

「怪我はしていないのか? 新聞によると負傷したとか」

「ケガに火傷、脳震盪。なかなか楽しいです」

 教授はびびったらしかった。

「どうするんだ。痕が残ったら……」

「もう、怪我の痕だらけです」

 中佐と少佐はどうも身の置き所がないような顔をしていた。軍に入れば、当然のことで、彼らが恐縮する必要はないのだが。

「デコルテが着れないじゃないか」

 老教授が抗議した。

「着る機会がないから、大丈夫ですよ。それにもう歳ですから。これだけの傷で、デコルテを着たら、逆に注目されること間違いなしですよ」

「本当に困った子だ」

 教授はため息をついて、中佐と少佐に私のことをくれぐれも頼んで帰って行った。

 教授が帰ると、腹芸の連続でストレスを溜め込んだ少佐が言った。

「こら、愛弟子」

「はあ」

「最前線に真っ先に走っていくやつが、肩丸出しのセミヌードのデコルテ・ロングドレスだと?」

「着ませんよ。一枚も持っていないじゃないですか」

「少尉、やっぱりケガには気をつけなさい。それだけにしておこう」

 中佐は帰っていったが、少佐は収まりがつかなかったらしく、なにかぶつぶついっていた。
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