グラクイ狩り〜真実の愛ってどこに転がってますか〜

buchi

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第63話 愛を買う 代価は命

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 私は、ライフルをつかみ、立ち上がった。

 なぜ、こんな無謀な計画を立てた……。

 スコットは常軌を逸していた。
 こんな茶番が用意されたことを知ったら、彼は必ず激怒するだろう。スコットの怒りは、タガが外れたような異様な怒りで、怒らせた相手には伝わりにくかった。
 しかし、スコットは長く覚えていて、冷静に手を回し、復讐する。容赦と言う言葉は彼にはない。
 その怒りが理不尽なことには気づかないくせに、きわめて理性的に相手を残虐に陥れる。金と力で。そんなことをして、何の意味があるのだろう。それを何回も見てきた。

 確かに、スコットなら人の死に全く無関心だろう。パレット中佐事件にも納得がいく。
 そして、今回の、このショーについては……間違いなく、スコットの一種独特な怒りを買うだろう。

 だから、今、私がしなくてはならないことは、バルク少佐を守ることだ。
 少佐は軍の一員だ。もし、私にスコットへの影響力が残っているというなら、私は仲間である少佐を守らなければならない。

 なぜなら……彼が、もし、命を狙われるようなことになったら、多分それは私のせいだからだ。 

「少佐……ここから急いで出てください」

 あなたのことは私が守ろう。出来るかどうかわからないけれど。

 きっとあなたは知らないままで終わるのだろうが、そんなことはどうでもいい。

 私はあなたが好きだ。なぜ好きなのか全然わからないが、それもどうでもいい。武器をつかむだけの力があるうちは、黙ってやり遂げるだけだ。

「早く逃げないといけない。あなたが犠牲になることはない」


 少佐は立ち上がり、私の目の前に立ちはだかった。

「この仕事を買うやつはバカだ。俺だってそう思う。だが、買おうと思った。俺が買おうと思った。全ての支払いをするから、全部もらおうと思った」

 思わず、少佐の顔を見た。

「答えてくれ。これは見込みのない買い物か?」

 ようやく彼の言葉の意味に気がついた。これは、さっきの芝居の続きなのか、それとも本気なのか。

「少佐……バカな事を言わないでほしい。危険すぎる」

 少佐は両肩をつかみ、乱暴に揺さぶった。右肩が痛んだ。思わず、顔をしかめて彼を見た。

「なんでわかってくれないんだ」

 片手が背中に回り、体全体が、簡単に抱き寄せられた。

「全然肉が付いていない。こんなに力がないのに。なんでいつも一人で頑張る。頼れる相手になれないのか、俺では。」

 私は少佐を突き離した。事情がわかってみれば、こんなことをしている場合ではなかった。バルク少佐は、スコットがどんな人間か知らないのだ。


「スコットが自分自身で出てくるなんて考えられない。彼は、絶対にグラクイを使います。このテントを襲撃してくる」

「危ないことは知っている。だが、それは俺だけじゃない。あんたも危険なんだ。だから、俺はここにいることを決めたんだ。荒野に出るのを止めろと言ったのも、誰がジャニスか分かった今となっては、あんたが危険だからだ」

「もし、本当に彼がジャニスなら、私のことも容赦しないだろうが、あなたに対しても容赦ないでしょう。本人は出てこない。彼は狡猾だ」

 少佐のGPSが弱々しくピーと鳴った。

「光ボムの合図だ。十秒後だ。テントからは出られない。この周りには何百という数のグラクイが集まっている」

「スコットは?」

 一瞬GPSに目を走らせて、彼は首を振った。

「人間らしい気配はない。我々二人だけだ」

 テントにレーザーの撃ちこまれる音がした。いくら丈夫なテントでも、その数では持たない。
 次の瞬間、周りが明るくなって、また暗くなった。光ボムが作動したのだ。

「グラクイは?」

 少佐はGPSを確認して、首を振った。グラクイに光ボムが効かなかったのだろう。すぐにGPSを作動させた。



「だめだ。グラクイに効果がない。動いている」

 基地の床に転がりながら、少佐が言った。

「なにか、遮断するものを身に着けているのだと思う。それ以外考えられない」

 私と少佐はジェレミーのほうへ走り出し、モニターを覗き込んだ。横には、オーツ中佐のほかタマラ少将までがいた。

「ジェレミー、さっきまで、私たちがいた場所はどこ?」

 ジェレミーは黙ってパネルを指差した。ダメだった。グラクイは緩慢にだが、動き回っている。

「間一髪だったと思う。多分、今頃、テントはぐちゃぐちゃだろう。ボムのおかげで一瞬逃げるだけの時間が稼げたのだと思う」

 その場にいた全員が黙り込んだ。

「ジャニスは本気だ。君たちを殺すつもりだった」

 スズキ大佐が言った。

「少佐たちが逃げ切れるのはわかっていた。だが、ジャニスが出てこなかった。失敗だ」

 オーツ中佐が言った。

「チャンスだったのだ。ジャニスが、今、ここにいることがわかっている。この荒野へおびき出すことが出来るのなら、何でもする」

 タマラ少将が歯ぎしりしながら言った。

「次の手を考えなければならない。やつは殺す」

 あの常に穏やかな少将からは想像もつかない、聞いたこともないような、きつい口調だった。少将の口調には、断固として妥協の余地のない考え抜かれた憎しみがあった。



 
 その日、疲れ果てて、私は自室へ引き取った。

 当然のことながら、私は監視下に置かれるつもりだった。別にかまわない。
 私がスコットに連絡を取ることなんかできやしないのだ。なにしろ、連絡先なんか全然知らないからだ。知っていたら、真っ先にオーツ中佐に伝えるに決まっている。
 逆にスコットが私に連絡を取ってくる可能性は、非常に低い可能性だったが、残っていた。

『君が敵か味方かわからない』

 あのバルク少佐がそう言っていた。少佐は、私を彼の命で買い取るつもりらしかった。妙な代金だ。それなのに、私が敵か味方かわからないと言う。私は、どこにもいる場所がないのかもしれなかった。

 一方で、少佐の行動は私にショックを与えた。彼は本当に本気なのだ。

「そこまで、鈍感じゃなかったってことか……」

 狭い自室で私は頭を抱えた。
 もう、シャワーに入る気にも、着替える気にもなれなかった。
 もっと、違う状況だったら、うれしかっただろうと思う。

 彼に抱きしめられて、私は気が付いた。
 とてもうれしかった。情けないくらいに。
 私も、一人よりも、一緒に生きていける人を、もう一度探したかったらしい。無理な願いを、密かにどこかで願っていたらしい。バカな話だ。
 
   
 だが、今、考えなければいけないのは、スコットのことだった。
 でも、私はもう頭がぐちゃぐちゃだった。それにスコットのことは考えたくない。
 私はスコットのことを考えたくないから、ここへ、軍へ入ったのだ。

 スコットの狙いは何なのだろう。旧の気象センターでは、なぜキム中佐たちを狙ったりしたのだろうか。

 彼がパレット隊を襲った理由は、はっきりとはわからないが、グラクイを使った単なる小手調べだった可能性がある。スコットは、人の感情を考慮する人物ではなかった。軽く考えている節がある。
 
 彼にとって、他人の命の重さはなんでもないことだ。死んだ二十人は彼と関係のない二十人だ。グラクイを失ったことも損失には思っているだろうが、惜しむ気は全くないに違いない。

 だが、軍は違う。朋友を亡くしたことは決して忘れない。ひそかに憎しみをつのらせ、静かに触手を伸ばし包囲する。この結果は、おそらく彼が思っているより、はるかに重大だろう。



 スコットは地下にもぐってしまった。おそらく、別な暗殺計画を練っているだろう。
 かつてのジャニスは隠遁生活を続けており、特に野心は持たなかった。だが、今回のジャニス・スコットは違う。

 何を狙っているのだろう。野心か名誉欲か。私は必死に考えた。多分そんなところだろう。彼は私には結局理解できない人物だった。いや、理解は出来たのだが、共感が持てなかった。

 彼は、私が彼を愛していようと愛していまいと、あまり気にしていなかったのではないだろうか。彼自身が私を愛していると思っていればそれでよかったのかも知れない。そして、彼が愛していると認識している私を、好きなように動かすことが出来れば、それだけで満足だったのではないだろうか。

 悲しい映画には涙を流すが、身のすぐそばで起こっている他人の悲しみには気づかない。

 私には、いつでも優しかったし、好きなだけお金も使えた。彼の生家は中央でも名だたる一流の名家だった。どんなパーティにも顔出しできた。彼は、着飾った私を連れ歩くのが好きだった。高名な大学の研究者だと私を紹介するときは、ちょっと自慢気だった。

「モデルだと思ったんですか? 違いますよ。同じ研究室の同僚でした。彼女は行動学のほうをしていて、ローレンス博士の研究室にいるんですよ。」

 たいていの人間は、大学名とローレンス博士の名前は知っていても、動物行動学などにはなじみがないので、適当にお茶を濁して逃げてしまう。彼は、それを俗物だといって笑うのだった。美人を自慢するのはわかるが、研究者を自慢するあたりはちょっと理解し難たかった。

 数年間、そういう生活をしていたが、結局、私にはあまり向いていなかったらしい。
 最初は彼に夢中になっていた。
 なにしろ、どう聞いても私はシンデレラ・ガールだった。お金持ちでハンサムな青年のハートを射止めたのだ。彼は私が知らない、いろんなマスコミやネットに載っている未知の世界へ私を連れて行ってくれた。
 それなのに、私は、最終的には彼の元を出るチャンスを狙っていた。

 ローレンス博士には全部話した。博士の妻とは友人だった。女同士の友情を儚いと評する人は多いが、彼女と私の関係は利害関係がない信頼の絆だった。ステンレススチールのような静かで冷たく変わりのない感情だった。彼女が黙って支持してくれたので、私は逃げ出せたのだと思う。

 彼のいる世界にいたくなかった。

 どこか、どこでもいいから、一人でいられるところを探した。私のことを知る人がいないところを。 
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