アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第6話 先生をやっつけてしまった

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 午後からは弓や剣術や、乗馬などの実技のクラスだった。

 弓のクラスに行ったフリースラントは後悔した。ギュレーターがいたからだ。

 フリースラントは、学問はそこそこできた。
 だが、彼は、まだ14歳で、細くて弱そうだった。

 弓は野外授業だった。点々と離れたところに大きな黒と赤の丸が描かれた標的がセットしてあって、周りは立ち入り禁止になっていた。
 そして、ギュレーターは、クラスのほかの連中に比べて、ずっと大きくて、力が必要そうな弓を持っていた。
 よく見ると、それは彼の私物らしかった。

 もっと小さな子供や、弓を使ったことがない少年たちには、何人もの先生たちが付き添って、弓の使い方や、弦の張り方などを教えていた。
 年かさのギュレーターたちは、すでに弓が使えたので、いかにも弓の剛の者と言った感じの僧侶の監督の下で、順番に実技をやっていた。

「フリースラント君だね?  新入学の?」

 弓の教師のうちの一人がフリースラントに話しかけてきた。

「まず、クラス分けをしないといけない。弓を使ったことはあるかい?」

 フリースラントは困った。剣術は毎日していたが、弓は場所がなかったので近距離しか射たことがなかったのだ。

「いえ、あまり」

 近くでギュレーターの仲間のデブのジェドが聞き耳を立てていた。

 ジェドがニヤリとしたのが見えたので、フリースラントは困った。

「扱い方はわかります」

「そう。じゃあ、まず、一番近くのあの的から始めてみよう」

 フリースラントが来ていることが知れ渡ると、全部で40人くらいもいた生徒たちは、皆、手を止めてなんとなくフリースラントに注目し始めた。

 弓は得意でない。こんなところで注目されるのはイヤだったが、教師はしつこく勧めた。

「だめならダメと言いなさい。教えますから」

 フリースラントは首を振った。弓の射方を知らないわけではない。


 彼は、慎重に、一番近い的を狙って射た。

 その場にいた全員がそのあとを目で追った。

 矢は真っ芯に刺さり、尾羽が細かく揺れるのが見えた。

「おお、出来るじゃないか。では、その次を…」

 どこまで当てられるか、自分もわからない。長い距離は、自分の城ではそれだけの場所がなかったため、射たことがないので、出来るかどうか自信がなかった。

 みんなが注目する中、彼は弓に矢をつがえ、ゆっくり引き射た。

 放たれた矢は、真っ芯に突き刺さり、練習中の生徒たちは、今や完全に自分たちの手を止めて、どこまで当てられるか、このゲームの行方に興味津々だった。

「次」

 フリースラントは、みんなが手を止めてしまって、自分に注目しているので緊張した。

 ここへは初めて来たので、周りの連中のレベルがさっぱりわからない。

 弓は得意でないので、自分の評価がどうなのか全然つかめない。今のところ、全部当てているので、悪い評価のはずはないと思うが、みんなが押し黙っているので、良く分からなかった。

 矢は的の真ん中を貫き、フリースラントはホッとしたが、先生は容赦なかった。

「次」

 この距離は射たことがない。彼は慎重に狙い、弓を放った。

 矢は見事に的に当たり、誰かがため息をついた。

 先生に言われる前に、彼はその次の標的を狙い、矢をつがえたが、どうも弓の力が足りない気がした。

「あ、その距離は、その弓では……」

 先生が止めようとした途端、弓は折れてバキッと言う大きな音がした。

「すみません!」

 フリースラントはあわてた。

 生徒たちは、全員が折れた弓を見つめていた。

 それは、フリースラントの怪力を物語っていた。

 真っ芯に当てるなど、そんな簡単なことではなかった。
 弓の扱いがうまく、十分な腕力があり、矢の動き、風の動きを読まねばならない。


 彼らは、それまで、弓が得意なギュレーターの手前、歓声も上げなかったし称賛もしなかっただけなのだ。

「フリースラント、すごい……」

 誰かが思わず言った。

 それがきっかけだった。

「すごい!フリースラント!」

 フリースラントは当惑した。
 褒められるのは、うれしくないわけではなかった。だが、ほめられる理由が良く分からなかった。

「すごいですか?」

 彼は、さっきの先生に尋ねた。

「すごいね」

 先生は実はかなり興奮していた。目がキラキラしていた。だが、言葉だけは淡々と答えた。

「君は弓の扱いをわかっている。天性の勘だな。だが、何よりその力だ。弓の張力で射るわけだが、それだけの力がいる。」

 先生は、ギュレーターの方を指した。

「彼は力がある。弓が得意な理由の一つはそれだ。彼の弓を見てごらん」

 大きくて立派な弓だった。

「距離を稼げる力の強い弓だ。だが、誰にでも扱えるわけじゃない」

 フリースラントは、ギュレーターの方へ近づいて行った。

「ギュレーター」

 ギュレーターは怒ったのか興奮したのか、顔をまだらに紅潮させていた。
 ギュレーターは、フリースラントをにらみつけた。

「君の弓の腕前を見せてよ。先生が、君は弓の名手だって言った」

 一瞬、戸惑ったが彼は怒鳴った。

「やなこった」



 フリースラントは、自分の家庭教師たちを評価しないわけにはいかなくなった。

 ちゃんと、彼に勉強も武芸も仕込んでくれていたのだ。
 弓の時間を、精一杯使い、彼は特に長距離の練習に没頭した。

 くたくたに疲れたが、それは素晴らしい体験だった。フリースラントは思った。

「学校は悪くない」

 友達が出来つつある。気のいい連中ばかりだ。ギュレーターだって……悪くはなかった。
 弓の授業の時、ギュレーターは、ポカンとしていた。
 フリースラントが弓を割ってしまった時だ。その時の顔を思い出すと、笑いがこみ上げてきた。


 翌日は、また各クラスを見て歩いた。全く勉強したことのない科目もあって、それは、何の話だかさっぱり分からなかった。

「なるほど。トマシンの言うとおりだ。習ったことはわかる。知らないことはわからない。当たり前か」

 ただ、フリースラントは、勉強よりも、午後の武術の実技の方が楽しみだった。
 特に、好きな剣術の授業を心待ちにしていた。


 だが、剣術の授業は、まったくまずかった。
 剣術は得意で自信があった。それがいけなかった。

 フリースラントは、常々グルダがさぼっているのは、誠にけしからんと思っていた。手抜きしている。
 せっかく学校に来たのだ。今度こそ、ちゃんと全力で学ばなければならない。

 なので、先生がクラス分けをしたいので、撃ち込んでごらんと言われたときに、真剣に撃ち込んだ。

 一撃目はよけてくれたが、二撃目がよけきれず、防具を付けていたのに、先生は脳震盪を起こして大慌てで運ばれていくことになってしまった。

 フリースラントは呆然とした。

 見ると、周りも全員呆然としていた。

 それは、力が強く、武芸全般に秀でているが、乱暴者で知られるギュレーターでさえ、やらなかった大失敗だった。

「加減と言うものがわからんのか……」

 あきれ返ったという様子でギュレーターがつぶやくのを聞いて、今回ばかりは、身の置き所もなくフリースラントは小さくなった。

「では、私が相手をしよう」

 一人の教師が名乗り出た。

「ノイマン先生だ……」

「ノイマン先生が出てきちゃった……」

 ひそひそと声が上がった。

 フリースラントは、ノイマン先生をみた。

 まずい……

 身の丈がフリースラントの倍くらいある。縮れた黒い髪がふさふさしていて、後ろで一つにくくっていた。鍛え抜かれた体は、服の上からも良く分かった。

 フリースラントは、剣の先生について、何年も習ってきた。
 ずっと一対一で教えてもらっていて、他の先生に習ったことがなかったので、自分が強いかどうかわからなかった。だが、ノイマン先生が恐ろしく強力な先生であることは感じ取れた。

 彼らは対峙し、ほかの生徒は……先生たちも、この立ち合いの前に固唾をのんで静まり返った。

 先生の一打を、危うくかわし、二打目は思い切り打ち合いになり、手がしびれた。体重差がありすぎる。
 身の軽い彼は素早く立て直したが、先生も早かった。防戦一方になり、次の一打をまともに肩に受けたが、彼も同時に先生の脇腹に撃ち込んだ。

 フリースラントは倒れ、先生は立っていた。

「終了!」

 誰かが叫び、黙りこくっていた生徒たちが一斉にしゃべり始めた。

「大丈夫かい?」

 見つめていた先生たちのうちの何人かが、フリースラントを助けに来た。

「大丈夫です」

 フリースラントは、苦笑した。肩を打撲したに違いない。だが、骨が折れたりはしていない。

 その時、先生のうちの一人と目が合った。

「信じられない」

 先生はつぶやき、フリースラントは怪訝な顔をした。

「だってね、ふつうは立ち上がれないよ」

 もう一人の若い先生も、付け加えた。

「それにね、ノイマン先生に一撃食らわせることができるだなんて……信じられないよ」

「でも、ノイマン先生は僕より強いです」

「ええ、なに言ってるんだ。当たり前だ。彼はここ3年連続のチャンピオンなんだ」

 フリースントはぎょっとして、ノイマン先生の方を振り返った。

「そうだったんですか!」

 ノイマン先生は、立ったままフリースラントを見つめていた。脇腹が相当痛そうで、顔をしかめていた。

 フリースラントは、ヒョロヒョロしながらノイマン先生にあいさつした。肩の骨を折らないで済んだのは、先生が手加減してくれたからだった。

「ありがとうございました」

 だが、ノイマン先生は脂汗をかいていた。

「脇腹に撃ち込まれた」

「すみません」

「こんな子供に……」

 先生は悔しそうだった。

「おまけに痛い」

「すみません。ぼくは手加減していただいたのに……」

「手加減なんかしとらんわ」

 急に先生は怒りだした。

「俺が考えてるのはそこじゃない! 2週間後に試合があるんだ。お前のせいで、結構な打撲を負ったぞ。試合に差し支えたらどうしてくれるんだ」

 名門ヴォルダ家の御曹司になんて言い草だ……とも思ったが、それについては周りの先生の方が心得ているらしく、あっという間に彼と先生は引き離された。

 部屋に悄然として戻ると、うわさを聞き付けたトマシンが待っていた。


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